4

第25話 夏休みと嬉しい話

 夏休みに入った。ミーンミーンと蝉がうるさく青葉の匂いが濃い季節。

 とはいえ俺たちは変わらず会室に赴き、ミーティングや開発作業をこなしている毎日だ。午前中に登校し、皆で昼食を摂り、日が暮れるまで開発を進める。日々会室のクーラーはフル稼働ときている。


 この日、早く会室にきた早霧と俺がいつも通りに作業の準備をしていると、遅れてやってきた会長がこういった。


「惣介君、コバルトスクエアって会社知ってる?」

「知らないわけないじゃないですか、中堅だけどRPGで有名なゲームメーカーですよね。ゲーマーなら誰でも知ってるんじゃないですか?」


 机の上のノートパソコンを開きながら、俺は機械的に答えた。

 なにを今さら、というのが俺の感想だ。俺と早霧が好きなRPGを何本も出している老舗でもある。


「昨日ね、そこから打診が来たの」

「へー、どんな打診です?」

「今開発中のゲームを、うちから出さないか? って」

「へー。……え? へっ?」


 思わず俺の作業準備が止まった。


「えええええーっ!?」


 と叫んだのは、俺ではなく早霧だった。


「ほ、ほんとなんですか会長。あのバルスクですよね!?」

「さ、早霧ちゃん……、ちょっと落ち着いて」


 席を立った早霧が会長の元へと突進して詰めている。

 俺もびっくりだったのだが、早霧の驚きように飲まれてタイミングを逸してしまった。


『バルスク?』


 俺の頭の中からミュジィが疑問を挟んできたので、俺は答える。


「ほら、俺が家で休憩してるときにやってる格闘ゲーム。あれもバルスクだよ。RPGが有名だけど格ゲーやパズルゲームまで、幅広いジャンルを扱ってるメーカーなんだ」

『ほーん。なるほどあのゲーム、確かに質がよさそうじゃったな』

「でしょでしょ!?」


 と早霧はやっぱり興奮気味だ。

 早霧がヒートアップ中なので、俺は会長に務めて冷静に聞いた。


「ゲームって、うちのラナドイルグラフティのことですよね?」

「そう。一度会社まで来てお話を聞いて頂けませんか、っていう内容」

「凄い! それでお返事はもう出したんですか会長!?」


 早霧が会長に迫る。


「ま、まだ返事してないのよ。どうしたものかなーと思って」

「なんで返事してないんですか会長らしくもない!」

「……惣介君はどう思う?」


 早霧でなく、わざわざ俺に聞かれた。

 どうかと問われれば、……うん嬉しい。早霧のせいで興奮するタイミングを失ってしまってるわけだが、十分興奮に値する話だ。あのバルスクが俺たちのゲームを評価してくれたことになるのだから。

 俺はそう考え、そう答えた。


「そっかぁ」

「あれ? 会長はなんかノリ気に見えませんね。嬉しくないんですか?」

「うーん、そんなことはないんだけど」


 と会長の歯切れは悪い。


「なに言ってるんですか会長! この話、絶対に受けるべきですよ! 惣介のシナリオをより多くの人に見て貰うなら、やっぱり大きな販売ルートを持つ家庭用ゲームのメーカーが一番ですってば!」

「それはまあ、そうなんだけど」

「じゃあ是非に話を聞きに行きましょう! チャンスです!」


 早霧は先のテレビ取材からこちら、やる気満々な状態が続いている。

 そんな早霧がこんなに推してくるんだ、意気を削ぐこともあるまい。そう考えた俺は、チラとこちらの顔を見てくる会長に言った。


「まあ良いんじゃないですか? とりあえず話を聞くくらい」

「惣介君もそう言うなら……。うん、わかりました」


 会長が頷く。


「お返事してみます! バルスク見学ツアーと洒落込みましょー!」


 やったー! と早霧が跳ねる。

 こうして夏休みの予定が、予想外にも増えたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る