第13話 なんですその格好!?

 俺はミュジィに手伝って貰いながら、いそいそと販売スペースの支度を始めた。


「これはテーブルの前に貼り付けて垂れ幕のようにするのじゃな?」

「ああ。そっち頼むわ、俺はノボリを組み立てる」


 会長のイラストがデカデカとプリントされた紙を、サークルスペースのあちこちに飾りとして置くのだ。

 なるべく目立つように、遠くからでも目に入るように、とノボリの角度なんかを気にしながら調整する。


「手作り感が凄いのぅ」

「手作りだからな」


 ノートパソコンの用意もして、デモを走らせる準備もする。

 今回はビジュアルをふんだんに盛り込んだわかりやすいムービーも用意してある。部活大見学祭での失敗を繰り返したりはしないぞと作ったものだ。

 用意も終わり、ミュジィと二人で俺は椅子に座った。


「あの二人、なにをやっておるのじゃ。遅いのぅ」

「電話したけど、出ないな」

「なにか取り込み中なのかのぅ」

「もう開場時間になっちゃうよ」


 しばらくすると会場内にイベント開幕のアナウンスが流れた。

 会場内が拍手の渦に包まれる。慌てて俺も拍手をした。


「は、始まっちゃったぞ!?」

「始まってしもうたなぁ。大丈夫か、わしらだけで?」

「だ、大丈夫?」

「わしに聞き返すな。相当舞い上がっとるの、お主さま」


 ざわめきが響いてくる。

 外で待っていた人らが会場内に入ってきたのだ。

 走るのは禁止なのに、音が凄い。


 急ぎ足になってる人は多い、急ぎ足というよりは競歩のようだ。歩きと競歩、テンポの違う足の音があまりにも大量に重なって出来る地鳴りなのであった。


「おおお、なんだこれ。なんかドキドキが止まらないぞミュジィ」


 目の前の通路を人が怒涛のように流れていく。

 朝一番から並んでいた人たちが、お目当てのサークル売り場へと向かっているのだろう。人気あるサークルの出展物を買うには、少し出遅れただけで数時間の並びとなることもあるのがこのイベントだと聞いている。


「こりゃすごいのぅ、まるでレースじゃ」

「皆が皆、律儀にルール守って会場内を走らないってのが凄いな」

「確かに。妙な統制が取れとるの」


 先頭グループの競歩が終わると、少しの間を置いて売り場スペース前の通路に人が涌いてきた。有名サークルなどを回るわけではない人らが、ゆっくり歩きながら物色をし始めたのだ。

 俺たちのところにもチラリと目を向ける人が、ちょいちょい居る。居る、が。


「なんか遠回しに眺めていられるだけで近づいてくる者がおらんの」

「そうだね」

「呼び込みでもせい惣介」

「俺が!?」

「声を張らんでなんのおのこか! 頑張りどころじゃろう」


 そんなことを言われても。……仕方なしに俺は声を出してみた。


「えー、見ていってくださーい。さーくる三人娘、マルチエンディングのアドベンチャーRPGでーす」

「もっと声を大きく」

「どうぞ見ていってくださーい」

「情けないぞお主さま、覇気がない。もっと積極的に、こんな感じじゃ」


 そういうとミュジィはイスから立ち上がり、テーブルを下からくぐって通路に出た。


「右に左にとお忙しそうなそこの御仁! 少々立ち寄っては頂けぬかの?」


 目が合った通りすがりの男性に近づいて突然に声を掛けたかと思うと、手を繋いでサークルスペース前まで強引に連れてくる。


「えっ、えっ!?」

「ここなゲームはラナドイルグラフティという、我々さーくる三人娘が制作したマルチエンディングアドベンチャーRPGじゃ。どうじゃろう手にとって見てみてくれぬか」


 男性は急な出来事に、目をまんまるくしながらミュジィの説明を聞いていた。


「わー! だめだよミュジィ、それは反則だろう!」

「なにがじゃ」

「女の子に手を取って引っ張ってこられちゃ、そりゃー断れない! そういうのはズルいし迷惑な行為だと思う!」


 俺はミュジィを窘めた。男性の方を見て、


「失礼しました、お気を悪くしないでください」


 頭を下げる。男は笑いながら「気にしてませんから」と手を振った。


「まったくミュジィはこの世界の常識に欠けすぎだよ」

「別世界の住人ゆえな」


 ブスっとした顔でミュジィが答える。


「じゃが五百枚も売らなければいけないのであろう? 多少強引にでも売らんとどうにもならんと思うのじゃが」

「それはそうなんだけど……」

「これ、見せて貰っていいですか?」


 声を掛けられて気がついた、先ほどミュジィが引っ張ってきたお客さんがウチのゲームのデモを見てくれていたのだ。


「え、はいっ!? ぜひっ!」


 思わず声が上擦ってしまった。

 男の人が、テーブルに置いてある見本の設定本をペラペラとめくり始めたのだが、俺は俯き加減でその様子をチラ見するくらいしかできない。


 チラッチラッ、と見ては俯き、見ては俯き。

 なにやってんだ俺、まともに前が見れないとか。いやだって仕方ないじゃないか、――見てる。本を見てる。俺の書いた設定集を見てるんだもの。


「一枚ください」

「は、はい! ありがとうございますっ!」

「五百円になるのじゃ」

「じゃあこれ」


 渡された千円札をミュジィが受け取り、お釣りの五百円を渡す。


「まいどなのじゃ」


 ――売れた! おおおっ!?

 頭の中で、なにかが弾けた。

 口をあんぐり開けてミュジィの方を見る。さぞ呆けたような顔をしていたのだろう、ミュジィがにんまりと目を細めて笑い掛けてきた。


「売れたのぅ」

「うん」


 茫然と、陶然と。思わず反射で答えた声は素だったが身体は、ぶるり震える。


「売れたな!」


 思わず拳を握りしめる。「よしっ! よしっ!」俺は繰り返した。


「この調子でどんどん売れるといいな、ミュジィ!」


 が、そうは問屋が卸さなかった。

 その後、俺たちはサークルブース内から声を掛けたり出したりして、客呼びをした。


 デモやノボリの絵を見て、お客さんはちらほらとやってくる。

 だが見本の小冊子をじっくり見るだけ見て、結局買わずに余所へ行ってしまう人がほとんどで、売り上げは芳しくなかった。


 所詮は初参加のマイナーサークルなのだ。

 知名度もなければ期待もない。まったく売れない時間も続く。


「むむう」


 ミュジィが見るからに不機嫌そうな顔で腕を組んだ。


「やはりさっきみたいに客引きするしかないぞ惣介」

「だめだめだめー!」


 イスから立ち上がろうとするミュジィを押さえる。

 ドタバタとブース内で俺たちが揉めていると、会長と早霧が戻ってきた。


「なに暴れてるの二人ともー」

「か、会長どこいってたんですか! ミュジィが強引な客引きをしようとするんです、止めてくださ……」


 会長の方を見た俺は思わず固まってしまっていたに違いない。


「会長!? なんですその恰好!?」

「ラナドイルグラフティのサブヒロイン、ルーディアの式典仕様制服だよーん」


 会長はその場でクルリと回った。

 和洋混ざったヒラヒラ着物ドレスといった感じの衣装が、ふわりと舞う。


「自分でデザインしたキャラのコスプレするのは夢だったの。これで夢が一つ叶ったわぁ」

「おお見覚えある礼服じゃのう。たしか隣国であるマルート国の正式礼装じゃなそれは。ということは今回のゲームはマルートでの話であったか」

「この衣装で今日は頑張って売り子するからね!」

「会長がコスプレしてきたってことは早霧も……?」


 俺は会長の後ろで小さくなっている早霧を見た。

 ささっ、ささっ。

 俺が首を右へ左へと動かすごとに、早霧は絶妙の角度で会長の後ろへと回り込む。


「もー早霧ちゃん、諦めて披露しちゃいなさいっ!」

「きゃーっ!」


 会長によって前に押し出された早霧は、肌も露わな水着仕立てのコスプレをしていたのだった。

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