第6話 リーネがきた

『会長殿を離れさせた方がよいぞ?』


 頭の中でミュジィが言う。

 いきなりそんなことを言われても。急な話で俺は動けない。


 リーネと呼ばれた幼女。

 その顔の高さに合わせてしゃがみ込んだ会長が、にっこり笑って訊ねた。


「なーに? 惣介君のお知り合いかなー? ちょっと待っててね、今惣介君を呼ぶから」


 ――惣介君、とこちらを向いた会長の背後で、リーネが右手を上げた。

 途端、リーネの頭上に炎の球が大きく渦巻き始める。


「離れて会長!」


 叫ぶのが精一杯だった。

 それでも背後の異変に気づいた会長が「なっ、なにこの子」と離れた。


「むーははは、今日は一気にケリを付けに来たのだ!」


 ちっこい幼女姿のリーネが声高に笑った。


「会長、机の後ろに」


 俺も椅子から立ち上がって身構えた。

 ミュジィの言う「敵」が、自分を直接狙ってやってきたのだと理解した。

 炎の球がどんどん大きくなっていく。


「ふははー! ひれ伏せ、飛び出せ、瓦解しろ! 強引に全てを終わらせてやるー!」


 リーネが俺のことを見た。

 頭上に大きな炎の球を掲げて見た。俺は思わずテーブルの後ろに隠れる。と、そのとき。


 早霧が立ち上がった。

 立ち上がった早霧は、ズダダダ、と瞬間移動ばりの速度でリーネに急接近。フェイストゥフェイスの超至近距離に屈みこんで、むにぃ。


 むにぃ、とリーネの両頬を摘まんで引っ張った。「ほがっ!?」とリーネの動きが止まる。


「あのねお嬢ちゃん?」


 早霧はしゃがんだまま、


「今ね、お姉ちゃんたち忙しいの。締め切り前で忙しいの。会長も言ったと思うけど忙しいの。遊んであげる暇がないの、手品は他のところでやってね?」


 ――わかった? と笑いもせずに笑う芸当を見せる早霧。剣呑な笑みだ。


「は、はひっ!」


 リーネが頬を摘ままれたまま、声にならない返事をした。

 しおしおと、頭上の火球が小さくなっていく。


「おりこうさんだから、あっちで遊んでいてね? 惣介も忙しいから遊んであげられないけど、一人でも大丈夫だよね?」


 こくっこくっ、と無言で頷くリーネ。

 早霧の迫力に負けている。あらら涙目だ。

 じゃ、ごめんね? と会室の外にリーネを追い出すと、何事もなかったかのように早霧は仕事を再開した。


「ほら惣介、なにボーっとしてるの! さっさとデータを作る!」

「はひっ!」


 早霧の迫力に俺も思わず裏声になってしまう。

 俺がノートパソコンの前に再び座ろうとするのと、「違うのだー!」とリーネが再び部屋に飛び込んでくるのは、ほぼ同時だった。

 リーネは握り拳で、


「我は貴様らの作業を妨害しにきたのだ! 遊びにきたわけじゃあないのだ!」


 ノートパソコンに向かっている早霧の肩が、ピクリと動く。

 剣呑だ、俺は青ざめた。早霧をこれ以上刺激するのは剣呑だ。


「なんでもない、なんでもないんだ早霧。こいつ俺にちょっと用あるだけだから、すまん少し外に出てくる」

「あっ、こら惣介!」


 早霧の声を背に受けながら、俺はリーネの腕を掴んで会室の外へと逃げ出した。

 走って走って、そのままひとけのない廊下の端へと向かう。


「ななな、なにをするのだクリガナ・ソウスケーっ!」

「うるさいあまり早霧を刺激するな、危険なんだからっ」


 俺が喚いていると頭の中のミュジィが呆れ顔を見せた。


『敵よりも危険扱いするのか、どれだけ普段から恐怖を身に刻まれておるやら』

「うるさいっ!」


 とにかくリーネを引っ張って、俺はひとけのない廊下の端の端まで走った。

 ひーはーと息を整えながらリーネと一緒に廊下に座り込む。

 やがてひと息つくとリーネは立ち上がり、俺から少しの距離を取った。


「……出てきたらどうなのだミュジィラムネア・アースカインド。まさか貴様が自らこの世界へとやってくるとは思っていなかったのだ」


 窓から吹き込む風にマントをなびかせた彼女は、幼い容姿に合わぬ尊大な言葉を発した。

 応えるように姿を現すミュジィ。

 俺の横でフワフワ浮きながら、溜息をついた。


「やれやれ、電子使いのリーネ。おそらくお主じゃろうとは思っておったぞへちゃむくれ」

「だだだ誰がへちゃむくれなのだ! ちょっと容姿が若いだけで貴様より年上なのだぞ!」


 両手を上げて抗議するその姿が幼女そのものだったので、俺は思わず笑ってしまう。


「幼女のような姿を『ちょっと若いだけ』とは言わん。この特殊性癖御用達めが」

「我を侮辱するななのだーっ! 貴様だってチビのくせにーっ!」


 リーネはフワフワ浮いてるミュジィにグルグルパンチをお見舞いしようとするが、哀れミュジィにその拳を右へ左へと全て避けられた。


「避けるな!」

「避けるに決まっとろう」


 ひとけのない廊下で追いかけっこは始めた二人を眺めやる俺。

 なんだこのカワイイ生き物たちは。


 俺は「えーと」と頭を掻いてリーネに声を掛けた。


「結局、あなたさまはどちらさまで?」


 リーネは「ぜはーぜはー」と大きく息を切らしながら、こちらを見た。


「我は、ぜはー、魔王さまの命を受けこの世界に道を開いた……、第一の刺客。ラナドイル一の電子使い、……リーネさまであるのだ」

「は? ラナドイル?」


 思わず眉をひそめてしまった。

 それはラナドイルという響きが、あまりに俺にとって馴染み深いモノだったからだ。


「そう……ラナドイル、一なのだ」


 息を整えて、リーネは小さな身体でふんぞり返った。

 その顔はあからさまに自慢げだったのだが、そんなことは横に置いて思わず聞いてしまう。


「ラナドイルって、魔法と科学が融合したファンタジー世界のラナドイル?」

「ファンタジー言うな。魔法は幻想などではなくれっきとした学問だ、学徒の探求を馬鹿にすんななのだ」

「ラナドイル、本当にラナドイルなのか?」


 俺がビックリしても仕方ないだろう。

 なにせラナドイルというのは俺が今作っているアドベンチャーRPGの世界名なのだ。


 ゲームだけでなくラノベの舞台にもしたことがある。

 だが当然ながら想像の産物だ、「俺のオリジナル設定ワールド」ってやつである。それがまさか、


「まさか本当に在った世界だなんて……」


 俺がビックリしているとミュジィが横に首を振った。


「在った、という言い方は適切ではない。在るには在るが、それはお主さまが創り出す世界なのじゃ」

「俺が? 創り出すだって?」

「惣介、お主には一つの能力がある。それは想像力によって以って創造を成すというクリエイト能力じゃ。お主さまは『可能性の世界』を創り出すのじゃよ」

「はっ?」


 ミュジィがなにを言っているのかわからない、俺は眉をひそめた。

 そんな穿ち顔をする俺に、ミュジィは肩を竦めてみせる。


「もう覚えておらんか。これまでにも、お主さまは一度この世界を改変させておる。その願いの強さで『可能性のありうべき世界線』をクリエイトしておるのじゃよ。今のこの世界は、お主さまが望んだ世界」

「俺が……望んだ?」

「そう、ワールドクリエイターたるお主さまが創り上げた『可能性の世界』なのじゃ」


 ミュジィは頷いた。

 会話を聞いていたリーネも頷き、言葉を継いだ。


「貴様は創造を成すのだ、クリナガ・ソウスケ。ラナドイルはこれから先の貴様がクリエイト能力が創り出すはずの世界、貴様が強く愛してアウトプットした創作世界は、別の次元においての『可能性のありうべき世界』としてクリエイトされることになるのだ」

「わからん!」


 畳みかけられるとよりわからなくなる、俺は開き直り胸を張った。

 ミュジィが苦笑する。


「くはは、そんなものだろう。とりあえずこう覚えておけばよい、お主さまが将来わしらを創る。だからわしらにとって、お主さまは神にも等しい。わしはそんなお主さまを守る為にやってきた。そこにいる、わしらの『敵』からな」


「ふん」


 リーネが鼻を鳴らす。


「我だって今のラナドイルの形を変えるために魔王さまから使命を帯びてやってきたのだ! 相手がミュジィラムネアであろうと退くわけには行かないのだ!」

「俺がラナドイル……、おまえらの住む世界を創ったの?」

「ちょっと違う。正確に言えば、未来の惣介が創り出す世界、それがラナドイルじゃ。学生時代にゲーム制作を学んだ惣介は、将来ゲーム制作に携わる仕事に就くことになる。そこで作る大型RPG、それがラナドイルの種子となるのじゃよ」


 ミュジィが腕を組んで説明する。


「未来の俺が、ねぇ」


 俺も腕を組んだ。


「これからの学生時代に創るゲームは、どれもラナドイル創造へと向かうために必要な段階。だからわしはお主のチカラとなってそれを成功させる。それがわしがこの世界にきた目的じゃ」

「話がややこしくなってきた」

「なーに、惣介は大人しくわしに守られておけばよい。難しく考えるな、わしが味方でそやつが敵。そやつこそ魔王軍の電子使い、リーネじゃ」

「そういうことなのだーっ!」


 突然、リーネの手から炎が飛び出した。


地獄炎インフェルノフレイム!」


 複数の炎の塊が弧を描きながら俺の方へと飛んできた。「うわわっ!?」俺は思わず顔の前を腕で覆う。


水膜プロテクティブコーティング!」


 ミュジィもまた声を上げた。俺が組んだ腕の前に水が弾けた。

 その水はリーネが繰り出した炎と相殺しあって共に空中へと消えてしまう。


「コンピュータへの細工だけでこっそり済まそうとしたのだが、ミュジィラムネアが来たとなっては話が別なのだ! 我は直接攻撃に移行することを決めた、結果大怪我して貰うことになるかもしれんが勘弁するのだソウスケ、ふははははー!」

「そんなこと笑いながら言われても困る」

「我は困らないのだーっ!」


 ヒュン、とこれまでに見せなかった素早さでリーネが俺の横を通り抜ける。

 そしてそのまま、どこかに駆けていった。


「ど、どこいくんだあいつ」

「会室であろうな。あやつ、お主さまをどうこうするより会室を破壊する方が楽と踏んだのじゃろう」

「あそこには早霧たちが居るんだぞ?」

「そうじゃな、急いで戻ろう」


 俺は駆けだした。


「早霧っ!」


 と声を上げて。

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