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第25話 夏休みと嬉しい話
夏休みに入った。ミーンミーンと蝉がうるさく青葉の匂いが濃い季節。
とはいえ俺たちは変わらず会室に赴き、ミーティングや開発作業をこなしている毎日だ。午前中に登校し、皆で昼食を摂り、日が暮れるまで開発を進める。日々会室のクーラーはフル稼働ときている。
この日、早く会室にきた早霧と俺がいつも通りに作業の準備をしていると、遅れてやってきた会長がこういった。
「惣介君、コバルトスクエアって会社知ってる?」
「知らないわけないじゃないですか、中堅だけどRPGで有名なゲームメーカーですよね。ゲーマーなら誰でも知ってるんじゃないですか?」
机の上のノートパソコンを開きながら、俺は機械的に答えた。
なにを今さら、というのが俺の感想だ。俺と早霧が好きなRPGを何本も出している老舗でもある。
「昨日ね、そこから打診が来たの」
「へー、どんな打診です?」
「今開発中のゲームを、うちから出さないか? って」
「へー。……え? へっ?」
思わず俺の作業準備が止まった。
「えええええーっ!?」
と叫んだのは、俺ではなく早霧だった。
「ほ、ほんとなんですか会長。あのバルスクですよね!?」
「さ、早霧ちゃん……、ちょっと落ち着いて」
席を立った早霧が会長の元へと突進して詰めている。
俺もびっくりだったのだが、早霧の驚きように飲まれてタイミングを逸してしまった。
『バルスク?』
俺の頭の中からミュジィが疑問を挟んできたので、俺は答える。
「ほら、俺が家で休憩してるときにやってる格闘ゲーム。あれもバルスクだよ。RPGが有名だけど格ゲーやパズルゲームまで、幅広いジャンルを扱ってるメーカーなんだ」
『ほーん。なるほどあのゲーム、確かに質がよさそうじゃったな』
「でしょでしょ!?」
と早霧はやっぱり興奮気味だ。
早霧がヒートアップ中なので、俺は会長に務めて冷静に聞いた。
「ゲームって、うちのラナドイルグラフティのことですよね?」
「そう。一度会社まで来てお話を聞いて頂けませんか、っていう内容」
「凄い! それでお返事はもう出したんですか会長!?」
早霧が会長に迫る。
「ま、まだ返事してないのよ。どうしたものかなーと思って」
「なんで返事してないんですか会長らしくもない!」
「……惣介君はどう思う?」
早霧でなく、わざわざ俺に聞かれた。
どうかと問われれば、……うん嬉しい。早霧のせいで興奮するタイミングを失ってしまってるわけだが、十分興奮に値する話だ。あのバルスクが俺たちのゲームを評価してくれたことになるのだから。
俺はそう考え、そう答えた。
「そっかぁ」
「あれ? 会長はなんかノリ気に見えませんね。嬉しくないんですか?」
「うーん、そんなことはないんだけど」
と会長の歯切れは悪い。
「なに言ってるんですか会長! この話、絶対に受けるべきですよ! 惣介のシナリオをより多くの人に見て貰うなら、やっぱり大きな販売ルートを持つ家庭用ゲームのメーカーが一番ですってば!」
「それはまあ、そうなんだけど」
「じゃあ是非に話を聞きに行きましょう! チャンスです!」
早霧は先のテレビ取材からこちら、やる気満々な状態が続いている。
そんな早霧がこんなに推してくるんだ、意気を削ぐこともあるまい。そう考えた俺は、チラとこちらの顔を見てくる会長に言った。
「まあ良いんじゃないですか? とりあえず話を聞くくらい」
「惣介君もそう言うなら……。うん、わかりました」
会長が頷く。
「お返事してみます! バルスク見学ツアーと洒落込みましょー!」
やったー! と早霧が跳ねる。
こうして夏休みの予定が、予想外にも増えたのであった。
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