第31話 魔王

「惣介、お主は会長殿を守れ」

「おまえは!? ミュジィ」

「わしはこれより戦闘に入る」


 そう言ったミュジィが俺と会長を地表に下ろす。道路のアスファルトが裂けていた。

 地表は大騒ぎだった。地震のことだけではない、ビルが崩れて消失したのである。野次馬が集まり、皆さっきまで俺たちが居たビルを見上げている。


「ミュジィちゃん……」


 カタカタと震える会長がミュジィを心配するように見つめる。このとき俺は思った、会長はやっぱり強い人だ、と。彼女はこの状況に及んで自分のことよりも、戦いに赴くと言うミュジィのことを心配しているのだ。


「大丈夫じゃ、惣介と一緒にそこで見ておれ。惣介、頼んだぞ」

「わ、わかった!」

「では行ってくる」


 ミュジィは空を見上げて、そこで動きを止めた。俺たちも止まる。魔王が、俺たちの頭上まで来ていたのだ。


「そんなに急がなくてもよかろうよ」


 静かな声だった。心地好く耳に残る。

 魔王はゆっくりと空から降りてきて、俺たちの前に立った。


「思ってたより文明の発達していない世界なのだな。我々の創造神たる者の世界は」


 キョロキョロと周囲を見渡しながら魔王は言った。


「だが不思議だ、始めて訪れたはずなのに何故か懐かしい」

「エリックロイエルハイド……」

「久しぶり、ミュジィラムネア。そちらが私たちの創造神、ソウスケかい?」


 黒髪長髪に青い瞳。黒衣に銀の刺繍が入ったスーツ姿の男が、マントを翻しながら俺のことを見つめてきた。


「惣介、会長を連れて逃げろ」

「え? でも……」

「いいから、早くっ!」


 ミュジィに身体を押された俺は会長の手を取って、その場を離れようとした。が。


「そうはいかないのだーっ!」


 どこからともなくリーネが現れて、俺たちの前に立ち塞がる。リーネはスーツから元のマントを羽織ったドレスに戻っていた。


「魔王さま、こいつらは我にお任せをっ!」

「そうか。ならば私は、ミュジィラムネアと久方戯れるとしようか」

「余裕をかましおってからに!」


 ミュジィが雷撃を放った。次に炎、水と、槍のような形のモノが魔王に向かって飛んでいく。そのことごとくを、魔法は片手を振って薙ぎ払う。


「そんな中級魔法でヤレるとでも? 余裕をかましているのは貴様ではないか」


 魔王は笑みを浮かべた。――と。


「あぶない惣介君!」


 会長が叫んだ。


「どこを見ているのだ、貴様の敵は我なのだーっ!」


 リーネが、火炎を身に纏ってツッコんでくる。もう避けるのは間に合わなさそうな距離と速度、だが。


加速術式アクセルオン


 俺は時間を遅くして冷静に避ける。避けきったところで、ぷはぁ、止めてた息を継ぐ。

 突進攻撃を俺に避けられたリーネが、こっちを振り向いて睨んできた。


「わかった! 変だ変だと思っていたなのだが、貴様も魔法使いなのだなーっ!?」


 その通り。今の俺は、ミュジィに伝授されて二つの魔法が使える。そのうちの加速術式アクセルオンは戦闘に使えば相当に強い。


「ならば全方向攻撃オールレンジアタックなのだ!」


 リーネが呪文を唱えると、空間に小さな黒い穴が無数に空いた。そこから火の玉が飛んでくる。絶え間なく飛んでくる。


「これくらいなら避けれるぞリーネ!」


 リーネは笑った。


「いつまでなのだ?」


 ――え? いつまで? 俺はリーネの言葉の意味を図りかねた。が、その意味を知るのに体感で五分も必要としなかったのである。絶え間なく飛んでくる火の玉、止まらない火の玉。息を止めながら時間をコントロールする俺は、あっという間に息も絶え絶え、息が上がってきた。苦しい。


「ふははー! 魔法の初心者は大抵持久力に欠けるのだー! 見たかなのだ、このクレバーリーネさまの頭の冴え!」


 経験の差というものだろうか。さすがにリーネは魔法戦闘に長けていたのだ。俺の弱点をついた見事な攻めだった。


「うわっ!」


 俺の背後で、大きな爆発弾の炸裂を許してしまった。吹き飛ばされる俺。


「大人しく降参するのだ! 降参すれば命までは奪わないぞなのだ!」


 転がって地面に倒れてしまう。俺は仰向けのまま、空を見上げた。

 空ではミュジィが魔王と戦っていた。

 雷光、炎、水、風。それらが飛び交っている。魔王の手数が多いのか? ミュジィが押されているように見えた。


「さすが魔王さま。ミュジィラムネアとはいえ魔王さまに掛かればイチコロなのだ!」


 俺に倣ったのだろう、リーネも空を見始めた。ご機嫌で解説を始める。


「魔王さまは全ての系統の魔法を扱える稀な術者なのだ。誰が呼んだか魔法王、で魔王。我の世界の改革者」


 押されているミュジィ。――いや? 押されているというわけではないのかもしれない、よく見ればミュジィは魔王の魔法をいくつか無効化しながら戦っているようだった。そっちにリソースを割いている。


「我の世界はな、ソウスケ。戦争の絶えぬ世界なのだ。それは別に貴様がそうクリエイトしたから、というわけでもなく。魔法という巨大な力に溺れているだけなのだ」


 空を見ながら俺はリーネの語りを聞く。

 リーネはリーネでたくさんのなにかを抱えているのだろう。


「魔王さまはそんな世界の中でただ一人、歴史を修正して世を正せる者! だから我も魔王さまについてゆく、歴史を修正して戦争を減らすために頑張るのだ!」


 そのとき。ドォン、と地上のビルが倒壊した。

 わかった。ミュジィは魔王の魔法が地表に害を与えぬよう、全てを無効化しようとしていたのだ。自分を外して飛んでいくモノも全て。今のように、惨事が起こるから。

 一つのビルが破壊されたと思うと、次々に地上で爆発が起こり始めた。ミュジィのシールドが決壊したのだろう。

 わああ、きゃああ、と。それまでスマホで事故やミュジィたちの戦いを録画していた人々が、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。逃げているそこに魔王の魔法が着弾すると、当然その人は死んでいった。街が壊れていく。人が死んでいく。地上はまさに地獄絵図のようになっていた。


「リーネ!」


 俺は思わず声を上げた。


「おまえたちの世界が大変なのはわかった! でも、でも……! だからといって、こっちの世界を踏みにじるようなことをして、いいのか!?」


 俺の叫びに、リーネは狼狽えた。「だがなのだ……! でもなのだ……!」困り顔で首を振る。そして、


「魔王さまーっ!」と大声を上げた。「魔王さま! こ、ここまでしてしまわなくても! もう目的は達せられてるのだ魔王さま! ラナドイルは変わったのだ!」

「なにを言ってるリーネ」


 上空から声が響く。遠いのに、魔王が薄く笑っているのが俺にはわかった。どこか嬉しそうに、あいつは笑ってる。


「私の目的は世界の消失だ。ラナドイルだけでない、こちらの世界も含め、全ての世界を無に戻す! なかったことにすることが、目的!」

「え?」

「そうかおまえには言ってなかったなリーネ」


 くっく、と笑う魔王。リーネは狼狽えながら首を振った。


「我はただ、歴史を修正して人の世を正すとだけ聞いていたのだ……!」

「そうだな、それも嘘ではない。世界を無に帰すことがその方法だというだけだ。全てを話せばおまえは私にゲートを開かなかったかもしれない。だから言わなかった」

「魔王さま、魔王さまはこのリーネを信頼してくれてたんじゃなかったかなのだ?」


 悲痛な声だった。リーネの喉から絞り出されるようなその声は、なんだろう、寂しさに溢れていた。


「信頼しておったよ、おまえの能力を! 事実、こうしてゲートも開けてくれた」

「能力だけなのかなのだ……っ!」

「いや信頼してたぞ『真の目的さえ伝えなければおまえはしっかり動いてくれる』とな。そしておまえは信頼に応えてくれた!」


 リーネの目が虚ろになった。ふらり、と身体が揺れてその場に座り込む。


「だがもう用済みか」


 上空から魔王がリーネに向かって魔法を投げつけた。――だから俺は!

 走った。時を止めて走った! リーネを抱え、魔王の投げた魔王の槍からリーネを守る。


「お主という奴はぁぁぁぁあーっ!」


 ミュジィが攻勢に出た。魔王もそれに対抗する。俺はリーネに声を掛けた。


「おいリーネ、しっかりしろ! 大丈夫か!?」


 上空ではミュジィがやっぱり押されている。増える魔王の火線。ミュジィのシールドが割れまくり、地上での爆発も増えた。


「くそっ、なんだあれ。圧倒的じゃないか……っ」


 俺は歯軋りした。どんどん削られていくミュジィ。被弾が増えている。ああくそ。

 抱えているリーネがなにか呟いた。


「え、なんだって?」


 言葉にならない言葉、音とか音階とか、そういう類のものだろうか。リーネは口を動かしていた。そしてリーネの周囲にポポポンと、小さな幾何学模様の光が浮かび上がった。


「なにしてるんだ、リーネ」

『この呪は……!?』


 ミュジィの声が俺の頭の中に響く。『そうか!』

 その「何か」にミュジィが気づいたとき、魔王も「何か」に気づいたらしい。


「くおぉっ、リーネ貴様!」


 魔王がリーネを抱えている俺に向かって魔法の槍を投げた。『リーネを守れお主さま!』

 投げつけられた槍を、俺は加速術式アクセルオンを使い避けた。「生意気な!」と魔王が次のひと槍を用意する。「うあああああーっ!」俺は叫んだ。

 避ける。避ける。避ける。避ける。避け続ける。断続的な加速術式アクセルオン

 時を止め、動かしては止め、動かしては止め。俺は霍乱するように動く。


「さかしい真似をっ!」


 魔王を中心に大きな幾何学模様の光が広がった。あれには見覚えがある。確か。


慈悲なき振動ディスインテグレイトじゃ!」


 ミュジィが叫ぶ。広域を消滅させる崩壊の魔法だ、食らえばひとたまりもない。が。

 リーネの詠唱が終わった。リーネの周りに浮いていた光の幾何学模様たちが、リーネの胸ポケットに入っていたスマホに集まっていく。


「よし間に合ったのじゃ!」声を上げたのはミュジィだ。「しまった!」魔王も同時に声を上げる。抱えたリーネは呆けたままなので、俺はミュジィに説明を求めた。


「あれは電子使いリーネにしか使えぬ魔法! 対象にハッキングしてデータを改竄する。つまり」

「ばかな、もう一息だったというのに……!」


 魔王がなにかに耐えている。

 それを見てミュジィが、勝利を確信した顔で言葉を継いだ。


「いまリーネの奴は、こたびの電子契約書を破棄した。この会社と共に作られた『ラナドイル』が偽物になる、正当性を失ったのじゃ! だから!」

「うおおおおおーっ!」


 魔王が叫んだ。ミュジィに掴みかかる。


「なかったことになる!」


 ミュジィの声と同時に、瓦礫の山が宙に浮き始めた。

 崩れたビルが形を取り戻し、避けた道路の溝が埋まっていく。無残な姿になった人々もまた、時間が巻き戻るかのようにもとの平常な姿を思い出していく。まるで映画を逆再生で見ているかのようだ。

 魔王の身体が螺旋に捻じれた。


「見誤ったわ、最後の最後に見誤った。ここはいったん退くとする」

「退く、ではなかろう。お主は退かされたのじゃ。我々に」

「……いちいち、細かいことを言うところは変わらないな」


 フッと。魔王が笑った気がする。

 その笑顔は妙に優しいものだった。そしてまた、ミュジィの声音も優しいものに聞こえた。まるで諭すようなその声に、なぜか俺も懐かしさを覚えた。


「細かいことにこそ真実があるのじゃよ、エリク。だからわしは、ラナドイルの姿を少し足りとも変えとうないのじゃ。大事にしたいのじゃ」

「いずれまた、まみえようか姉さん」

「そうじゃの。またいずれ」


 魔王の身体は、螺旋の中に吸い込まれるように消えていったのだった。


 ◇◆◇◆


 気がつくと俺たちは、ビルが瓦解する前の企画室の中にいた。

 あの戦いは「なかったこと」になったらしい。「魔王が認識したからじゃよ」とミュジィは言った。


 俺たちはリーネの呪縛が解けた室長とチーフに記憶改竄メモリータンパーで暗示を掛けて、円満に退社した。改めて「ゲームは自分たちだけで作ります」と意思表明をして、二人に頭を下げる。

 俺と会長は帰路についた。電車に揺られながらお互い顔を見合わせる。


「さーまた作り直しですね」


 なんだか気持ちがさっぱりしている。解放感が凄い。


『晴々とした顔をしとるのー惣介』


 ミュジィの苦笑を聞き流し、俺は「ふふん」と笑った。


「早霧ちゃんも喜ぶと思う。帰ったらさっそく早霧ちゃんにも伝えないと」


 お願いしますよ会長、と俺は笑った。これにて一件落着だ。


「また、みんなで作ればいいさ」


 ◇◆◇◆


「えっ!? 全部解決!?」


 夜。早霧と会長がそれぞれの自宅にて、電話を通じた会話をしていた。


「そうなのよ。惣介君とミュジィちゃんの機転で。しかも今回の黒幕はリーネちゃんで、魔王まで出てきて大変だったのよ」


 顛末を色々と語っている会長だが、早霧は上の空だった。私、なにも出来なかった。肝心なときに一人で寝ていた。惣介を上に引っ張ってあげるだなんて言っておいて、完全に私が足手まといだった。


 ゲームは自分たちだけで作ると、惣介が自分で決めた。惣介が自分で自分をプロデュースしたのだ。私はその力になれなかった。


「だからね、早霧ちゃん。ゆっくり身体を治していいんだよ? また再出発なんだから!」


 会長の優しい言葉に早霧は力なく「あはは」とだけ笑いを返した。今は、その労わってくれている言葉も痛い。私はなんの力もない小娘で。

 ――無力だったのだ。



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