第22話 TVの取材を受けよう②

 放課後になると俺たちは、いつも通りに会室で作業を始めた。

 撮影スタッフの面々も集まり、今日の会室はちょっとした大所帯だ。

 と言っても喋ったり物音を立てたりしているのはいつもの俺たち三人だけ。

 人数の割には静かな会室だった。


 スタッフの面々は今、会長と早霧の話し合いにくっついてカメラを回している。

 一人離れた俺は、シナリオを書きながら二人の会話に聞き耳を立てていた。


「でもどうしたものかなぁ。さすがにあたしもこれ以上の速度で絵を描くのは難しいし」


 新規追加や雑誌記事用の絵で、会長の処理能力もついに一杯一杯になってきたようだ。今後の方針について二人は話をしているらしい。


「だけど記事には新規絵を入れたいのよねー。うーんうーん」

「ほんと会長は無理ばっかり言い出しますよね」


 早霧が苦笑している。

 その後二人は声のトーンを下げて、あれこれ話し合っているようだった。

 あーでもない、こーでもない、ときおり声がこちらにも届くが、なにを言ってるのかはよくわからない。

 しばし経ち、俺がシナリオの方に集中し始めたころ、


「じゃ、そういう方針でいいですね。行ってきます!」


 早霧が話をまとめる声が聞こえてきた。

 笑顔の早霧が撮影スタッフの面々を連れて会室から出ていくと、「ふー」と大きく息を吐きながら会長が俺の方へとやってきた。


「早霧ちゃん、やる気まんまーん」

「なにが決まったんですか?」

「絵の背景要員を外部に頼むっていう話になったの。あたしはキャラ絵に専念する方が、量を描けるから。それで早霧ちゃん、今から美術部に交渉に行くって」

「あれ? 対外交渉は会長がいつもやってますよね?」

「それがね早霧ちゃん、本格的にプロデュースを学びたいから自分がやってみたいって」

『やる気まんまんじゃのう』

「ねーミュジィちゃん。早霧ちゃんのやる気凄い」

『お主らも負けてはおれんのぅ。ゲームをボリュームアップするんじゃろ?』

「そう! せっかくテレビにも出ることになったんだし、出来る範囲で詰めこめるだけのモノを詰め込んじゃおうかと」


 俺たちが話していると、編集長が一人で戻ってきた。


「いやあ、早霧ちゃん、いいねぇ」


 満面の笑みだ、ご機嫌が顔から溢れている。

 会長が席を促し、導かれるまま編集長は俺たちの横に座った。


「やる気は全ての源だ、いいプロデューサーになれるよあの子は」

「ありがとうございます、早霧ちゃんが聞いたら喜ぶだろうなぁ」

「あそう? それじゃあ後で直接早霧ちゃんに伝えようかな」

「そうしてあげてください編集長さん」

「うはは、会長さんにそう言われたら、俺も必殺『褒めて伸ばす』炸裂させちゃうよー!?」


 おどける編集長に釣られて俺たちも笑った。


「それにしても今回の話はだいぶ急でしたねぇ。普通、テレビの取材って企画ごとに一ヶ月くらいのリサーチ期間を取るんじゃないんですか?」

「お? 詳しいね、会長さん」

「親戚が、やっぱりテレビ関係の仕事をしているんです」

「ほほー」


 納得したように会長を見やる編集長。俺は横から口を挟んだ。


「あまり気にしたことなかったですけど、こういったテレビの番組ってどれくらいの時間を掛けて作るものなんですか?」

「そうだねぇ。今回は番組中の一コーナーだから短いんだけど、たとえば一時間の番組だったら短くても四か月半は掛かけるかな」

「そんなに!」

「企画ネタのリサーチで一ヶ月、ロケハンからロケの準備で一ヶ月、ロケで一ヶ月。そこから編集で一ヶ月くらい掛かって、仕上げで二週間。ロケも五回から十回くらい出たりしてね」

「それは……大変ですね」

「テレビはとにかくお金も時間も掛かるんだよ」

「ゲームも、最近のはそうなってますね」


 と今度は会長が横から話題に入ってくる。編集長は頷いた。


「そうだね。大きなメーカーが多額の開発費と時間を掛けて競争してる」

「でも編集長なら知ってらっしゃいますでしょ? 今同人ゲームが熱くなりつつあること」

「うん。大規模なメーカー製のゲームが発売間隔が伸び、合間を縫うように楽しめる小規模ゲーム、いわゆる同人いわゆるインディーズが今、評価されてきているね」

「同人も行きつくところは質と量の戦いになるんですけどあくまで同人規模、それなら個人でも戦える」

「その通りだね。その中で抜きんでようとしている会長さんの狙いは正しい、だからボクは君たちを応援しているんだ」

「ありがとうございます編集長」


 ニッコリ笑う会長。


「いやなに、大人の応援ってのはちゃんと自分の利益も考えているものだから、お礼を言われる類のものでもないよ。キミはそういうところもわかっていそうだけど」

「うふふー」


 そんなこんなで俺たちが談笑を続けてると、やがて撮影スタッフを引き連れた早霧が会室に戻ってきた。


「どうだった美術部ー? うまく交渉できたぁ?」

「出来ました会長、美術部さん、背景オッケーです!」

「よーしよしよし、えらいねー早霧ちゃん」


 会長が早霧に抱きついて喜ぶ。

 金髪キレイ系の会長と黒髪ツインテ可愛い系の早霧の二人が抱き合ってピョンピョン喜ぶ姿は実に絵になった。会長のことだから、半分以上は計算づくの行動だろうけど。


 その後はディレクターさんが「普通に活動している絵も欲しいですね」と言うので、俺たちはそれぞれの活動を開始した。


 普段通り、カチャカチャとキーボードの音が時計の針の音と交わる空間が出来上がる。カメラが俺の方にきたので、俺は加速術式アクセルオンを使っての早打ちタイピングを披露した。「おおう」と驚いたのは編集長だ、リポーターらしくカメラに向かって俺のタイピングの速さがどんな凄いことかを解説する。

 俺が頭を掻いていると、


「彼は今、うちの雑誌『連撃ゲーム通信』でライターもしているんです。この速度は大きな武器になりますよ」


 とさりげなく自身が編集している本のことも話題に組み込んでくる。


『さすがじゃのぅ、抜け目がない』


 頭の中でミュジィがそう笑っていた。


 ◇◆◇◆


 ひとしきり会活動の映像を撮影した頃には放課後も遅い時間になっていた。

 俺たちは学校の許可を得ているので多少遅くなっても平気なのだが、グラウンドから聞こえていた運動部連の声はもうなくなっていた。既にそういう時間なのだろう。


「あとはパフォーマンスの撮影だけですねぇ」


 とディレクターが言い出したのは、そのときだった。

「はい?」と俺は間抜けな声で返事をしてしまった。パフォーマンス?


「資料映像で見たのですが、白い服を着たお姫さまみたいな小柄な娘と中世ヨーロッパぽいコスプレをなさっていた小さな娘は、今日はいらっしゃらないのですか?」


 ミュジィとリーネのことに違いない。俺は咄嗟に答えた。


「そうですね、あの娘たちは外部の者なので今日は居ないんです」

「えー!? なぜですか? 資料映像にあったあのお二人のパフォーマンスを撮影したい、とお伝えしてあったと思うのですが!」


 ……聞いていない。

 念のために会長や早霧とも話し合ってみるが、やっぱり誰も聞いていないという。「ボクも聞いてないよ?」編集長もそう言う。


「あーしまったなぁ……! きっとうちのプロデューサーが連絡し忘れてたんです、あの人ほんといい加減なんだから! うーん困ったなぁ、AD君に言って外で場所も確保して貰っているのに!」


「え?」と俺が窓から外を見ると、グラウンドを囲うように生徒たちの人垣ができていた。


「あそこでパフォーマンスして貰えたら凄い絵になるんですけどねぇ」

「いやいやいや、そんなことを言われましても!」


 俺がバタバタと両手を振ると、ディレクターさんはフイとこちらの傍を去って会長の方へと歩いていった。


「どうにかなりませんか会長さん!」


 ディレクターが頭を掻く。

 会長も困った顔をして俺の方を見てくる。いや俺というか俺の頭の中にいるミュジィに視線を向けているのだろうが。


「パフォーマンスが出来なかったらどうなるんでしょうかぁ?」


 会長が問うとディレクターは残念そうに、


「最悪、企画がお流れに……」

「えええ!? うーん、うーん」


 頭を抱えた会長が俺と早霧を呼んで廊下に出た。

 俺たちは廊下で相談する。


「ミュジィちゃん、なんとかならない!? ボツは勿体なさ過ぎるの、最悪ミュジィちゃんだけでもパフォーマンスを」

『パフォーマンスとか言うな。あれは必要が生じた結果の戦闘魔法だったのじゃから』


 言いながらも、ポンとミュジィが俺たちの横に姿を現した。

 ちゃんと床に立っていてくれている。


「どちらにせよリーネへの連絡手段がない。あ奴は呼べぬじゃろう」


 会長がガラリ、戸を開けて会室内のディレクターさんに訊ねる。


「一人だけのパフォーマンスでもよろしいですか、ディレクターさん?」

「いやあー、二人での迫力が凄かったから、二人がどうしても欲しいなぁ」


 ガラリ、戸を閉める会長。


「ダメ。あのディレクターさん、困り顔だけど一歩も退く気なさそう」

「歴戦のつわものぽいのぅ」


 会長をミュジィが顔を突き合わせて腕を組んだ。俺も腕を組む。


「でも会長、リーネに連絡つける方法はないわけだし諦めて貰う以外ないんじゃないかと」

「うーんうーん」


 俺たちは唸った。

 唸ったところで無理難題が解決するわけないのは承知の上だ、困ったときに頭を傾げてしまうのは生理現象に近いものだっただけである。

 そんな中、早霧が「なにを言ってるの?」という顔で俺たちを見ていた。


「……なんだよ早霧、良い案があるのかよ?」

「良い案もなにも」


 と早霧は不思議そうな顔で。


「連絡を取る手段なんかあるじゃない」

「え?」「え?」


 異口同音に呟き、早霧の顔を見つめてしまう俺たち。早霧は素っ気なく続けた。


「ブログを使えばいいのよ」


 あ! と俺も思い至った。

 そうだったリーネの奴はブログもずっと監視しているのだ。この間も早霧がブログを更新したら即レスしてきてたじゃないか。


「連絡を取るっていうかね、監視しているリーネちゃんに今の私たちの状況を伝えればいいのよ。つまり」


 と早霧は笑った。


「今私たちは学校でテレビの取材を受けています、これが成功すれば世間へのアピール度大アップ間違いなし! 応援よろしくお願いします!」こう書き込めばいいのよ、と。


 はたして俺たちはブログを更新した。


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