第26話 ゲーム開発見学ツアー

 バルスクのゲーム開発室は、俺たちの最寄り駅から四十分くらいの場所にあった。

 まだ七月が終わらぬこの日、俺たちはバルスクゲーム開発室にお呼ばれしたのである。


 駅を降りてすぐの場所に、バルスク開発室の入っているビルがあった。

 六階建ての大きなビルの四階、五階、六階、フロア三つをバルスクが借りているらしい。


 広いエレベーターで四階まで上がると、そこには観葉植物が置かれたバルスクの窓口ブースがあった。

 壁にはバルスクの人気RPGのポスターが貼られており、ブース横には等身大のキャラポップまで立てかけてある。

 窓も大きく、広くて明るい空間だ。


「きゃーこれライリスよ!」


 ゲームに関してはミーハーな早霧がキャラポップを見て跳ねた。

 いわゆる美形主人公キャラというものだ、ここのRPGは男キャラが格好いいので女の子にも人気がある。


「もう、早霧ちゃんたら」


 ハシャぐ早霧を困ったように横目で見ながら、会長が窓口の受付嬢に声を掛けた。サークル名と用件を告げると、「承っております」とにっこり微笑んで内線電話を掛け始める。


「後藤はただいま参りますので少々お待ちください」


 受付嬢から告げられ三十秒、四十代くらいであろうか眼鏡で少し太り気味のおじさんがやってきた。


「第三開発室長の後藤です。本日はよろしくお願いします」


 会長も挨拶をし、二人は名刺を交換する。


「まずはウチがどんな環境で開発をしているか見学していく?」

「お願いできますか? なにぶん素人集団でして、本格的な開発環境というものには凄く興味を持っているんです」

「どうぞどうぞ、こちらです」


 俺たちは奥に通された。

 四階は窓口ブースを広く取っているらしく、奥はそこまで広くもなかった。「ここは事務方ですね」と軽く説明されながら、女性社員が多い事務机エリアを抜けていく。

 奥には非常口があった。


「いちいちエレベーターを使って移動するより、こっちを使う方が楽なんですよ」


 そう言って室長が肩を竦めるように笑う。

 俺たちは室長に続いて、いったんビルの外に出た。

 外階段はしっかりした造りで、高い場所だけど全く不安感はない。


 夏の風に吹かれながら昇っていくと、すぐに五階に着いた。

 ここが開発フロアだと言う。

 扉を開けてフロアに入ったとき、まず思ったのは「あれ? 意外とうるさいな」ということだった。


 フロアは大きくパーテーションで区切られており、さらに一人一人の仕事机が個別になるような形で仕切られている。

 漫画喫茶の個室席がたくさんある、と言えばいいだろうか。だけどそういう場所なのに、あちこちから会話が聞こえてきているのだ。


 俺たちがキョロキョロしていると、心の内を見越したのか室長が笑った。


「うるさいでしょ? 注意しても無駄なんだよ。クリエイターってのは変な奴が多くてね」


 見れば個人ブースから外に出て、通路や休憩所ぽいところで話し込んでいる人が何人も居る。ボサボサの髪とシャツにサンダル姿でコーヒーを飲みながら談笑していた。


『なんじゃ。自分の家かの如くの恰好じゃの』


 ミュジィが俺の頭の中で囁いた。


「自由人が多いんだ」

「そうなんだよ。困ったものだけどね」


 ミュジィに答えたつもりだったが室長に反応されてしまった。

 いかんいかん、ミュジィとの会話は気を付けないと周囲に誤解される。

 俺が冷や汗をかいていると、早霧が俺のシャツの袖を引っ張ってきた。


「ね、惣介、見てあそこ。ユグファンのキャラデザやった牛島さんが居る!」

「ほんとだ。……って、一緒にいるのはシナリオの井上さんじゃないか?」


 ちょっと興奮してしまった。

 憧れていたゲームクリエイターが目の前にいて、動いている。


 これはなかなかに不思議な感じだった。

 雑誌やネットでしか見たことのない人がそこにいる、それだけでここが異次元のように感じられてくるのである。


「結局、うるさいのが嫌いな人はヘッドホンをつけて音楽聞きながら仕事してる形だねぇ。せっかくパーテーションで区切って個人のスペースを大事にしているんだけど、なんかそこまで意味がないよ」


 室長の後に続きながら俺たちはキョロキョロとお上りさん状態だ。

 ここに居る皆が皆、ゲーム開発に携わっているプロたちなのだ。そう思うだけで圧倒される。


「お、いたいた。長瀬くーん、彼らにコンシューマーでの開発環境とか説明してあげてくれないかなー」


 室長が俺たちに紹介してくれたのはプログラマーさんだった。

 ひとしきり挨拶を交わし合ったあとに色々と説明をしてくださった。


 コンシューマーとはこの場合、家庭用ゲーム機を指している。

 パソコン用のゲームとは違い、コンシューマーゲームは専用の開発機材やソフトを必要とする場合が殆どとのことで、そこら辺を解説してくれているらしい。


 らしい、というのは俺にはチンプンカンプンだったからだ。

 早霧と会長はプログラマーさんの話を興味深げな顔で真剣に聞いているので、水を差さないようにするだけで必死だった。

 具体的にはアクビを堪えながら、俺は適当に頷いているのである。


「ちょっと惣介、そんな気を遣わなくてもいいから。わかったフリして相槌なんか打たなくてもいいわよ」


 見兼ねた早霧に指摘されてしまい、なんともバツが悪い。

 プログラマーさんも苦笑していた。同じく手持無沙汰そうだった室長が俺の方を見た。


「あはは惣介君、我々はあちらにいってようか」


 俺と室長は休憩所のテーブルについてコーヒーを飲むことにした。

 見知らぬ人と二人きりというのは気持ちが重かったが、さすが大人というべきか室長が上手く話題を提供してくれるので会話は進む。


 話す内容は主にゲームのことだ。

 今まで俺が遊んだことあるゲームの話からバルスクのゲームの話になって、最終的にはラナドイルグラフティの話になった。


『やっと本題といったとこじゃの』


 俺は頭の中のミュジィに応えず室長との会話に専念した。


「惣介君があのゲームのシナリオ書いてるんだろう? いつからああいうの書くようになったの?」


 いつから。それこそ幼稚園の頃からだ。

 うちには俺が小さな頃から本が溢れていた。

 子守り話に母が「世界の童話」を読んでくれていたおかげで、俺の幼少期は冒険に溢れていたのである。


 隣に住んでいた早霧もまた俺と同じく物語やゲームが好きで、そういう話をする相手にも事欠かなかった。

 幼稚園の頃から、落書きにちょっとしたシチュエーションを加えて出来事を動かしていた。それが俺の物語作りの原点。

 と、そんな話をしてみたら室長は目を丸くして驚いていた。


「はあぁー、それはもう筋金入りなんだねぇ。道理でね」


 うんうん、と一人頷いて、


「いや惣介君のキャラクターは良いよ。存在感がある。物語の進行も、とても高校生が書いたものとは思えなかったからね」


 にっこり俺の方を見る。あれ? 俺いま褒められてる?


『おお、べた褒めじゃのー。よかったのうお主さま』

「あ、いえ、そのっ!」


 突然の持ち上げに、俺は狼狽えた。


「全然、そんなことはないのでっ!」

「ははは、テレないテレない」


 室長はコーヒーを啜った。そして俺の顔を見る。


「ぜひ一緒に仕事をしたいものだねぇ」

「えっ?」


 俺が問い返すと、室長はにっこり笑いながら席を立った。


「お、そろそろあちらさんも話が終わったらしい。それじゃあみんなで応接室に行こうか」


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