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第17話 ネット記事に載ろう

 夜も更け始めの頃。

 パリッ、ポリッ、と。俺の部屋の中に、煎餅をかみ砕く音が響いている。


「んー、るるるー」


 合間に流れてくるのは鼻歌だ。鼻歌の主はベッドでうつ伏せになりながら雑誌を読んでいる。って、別に勿体ぶるような相手じゃない。ミュジィのことだ。


 俺はというと、キッチンで緑茶を淹れていた。コーヒーを飲みたかったのだが、「煎餅には緑茶じゃろう」というミュジィに逆らえず緑茶にさせられたのだった。


「この雑誌のウェブ版に、お主らのゲームが紹介されるのか?」

「そうだよ。昔っからある雑誌で、業界の中でも権威あるんだぜ?」


 連撃ゲーム通信は俺たちが生まれる前から発行されているゲーム雑誌で、長い歴史とそれに伴った発言力を持つ雑誌だった。雑誌不況と言われ、ゲームの情報はネットで手に入れるのが普通になった今の時代でも、多くのゲームマニアに支持されている。


 当然俺と早霧も小学生の頃からよく読んでいた雑誌だ。

 一つのゲームに対する記事が濃く、攻略雑誌というよりはゲーム関係の読み物、といった風情も強い。


「ほーん、なかなか良質な雑誌ぽいのぅ」

「そりゃもう」

「僥倖僥倖、良き話が来たものではないか」


 と足をパタパタしながら寝っ転がっているミュジィ。

 ミュジィはたまに俺の頭の中から出てきて食事を所望する。精神体であるミュジィは食べなくてもいい存在らしいのだが、食べるとやっぱりエネルギーの蓄積効率がよいそうだ。


「あこら、煎餅の包み紙まで食うな」

「硬いこというでない、わしはなんでも食べられるのじゃから」

「行儀悪いだろ」

「うるさい奴じゃのう」


 精神体であるミュジィは「なんでも」食べてエネルギーに変換することが可能だそうな。

 究極の雑食だ。

 もちろん味の良い「食べ物」を好むが、基本的には効率厨らしく、目の前にあるものならなんでも食べてしまう。


「そんならコーヒーでもいいだろうに」

「それはそれ、これはこれなのじゃ。煎餅には茶、これはコロッケは揚げたて、と同じくらい大事なことじゃぞ」


 まあミュジィの主張もわからなくないから、言いなりになったわけだけど。


「ほらお茶、寝っ転がったまま飲むなよ。ちゃんと起きろ」


 ミュジィがベッドの上で起き上がるのを確認してからお茶の入った湯呑を渡す。

 俺もベッドの端に座って、緑茶片手に煎餅を手にした。


「で、会長殿に提供用の資料を用意せいと言われておったろ。どんな資料を作成したのじゃ?」

「とりあえずゲームの分岐フラグルートとメインキャラの表を」

「ふむ、まあ無難じゃの」


 緑茶を啜りながら、ミュジィは俺の方を見た。


「じゃが会長殿は言うとったろ、あちらに頼まれてもいないのに資料出しをするのは、たくさん記事を書いて貰うためだと。それくらいで足りるのかのぅ」

「ウェブ記事は割り当てページ数とかないから、ライターの意気込みで結構ボリュームが変わってくるとか言ってたね、会長」

「そそ。思わずボリュームを盛ってしまいそうな資料が欲しいトコじゃろうて」

「ふーむ」


 俺はちょっと考えて、ノートパソコンの前に座った。

 カタカタとキーボードを叩く。


「こんなのはどうかな」


 とミュジィに見せてみたのは、隠しシナリオへの入り方の一つだった。

 今どき「隠しシナリオ」とかいうギミックは流行らないのではないかって早霧に言われもしたんだが、俺はこういうギミックが好きだ。


 プレイしていて偶然見つけてしまう要素だと思う。

 古臭いというのを否定する気はないが、俺はとてもワクワクするのだった。


「ふむ。悪くないかもじゃの」


 隠し要素があるということをアピールする為に、一つをこういった機会に公表してしまうのは周知させるために有効だと、ミュジィも頷いてくれた。


 狙いをわかって貰えると俺も嬉しい。

 俺はそのまま、煎餅片手にキーボードを打ち始めた。本格的に資料化してみることにしたのだ。

 さてはて、どれくらいの時間が経っただろう。スマホが鳴った。


「こんばんわん惣介君、起きてたー?」

「起きてますよ会長。突然のご連絡、なにか御用ですか?」

「いやー資料作成、内容ごと惣介君に投げちゃったけど、様子はどんなもんかなーと思ってね。どう? 捗ってる?」

「まあまあですかね」


 俺は先ほどミュジィに話していた資料内容を会長に告げた。もちろん今ちょうど書き終えた隠しシナリオ突入方法のことも付け加えて。


「なるほど、隠しシナリオを一つ公表してたくさんある可能性を匂わせるのは良いアイディアだと思う。惣介君、とりあえず今の状態でいいから一度あたしの方へ資料を送ってくれないかな?」

「構いませんよ。いま準備します」


 ノートパソコンから学校に設置されている共有サーバーへ、データをアップロードする。

 そこから会長が自分のパソコンに資料をダウンロードする、という段取りだ。


「アップ終わりましたよ、確認願います」

「はいはーい。……あれ? まだ反映されてないみたい」

「おや? そうですか」

「時間経ったら見てみるね、あとでまた連絡します」

「わかりましたー」


 と、このやりとりから三十分後、会長から再び電話があった。電話の向こうの会長の声が、なんだか小さい。


「……ぼんきゅっぽん」

「はい?」

「あのハッカーキャラ……、リーネちゃんの隠しシナリオなんてないわよね?」


 俺は一瞬小首を傾げ、


「書いた記憶ありませんねぇ。どうしたんですか?」

「さっき送って貰った資料にね、リーネちゃんルートへの入り方が書いてあるのよ」

「え? 俺そんなの書いてませんよ?」

「やっぱり」


 スマホの向こうで会長が頷いているらしい。なんか納得したような空気が伝わってくる。


「リーネの奴、またハッキングして悪さしてきてるんですかねぇ?」

「そうみたいね。ありもしないルートの資料なんか送ったら信用ガタ落ちするところだったわ、危ない危ない」


 苦笑しながら会長は他情報の確認をしてきた。

 どうやら他の情報部分はリーネに弄られた痕跡もなく、そのままで大丈夫そうという結論に至った俺たちだ。


「じゃ、リーネちゃんルート以外の資料をプレスキットとして使わせて貰うわね。取り急ぎあっちに送れるものが欲しかったのよ、ありがとう惣介君」


 通話を終えた俺にミュジィが笑ってきた。


「リーネの奴もマメじゃのう。いつでもチェックしておるわ、愚直なまでにしつこいの」

「そうだな」


 俺も笑う。


「実はさ、リーネぽいって話になっているハッキングキャラのモデルって、早霧だったんだよな」

「ほほう?」

「あいつ小学生の頃、ハッカーに憧れてる時期があってさ」


 なにか映画かアニメでも見たらしい、ハッカーごっこに付き合わされたことがある。

 といっても小学校の頃の話、俺たちのハッカーへの認識は「コンピューターを自在に操って、なんか勝手に最新のゲームをダウンロードして遊ぶことができる人」というものだった。

 実際のハッカーとは似ても似つかない物ではあるが、早霧は将来の夢はハッカーなどとうそぶいていたことがあるのだった。


「愚直、という点は確かに似ておるかもしれんな」

「ぼっちぽいところも似てる」

「早霧はぼっちなのか?」

「高校に入ってだいぶうまくやってるみたいだけど、基本的にあんなにプログラムにのめり込んでる女の子とか、あまり見かけないだろ? 中学の頃はだいぶ浮いてたよ」

「なるほどのー」

「もし早霧譲りのしつこさだったりしたら、リーネのしつこさは本物なんだろうと思う」

「リーネのしつこさはある意味有名じゃったぞ、そこが仕事上では認められていたわけで」

「そのしつこさで妨害されるのも、なかなかツラいものがあるな」

「ふはは、そうじゃの」


 ◇◆◇◆


 それから数日が経った。

 資料をプレスキットとしてまとめて全て送り、今日は「連撃ゲーム通信ウェブ」に記事が載る予定日である。

 放課後の会室に集まった俺たちは、ウキウキしながらノートパソコンを開いていた。


「うわぁ、記事の内容が濃い!」


 嬉しそうに苦笑したのは早霧だった。

 豊富なイラストに加え、軽い攻略もあるしキャラの紹介もある。

 俺の目から見ても、ライターのやる気が伝わる良い記事だった。

 楽しんで書いていることがわかる。


『というか会長殿、見たことのないイラストがちょいちょい掲載されておるのじゃが』


 ミュジィが俺の中から話す。不思議がっている声だった。


「うふふふふー。せっかくなので、新規イラストをたくさん描いてしまいましたー。いわゆる描きおろしです」


 俺と早霧は思わず顔を見合わせた。これがノッた会長のパワーだ、フットワークが軽くて物量作業を厭わない。


『会長殿は作業も早いし天才肌じゃのー』

「褒めて! もっと褒めて!」


 ご満悦の会長。


「ページも出来がいいし、資料提供した甲斐がありました。大成功です!」

「この記事を書いてくれたライターさんにも感謝ですね」


 早霧も会長に同調して満足げ。もちろん俺も、横で一人ニヤニヤしてしまっているのだから同じ穴のムジナだ。


「ところでみんな、今週の土曜日は暇かな?」

「なんですか会長、突然に」

「あれ? 惣介君なにか用事でもあった?」

「いえ別にありませんけど……」


 それはよかった、と手を叩く会長が言う。


「実はね、ライターさんがもっとこのゲームの話を聞きたいって言うので、土曜日に皆で編集部に伺いますって返事をしちゃったの」

「編集部って、あの『連撃ゲーム通信』の編集部にですか!?」


 と、これは横から会話に割り込んできた早霧の声だ。驚きを隠せないといった様子で興奮している。


「そうよ早霧ちゃん『あの』連撃ゲーム通信の編集部よ」


 あの、と強調する辺り会長も価値をわかっている。実にゲーマーな俺たちだった。


「どう二人とも、興味あるでしょ?」


 ある。とてもある。

 ゲーム雑誌の編集部というものは、なんとなく憧れを感じてしまうのだ。いつも読んでいる雑誌が、どんなところで作られているのか見てみたい。


 俺が返事をすると当然ながら早霧もノリ気で、土曜日は編集部ツアーをすることになった。そしてすぐに土曜日がやってきたのだった。



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