第16話 第二の魔法
リーネが両手を掲げた。
「
ホールの高い天井頂点にポッと炎が生まれた。そこから一匹、蛇のように身体の長い赤龍が姿を現わす。
「ば、ばかものリーネ、こんなところでそんな大魔法を!」
慌てた声でミュジィが叫ぶ。
「
赤龍と同じように天井付近から出でた青龍が、ホールの中を泳ぐようにして赤龍を追い掛ける。二匹の龍が空中で絡み合って飛ぶその様は、まるで最新のCG合成された映像のように壮観だった。
ホール内が歓声で沸いた。
スマホで写真や動画を撮る音がそこかしこから聞こえだす。
「うぬぬ、生意気なのだ。炎龍よ負けるななのだ!」
赤龍が炎を吐いた。
ホールの高い天井にぶつかった炎が細かく散りながら下に落ちてくる。
「あち! あち! おいこの火、ホンモノだぞ!?」
誰かの叫びを筆頭に、ホールの中がざわめいてゆく。
「これ……本当にただのイベント?」「ちょっとリアルすぎない?」「ねえ会場、あそこ本当に燃えてるじゃん……」
ざわざわ、ざわざわ。
ホールの広い空間を二匹の龍が絡み合いながら飛ぶ光景を見る者たちの口数が、次第に減っていく。
ごくり、と息を呑みながら空中を見つめる彼ら、パニックはそこまで近づいていた。
これで誰かが騒ぎ出せば、一気に事態が悪化するだろう。
「惣介! お主さま!」
青龍に命を下しながらミュジィが俺を呼んだ。
「なんだミュジィ!?」
「パニック寸前じゃがこれだけの者が目撃している以上、もう結界を張っても遅い。 お主に第二の魔法を授けるゆえ、それで対処せい!」
「第二の魔法……?」
「そう、クリエイターズ・ドーンの予言によりお主さまに授ける三つが魔法のうち二つめ、
ミュジィが説明する。
それは名の通り、人の記憶を改竄して勘違いさせるというものであった。
「これで周囲の者に、許可を取ってあるイベントだと思い込ませるのじゃ」
「わ、わかった。で、どうやって使うんだ?」
「第一の魔法は息を止めるのが条件じゃったが、第二の魔法は『痛みを覚えること』が条件じゃ。自分をツネるでも唇を噛むでも構わぬ、苦痛を肉体に刻みつけよ。苦痛を感じながら、思い込ませたいことを相手に聞かせるのじゃ」
「痛み? 苦痛? なんだその条件」
「これはお主さまの原点よ。チカラを汲み上げるには根源を刺激してやるのが一番でな」
「わからん」
「今はわからなくてよい、さあ魔法を使え! 根源を刺激せよ!」
言われた通りに自分の腕をツネッてみた。
思いっきりやると案外痛かった。軽く涙が滲む程度には痛い。
「意識を集中して声を出せ、魔法を乗せて空気を震わせろ!」
「皆さん!」
俺は大声を出した。
思いのほか俺の声はホールの中に通り、一瞬ホール内がシンとなる。
「これはただのパフォーマンスです、運営許可も取ってあります!」
キィン、と、響く俺の声。
ホールがまたざわめく。
「パフォー、マンス?」「これが……?」
訝しげな声でざわめく。
ホールの中で炎と水のブレスを吐く龍たちを見ながらざわめく。
「足りぬ。痛みが足りておらん。もっと強くじゃ」
「んなこと言ったって……」
俺は困った顔をしてたと思う。
周囲を見渡しすと、会長と一緒にスタッフに対処している早霧が視界に映った。そうだ、早霧なら――。
「おい早霧っ!」
「なによ」
「ちょっとこっちこい、俺をツネれ!」
「なに言ってるのよこっちだって今……!」
「いいから早くっ!」
早霧がやってくる。ブスッとした顔で上目遣いに俺を見ながら、
「ツネればいいのね?」
「そうだ頼む!」
俺の言葉が早いか、すぐさま早霧は俺の頬をツネり上げた。頬か!? 頬なのか!?
「いってーっ!」俺は思わず叫んでしまった。
「なによ大げさな」
更に早霧はギュッとツネってくる。無慈悲にツネってくる。痛い。
「皆ひゃん! これはパフォーマンスなんれふ! 大丈夫れふよーっ!」
キィンと、今度こそ俺の声はホールに響き渡った。
音の響きが広がる。
波紋のように広がっていき、ホール内の人間に平静を取り戻させる。
「そ、そうだよなこんなこと現実にありえるわけないし」「いやほんと凝った映像、ホンモノみたいでびっくりしたわ」「演出凝りすぎでしょ」
ミュジィの懐から光りが漏れ出す。ミュジィは光り輝く本を取り出した。
「見よリーネ、再び運命は決したぞ! これ以上の妨害行為は無駄じゃ、それでもお主は続けるつもりか!」
「ぬくぅっ! 運命、運命、運命! ほとほと腹立たしいのだっ!」
赤龍に突撃を命令するリーネ。赤龍が俺たちのブースに向かってきた。
「無駄だと言っておる」
赤龍に青龍が巻き付く。
二匹は水蒸気を発しながら小さく小さくなっていった。
「赤龍の動きをこちらに読ませた時点で詰みなのじゃ。相殺してくれる!」
「ちくしょーなのだーっ!」
断末魔とも言える声を上げて、リーネはその場で姿を消した。
ブースに突撃してきた赤龍も同時に消え失せる。
一瞬、ホール内が静寂に満ちた。そしてのち。
大歓声。
拍手が巻き起こる。大きく広く、音が響きにくいはずのホールの中で巻き起こった喝采は、余所のホールから人を呼び寄せるくらいに凄まじいものだった。
「さいこー!」「アンコールたのむー!」「どういう仕掛けだよー!」
拍手の中、会長がゲームの紹介をした。
呼ばれた早霧が会長の横に立ち、二人で礼をすると全てはゲーム販売の為のパフォーマンスという雰囲気が増す。俺の魔法による暗示もあり見物していた客は皆そう信じ込んだのであった。
その後、やっぱり俺たちは運営から怒られた。
怒られながらもどうにかブースを取り上げられることはなくゲームの販売を再開することができた。
「はい三本で千五百円になります!」「えっとこちらさんは二本ですね? 千円です!」
人が殺到した。
あれだけのショーを成したサークルがどういうゲームを作っているのか、と人が押し寄せてきたのだ。
会長と早霧がひたすらに接客をしてゲームを売りさばく。
突如出来あがった人ごみの列を整理しながら、俺は感慨深く呟いた。
「おおお、売れていく」
「なにが幸いするかわからぬものじゃのう、ある意味リーネに感謝じゃな」
ミュジィが俺の横で腕を組んでいる。俺は苦笑い。
「確かに」
「ところでお主さま。さっきの魔法のとき、なぜ早霧にツネり役を頼んだのじゃ?」
「ん?」
問われて思わず上を向いた。
うーん、特別大きな理由があるわけじゃないんだけど。
「俺さ、痛いの苦手なんだ。人が痛がってるのを見るのも嫌い。だから自分じゃあどうしても加減しちゃうと感じて」
「それで早霧?」
「あいつ、俺には遠慮がないからな。ほら見ろよ、まだ頬っぺた赤いだろ? 未だに痛いんだぜ? 普通あんなに人の頬をツネれないよ、鬼すぎ」
「なるほど。早霧の遠慮のなさがあって初めて魔法の発動領域まで痛みを持っていけたというわけか」
「なんか凄い便利そうな魔法だけど、もうコリゴリだわ」
「便利じゃぞー? 慣れれば人に暗示を掛けて意のままに操れる。今のお主さまは魔法で時間と人の意識をコントロールできるというわけじゃ。無敵じゃな、悪いことだってし放題じゃぞ?」
「あーそういうのはいいんで」
俺がヘラっと笑うと、目を細めたミュジィが視線を向けてくる。
「ほう?」
「いま俺がやりたいことは、このゲームのことを考えることなんだ。他のことは興味ない。会長や早霧と一緒にゲーム制作しているこの瞬間が、なによりも楽しい。だからそれを崩すようなことはしたくないよ」
「良い答えじゃのぅ、それでこそ創造主どの!」
ミュジィは笑った。
「
「え、いや! 俺はそんなことっ!?」
「よいよい、健康な男児なのじゃからあれくらいは普通じゃ。そう恥ずかしがるな」
「頼む、早霧には内密に!」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ」
結局この日、さーくる三人娘が出品した「ラナドイルグラフティβ版」は五百枚全て完売と相成った。そして後日。
◇◆◇◆
俺と早霧は会室でブログへの書き込みを読んでいた。
「うっは、ほとんどの書き込みが会場での騒ぎに関する内容だ」
「よくわからないけど、惣介が使った魔法? のお陰であれは普通のパフォーマンスだったと皆思い込んでるみたいね」
「ゲームの話題がほとんどない」
『少し残念じゃのう』
ミュジィが早霧の気持ちを代弁するかのように横から会話に参加してきた。
早霧もやはり同意して、そうねぇ、なんて少し視線を落とす。
そのとき会室のドアが勢いよく開かれた。
「いいのよ、いいの! とにかく話題になるのが大事なんだから!」
話は聞いていたとばかりに会長が、満面の笑顔で部屋に入ってきた。
「そういうものですか?」
「そういうものなの早霧ちゃん。話題はね、なによりも大事。とにかくゲームを見て貰える切欠、手に取って貰える切欠になるんだから。どんなことでもいいから記憶に残るのは凄く大事」
会長が腰に両手を当てて演説を始めた。
「良いモノだから見て貰えるとか売れるとか、幻想だからね? まずは露出、露出なの。界隈にどれだけ認知されるかが一番重要。そういう意味で、我がサークル三人娘の出だしは上々といえます」
「まーそれもそうか。書き込みしてくれる人が増えれば単純にゲームのことに触れてくれる人も増えるはずだもんな。ここの書き込みなんか、ゲームシステムについて書いてくれてるよ早霧」
「ほんと?」
「良い感じに意見貰えてるじゃない早霧ちゃん。システム面でも、もっとユーザビリティを上げてゲームをやりやすくしていきましょ。まだまだやることもたくさんあるわよ?」
「そうですね!」
「シナリオも、まだまだ詰め込みたいんだよ。こうやって意見を貰えると、どんどん思いついてくる」
「惣介、あんたは一度シナリオを最後まで完成させなさいよ。結局まだ最後の方は手つかずじゃない。手前の方ばかり直してないで、終盤を書いてから追加を考えて欲しいわ」
「そうねぇ。お話は最後まで完成してこそ評価できるものだしね。惣介君の話は会話もテンポも良いけど、確かにそろそろ終盤が気になるわ」
「あうぅ、ははは」
二人に見つめられて俺は頭を掻いた。
そうだな、そろそろ終盤も書かなくちゃあ。書けないとか言ってらんない。だけど俺に書けるのかな、とやっぱり心配になってくる。
「なに笑ってるのよ惣介! 普通は終盤の展望も聞かずにここまで制作を進めたりしないの。わかってる? あくまで特別に、あんたに合わせて作ってるんだからね?」
「はい……」
そう言われると言葉もない。
俺が頭を下げると、会長がなにやら横から耳打ちするように顔を近づけてきた。
「いいのいいの! そんな惣介君を推薦してきたのは他ならぬ早霧ちゃんなんだから。早霧ちゃんはね、惣介君のシナリオが好きで好きで仕方ないの。大ファンなのよ?」
耳打ちは仕草だけで、まったく内緒話にならない音量で会長は言った。
「か、会長!」
『わはは、モテモテじゃのう惣介』
ミュジィにまでからかわれて、早霧の顔が真っ赤になる。
「わ、私は別に惣介のことなんかどうだって……!」
「いいじゃない、いいじゃない早霧ちゃーん。うふふー」
「も、もう会長、知りませんっ!」
プイッとそっぽを向いて、早霧はノートパソコンのキーボードを叩き出した。
「あ、俺もそろそろ作業に戻るわ」
俺もさすがにテレ臭くなってしまう。
自分の席に戻ろうとしたそのとき、会長が満足げな笑みを浮かべて両腕を組んだ。
「二人とも、恥ずかしがっている暇なんてないのよ? 実は今日、私たちのゲームを紹介したいと某有名ゲームサイトから打診がありました」
「は?」
きょとんとする早霧。俺も同じ反応だったに違いない。
「突然ですが提供用の資料を作成します! 我々さーくる三人娘はここから、目指せ有名サークル一直線モードに突入します!」
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