第28話 変わる雲行き

 昼休み。俺たちは開発室に集まり三人でお弁当を食べていた。

 会長の新作イラストを見せて貰いながらワイワイと食べる昼食は美味しい。たとえそれがコンビニ弁当でもだ。


「なーに惣介君、またコンビニ弁当?」

「そうですよ会長、なにか?」


 会長の声に少し意地悪な波長を感じた俺は、わざとブスっとした声で応えた。


「もっと野菜とか摂らないと。ハゲちゃうよ?」

「――? 惣介、ハゲるの?」

「ハゲないハゲない。ああいうのは遺伝って言われてるだろ早霧、俺は大丈夫だよ両親だってフサフサだ」

「わからないわよー、惣介君おでこ広いし。まあどちらにせよ野菜はもっと食べないと」

「そ、そうね。ハゲとかは関係ないけど、もっと野菜は食べないと。ハゲは関係ないけど」


 お野菜満載のお手製弁当をパクパク食べながら、早霧が言った。そんな早霧を会長がチラと横目で見る。そしてにんまりわらった。


「ねー早霧ちゃん、惣介君のお弁当作ってあげたら?」

「は?」「えっ?」


 早霧と俺は一緒になって会長に注目してしまった。


「そのお弁当、自分で作ってきたんでしょ? 労力的には一つも二つもそんな違わないだろうし」

『おお、それは名案じゃのう。こやつ最近は家でもコンビニ弁当ばかりじゃ、少し前は自炊しておったにこの頃は全然やらぬ』

「忙しいんだ、仕方ないだろう!」


 ミュジィに反論して俺はチラと早霧の方を見た。あれれ、早霧が顔を真っ赤にしている。


「惣介……、お弁当、欲しい?」

「べ、別に俺は……。だいたい早霧、おまえ俺より料理下手じゃないか」

「し、失礼ね」


 そうなのだ、こいつは料理があまりうまくない。

 趣味以外のこと、要するにプログラムや娯楽以外のことには驚くほどズボラだ。


「いーじゃない、いーじゃない。惣介君は早霧ちゃんのこと料理下手って言うけど、このお弁当しっかり栄養のバランスも考えられているわよ? コンビニ弁当より絶対いいってば!」

「そ、それはそうだと思いますけど」

『あー早霧よ。こやつテレ屋だから否定をまともに受け取ってはならん。是非とも作ってやってくれ』

「な、なに言ってんのミュジィ!」

「そうそう、惣介君はすぐテレるから。気にしちゃダメよ早霧ちゃん、ちゃんと作ってあげてね」


 顔を真っ赤にしたままの早霧が、俯き加減に俺の方を見ている。上目遣いに、じとっと俺を見ながら、


「そういうことなら……」


 と口を尖らせた。


「作ってきてあげるから、明日からコンビニでお弁当買っちゃダメよ?」


 あれ? まただ。なんか早霧が可愛く見える。いや早霧がカワイイというのはハナから知っているが、なんていうかそういう意味じゃなくて。うーん。

 俺が機能停止していると、横から会長がツツいてきた。


「惣介君、お礼お礼」

「え? あ? うん。あ、ありがとう」

「いいのよ、そんな食事でいま倒れられても困るんだからね!」


 プイと早霧が横を向くことで、契約は終了だ。

 なんだかなし崩しに話が決まってしまった気がするけど、ここで俺が態度を硬化させても誰も得をすまい。

 まあいいか、早霧の弁当が不味くても、俺が我慢すればいいだけなんだ。


 会長が「うふふー」と笑う。ミュジィが「ふひひ」と笑う。

 そんなこんなで昼時間が過ぎていき、そろそろ午後の業務時間になるかという頃。


「あ、大事なこと忘れてた。惣介君、早霧ちゃん、午後はバルスクとの本契約があります」


 会長が神妙な顔で俺たちに告げる。


「あたしたちは家庭用でラナドイルグラフティを出す。この方針で行って構いませんね?」

「はい」「はい」


 俺たちは答えた。「わかりました」と会長が頷く。

 そしてこの日の午後、俺たちはコバルトスクエアと本格的に契約をした。いくつかの書類にサインをし、滞りなく話し合いは終わる。


 仕事帰りに俺たちはカラオケに行き、ちょっとしたお祝いをした。

 ジュースを飲み飲み、歌う。

 俺や早霧はカラオケにあまりが馴染みないのだが、それでも頑張って楽しく歌った。このときの俺たちは最高にハッピーだったことだろう。


 しかし幸せは長く続かない。

 この日から先、急に仕事の雲行きが怪しくなっていくなんてことを、俺たちは想像もしていなかったのだった。



☆☆☆


 まず変化したのは仕事の量だった。あからさまに増えたのである。


「これまでが少なかっただけでね。もう正式にウチの見習いになったんだから、プロとしての仕事に慣れて貰わないと」


 チーフにそう言われてしまうと、所詮俺たちは学生だ。プロがこなす仕事量なんかわからないので頷くしかない。これまでの日常と百八十度代わり、俺たちは毎日をヒーコラ言いながら過ごすことになった。


「惣介、これやっとけって言ったじゃん」


 チーフの俺への応対も変わった。

 これまでの敬称付けが無くなり、上下を意識させる物言いになったのだ。


 仕事が増えただけでなく、一つ毎の締め切りも短くなった。急ピッチのペースとなりゲームシステムやシナリオの仕様変更が続々と発注されてきた。


 俺も忙しいのだが、それ以上に忙しい状態になっているのは早霧だった。

 システム的仕様変更の嵐、嵐、嵐。明らかにキャパシティを超えたその仕事たちを前に、早霧はみるみる疲弊していった。


 変更の内容も、イマイチ俺たちには納得しにくい物が多い。俺は会長と相談して、企画チーフに意見することにした。


「ゲームの発売スケジュールがタイトになったんだよ」


 変更点が納得いかない、という俺たちの意見に対するチーフの答えはそれだった。


「このままの開発ペースでは間に合わないと判断されたんだ」

「でも俺たち、そんなこと聞いてませんが……」

「もう決まったことだから」


 有無を言わせないという表情でチーフが俺を睨んでくる。

 強硬に出られると俺みたいなオタクは弱い、俺は口を結んでしまった。すると横から会長がフォローしてくれた。


「ですけど、これでは契約に違反しているのではないでしょうか。基本的にゲームの開発方針はあたしたちが決められる、とのことだったと思いますが」


 会長が言うと、チーフは面倒くさげに自身のデスクの中からなにやら書類を取り出した。

手に取った会長が見て顔色を変える。


「こ、これ……」

「そう、本契約書。よく読んで頂けました?」

「内容が変わってませんか!?」

「え? 最初からこれだったと聞いてるけど……。もしかして、よく読まなかったんじゃないのぉ?」

「そんな……!」


 色を無くした会長にどうしたのか訊ねると、最初と内容が違うとのことだった。


「これだと企画の主導権は向こうにあるし、あたしたちが途中で降りてもゲームの権利はバルスク側に帰属してしまうの」


 俺は憤慨してチーフに詰め寄った。


「これって違法じゃないんですか!?」

「おいおい、やめてくれよ。最初からこうだったと言ってるよね? キミらのサインもある。それともなんだい、こちらの書類が不正だという証拠でもあるのかい?」


 俺たちは言い返せずに退き下がった。去り際にチーフが追い打ちを掛けてくる。


「あ、それとゲームを本編とダウンロード追加販売に分けることに決まったから。隠しシナリオとかのサブ要素は全部追加販売ね」


 それはイヤだ、もちろん俺は反抗した。


「今の家庭用はこれが普通なんだよ。学生さんにはわからないかもしれないけどね」


 ◇◆◇◆


 その夜。俺は自宅のベッドで寝転がっていた。

 なにもする気が起きない。ただただ、疲れた。


「なぁミュジィ、なんだろうなこの展開。ゲーム作るのがだんだん苦痛になってきたよ」

『編集長殿も言っておったな、ただ楽しむことがどれだけ難しいか、と』

「このまま行くと、おまえの予言書ではどうなっていくって書いてあるんだ?」


 俺がそう聞くと、頭の中にいるミュジィが首を振った。


『それがクリエイターズドーンの内容が更新されておらんのじゃよ。わしも戸惑っておる』

「もし、もしもだよ? このままゲーム制作が失敗して、ゲーム作り自体が嫌いになったりでもしたら、おまえの世界はどうなっちゃうの?」

『怖いことを聞くのう……。ゲーム制作が失敗したのなら、わしの世界が生まれない世界線が我々の世界でも認知される。それを魔王に利用されれば、たぶんじゃが、わしは消える。なかったことにされる。これまでの全ての記憶は形を変えて、存在が抹消される』

「タイムパラドクスって奴か?」

『うーん。事象は似てるが、この場合の原理はちょいと違う』


 どういうことかと俺が訊ねると、ミュジィが腕を組む。


『この世界は可能性という無数の線で出来ておってな、行動や現象によってポンポン分岐しておるのじゃ』

「どゆこと?」

『たとえば今、お主さまは寝っ転がっている。これが世界線Aとして、寝っ転がらずに机に向かい仕事をしていた場合の世界線B、これらは選択によって分岐したそれぞれの世界じゃ。選択によって未来が変わってくる』

「アドベンチャーゲームの選択肢みたいなもん?」

『そうじゃな。そう考えると楽じゃ』


 ミュジィは頷いた。


『Aの世界とBの世界では未来が違ってくることがある。似ているが別の世界、そういう可能性の線が無数にあると思えばよい』


 ふむふむ、イメージはなんとなくわかった気がする。


『でじゃ、このときAの世界から誰かが過去にトラベルして、さらにCの世界という分岐を作ろうとしたとしよう。その場合、未来であるAの世界はどうなるか』

「Cの世界になっている、というのがタイムパラドクスの原理じゃないの?」

『タイムパラドクスというものは存在しない。つまり、Aの世界はAの世界のままなのじゃ。結果は、Cという分岐世界をA世界の者が認知できるというだけ』

「ん? おかしいじゃないか? 魔王やリーネは今の自分の世界を変えるために、この世界で活動しているんだろう? この世界での結果を変えたところでA世界が変わらないなら、あいつらの行動に意味がない」

『そこで魔王の存在じゃ。あやつはお主と同じく、ワールドクリエイターなのじゃよ』


 俺は首を傾げてみせた。


『ただしあやつの能力はお主ほど自由なモノではない。A以外の世界線、BやCを認識したとき、勝手にA世界自体を歪めて魔法が認識した世界線BやCへと変貌させてしまうというクリエイト能力なのじゃ。だからA世界が変わり、結果だけ見るといわゆるタイムパラドクスが起こったようになるというものなのじゃよ」

「……えっと、ややこしい」


 俺は憮然として頭を掻いた。


『要はわしが元いた世界Aは、ここの世界でこれから起こることの影響を受けまくる。疑似ではあるがタイムパラドクス的世界改変が起こりまくる、と覚えておけばよい』

「ふむ」


 よくわからない。


『じゃから、惣介がゲーム制作をやめたならわしの世界は創造されず、わしの存在も消えてなくなる』


 なんとなくわかった。


「それは……、いやだな」

『イヤと思ってくれるか。嬉しいもんじゃのぅ』


 妙に素直にミュジィが頭を下げるので、俺は苦笑してしまった。


「仕方ない、頑張るとするよ!」



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