第35話 惣介と早霧
路地での戦いが始まった。
俺は冷静になり、要所で
早霧の攻撃を避ける、避ける、避ける。
そうだ俺には時間をコントロールする、この魔法がある。パワフルな早霧の攻撃を、時間の流れをゆっくりにしていなしていく。
俺と早霧の背後では、ミュジィとリーネが魔法合戦をしている。
月明りと外灯の光に照らされながら、俺たちは路地裏の空き地へと戦いの場所を移動させた。
ミュジィが結界でも張ったのだろう、派手に暴れているのに野次馬の一人もこなかった。ペチ、ペチン、バシッ。俺たちの戦いを、肉体同士がぶつかり合う音が染め上げていく。
早霧の攻撃は力強く、たまにこちらの力加減が甘くて攻撃の軌道を変えきれない。そういうときはちょっと我慢して、俺は早霧の攻撃を喰らった。
我慢して攻撃を喰らうと軽く言ったが、早霧の拳は脇にあるブロック塀を一撃で崩すほどの威力を持っている。――痛い! で済んでいるのはたぶん、ミュジィがさっき掛けてくれた魔法が防御の魔法だったからだろう。
俺は早霧が振り切ったその腕を
「おい早霧、いい加減にしろ! もうよせ!」
攻撃はだいぶ避けられる。ダメージの軽減もある。このまま進めば早霧の体力が尽きるだけだと、俺は諭した。
しかし早霧は無表情のまま立ち上がると、無言で殴り掛かってくる。
パターンに足での攻撃が混ざり始め、飛び膝蹴りを喰らってしまう。
俺は早霧に声を掛け続けた。
だが俺が声を掛ければ掛けるほどに、早霧は無表情になっていく。
「
ミュジィと魔法を撃ちあいながらリーネが笑う。
どうやらリーネの見立てでは、こちらの戦いは俺が不利を抱えているらしい。
確かにだんだんと、早霧の攻撃は受け流しにくくなってきていた。
俺の身体に早霧の攻撃が当たることが増えてきた。ミュジィの魔法でも緩和できないくらいの痛みが。俺を襲う。くそっ、痛い。――いや。
「痛くないーっ!」
俺は叫んだ。キィン、と精神波が広がる。俺は身体の痛みを触媒にして
自分の魔法に集中していたせいか、瞬間、早霧の姿を見失ってしまった。どこだ!? と探そうとする俺。すると頭の中に、赤い星のような光が瞬いた。上方向にだ。
「上かっ!?」
早霧が大きなジャンプから俺に蹴りを狙ってきていた。
寸でのところで、俺はそれを避ける。気がつけば、
攻撃の出足が、なんとなくわかる。
早霧に対しての感覚が敏感になっていた。
全ての魔法が良い形に絡み合い、俺は早霧への優位を保てていた。
ミュジィは予言書に従いこの三つの魔法を授けたと言っていたが、予言書は最初からこの未来を予見していたのだろうか、俺と早霧が争うことになるなんて未来を。
早霧の攻撃を避けて、いなす。
いなした先に障害物があると、早霧はことごとくそれを破壊した。空き地の木、ブロックの壁、地面。パワーが凄い。
だがその反動だろう、早霧の拳からは血が垂れている。
拳の皮が完全に擦り切れていたのだ。早霧の肉体が、自身のパワーを受け止め切れなくなってきているようだった。
見れば制服のシャツにも血が滲んでいた。身体がパワーに耐え切れず、毛細血管が破れているのだ。殴るほどに早霧の身体はボロボロになっていく。
「やめろ早霧、おまえの身体がもう持たない!」
早霧の身体を心配して抱きしめる俺。しかし力だけで腕を解かれてしまった。
「うあぅっ!」
早霧と目が合い、俺はゾクッと背筋が寒くなった。なんだあの目は、あれは、目の前の俺すらもう見ていない目だ。リーネは
だがそれでも。
「早霧、俺はおまえを助けたいんだっ!」
俺は声を掛け続けた。リーネが「ははっ!」と嘲笑する。
「そんな通り一遍の詰まらない言葉が通じると思うかなのだ! ネットインタビューごときで浮かれていた貴様に、今さら言葉を掛ける資格などあるものか! 帰れ! サギリはもう我のものだ!」
――浮かれていた?
「違う、俺はこのゲームを良くするために……、ゲームが完成すればみんな笑顔になれると思って」
そうだ俺は好きで浮かれていたわけじゃない、みんなの為に……!
「それだけじゃないだろうなのだ!」
「!?」
リーネが、全てお見通しと言わんばかりの目で俺をねめつける。
「貴様はずっとサギリを見返してやりたかった。その機会が訪れて喜んだのだ。これで見返してやれる、と。立場を逆転できる、と喜んだのだ!」
「俺は……、そんなっ!」
「そんな、だと!? 少しは胸に手を当てて考えてみろなのだっ!」
俺は別にそんなつもりは……、いや。
我知らぬ間に、俺は歯軋りをしていた。リーネに言い返せず、歯を食い縛っていた。
ああ、それが答えなのか。
早霧のことを見返してやりたいと思っていた気持ち、霧散したと思っていたそれが、俺の中にはまだあったのだ。
機会が訪れたと内心で喜んでいた。
リーネの言う通りだった。俺は早霧を見返したつもりになって、いい気になっていた。
「俺は……俺は……」
だけど、だけどそうだとして、本当に軽い気持ちだったのだ。
まさかこんなことになるとは思っていなかったから、軽い気持ちで喜んだだけなんだ。
「おまえもそうなのだ惣介、世話になった者を置いていってしまうことに痛痒を感じない。誰も彼も、皆同じなのだ、魔王さまもおまえがシナリオで描いた主人公たちも! 皆、自分のことばかりなのだ!」
「こんなことになると知ってたら、絶対に喜んだりしなかった……!」
「後悔しても遅いのだーっ!」
早霧に殴られる。ペースアップした早霧に、俺の「息止め」が追い付かなくなってきた。呼吸が乱れ、息を止めきれない。すると俺は殴られる。さらに呼吸が乱れる。時間をコントロール出来なくなってきた。感じる痛みが増し、意識をそちらに奪われた。
早霧が血を流しながら俺を殴ってくる。そんな早霧を正視できなくて、思わず目を逸らした。殴られて、殴られて。俺の心に暗い影が立ち込めてきた。俺は無力にも、ここで果てるのだろうか。早霧を失ってしまうのだろうか。ああくそ、遅いのか。後悔しても遅いのか? リーネの言う通り、もうどうにもならないのか?
「いや遅いことなどまったくないぞ惣介!」
俺が朦朧としかけていると、魔法戦真っ只中のミュジィが凛とした声を上げた。
「わしはお主さまに、とっておきの魔法を授けておる。クリエイターズ・ドーンの予言に従って『こんなこともあるから』と、お主さまの真の能力を思い出せるように三つの魔法を授けておる! お主さまはどうしたい、この状況をどうしたい!?」
「この状況を……」
「そうじゃ考えよ! 考えて考えて、自身で答えを出してみよ!」
三つの魔法……、加速術式、記憶改竄、探し物の魔法。俺はこれらを使い、早霧とどうにか渡り合ってきた。だが違うのか? この三つの意味はそんなことじゃないのか? 真の能力ってなんだ? いったいミュジィがなにを言いたいのか、俺にはわからない。
「わからない……、俺になにができる」
早霧の蹴りが、もろに腹部へ決まってしまった。俺は吐しゃ物をまき散らしながら、空き地の端へ転げた。空き地の地面が背中にひんやり冷たい。
半分に欠けた月が天頂に眩しくて、俺は目を細めた。
倒れた俺に、早霧が血まみれで腕を振り上げてくる。俺はぼんやりとした頭で思った、ああこいつ、身体が弱いはずなのに、と。それなのに俺のせいでこんな無理をさせて。
俺は思い出していた。早霧が小さい頃、病院に入院していた光景を。
口元に取り付けられた酸素吸入器、痛そうに歪んでいるその表情、もうずっとずっとベッドの上に寝かせられている早霧。辛そうな早霧。俺は毎日お見舞いに行っていたっけ。そしてあの日も。――あの日? なんだろうなにかが頭の中に引っかかりを覚えた。
あの日、とやらの光景が一瞬頭の中に映り込んだ。死に掛けている早霧、医者が来て早霧のお母さんが居て、早霧が苦しそうな顔で俺になにか話し掛けてきた。
――あれ? と俺は思った。ミュジィに教わった、魔法の発動方法。息を止める、痛みに耐える、寝転がる。何故だろう、それらの行為が、あの日の苦しそうな早霧の様子と被ってくる。俺は思わずミュジィの方を見た。
「そう、思い出すのじゃ。お主さまが最初に奇跡を起こした、その瞬間を」
「奇跡を、俺が……?」
ぶわわっと。記憶が蘇ってくる。
あのとき俺は願ったのだ、早霧が元気になりますように、と。
早霧とまた一緒に過ごせますように。一緒にゲームで遊べますように。一緒に勉強できますように。一緒に学校に行けますように。ずっとずっと、一緒であり続けられますように、と。
「その通りじゃ。そしてその願いは成った、お主さまのクリエイト能力によって」
いつの間にかリーネとミュジィの魔法の手が止まっていた。ミュジィが続ける。
「死に瀕した早霧の回復を願ったお主さまは、『早霧が元気になる』世界線を創り出したのじゃ。可能性をクリエイトしたのじゃ。それがお主さまの原点、チカラの源」
「原点……」
「さあ願え! 今、お主はなにを願う? 再び創り出せ可能性を、世界の形を変えよ!」
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