第29話 早霧倒れる
ミュジィの為にも頑張ろう。
そう思った俺は、納得しきれていない仕事も誠実にこなした。
ゲームの内容が少しずつ変化してしまっていくが、仕方ない。
そんなことよりも今俺が心配なのは早霧のことだった。
早霧は俺以上に酷使されているようで、最近は一緒に仕事に行くこともなければ帰ることもない。早出の遅帰り、仕事が詰まりまくっているのだ。
女子高生だからだろうが、罵倒こそされていないけどチーフによく嫌味を言われている。日に日に疲弊していく早霧を見るのはツラかった。
しかしこの日は久しぶりに早霧と一緒に昼食を摂ることが出来た。
すっかり弁当とか作っている時間がなくなった俺たちは、近所のファミレスで昼食を摂ることにしたのだった。
「大丈夫か早霧? おまえ、目の下のクマ凄いぞ」
「惣介こそ、クマがあるわよ? 人のこと言えなくない?」
久方ぶりにまともに顔を合わせた気がする。
こうして一緒に食事ができて、ホッとした。
二人でクスクスと笑いながらハンバーグを頬張っていると力が湧いてくる。
早霧も俺と同じ思いだったのかもしれない、食べているうちに少しずつ表情が明るくなっていった。
「まあ頑張ろう、失敗したらミュジィが消えてしまう」
『つらいとこだろうが頼むのじゃ、早霧』
「わかってますって、言われなくても頑張るから!」
お互いを励ましあい、そろそろ仕事に戻るかというそのとき。
――会話が聞こえてきた。その声は企画チーフと第三開発室長のものだった。
その会話は、どうやら早霧のことを話しているようだった。
「あの女子高生プログラマさんは、まだ頑張っているのかい?」「ええ、思ってたよりしぶといですよ」「そっかー、面倒くさいね」
笑いあっている企画チーフと室長。俺はギョッとした。
「欲しいのはあのシナリオの子とイラストの子だからな、はやくプログラマさんにはリタイアして頂かないと」「わかってますって、もっともっと仕事を押し付けてあちらから辞めさせてくれと言って貰いますよ」「プログラマは先日たくさん採ったばかりだからな、時期が悪い」「でもカワイイですよ?」「営業回りでもしてくれるなら考えるがなー」
わはは、と二人が笑いあう。
「ところでおまえシナリオの子にも意地悪してるらしいじゃないか」「いえ、その……」「やめさせたいのはプログラマの子だけなんだからな?」「わかってますって。山のような仕事を与えてちゃんと潰しますよ」
そうして二人は再び笑いあった。
俺はカッとなった。席を立って文句を言いにいこうとするが。
「いいの惣介、私なら大丈夫だから!」
声を殺しながらも強い調子で、早霧が止めてきた。俺の腕を引っ張る。
「だけど……!」
「大丈夫って言ってるでしょ!」
あくまで声を殺して、だけど全力で止めてくる早霧。
俺は諦めて席についた。
俺たちは企画チーフたちに見つからないよう、こっそりと店を出たのであった。
そして。
早霧はあのあとも頑張って仕事をしていた。
俺や会長とほとんど顔を合わせることもなく仕事をしていた。メールをしてみるが返事もない。心配しているとある日、会長から電話がきた。早霧が倒れたというのだ。
「明日は早退にして貰って、早霧ちゃんのお見舞いにいきましょ」
◇◆◇◆
「あらあら久しぶりぃ、惣介君」
早霧の家にいくと早霧のお母さんが出迎えてくれた。
小柄で、ちょっとした女子大生のように見えなくもない人だったのだが、数年ぶりに会ってみてもその若さは健在だった。
「こちら、学校のサークルの会長さんです」
「あら金髪きれいねー! スラッとした美人! 惣介君も隅に置けないわねぇ」
「そんなんじゃないですって」
俺は困った顔で笑う。挨拶をした会長がお母さんに聞いた。
「早霧ちゃんの様子、どうですか?」
「それが部屋から出てこないのよ。食事も部屋でするし、まったくどうしたのかしら」
「部屋、いいですか?」
俺が聞くとお母さんは笑顔で頷く。
「惣介君、なんだか知らないけどあの子に喝入れてあげて。惣介君の言うことならあの子も聞くでしょ」
ニコニコ笑顔で俺たちは二階に通された。
あとでお茶でも持っていくから、とお母さんは下に戻り、俺たちは早霧の部屋の戸をノックする。
「なぁにー、お母さん?」
「早霧、俺だ見舞いに来た。入るぞ」
「ちょっ!? 惣介!? 待っ……!」
問答無用で戸を開く。
『わぁお』と声を上げたのはミュジィだ。『これは見事な……』
部屋の床は、本やゲーム、脱ぎ散らかされた衣服で一杯だった。
あまりの散らかりように会長が目を丸くしている。
「待ってってば待ってってー!」
「あーいいから、寝てろ寝てろ。今さら取り繕っても遅い」
足の踏み場にも困る部屋の中に俺はズカズカと入っていくと、本や衣服をまとめ始めた。幼馴染な俺は知っている、こいつは片付けが出来ない女なのだ。
「意外ー。早霧ちゃんって、お片付け苦手だったんだぁ……」
『惣介の部屋の方がよっぽど綺麗じゃのぅ』
というかウチの部屋は片付けてある。
小さな頃から早霧の部屋を片付けていた為、俺には片付けスキルが身についているのだ。たまにゲーム機周りが散らかるくらいである。
「もーいやー」
早霧がベッドの上で布団にもぐり込んだ。
怒って俺を追い出さない辺り、たぶん本当に調子が悪いのだろう。
ひとしきり片付けた頃には、お母さんが飲み物とお菓子を運んできてくれていた。「あらさすが惣介君、早霧の部屋が綺麗になってる。頼りになるわぁ」なんて言われながら、俺と会長は床の丸テーブル周りに座った。
「ごゆっくり」とお母さんが去っていくのを確認して、ミュジィもポンと姿を現した。
「で、どうなのじゃ早霧。身体の具合は」
早霧が答える。大丈夫だよ、と。
だがまあそれは半分虚勢なのは丸わかりで、早霧の顔色は悪かった。
これは長居は出来ないなと思い、俺は言いたいことを最初から言ってしまうことにする。
「まあ、なんだ。色々と気にすんなよ。早く身体治して一緒にやろうぜ。早霧が居ないと俺ら困るんだからさ」
「そうそう。早霧ちゃん居ないとあたしたち寂しいんだから」
「ふふふ、ありがとうございます」
早霧は少し笑い、ベッドから上半身を起こした。
そのまま少し俺たちは雑談する。
意識的に会社での話を避けて、他愛もない話題を口にした。
しばらく話し込んだだろうか、会長がこそっと俺に腕時計を指し示す。そろそろお暇しようと言うのだろう。俺は頃合いとばかりに立ち上がろうとした。
「じゃまあ、とりあえず養生しろよ? おまえ元々は身体が弱かったんだから」
「あ、うん……」
早霧が俯く。そこには笑顔を作りきれなくなった早霧がいた。
「ごめんね惣介、……私があんたをプロデュースするなんて言ってたのに、こんなことになっちゃって」
こんなこと、というのはきっと倒れたことだけではないのだろう。イヤな開発をさせられてしまっている現状のことを指しているに違いない。
「私がバルスクと一緒にやろう、なんて言い出さなければ……」
「違うわ早霧ちゃん、あたしの見極めが甘かったの。もっとしっかり考えるべきだった」
一気に部屋が重苦しい空気で満たされていく。
しんみりと、二人は後悔しているのだ。
なんでこんなことになっているのかなぁ、という思いはもちろん俺にもある。だけど二人にそんな顔をされてしまっては、俺はなにも言えない。
誰も声を発さないまま、しばし時間が経った。俺たちはそれぞれに俯きながら、目を逸らし合う。
カチカチカチ、と部屋の時計が秒針を刻んでいく。かわいいキャラモノの時計で、それは俺が早霧の部屋に来ていた頃のものと同じだった。時計の針以外の時間が止まったかのように、俺たち三人は動けなくなっていた。
「……あのさ」
俺がなにを言おうとしたのか、俺自身もわからない。
とにかくなにかを言わなきゃと思って切り出そうとしただけだった。
しかし俺の言葉は、突然鳴り始めたゲームの音によって中断させられた。ミュジィが早霧の部屋のテレビゲームをやり始めたのである。
「ミュジィ?」
なにをいきなり始めてるんだ、と俺たちはミュジィの方を向いた。
「惣介の部屋でもやっておったが、この世界のゲームもなかなか面白いものじゃのう」
どうやら今遊び始めたのはレースゲームだ。見ていると、なかなかに上手い。
「無駄に才能あるなおまえ」
「元の世界でもゲームは好きであったからな」
そう頷いたミュジィは、ゲームをしながらペラペラと喋り出した。
あっちの世界のゲームはもっと派手らしい。魔法を融合してあるので全方位ビジョンの体感型ゲームが主流だし、軍事訓練などにも使われているとかなんとか。
「軍事?」
「そう、軍事。戦争の訓練じゃよ」
ミュジィの住む『戦争が終わらぬ世界』では、純粋な娯楽というものが育ちにくいらしいとのことだった。いつも、誰かが、何かを。軍事利用できないか考えている。
「わしは、この世界のゲームは素晴らしいと思うぞ。文化の極み、平和の象徴じゃと感じておる。だからな?」
尊大な笑顔をひらめかせながらミュジィは俺たちを見渡した。
「お主らにはもっと胸を張って欲しい。お主らこそ平和の象徴じゃ。文化を生み出しし者たちじゃ」
俺はクスリと笑い立ち上がると、ミュジィの傍に歩いていった。
「ばーか」
とミュジィの頭をクシャクシャにする。
「そんな大層なもんじゃない。あれはな、俺たちが楽しみたいから作ってるだけなんだ」
そうだった。
俺たちが楽しくないと、俺たちにはゲームを作る意味なんてないのだった。なんと基本的なことを忘れていたのだろう。
「惣介君はそうよね。それが原動力」
会長もまた笑顔になった。
「そうですね会長。そして私は、それをサポートするために居たはずなのに」
「まだ間に合うじゃろうて、早霧」
「うんミュジィちゃん、私頑張るわ。あんな企画チーフなんかに負けてやんない。絶対に私が惣介のプロデュースを成功させるんだから!」
「その意気じゃて」
それから俺たちは久しぶりにゲームの構想を語り合った。「ほんとはここ、ああしたかったんだ」などと。それはしばらく忘れていた感触で、――ああ、なんだろう、楽しかった。
俺は初心に立ち返っていく。
なにも家庭用ゲーム機で開発してたくさん売るためにゲームを作りたいと思ったわけじゃない。仲間と思えるこの連中と一緒に、なにかを成したいと思ったから俺は立ち上がることができたんだ。
早霧が俺を見て握り拳を上げた。
「あいつらに目にもの見せてやりましょ」
「ああ、そうだな」
俺も笑い、ガッツポーズで答えた。「早霧もすぐに身体を治してこい、やってやるぞ」
「うん」
だが早霧はそのまま数日休むことになった。ドクターストップが掛かったのだった。
◇◆◇◆
その夜俺は、連撃ゲーム通信の西倉編集長に電話をした。
メーカーを怒らせてしまいそうなのですが、どのようなデメリットがあるのでしょうかと。
編集長は言う、もちろん契約上の金銭的なデメリット、権利上のデメリット、それらを越えた上で自由を勝ち取ったとしても、ゲームの発売を妨害されてお蔵入りしてしまう可能性もある等々。だが。
「それでもキミは、自分の決断を信じるのだろう?」
編集長は力強い声で、俺の背中を押す。
「はい」俺は答える。応えようと思った。
「ならば頑張れ、ボクも出来る限りの応援はするから」
俺は今回の話を壊すことを決意した。
バルスクには悪いが、俺たちは優先順位を間違えたのだ。家庭用だからという理由で意に沿わない変更をしなくてはならなくなるくらいならば、自分たちの手だけで作りたい。
そうするべきなのだ。
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