第19話 雑誌編集部に行こう②
インタビューの内容とはまったく関係ないゲームを遊びながら、俺たちは質問を受けた。
まずは会長が、サークルの由来や歴史などを聞かれて答える。
俺も良く知らなかったが、どうやら前代の会長が設立させたものらしい。
プログラム担当の早霧には、ゲーム歴やプログラムを始めた経緯などを。
早霧は七割方ゲームに意識が捕らわれていたような気もするが、どうにか無難に答えていた。
その次が俺で「男の方が唯一というのは珍しいですね」と笑顔を向けられた。
言われてみれば確かにそうかもしれない。
俺はシナリオ担当ということで、話の見所やキャラのことを聞かれたりした。
話の中で、資料として送付した隠しシナリオのことにも触れられ、幾つかあることを明言。ぜひ探してみてください、と話が締めくくられた。
俺たちがインタビューを受けている間、ミュジィはというと終始キョロキョロしながらブースの中をウロついていた。
最後にライターさんがミュジィにインタビューをする。
「ミュジィさんはなにを担当してらっしゃるので?」
「うむ、用心棒じゃ」
まあ嘘ではない。
ライターさんは目を白黒していたが、特にツッコミをする気はなかったようで話はゲーム自体のことに移っていった。
「いやあ驚きましたよ、個人レベルで作られてるとは思えないくらい操作周りが丁寧だし、ボタンを押したときの反応なんかも地味に凝っているから触ってて楽しかったです」
ライターさんが、早霧の仕事の丁寧さを褒める。
早霧がテレて、プレイしていたゲームをミスした。
俺は早霧にそろそろ交代してくれ、と要求する。
「まだ待って! ここクリアしてから!」
「おまえ、そういうけど、そこクリアしたら次もまた、ここをクリアしてからって言うよな!?」
俺は知ってるんだ、早霧は昔からそういう奴である。
だから俺は横から無理やりコントローラを奪おうとした。
「おまえはインタビューに集中してろ! 俺があとを継いでやる!」
「なにするのよ惣介! やめっ、……あっ、あっ、ああーっ! また死んじゃったじゃない、惣介のせいだからね。それ借金いちだから!」
借金とは俺と早霧が昔二人でゲームをやっていたときの言葉だ。『おまえのせいでやられたので、もう一回自分の番を寄越せ』という意味である。
「おまえ何歳だよ、諦めろ。諦めて俺にコントローラ渡せ」
「もう一回、もう一回私」
俺たちがコントローラを巡ってワチャクチャしていると。
「お二人ともホント仲がいいですねぇ」
ライターさんが羨ましそうに苦笑してきた。
「そ、そんなことないですっ!」
突然早霧が俺から離れ、コントローラを渡してきた。
なんだよそんな顔を真っ赤にしないでも。ミュジィが横で笑う。
「幼馴染じゃしな。基本こやつらは仲良しよ、はっはっは」
そうか? 早霧の奴、俺に憎まれ口しか叩いてこないが。
「そんなことないから!」
早霧がミュジィを追い掛けた。
叩きにいったのだ。ミュジィは身軽にスイスイそれを避ける。
その様子を見て今度は会長が笑った。
「まあまあ早霧ちゃん、わかってるってば。早霧ちゃんは惣介君の才能が好きなのよね、
早霧ちゃんは惣介君をプロデュースしたいだけだもんねぇ」
「プロデュース?」
ライターさんが会長に問い返す。
「そうなんです。この子、さっきプログラムをやってる理由を色々と言ってたけどあんなの全部嘘、早霧ちゃんがゲームのプログラムをやっているのは惣介君のシナリオを世に出す為なんですよ。惣介君の大ファンなんです」
「へえー」
ライターさんが関心したような顔でメモを取っている。早霧は遠くで「べ、別にそんな理由じゃあ」とか「だいたい私は別に惣介なんて」とか言っていた。そんな早霧のことをクスリと笑いながら軽く一瞥し、ライターさんは俺の方を見た。
「惣介君、羨ましいな。身近にそんな熱心なファンが居てくれるなんて」
「あ、いやでも……俺なんかホントまだまだで。結局このゲームも、まだシナリオを完成させているわけじゃあないし」
しどろもどろになってしまった。
俺が頭を掻いていると、早霧が俺たちの方を向いた。
「大橋さん。大橋さんは惣介の書いたシナリオをどう思いました?」
横から割り込んでくる。真剣な目でライターさんの方を見ながら、早霧が問いかけた。ライターさんはそんな早霧にちょっと気圧されたのか、少し後ろに引いた。
「あー、うーん」
そう苦笑して、
「マジレス希望なんだよね? それ」
と顎に手を置く。「はい!」と早霧が答えた。やっぱり目を逸らさずに。
ライターさんは答えた。
「……粗削りだと思います。だけど世界の書き方が心地好くて、僕は好きです。ずっと居たくなる世界っていうのかな、優しいけどシビアだったりして登場するキャラたちを応援したくなる」
言いながら、ライターさんはどことなくテレ臭そうだった。
「だからあのイベントで買ったこのゲームを家に帰って遊んだとき、記事にしたいと思ったんだ。実はこの紹介記事、上から降ってきた企画じゃなくて俺から出した企画なんです」
顎に置いた手で口周りを撫でまわしながら、ライターさんは俺の方に目を向けてきた。
「思わず記事を書きたくなるくらいにはよかったですよ。だから惣介君、俺なんかに弱腰にならないで、もっと自信を持って書き進めて欲しいな」
「は、はい。ありがとうございます」
「以上、マジレスでした。いやなんか恥ずかしいね、これ」
ライターさんが頭を掻きながら苦笑していると、ブースの入口から突然声がした。
「そんなことで恥ずかしがっているようじゃ、まだまだだな大橋君」
目を向けると、そこには背広を着た細身の髭おじさんが立っていた。眼鏡を掛けていて、理知的に見える年配の方だった。
「あ、編集長」
ライターさんが紹介してくれる。この人は西倉さん、連撃ゲーム通信の編集長だった。
「西倉です、よろしくお願いします」
そう言って、丁寧な仕草で俺たちに名刺を配ってくる。
「どこから聞いてたんですか編集長」
ライターさんが、まいったなという顔で苦笑しながら編集長に聞く。
「お二人ともホント仲がいいですねぇ、の辺りから?」
「だいぶ前からじゃないですか! 趣味悪いです編集長、さっさと声掛けてくださいよ!」
「あはは、いいじゃない。なんか話題が甘酸っぱい青春方向に向かって行ったからさ、つい声を掛けそびれちゃったよ」
笑顔が素敵な人だ。俺はこの人に好感を持った。
「皆さん良い素材ですねぇ。どうですか会長さん、ウチの本誌で開発便り的なちょっとした連載ページを持ちませんか?」
「ええ!?」
驚く会長。
「JKな会長さんの開発便りをメインに、ライターである惣介君のキャラクター話なんかを添えたりして一ページくらい。宣伝にもなると思いますよ?」
「やります、即やりますやらせてくださいページください! いいわね惣介君!」
「お、俺もですか?」
「当然じゃないご指名なんだから!」
俺があの連撃ゲーム通信に記事を書く……?
思わず唾を飲み込んでしまった、え? 俺が? いやそんなの書けるわけないじゃないか。
「大丈夫だよ惣介君、一ページなんてむしろ文字数が足りなくて悩むくらいさ。あっと言う間に書き終わっちゃうよ」
とライターさんが頷く。俺は早霧の方をみた。早霧も頷いた。
「やってみなさいよ。大丈夫、私たちもフォローするから」
「そうじゃ挑戦してみい、お主さまならやれるじゃろ」
ミュジィがポンと俺の背中を叩き、ニッと笑う。
「……わかりました。俺でよければやります、やらせてください」
「いいねえ初々しい! 君は良い記事を書けると思うよ惣介君!」
編集長が差し出してきた手を、俺は握る。グッと力強く握られた。
頑張れ、と祝福されているようで、思わず胸が熱くなってくる。
よし、頑張ろう。これもゲーム作りには大事なことだ。
会長は言っていた、アピールは大事。俺たちのゲームを世に出す為に頑張ろう。
「頑張りましょうね惣介君、目指せ有名サークル一直線だよーっ!」
会長が笑うと、編集長も笑った「ははは、明確なビジョンがあってよろしい」。そして皆の笑いが続く。
今日は来た甲斐があった。この後ちょっとした事務やりとりをツメて、俺たちは気持ちよく編集部を後にしたのだった。
で。その帰り道のことである。
俺の頭の中でミュジィ腕組みをしながら言った。
『結局リーネの奴、姿を現さなかったのぅ。絶対邪魔をしにくると思って警戒しておったのじゃが』
「ああそれなら――」
と会長がクスリと笑った。
◇◆◇◆
「たのもうなのだー!」
休日の学校、会室の扉をガラリと開ける者がいた。リーネだ。
「本日午後三時、ここでリーネ様対策委員会を開くと聞いて直接モノ申しに……アレ?」
意気揚々と会室に入ってきたリーネだが、誰もいない。リーネは右に左にキョロキョロと、会室の中を眺め見た。
「だ、誰もいないのだっ!?」
◇◆◇◆
『嘘の情報を学校メールでやりとりしたじゃと?』
「そ。覗かれてるのわかったし、今日はどうしても邪魔されたくなかったからねー」
『じゃあ今ごろ一人学校か』
「騙したままじゃあ悪いから、皆で東京土産でも持っていきましょ」
『不憫じゃのうリーネ』
「あいつ単純だからな」
こうして俺たちの東京編集部ツアーは終わった。
紙媒体での連載まで頂いてしまったわとホクホク顔の会長が、俺の背中を叩く。
「前途洋々。頑張ってね、惣介君」
頑張ることになってしまったけど、雑誌連載てなにを書けばいいんだよ。
「悩んだところで、あんたが書けることなんかさしてバリエーションないでしょ?」
ごもっともです早霧さん、おまえが正しい。
「やれることをやっていけばいいか」
「そうそう、どーせあんたも不器用なんだから」
あんたも、という辺りがまだ良心的だった。
たぶん早霧の方が俺よりも不器用だ。器用そうに見えるのは見た目だけ、早霧は基本、正面から当たっていくことしか知らない。
「頑張るよ」
と俺は笑った。
俺たちは単純なのだ、リーネのことを笑えない。やれることを正面からやっていこう、今はきっとそれでいい。
電車に揺られながら、俺は心地好くアクビをしたのであった。
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