第15話 こんにちはなのだ! ゲームを買いに来たのだ!

「こんにちはなのだ! ゲームを買いに来たのだ!」


 聞き覚えのある声に、聞き覚えのある口調。

 サングラスとマスクに帽子を被った幼女がそこにいた。リーネだ。


「お、来てくれたんだリー……ねぼぁぁっ!」


 ブースの後ろから前に出ていき挨拶を返そうとした俺のみぞおちに、ミュジィの拳がグーの形でめり込んだ。痛い、というか苦しい!


「げほっ、げほっ。なにするんだよミュジィッ!」


 思わず怒鳴った俺に、ミュジィが小声で答えた。


「ばかもの、何のために彼奴が変装してきていると思うておるのじゃ! 今のあ奴はあくまでネットでしか繋がりのない名無しA、知らぬフリをするのが礼儀じゃろうて!」

「あ、ああ? そうなの?」

「確かにあの格好」


 と会長が頷く。


「マスクにサングラス、帽子の三点セットあれは即売会正体お隠しセット!」

「正体お隠しセット?」

「そう! テレビの取材も増えた昨今、いつ画面の端に自分が映ってしまうかわからないでしょう? 職場や学校なんかにオタであることを知られたくない人は、ああやって防御力を上げていくことが必須なのよ。装備している人の素性を探るのはマナー違反ね」

「な、なるほど」


 と俺たちがブース後方でコソコソ声を出し合っている間、早霧がリーネに対応していた。


「――じゃあ、あの幼女ハッカーのファンなんですか?」

「ファンというかなんというか、とにかく仕事への姿勢に共感を覚えたのだ。幸せにしてやって欲しいのだ」

「幸せに……、かぁ。ねえ惣介、あのハッカーさん、主人公たちの仕事をこなしたあとってどうなるの?」

「ん?」


 早霧に呼ばれて、俺はテーブル前に出ていった。

 新作のディスクを手にしたリーネの方を見る。


「ああ、あのキャラ? どうなるんだろう? あいつがやったことって主人公の理屈に同調したことではあるけど、結局マルート国にとっては裏切りみたいなモノだから国の中に居場所はなくなりそうだよね」

「なんか重い話ね」

「まーでも、ちょっと怒りんぼだけど根が呑気なキャラだから、どこ吹く風で幸せにやってきそうな気はする奴だけどな」


 あはは、と俺が無責任に笑うとリーネが腕を組んだ。


「甘いのだ、甘ちゃんすぎるのだ!」

「い?」


 突然の迫力に押されてしまい、思わず一歩引く。


「世間の荒波はやはり冷たくツラいものなのだ、マルート国から出奔した我……いや彼女はこのあと『国破りの裏切り者』呼ばわりされて裏の仕事にしか手を染められない暗い人生を歩むことになるのだ!」


 見てきたように語るリーネがどんな顔をしているのか、それは正体隠しの三点セットで表情をガードされているからわからない。だが熱の篭った声で続ける。


「彼女の物語はまだ終わっていないのだ! 貴様も創造主ならば創造主らしく、最後まで彼女の物語を終わらせてやって欲しいのだ!」

「あ……、うん、わかった」

「わかってくれればいいのだ!」


 リーネは腰に両手を当ててふんぞり返った。マスクの下で、ふしゅー、と鼻息が荒い。

 表情が見えなくてもわかる。絶対いまドヤ顔してる。


「それはそれとして、この話は懐かし……イヤイヤ、凄く楽しかったのだ。結局主人公たちは最後どうなるのだ? ハッキングで手を貸したあとに主人公たちがどうなったのか、実は我も知らぬから気になって仕方ないのだ! 今回のβ版をプレイすればわかるのか!?」


 横で聞いていた早霧と会長が目を合わす。

 その後、二人が俺をジロッと睨みつけてきたので俺はフイッと顔を逸らした。

 答えたのはミュジィだ。


「すまんのぅ。こやつが最後まで書き切ってないから、ラストがどうなるのかはまだわからんのじゃ」


 ミュジィが俺の頭を押さえ、無理やりに下げさせてくる。


「ほれ謝れ惣介、熱心なファンに謝れ」

「あやまれー」「あやまれー」


 後ろで異口同音にコールするのは早霧と会長だ。


「うう。なんかすまん」

「決まってないなら仕方ないのだ。出来れば彼らにも幸せな結末を望むのだ」

「善処するよリーネ」


 俺の返事があまりにも自然な流れだったからだろうか、


「うむ! 我も応援しているのだ創造主どの!」


 リーネはハツラツとした声で応えてしまった。

 応えたリーネの身体が硬直してる。手に汗がダラダラと滲みだし、見ればマスクのふちも凄い勢いで湿ってきた。汗だらけのまま、しばし五秒。


「だだだ、誰なのだリーネとは! 知らぬのだ、我はリーネじゃないのだ!」


 両手をブンブン振り回し、マスクサングラス帽子三点セット完備の幼女が騒ぎだす。

 会長と早霧とミュジィの三人が、「わーっ!」と声を出して俺のことをポカポカ殴り出した。


「なにやってるの惣介君!」

「そうじゃ惣介、さっきも言ったであろう礼儀をわきまえよ!」

「そうよ惣介、これじゃせっかくの変装してきたのに台無しじゃない!」


 早霧の言葉にリーネの動きがピタリと止まる。


「変装じゃないのだーっ! なにもやましくないのだーっ!」

「ご、ごめんなさいリーネちゃん!」

「これ早霧、お主まで」

「あっ!」


 リーネの全身がプルプル震えだした。


「ももも、もはやこれまでーっ!」


 リーネが三点セットをひと息に外した。汗まみれの顔が露わになる。


「よくぞ見破ったのだクリエイターズよ! 今日は穏便に済まそうと思っていたのであるがバレてしまっては仕方がない、イベントごと貴様らをメチャクチャにしてやるのだ!」


 リーネが春物カーディガンを脱ぎすてた途端、その服装が一気に変わる。

 中世ヨーロッパの装飾着を今風にアレンジしたと思わせるその格好は、そういえば会長がデザインしたコスプレ衣装に似ている。


「燃えてなくなってしまうがいい! 地獄炎インフェルノフレイム!」


 掲げたリーネの手の先に炎弾が生まれた。


「リーネちゃん、ここは火気げんきーん!」


 会長が声を上げる。

「はわわっ」と頭を庇ってうずくまる早霧。

 ミュジィが手を掲げた。その手の先に水弾が生まれる。


「やめいリーネ! 会長殿の言う通り、この場は火気厳禁じゃ! 周りにも迷惑が掛かるであろうが!」

「祭りを盛り上げてやるだけなのだーっ!」


 ブンと炎弾を投げつけるリーネ。

 ミュジィが対抗の水弾を投げつけて中和する。


 パチュン、パチュン、と弾ける炎弾。

 炎と水がぶつかり合う度に、空中で魔法の光が弾けて消えてゆく。

 それはまるで、花火でも投げ合っているような光景だった。


 人混みの中に花火。

 人の流れが止まってリーネとミュジィの魔法合戦に注目が集まるまでに、さほど時間は掛からなかった。


「なにあれ? なんかのイベント?」「わーきれーい」「いやこんなとこで危なくね?」


 ざわざわと人の声。

 俺はミュジィの袖を引っ張った。


「おいミュジィ、ダメだろ目立ち過ぎだ。それに危ない」

「わしに言うなあそこに居るリーネに言え」

「リーネ、勘弁してくれぇぇ」

「知らないのだ! これが我の仕事なのだ!」


 ブンブンと炎を投げつけてくるリーネ。どうも異常事態と悟った両脇のサークルが避難を始めた。


「ごめんなさい、ほんとごめんなさい」


 俺はペコペコ謝った。その間も炎と水が飛び交って花火を作っている。


「いけないわ、どんどん派手になっていく」


 会長が心配げな顔を見せる。

 リーネが躍起になって炎弾を繰り出せば繰り出すほど、ミュジィも対抗せざるを得ないのだ。選択の余地もなく騒ぎは大きくなっていく。


「会長殿、早霧と一緒になんとか誤魔化してくだされ」

「わ、わかったわ。いくわよ早霧ちゃん」

「は、はいっ!」


 コスプレをした二人が前に出ていった。


「はーい、現役の女子高生が作った割とエロエロフェティッシュなアドベンチャーRPGでーす! 皆さん見ていってくださーい!」

「ただいまシーン実演中でーす!」


 なるべく堂々と言い切る二人のコスプレ女子高生。

 言い切られると、なんというかイベントぽく見えるものなのだろうか。やんややんやと応援する声が増えていく。


「やれー炎の方ーっ!」「水もがんばれー!」


 そんなことをしているうちにイベントスタッフが駆けよってきた。


「なにしてるんですか! 責任者はどなたですっ!?」


 会長がイベントスタッフに怒られ始めた。すぐにやめろと言われている。しかし、


「やめないのだーっ!」


 リーネが今度は両手を掲げた。


炎龍召喚サモンフレイムドラゴン!」


 ホールの高い天井頂点にポッと炎が生まれた。そこから一匹、蛇のように身体の長い赤龍が姿を現したのだった。

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