第24話 取材が終わり…

 取材は終わった。リーネは俺たちから東京土産――このあいだの編集部ツアーのときに買っておいたものだ――を渡され、困惑しながらも帰っていった。


 俺たちが会室の後片付けを終えて帰路に着く頃には、もう星が出ている時間だった。俺は会長に言われ、早霧を家まで送ることになった。

 六月。初夏というにはちょっと早い季節の夜を、俺たちは二人で歩く。


「慌ただしい一日だったな」

「疲れちゃったわね」


 言葉通り、目を瞑ったぐったりした様子で早霧は俺の隣を歩いている。


「おい、寝るのは家に着いてからにしろよ?」

「いくら私だって、歩きながらは眠れないわよ」

「どうかなー? おまえ寝る天才だからな。ゲームやってるときに寝るなんか序の口だし、ほら昔、俺の家で立ったまま寝てたことあったろ」

「それ昔、昔の話!」

「約束の時間になっても顔出さないからおまえんち行ったら寝てた、なんてことだらけだったしさ」

「ちょっと? 昔の話を持ち出すのって反則じゃない?」

「なにが反則だよ。昔だろうとおまえはおまえだろうに」

「私は生まれ変わったの、昔は身体が弱くてよく寝ちゃってただけなんだから!」

「はいはい、おまえは変わった変わった。それは認めるってば」


 なんだか早霧がムキになってきたので、俺は苦笑しながら肩を竦めてみせた。


「そういうあんただって変わったわよね」

「そうか? どう変わった?」


 ほほう、知らぬ間に俺も成長していたのかと内心でほくそ笑んだ。しかし早霧の返答は無慈悲なもので――。


「あんたは昔よりもいい加減になったわ」

「ひでえこと言うなおい」

「本当のことだから仕方ないわよ、あーあ、昔はあんなに頑張るコだったのに」


 否定しえない。

 早霧の言う通り、俺はなんでも頑張ってしまうお子さんだったと思う。


「それがどうしてこんな怠け者の度胸なし、日和見クズになってしまったのか。お姉さんは悲しいわよ」

「あ! ねーちゃんづらやめろって言っただろ、一ヶ月しか生まれ違わないくせに!」

「されたくなかったらもっとシャンとして」

「ちぇっ、それでも最近頑張ってる方だろー? 俺にしては」


 自分で言ってしまった。こういうのは自分で言うと、途端にペラくなる。

 だがまあ、早霧の口撃こうげきに耐えかねたのだ仕方ない。


「未だラストまでは書いてないけどね」

「うぐ」


 早霧は容赦がない。

 だがホントそれはその通りで、最近はラスト方面に行かずにサブシナリオの方ばかりを書いていっている俺だった。確かにまあ、ダメな奴だ。


 気持ちを下へ掘っていたら不意に疑問が湧いてきた。

 俺はそれを早霧にぶつけてみる。


「なあ早霧」

「ん?」

「早霧ってさ、なんで俺を応援してくれんの? 俺のことが好きなの?」

「ばっ、ばっかじゃないの!?」


 早霧が足を止める。おや、顔が真っ赤だけど。


「そんなわけないじゃない! な、なんで私がアンタなんかを!」


 うん、やっぱそうだよな。知ってた。じゃあ、


「じゃあ、なんで?」


 しばらく早霧は黙り込み、そっぽを向いていた。遠くでは電車の音、がたんごとん。近所の家からは、夕飯の匂い。ああこれは、マーボ豆腐系の匂いかな?

 しばらく待っても早霧の反応がないので、俺は「ごめんごめん」と頭を掻いた。


「気にしないでくれ、さあ帰ろう」


 と、俺が促すと。


「入院……」


 早霧がこちらを見ぬままに話しだした。


「小学生の頃、私が入院したのは覚えているわよね」

「もちろん」


 小学二年の頃に早霧は入院した。元々身体が弱かったのだが持病が悪化したとかで、当時は聞かされていなかったが、命に係わるような状態だったらしい。

 俺はその時の早霧の様子を、今でも鮮明に覚えている。


 ベッドの上で横になっていた早霧は、呼吸がうまくできないらしく苦しそうで、いつもどこかが痛いと泣いていた。身がどんどん細くなり、骨と皮だらけ。危なかったと聞かされていなかった俺でも心配で仕方なかったくらいの状態だった。


「あのときさ、惣介がお見舞いで持ってきたもの覚えてる?」

「……なんだったっけ?」


 おや? 覚えていない。俺はなにか持っていったっけ。


「なによ覚えてないの!? 自作のRPGのシナリオだーって、あんた、私を主人公にして、元気になっていくゲームのシナリオを書いてきてくれたのよ」

「そうだっけ」

「やだホントに忘れてるの!? サイッテー!」


 早霧は心底がっかりしたように言った。俺の顔をジローリと見て、


「それじゃあ、あのシナリオも未完成だったことすら覚えてなさそうね。あの頃からあんたもう『完成させられない病』だったのよねぇ」


 マジか。どんだけ筋金入りなんだ俺の病気。

 俺はちょっとヘコんだ。ヘコんでいると早霧がクスクス笑いだす。


「でもね、すごく面白かったの」


 なにかを思い出すように、早霧は夜空を見やっていた。


「あのとき私は思ったの。惣介のシナリオをたくさんの人に見て貰いたいって。その為に私ができることってなんだろうって」


 それがプログラムだった、と。早霧はそう言った。


「元気になれたら自分でゲームを作れるようになろうって思ったわ。だから頑張ろうって」

「そっか……」


 そして早霧は頑張ったんだ。元気になるために。俺のために。


「なんだろ、うん。なんていうか素直に、……ありがとう早霧、俺頑張るから」

「ほんと、頑張ってよね!」


 バンッ! と早霧に背中を叩かれた。「いてーっ!」と俺が声を上げると、早霧が笑う。不思議だな、俺は今とても気分がいい。口うるさくてあんな憎たらしく思ってた早霧のことが、妙にかわいく思えた。


 俺は早霧の横顔をじっと見る。

 すると早霧が俺の視線に気がついたのか、眉をひそめて少し慌てたように笑う。


「な、なによ?」

「いや、なんでもないけど」


 俺の目は、まだ早霧に釘付けだった。あれ、俺たちっていつもこんな近い距離で一緒に歩いてたっけ? 気がつけば早霧の顔がすぐそこにあるような距離だった。


「惣介……?」


 俺は早霧に吸い寄せられていく。早霧の身体がちょっと強張っていくのがわかった。だけど早霧は目を瞑り、ああ、俺たちは近づいてゆく。近づいて――。


『るーるるるるー』


 突然の鼻歌。


「きゃあっ! ミュジィちゃん!?」「居たのかっ!?」


 その声は、俺の頭の中から俺たちに響いてきた。


『そりゃまあ、おるよ』


 申し訳なさそうな声が響いてきた。


『黙っておいてもよかったのじゃが、万一このまま交尾までされたら流石に気まずいでな』

「きゃあああああーっ!」

「ななななな! なに言ってんだおまえ! そんなこと俺たちが……!」

『いやほんと申し訳ないのう』


 パッと離れた早霧が顔を真っ赤にさせて俺を睨む。


「とにかくね! 私があんたのシナリオを世に出すから! あんたは私についてくればいいの!」


 ジローリと俺を睨んで、「わかったら返事っ!」


「は、はいっ!」


 俺は思いっきり背筋を伸ばして、敬礼までしてしまったのだった。


 ◇◆◇◆


 テレビ取材の結果は上々。スタジオでの収録も終わり、放送予定日も決まった。俺たちは俺のマンションに集まって番組を見ることになった。

 地方報道番組のワンコーナーだ。俺たちのコーナーは十五分程度の枠だったが、内容は濃かった。ゲームのプレイ画面も使って貰えてて、良い宣伝になったと思う。十分に満足のいく映像だった。


「いやーでもやっぱり最後の魔法戦闘の映像は凄かったわねぇ」

「そうですね会長。リーネちゃんとミュジィちゃんもかわいく映ってましたし」

「お? そうかの? そう言われると嬉しいものじゃのう」


 女の子三人がお菓子をツマミながらキャッキャと講評しているのを横で聞きながら、俺はふと思った。


「そういやリーネも今、この番組見てるのかな?」


「どうかしらね」早霧が首を傾げた。

「どうじゃろうの」ミュジィがお茶を啜った。

 俺は煎餅を口に入れながら、「見てるといいな」そう思ったのであった。


 ◇◆◇◆


 リーネはテレビを見ていた。四畳半一間のアパートにて、部屋を真っ暗にして食い入るようにテレビへとしがみついていた。

 ――オカシイ。とリーネは頭を抱えていた。

 奴らの邪魔をしにいったはずなのに、どうやら我は奴らの味方をしてしまったらしい。


「や、奴ら卑怯なのだ! 我をノセおって、これでは我が道化ではないかなのだ!」


 ブチブチと、テレビに向かって不平を漏らす。

 映像がいったん終わると、そのままリモコンのボタンを押してHDDに録画した番組を最初からまた見る。


「まったくもう、まったくもうなのだ。騙されさえしなければ我はこんな……」


 テレビを食い入るように見ながら、やっぱり文句。ああ、でも。だけど。


『楽しかったであろう?』


 何故だろう、ミュジィの言葉を思い出してしまう。その言葉を頭から弾きだそうとするように、フルフルと頭を振るリーネ。


「わ、我は彼奴等の敵であるから!」


 リーネが何回目かの大声を上げたとき、ピンポロン、とリーネのスマホが鳴った。メッセージが届いたのだ。「む、誰からじゃろう? ……魔王さま!?」

 メッセージにはこう書かれていた。


『ノリノリだったようじゃないかリーネ。楽しんだかい?』


 慌ててリーネはメッセージを返した。電子使いであるリーネの技術で、異界同士をネット回線にて繋げてあるのであった。


『おまえには失望した。もう半年以上経つのに何一つ結果を出せておらぬ』

「すみません、すみませんなのだ魔王さま!」

『次が最後のチャンスだ。必ず歴史を変えて、クリエイターズの制作を阻止せよ』

「わかってますなのだ! 見ていてくださいなのだ!」


 リーネはテレビを消した。

 真っ暗になった部屋に、決意したリーネの目だけがランランと光っていたのだった。



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