第36話 世界を創る
「さあ願え! 今、お主はなにを願う? 再び創り出せ可能性を、世界の形を変えよ!」
ミュジィの言葉で、パチン、となにかが俺の頭の中に弾けた。
あああああ。チカラが湧いてくる。これまで俺の中でずっと眠っていたモノが、出口を見つけて熱くせり上がってきた。
「早霧ぃぃいーっ!」
俺は起き上がり、無表情のまま拳を振り上げている早霧にもう一度抱きついた。
優しく、でも力を込めて。
「ごめんな、おまえ、身体弱いのに。そんな無理までさせちゃって」
俺は泣いた。目から涙がポロリ零れて早霧の肩に乗った。
「俺が望むのは、これまでと変わらない日々だ。早霧がいて会長がいて、ミュジィがいて、ワイワイと皆で楽しくゲームを作ってる。早霧に詰られていたっていい、ただ平和で、明日のことなんか気にもしていない世界。今を楽しんでいく世界」
俺は叫ぶ。真正面から早霧を見つめながら叫ぶ。
「俺にはおまえが必要なんだ。いつまでも横にいて欲しいんだ。一緒に居たいんだ!」
早霧が無表情なままに頭を振った。
「私は惣介が一人で羽ばたいていくことを喜んであげられなかった」
「早霧……」
「私は、私だけの惣介が欲しいだけだった。自分の手でプロデュースすることにこだわってたのも、私のモノという刻印を惣介に押したかっただけ」
「いいんだ、早霧」
「私はどこまで行っても自分勝手なの」
「そんなに自分を責めなくていいんだっ!」
呟く早霧の声を打ち消そうと俺は大声を出した。
「誰にだってそういう気持ちはあるんだ! 俺だって、早霧がコスプレをしてチヤホヤされてるときには嫉妬した。当たり前のことなんだ、俺たちはまだ未熟なんだから!」
「私はそんな私が許せない。わかってしまったの、資格がないって。私には惣介の手を引く資格もなければ横に居る資格もない、一緒に居る資格なんてない」
「早霧……」
「私は――」
「早霧ッッッ!」
俺は早霧の言葉を遮るようにキスをした。
言葉なんてどうでもいい。俺は早霧のことが好きだ。
すぐに手を出す早霧が好きだ。小さなことですぐ悩む早霧が好きだ。本当は心だって弱いくせに、強がっている早霧が大好きだ。守りたいと思うんだ。一緒にいたいと思うんだ。一緒に見たいと思うんだ。この世界の続きを、俺たちの世界のその先を。未来を。
時間が止まったかのように静かな世界に、俺たちは今、二人だけ。
強く抱き合ってキスをし続けた。早霧の身体が熱い。汗ばんでいた。制服をクシャクシャにして、俺は早霧を抱きしめ続ける。
長い長い、とても長い二人だけの時間が過ぎると。
やがて突然に時間が流れ始めた。俺の耳に空き地の草陰で鳴いている秋の虫の声が届いてきた。スイッチョンと、リーンリーンと、ギロギロギロと。半分の月に照らされて、俺たちは今、ここにいる。
俺たちは互いの身体を離した。
「帰ってこい早霧。俺はこれからもおまえに、俺の書いた話を読んで欲しいんだよ」
早霧が首を振る。
「ダメ、無理なの。もう戻れない、私は皆で頑張って作ったゲームを消しちゃった。もう笑って皆の顔なんか見ることができない。全て捨てようとしちゃった私が今さら帰れるはずもない。そんなの許されない」
「俺が許す。それに」
泣きそうな顔をした早霧に、俺は確信を持ってこういった。
「大丈夫なんだ早霧。おまえはゲームを消しきってない、そんなことがおまえに出来るわけがない。みんなで作った大事なゲームを『本当に全て消してしまう』なんて出来るわけがないんだ」
「えっ……?」
「ポケットの中をみてごらん」
早霧が自分のポケットをさぐった。そこにはデータの記憶メディアカードが入っていた。
「なに、これ?」
「おまえはそこにゲームデータを全て移しておいたんだ。おまえはゲームを消してなんかいなかったんだよ」
それが俺の望んだ
「私、私……!」
言葉の代わりに早霧の目から大きな大きな涙の粒が零れる。
「帰ろう、早霧」
俺たちはもう一度抱き合ったのだった。
「サギリッ! どうしてなのだーっ!」
リーネのファイヤーボール連打が俺たちに向かって降ってくる。「無駄じゃ」
ミュジィはそれをひと振りに払った。
「もう趨勢は決まった。見よこの預言書、クリエイターズ・ドーンの輝きを。未来はまた少し先まで定まったぞ、もうお主にやれることはない、諦めよリーネ」
「それでもなのだ、それでも我は……!」
ファイヤーボールの嵐。しかしそのことごとくをミュジィが消していく。リーネが頭を掻きむしり、乱れ髪を大声に揺らした。
「うわあああああああああーッ! 我は、我は!」
リーネの頭の上に、かつてない大きさと数のゲートが現れた。
「一人になったとしても遂行するのだ! 魔王さま、見ていてくださいなのだっ!」
ゴンゴンゴン、と地鳴りがする。リーネが大魔法を使おうとしている事は俺にもわかった。きっとこの場全てを灰塵に帰してしまうほどの大魔法だろう。
「これ以上を為そうとするならば、わしはお主を殺さねばならん。わしにそこまでやらせるなリーネよ!」
「知ったことかなのだーっ!」
「馬鹿ものめがぁーっ!」
ミュジィが声を上げ、リーネに向かって超特大の雷撃を放つ。「やめろミュジィッ!」と俺は時間を止めた。ミュジィとリーネの間に割り込み、電撃を喰らった。電撃で吹っ飛ばされた俺は、空き地横のブロック壁にぶち当たる。
「惣介!」「お主さま!」
早霧とミュジィが声を上げる。倒れた俺は、片手だけを上げてそれを振った。
「いてて。大丈夫だ、ミュジィの掛けてくれた防御魔法が、まだ残ってる」
「だからと言って……無茶をしおる。わしはリーネを殺す気で……」
ポロリとミュジィの目から涙が零れる。
「わしは……、わしは……!」
「ばーか、おまえにそんなことさせられるか。したくもないことをするんじゃない」
「惣介!」と早霧が俺の傍らに走り寄ってきてしゃがみ込んだ。
そして倒れたままの俺に抱きついてきたのだが、さすがに雷撃を喰らったあとにそれは痛い。俺は絶叫した。
「ほれ、やはり無茶であった」
グスグスとミュジィが泣きながらも笑い始めたので、俺と早霧もつられて笑った。
――と。
「なぜだ」
一人俯いていたリーネが声を上げた。
「なぜなのだソウスケ、なぜまた我を助けた!」
苦しそうに、喘ぐような声を絞り出してリーネが言った。
「あのときもそうだった、魔王さまに殺されそうな我を助けた! なぜなのだ、我は敵なのに!」
俺は頭を掻いた。理由なんて大したもんじゃない。
「おまえも一人ぼっちだったんだろ? だから一人ぼっちになりそうな早霧を仲間に引き入れた」
「我は……我は……!」
「俺はみんなで楽しくゲームを作りたいんだ。そこにはな、おまえも居るんだよリーネ。俺のシナリオを面白いと言ってくれたおまえも、そこに居て欲しいんだ」
早霧が頷く。ミュジィが肩を竦めた。二人とも笑っていた。リーネはそんな俺たちの顔を見渡した。
「……いいのか? こんな我でもそこに居て」
「いいんだ、そんなおまえだから、そこに居てくれていいんだ」
「こんな……、こんな我でも……!」
リーネは、わあわあ泣いた。声を出して、わあわあ泣いた。魔王さまごめんなさい、とそう言って月まで届くような声で。
「我は……リーネは……、魔王さまを裏切りますなのだぁぁぁあーっ!」
――わあわあ泣いたのであった。
◇◆◇◆
早霧は家に帰った。警察沙汰になっていたので、面倒な部分は俺が
会長はふくれっ面。あたしが居ないところで全て終わらせちゃうなんて! と激しく怒っていたが、彼女は自分がその場にいてもなにも出来なかったであろうことを自覚している。最後は微笑んで早霧に言った。「おかえりなさい早霧ちゃん」と。
ミュジィは相変わらず俺の中におり、気が向いたときには外に出てきてお茶を啜っている。ああそういえば、プライベートな時間をちょっと確保できるようになった。ミュジィは案外俺の中で寝ていることが多いことに気がついたのだ。その間なら俺が風呂に入ったりしても気がつかない。さすがにね、全然プライベート時間がないのは俺もツラいから。
そんでリーネ。リーネはうちの高校の一年生として学校に通うようになった。もちろん暗示をフルに使っての仕業だ。もちろん毎日ゲーム制作同好会に顔を出してくる。
最後に俺はというと、
「え、書けたの!?」
なんとついに、シナリオを完結させることができたのだった。
俺が完成したシナリオをプリントアウトして会室に持ち込むと、早霧の奴が失礼なことに目を丸くして驚きを露わにする。俺がシナリオを完成させたのが、そんなに大事件か。
『大事件じゃろ』
「大事件なのだ」
俺の心の中を見透かしたように、ミュジィとリーネが言葉を合わせる。
「ソウスケお話を最後まで完成させたことが一度もなかったはずなのだ。どう考えても大事件なのだ?」
「リーネちゃんの言う通りよ。いったいどうしちゃったの惣介、あんなに書けない書けない言ってたのに!」
不思議がる二人とは一線を画した態度で鼻を鳴らしたのはミュジィだ。
『思い出したのじゃな』
「ああ、思い出した」
なにを思い出したのよ、と詰め寄る早霧をなだめつつ、俺は昔話を語り出す。
それは早霧が入院していたときの話だ。
早霧にゲームのシナリオめいたお話を書いた俺は、エピソードのラストまでをわざと書かなかった。「元気になったらこの続きを見せてあげるね」と早霧に約束をしていたのだ。
しかし早霧は一度死に掛ける。その際に早霧は言った。
「惣介の書いた話を最後まで見てから死にたい、そしたら満足して天国にいける」
その後俺は、ワールドクリエイターとしてチカラを発揮して、早霧が死なない世界線を構築した。そのときの反動で色々忘れてしまっていたわけだけれども、早霧の言葉だけが歪んだ形で意識のどこかに残ったらしい。
「惣介の書いた物語を最後まで読めたら満足するから死ぬ」
つまり、俺がラストまで物語を書くと早霧が死んでしまう、俺は心のどこかでずっとそう思っていたのだった。
「なにそれー」
と早霧がイヤそーな顔で言った。横でリーネは呆れ顔をしている。
「ただの勘違いだったかなのだ?」
もちろん能力的な話や完成させて評価を受けることへの恐れなんかもあった。だけど根っ子の部分はこの、ただの思い込みの勘違いだったのだ。俺は頭を掻いた。
「ばっかみたい」『ばかじゃのー』「ばかなのだ」
それぞれの口調で同じことを言われてしまう俺。まあ仕方がない、でもそれより。
「いいからシナリオの方を見てくれよ。良いエンドになったと思うんだ」
はいはいわかったから、と早霧がシナリオに目を落とし始めたそのとき、会室の扉が勢いよく開かれた。
「じゃじゃーん、皆さん大ニュースです!」
会長だ。くっ、これまたタイミングの悪い。
「なんとあのゲームミュージック作家の桜庭さんが、ラナドイルグラフティに楽曲提供をしてくれることになりましたー」
桜庭さんはゲーム業界きっての売れっ子作曲者。普通同人ゲームなんかに楽曲を提供してくれるなんてことはない。早霧が目をキラキラさせていた。
「嬉しいですねー『ラナドイルグラフティ、ファンですよ』ですって。今日これから桜庭さんとの打ち合わせに行くんだけど、皆も行く?」
行きたーい、と早霧が手をあげた。というか俺も行きたい。とほほ、シナリオを読んで貰うのはまた今度にするか。
皆がキャッキャと用意をして出かけようとしている中、俺はシナリオを片付け始める。すると早霧が不思議そうな顔で俺を見た。
「なにしてんのよ惣介、ちゃんとソレも持ってきてよね?」
「うん?」
「電車の中で読むから大丈夫よ」
「いやそんな無理しなくても、別に今日でなくともいいから」
「なーに言ってんの」
と早霧が笑った。
「読みたくないわけないでしょ、あんたが創った世界。私があんたの一番のファンなんだから」
「え?」と俺が問い返すと、早霧は真っ赤にした。
「何度も言わせない。読みたいの、私が」
「あ、ああ。ああ!」
慌ててシナリオを掻き集めて、俺は早霧に渡す。
「完成おめでとう惣介」
言いざま、早霧が俺の頬にキスをしてきた。やっぱり顔が真っ赤だ。
「……今の私からは、ここまでが精一杯」
俺もたぶん真っ赤。
早霧ちゃーん、惣介くーん、いくわよーと会長が俺たちを呼ぶ。会室はいつの間にか俺たち二人だけになっていた。
「ほ、ほらなにしてんの! 急ぐわよ」
「お、おお!」
俺たちは走っていく。
この長い道を、創作するという長い道を今日も今日とて走っていく。ゲームが一本完成したところで終わらない、もっともっと長くて果てしない道。
皆で楽しく笑いあいながら、めくるめくこの日々を、ひたすらに。
異世界幼女から魔法を授かった俺、美人JKに囲まれてゲームを作ってます ちくでん @chickden
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