第27話 アルバイトをしよう!
応接室での話は単純だった。
バルスクと契約して、家庭用ゲーム機でラナドイルグラフティを出しませんか? ということだったのだ。
その際の条件は、メイン開発はこちらのまま。
イラストも会長のままでオッケー。
音楽は現在フリー素材のものを使っているところを、オリジナルのものを提供して貰えるという。
権利など、その辺の条件については会長が色々と聞いていく。会長の反応を見るに、大まかには悪くない条件のようだった。
もちろんこの場で決めなくてもいいと室長は言っているが、どうしたものか。
室長がちょっと席を外して俺たちだけになったとき、どうやら乗り気でやる気満々の早霧が、会長を説得しようとする。
「権利条件も悪くないし、受けましょうよ会長! 家庭用ゲーム機で出せるとなれば手に取ってくれるユーザー数が同人PCゲームとは比較にならないと思います!」
「まあねー、それはそうなんだけどねー」
そのまま俺の顔を見る。
「惣介君はどうしたい?」
「俺は会長と早霧に任せますよ。でも早霧がこんなに推すなんて珍しいし、乗ってもいいかなって気にはなってます」
「ここの音楽っていうと塩野さんですよね? 惣介のシナリオと会長の絵に、塩野さんの音楽がつくならもしかしてミリオンだって夢じゃないかも。絶対チャンスですよ!」
「まあねぇ」
『いつになく早霧が押してくるのう』
ミュジィが俺にだけ聞こえるような声で囁いた。
「こないだのテレビ取材からこちら、早霧のテンションはずっと高いからな。やる気に満ちてやがる眩しすぎだろ」
『ほーん。さぞかし良いことでもあったんだろのう』
「そうなんかねぇ」
『……お主、本気か。本気で鈍感系気取るつもりか?』
「ん?」
ミュジィと俺がぶつぶつ喋っているところに早霧の声が重なる。
「イケますって会長!」
――かくして。
この数日後、早霧の押しに譲る形で俺たちはメーカー側の条件を飲んで契約することになった。夏休み中はバイト扱いでバルスクに通い、コンシューマー版の開発をする。
今日は初出勤、このプロジェクトを管理してくれるあちらさんの企画チーフと顔合わせをすることになっていた。
「初めまして、バルスク第三開発室企画チーフの秋芝です」
まだ若そうな小太り眼鏡の男性だった。
格好は開発としてはパリッとしている方で、綺麗なワイシャツにネクタイをしていた。なにか喋る度に眼鏡をクイと上げるのが癖らしい。
「僕がバルスクと皆さんとの橋渡しをします。なにかわからないことがあれば遠慮なく聞いてください」
そして俺たちは六階の一室を借りて、家庭用版のラナドイルグラフティを開発することになったのである。
プログラマーは変わらず早霧だ、バルスクのプログラマーから指南を受けながら初ハードのプログラム。最初はうまく行かずに難航したが、バルスク側からの人員動員のおかげでどうにか開発がレールに乗り始めた。
「おはよー惣介、ミュジィちゃん」「おはよー」
「おはようございます」『おはようなのじゃ』
俺たちは時間を合わせて皆で出社している。
電車で四十分の道のり、一人よりは人数が多い方が退屈しない。
出社は午前十時までだから電車もさして混んでいないので、その日のミーティングも兼ねていた。
「よかった、それじゃあ早霧ちゃんの方の問題は解決しそうなのね」
「はい会長。すみませんでした私の手際が悪いせいで時間が掛かってしまって」
「いいのいいの、あたしたちのプログラマーは早霧ちゃんしか居ないんだから」
今日も元気はつらつといった感じの二人だった。俺はアクビをする。
「なによ惣介、眠そうね。昨日何時に寝たのよ」
「んー。何時だっけミュジィ?」
『むぅ、明け方くらい?』
「なにしてんのあんた、業務に差し障るじゃない」
「悩んでんだよ、どういう風に話を終わりに持っていけばいいか。まだ決まってないって言ったら、企画チーフに叱られちゃってさー」
「ほんっと筋金入りのエタり病持ちよね。そんなに書いてるのに、未だ一本も最後まで書けたのがないんだから。今回はやめてよね!」
「わかってるわかってる」
早霧の矛先が俺に突き刺さって抜けなくなる前に俺は話題を変えることにした。
「会長は今、会社の先輩からデジタル絵を教わってるんですって?」
「うん。あたし基本がアナログだったから。パソコンで絵を描くときに便利なノウハウを色々と」
『ほほー、それはいいのう。そういうのはある種、絵描きの秘伝であろう? 気前良いものじゃな」
「うふふ、お陰さまでだいぶ塗りも変わったわよ? 昼に見せてあげるねミュジィちゃん」
『楽しみにしておくぞぃ』
「私も! 私も見たいです会長!」
「もちろん! じゃあお昼にね!」
会長だけは絵を教わる都合で今、違うフロアで仕事をしている。この日も六階の「ラナドイル開発室」には俺と早霧しかいなかった。
「ふんふふんふふーん」
早霧が上機嫌に鼻歌を奏でている。見ていると指も軽やかにキーボードを叩いていた。
『機嫌よいのう早霧』
俺よりミュジィが声に出して反応した。
「そりゃあもう」
心の底から気持ちよさそうな声で、早霧が答える。
「まさか家庭用でこのゲームを出せるようになるなんて思ってなかったわ。これで、もっともっと多くの人に惣介のシナリオを読んで貰える」
『ブレぬのう、お主も』
苦笑交じりの声音でミュジィが言う。このところ、早霧は「俺のため」と言ってしまうことに抵抗がなくなってきているようだった。テレもせず俺の顔を見て「これはあんたのためなんだから」なんてことを平気で言う。
そんな前向きな目で見られると、俺も頑張ろうという気になる。だから昨日も、このゲームのラストをどうするか徹夜で考えていたのだ。
俺に相談されたされたミュジィは、ベッドの上で予言書クリエイターズ・ドーンを見ながら興味もなさそうに肩を竦めたものだ。
「なんでラストが書けないのか? じゃと?」
「うん」
「……なにも自分では心当たりないのじゃろう?」
「最初は確かに、完成させたものを評価されるのが怖くて手が竦んでたと思うんだけど、今はなんか感じが違うんだ。自分でも不思議なんだよ、もうここまで書いてたら流れに乗ったラストくらいはイメージできると思うのに、考えようとするとポッカリ空白になる」
「ま、未熟なんじゃろうよ。精進して時期がくればどうにかなるんじゃないのかえ?」
「もう、その時期なのにどうにもならないから困ってるんだが」
いやホント困ってるのだ。今日にも仕上げたいくらいなのだ。
「惣介くーん」
部屋の扉がガチャリと開き、小太りな企画チーフが入ってきた。
「どう? 少しは進んだ? そろそろエンディング指示がないと困るんだけどなぁ」
「すみませんチーフ、まだ出来てなくて」
「そっかぁ、急いでね?」
「はい」
そしてまた出ていく企画チーフ。
一瞬の会話なのに、俺は汗がびっしょりだ。
「なに惣介。作業予定遅れてるの?」
「遅れているというか、なんか前倒しになった項目がいくつかあって。シナリオの修正とかも」
シナリオのラスト以外にも、たくさんの修正を提示された。
家庭用化するために、問題があちこちあるとのことだった。
その中には「え、ここも変えるの!?」なんてところもいくつかあったが、自分には家庭用のタブーとかがわからないので口が出せない。地味にストレスだったが、これも俺の仕事。頑張るしかない。早霧も会長も頑張っているのだから。
「なーに難しい顔してるのよ惣介」
早霧が呆れたような顔で笑っていた。
「え、いや。……俺、そんな顔してた?」
「してたしてた。眉間に皺寄せまくり」
クスクスと笑う早霧。
「あんたは悩んでも仕方ないんだから、さっさと頑張る!」
ほんと早霧はこのところ嬉しそうだ。
「せっかく評価されてるんだから、エタり癖がバレる前にどうにかなさいよね!」
「わ、わかってるって!」
そうだな頑張ろう。
早霧に元気を貰い、俺は前向きになろうと思ったのだった。
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