第30話 黒幕現る
次の日。俺と会長は室長と企画チーフの二人に話しあいの場を求めた。
話し合いというよりは宣言だ。
俺たち三人は、このプロジェクトから降りるという。
「良いけど、その場合はゲームの権利はウチのものだよ?」
企画チーフがいつもの調子で投げ捨てるように言う。
「好きにしてください。俺たちも好きにしますので」
「好きにするっていうのは、どういうことだい?」
室長が聞いてくる。俺は答えた。
「ネタはまだまだあります。そちらのゲームにぶつけていきますよ。俺たちのゲームを」
「もしかしてキミ、良い物だったら売れるって思ってるクチ?」
企画チーフがあざけるような笑顔を作り、俺を見つめてくる。
「ウチに勝てるわけないじゃない。夢があるね学生さんは」
「勝ち負けではないんです。俺が作りたいものを作ると、そうなってしまうというだけなんです」
「ならさ。そんな無理言わなくてもウチでこのまま作ればいいじゃない」
「早霧を追い出して、ですか? 室長」
「え?」
室長は狼狽えたような顔で、横の企画チーフを見る。企画チーフは小さく顔を振った。
「聞いてしまったんです、室長たちが早霧を追い出す算段を立てていたところを。早霧は俺たちの大事なチームメンバーです。そんなことは許さない」
「わかったわかった、じゃあ早霧君も一緒に……」
「俺たちにはあなた方がもう信用できないのです」
俺がピシャリと言うと、チーフが鼻で笑う。
「やめましょうよ室長。別にもう、こいつら居なくてもこのゲームは完成させられますって。やめたら権利はこちらのものだっていう契約があるんだから、クビにしたところでなにも出来ませんよ」
「どうじゃろうのぅ。本当にそんな契約の内容じゃったか?」
なんとミュジィが突然俺の後ろに姿を現して、喋りだした。
「だ、だれだいキミは!?」「おまえ!? どこから入ってきたんだ!」
驚く室長にチーフ。ミュジィが俺の背中をギュギュギュッとツネりながら「
「なに言ってるんです、最初から居たじゃないですか俺の代理人のミュジィですよーっ!」
いてててて! ミュジィの奴が思いっきりツネるので、思わず声も大きくなってしまった。だがそのお陰で、キィン、という精神波が広がりどうやら魔法は成功したようだ。
「ミュジィさんは契約書をごらんになっていないので?」
企画チーフが探るような目で言う。
「見たが、そんなこと書いてあったかのぅと思ってな。つまりあれじゃ、ゲームの権利について」
ミュジィがこれまで黙っていた会長の方を見てウインクする。
「そ、そうね。そういえばあたしも、そんな記述を見た記憶がないわ」
なんだろう? 二人で口裏を合わせ始めたぽい。
俺はよくわからないので、口を挟まず成り行きを見守ることにした。
「なんだ秋芝、まだ彼女たちに契約書を見せていなかったのか?」
「あ、いえ……。一度見せたはずなのですが」
「いーや見ておらぬ。確認しておらぬ。というかわしの記憶では契約時にそんな記述はなかったはずじゃ」
「じゃあ見せてやるといい。秋芝、持ってきてやれ」
室長の命に企画チーフが頷いた。ミュジィが肩を竦める。
「コピーでは困るぞどう捏造してあるかわからぬ。本物を持ってまいれ」
「ははは捏造なんてしませんとも。ほら取ってこい」
企画チーフがいったん席を外し、契約書を持ってきた。「これだ」と企画チーフに渡されたミュジィは会長に確認を取った。
「これかの?」
「ええ、これね」
「どうだ書いてあるだろう?」
企画チーフは腕組みしてフンと鼻を鳴らした。
「確かに」
ミュジィはその項目を確認すると、――食べた。契約書を。
「あ」「あ」「あ」「あ」
俺たち四人、この場にいた皆があっけに取られた。ミュジィはモグモグと口を動かして、ごっくん。契約書を飲み込んでしまった。
「ほれ惣介、契約書なぞ無くなったぞ。お主はどうしたいんじゃ?」
「え?」
「さあ言え、お主はどうしたい!?」
「俺は……、俺は」
ミュジィが俺の背中をドンと押す。
「俺はやっぱり、俺たちだけであのゲームを作りたいんだーっ!」
俺が叫ぶとミュジィが笑った。
「ならばそうしろ、お主さまよ! 世界はお主さまについてくる!」
「そ、そんなこと通るかーっ!」
企画チーフが叫ぶ。
「通るじゃろ、馬鹿正直にお主が本物の契約書を持ってきたおかげで」
「ば、馬鹿者。なんで本物の契約書を持ってきてしまうんだ!」
「そ、そんなぁ。室長があれをうまく説得に使えと俺に持たせていたんじゃないですかぁ。そりゃ持ってきますよ!」
「だからといって本当に本物を持ってくることはあるまいに!」
室長に責められた企画チーフは、あうあう、と言葉にならない言葉を発している。
俺たちの勝利なのか!? やったのか!? 俺は会長の方を見た。会長もまた俺の方を見ていた。
「やった、やったのね惣介君!」「どうやらやったらしいです会長!」
会長が抱きついてきた。フワッといい匂いに俺は包まれる。その瞬間のことだ。
「まさか契約書を食べてしまうとは野蛮にもほどがあるのだ」
突然、会議室の中にちんちくりんスーツ姿のリーネが入ってきた。
「リーネ様!」「リーネ部長!」
室長と企画チーフが直立し、斜め四十五度の角度で腰を曲げて頭を下げた。
「リ、リーネちゃん!?」
「ふはははは! 我こそがこのゲームの真の企画プロデューサーなのだ!」
ばさあっ! と新規指示書をばらまく。その中には『ハッキング担当をボンキュッポンにする』というものもあった。
「道理でちょいちょい妙な指示が入り込んでいると思っておったのじゃ。全てはお主の策略であったか」
「ど、どういうことだよミュジィ! リーネがこのゲームのプロデューサーだって!?」
リーネは暗示を使い、ゲーム会社の内部に入り込んでいたのだった。そして今回の企画を考え、状況をコントロールしていたという。
俺はリーネに言った。
「契約書はなくなったんだ、俺たちは好きにやる! おまえたちのゲームなんか偽物だ!」
「契約書? これのことかなのだ?」
リーネは手にしたタブレットを見せてきた。それは電子化された契約書だった。
「今どき紙だけで契約を残すなどとナンセンスなのだ。見よ、貴様らの署名も確かにあるのだ!」
「そんなもの……、またどうにかしてやるっ!」
「ムダムダムダムダ、無駄なのだ。どちらにしても、既にここまでの変更でラナドイルはだいぶ変貌してしまってるのだ! もとからどちらに転んでもよい作戦、貴様らが難題に折れてゲームを作る気力がなくなればよし! そうでなくともラナドイルを変貌させることは仕様変更で出来るという作戦だったのだから!」
リーネがスーツ姿でガッツポーズを作る。
「魔王さま、ご覧になっておられますか!? 我は言いつけを守ったのだー!」
◇◆◇◆
『よくやったリーネ』
地の底より声が響く。
重く響き渡るような声だ。耳に届いたわけじゃない、頭の中にそれは響いたのだった。
『おかげでこの世界へと顕現できるルートを確保できたぞ』
――なんの声だ!? とっさに周りを見渡すと皆もキョロキョロとしていた。どうやら今の声は他の人にも聞こえていたらしい。
ゴゴゴゴゴ、と音がした。窓の外からだ。俺たちは席を立って窓の外を見る。
「なんだあれは……」
室長が不安げに眉をひそめた。白い入道雲が浮かんでいた青空に一点、突然暗雲が湧き出してきていた。渦を巻きながらそれは広がり、容赦なく空に垂れ込んでいく。
ゴゴゴゴゴ。音が大きくなっていく。
そして大地が揺れ始めた。もちろん俺たちの居るビルも大きく揺らぐ。
「う、うわわわわっ!?」
企画チーフが机にしがみつこうとして失敗した。床に転がる。
俺たちもそれぞれ床に伏したりして、安全を確保した。そんな中、ミュジィだけが直立して窓の外を見ている。ミュジィは軽く浮いていた。
「お、おいミュジィ」
「来おった」
浮いてるミュジィを窘めようとした俺の声に、ミュジィの呟きが被る。
俺は思わずミュジィの視線の先を見た。渦巻く暗雲の中心、空から一条の光が差し込んできていた。そこに……、ん? なんだあれは? 人?
間違いない、人間だ。光の中に浮いている豆粒のような人影があった。俺が揺れる足元を踏ん張りながら凝視して見てみると、そいつは中世のような衣装を纏い、マントを羽織っていた。
男、だと思う。そして男を中心にして光で描かれた幾何学模様が広がっていく。そしてまた、頭の中に声が響いた。
『
「痴れ者が! いきなりそんな大魔法をっ!」
ミュジィは叫ぶなり俺の腕を引っ張った。逆の手に、会長も引っ張られている。ミュジィが魔法で窓を突き破り、俺たちを連れて空中へと飛び出す。会長が悲鳴を上げた。
「どうしたんだミュジィ」
俺はまだ冷静で居られた。窓から飛び出すのは二回目だったからだ。だが冷静を保てたのは一瞬で、飛び出した背後を見た瞬間にそんなものは吹き飛んだ。
俺たちが居た会議室を中心にして光球が膨らみ始めた。その光に飲み込まれた室長やチーフが、塵となって消えてゆく。ビルもまた光に飲まれてゆき、崩壊しながら塵になっていった。
そんな現実味のない光景を俺は呆然と眺めていた。なんだこれは!?
え、室長は? 企画チーフは? どうなったんだ、まさか……!?
「消滅した」
俺の心を読んだように、ミュジィが呟く。
「
魔王とミュジィは言った。苦々しそうに顔を歪め、空に浮いているその男を睨んでいる。
「惣介、お主は会長殿を守れ」
「おまえは!? ミュジィ」
「わしはこれより戦闘に入る」
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