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第9話 ミュジィの居る日常

 かくして俺の家に居候がやってきた。

 家というか「俺の中に」やってきたわけだが困ったことがある。それがなにかと言えば、俺のプライベートがなくなってしまったことだった。


 ミュジィはたまに俺の外に出てきて食事やゲームをしたりもするが、基本的には俺と一心同体。お風呂のときもトイレですらも、ミュジィが一緒に居る。


『気にするでない。わしは気にしとらんよ』


 ミュジィの奴は俺がなにを言ってもこんな態度だった。

 最初このプライベート問題に気づいたときの俺はそれこそ阿鼻叫喚。ミュジィを詰り契約破棄まで訴えたのだがミュジィときたら暖簾に腕押し、俺の頭の中で肩を竦めるだけ。


 だが人間慣れてしまうもので、ほんの一週間もするとミュジィに裸を見られることに抵抗もなくなっていった。ミュジィの態度が飄々としている為か、だんだん俺だけで騒ぐのが馬鹿馬鹿しくなってきたのである。


『これ、ちゃんと湯舟に浸からぬか。シャワーだけで済ませるでない』


 変なところが口うるさいので、だんだん世話焼きの姉貴かなにかのような気がしてくる始末だ。こうして俺たちは、急速に身内になっていった。と思う。


 ◇◆◇◆


『これ起きろ。起きるのじゃ惣介』


 この日俺は頭の中のミュジィによって起こされた。ぼんやりとした寝ぼけ頭のままに返事をする。


「もうちょっとぉ」

『わしは構わぬが、時計を見た方がよいぞ?』

「んー。……んっ!?」


 遅刻だ。一瞬で悟ってしまった。

 せめて朝の学活中には間に合うように、と俺は飛び起きた。光の速さで着替えをし、バッグの中身の確認もそこそこにマンションを出る。


『ほれほれ急げ』

「おまえ元気だな!」


 昨日は夜遅くまでミュジィと一緒にテレビゲームをしていたのだ。疲れてるのは俺だけじゃないはずなのに!


『わしはまあ、お主さまの中に戻ればドンドン回復してゆけるからの』

「じゃあ徹夜してもダメージが残るのは俺だけなのか!? すげー理不尽を感じる!」

『昨晩は楽しかったのぅ』


 二人で格闘ゲームの対戦をしていたのだった。

 初心者のミュジィは最初こそ弱かったが、夜も更ける頃にはそこそこ俺に勝てるまでにはなっていた。


 俺もそんな強いわけじゃあないが、それにしてもミュジィは呑み込みが早い。

 気になって聞いてみたところ、ラナドイルにもゲームの類はあったそうである。そういやファンタジーと科学が融合した世界と設定したのは俺だったっけ。


 ともかく懸命に走る俺。

 途中で加速術式アクセルオンのことを思い出して使い始めるも遅く、学校に着いたときには学活も終わりかけ寸前だった。


 担任に遅刻を宣告されて席に着く。

 学活が終わると一時限目の授業前に友達が俺の席までやってきた。


「どーよゲーム制作同好会の方は、新入会員来そう?」

「どうだろなぁ、正直大見学祭での反応はよくなかったよ」

「なんだよ早霧ちゃんあんなに頑張ってたぽいのに?」

「早霧だけじゃない、俺だって今回は頑張ったってば!」


「なら尚更残念じゃないか」と友達は肩を竦めた。

 こいつは俺と早霧の中学からのクラスメイトだった。早霧が中学の頃からゲームプログラムをしているのを知っていて、個人的に応援しているらしい。


「同好会は部と違って三人からでも大丈夫だから、潰れるってことはないのが不幸中の幸いだよ」

「そんな後ろ向きなこと言うなよ。俺は応援してるんだぜ? 早霧ちゃんとおまえが良いゲームを作ってビッグになっていくのを」

「その割におまえ、大見学祭で俺たちが展示したゲームを見にこなかったよな」

「あはは、俺たちも忙しくて」

「うるせー帰宅部が」

「もー、あんたたちうるさい」


 横から丸めた教科書が俺たちの頭の上に落ちてくる。

 ポコン、ポコンと叩いてきたのは早霧だった。同じクラスなのだ。


「あ、早霧ちゃん。えへへ」


 恥ずかしそうに身をよじらせる友達。

 昔こいつに「早霧のこと好きなの?」と聞いたら、「いや違う、純粋にファンなんだ!」と答えられた。ほんとよくわからない。


「二人とも聞いてた? 一時限目、理科室に移動になったわよ?」

「マジか、さっさと移動しなきゃ」「お、おう。またあとで惣介」


 俺たちは話を切り上げて移動の用意をし始めた。

 早霧が俺の席の前に残る。


「でも……、この調子じゃあ新入会員はこないかもよねぇ」

「まー仕方ないだろ。ほとんど見学にも来て貰えなかったからな。会室の場所も悪いんだよ別校舎特別棟の外れの外れときてる」

「それはそうなんだけど、やっぱり悔しい! せっかくあんなに頑張ったのに!」


 おいおい今度は早霧が喋り始めちゃったぞ。しかも愚痴だ。


「会長が言ってたな、アピールが少なかったって。まずは認知して貰わないと良い物も手に取って貰えない、……だったっけ?」

「やっぱり多くの人に注目して貰わないと結果は出ないのねぇ」

「みたいだな」


 つい二人でしんみりしてしまう俺たち。

 はぁ、と早霧が溜息をついた。


「でもやってくしかないんだからね、惣介。わかってる?」

「わかってるわかってる。今回は俺も頑張るから」

「ほんと頑張ってよね、あんた口だけなこと多いから」

「あ、ほんと信用ねーな俺。まかせろよ、やるよ、大丈夫だよ」

「今までの行状がねぇ。だいたいあんた――」


 早霧がまたなにか言おうとしたが、そこに俺の頭の中から横やりが入る。


『おいお主たち』

「ん? どうしたミュジィ」

『仲がよいのは構わぬが、良いのか? もう教室に誰も残っておらぬぞ?』


 きゃーっ! と早霧が悲鳴を上げた。

 俺たちは仲良く一時限目の開始に遅刻してしまったのであった。


 ◇◆◇◆


 そして放課後。会室だ。

 いつも通りに皆で作業をしていると、ゲーム内ビジュアルの作画担当でもある会長が早霧を自分の席へと呼んだ。


「見て見て、早霧ちゃーん。新規シーンの作画終わったから」

「ちょっ! 会長、これはっ!?」


 タブレットの画面を覗き込んだ早霧が顔を真っ赤にさせる。


「だめですよ十八禁じゃあないんですから。あくまでも十五禁レベルを超えないでください」

「えー? このくらいまだ平気だと思うんだけどなー」

「ダメですダメ、直接的すぎます。あくまでラッキーエッチくらいに収めて!」

「ラッキーエッチかー。ラッキーなエッチ。ねえ惣介君、ラッキーなエッチってどんなのだと思う?」

「自分に振りますかそういうこと。とても気まずいんですが」

「たとえばこういうのかなー?」


 そう言うと、困った顔をしている俺を見ながら、うふふと笑い、横に立っていた早霧のスカートを軽くめくった。


「うわわっ!?」

「きゃーっ! なにするんですか会長ーっ!」


 早霧は叫びながら慌ててスカートを押さえた。


「ごめんごめん、つい?」

「つい、じゃありません! セクハラです!」


 今度は笑う会長に文句を言う早霧だ。

 それはここ数日の間、幾度となく繰り返されている光景だった。


『会長殿は荒れとるのぅ』


 ぼそっと俺にだけ聞こえるボリュームで、頭の中にいるミュジィが呟く。

 俺は小声で答えた。


「あれで会長、へこんでるんだよ。新入会員が一人もこなくて」


 サンプルを間に合わせることができたので廃会こそ免れた俺たちだったが、新入会員はどうやらこなそうだ。結果に繋ぐことは出来なかったのだ。


『出来の良い体験版が作れたとわしも思うたのじゃがのぅ』

「見学祭はじっくりプレイできるような環境じゃなかったからね。必要なのは概要が一目でわかるようなデモムービーみたいのだったんだろうな」


 再び早霧にちょっかい出して怒られている会長を見ながら俺は肩を落とした。

 会長もその辺りはわかっているのだろう、わかってるからこそ、あんな感じに荒れている。


『迷惑な荒れ方じゃなー』

「ははは」


 ミュジィの呆れたような声に苦笑で返した俺は、そういえばと手元のノートパソコンでブラウザを立ち上げてネット巡りを始めた。


『ん、なにをしちょるのじゃ?』

「いやさ、会長がゲームサンプルをフリーゲームサイトとブログにアップしたって言ってたじゃん? なにか反応でもないかと思って」

『言うておったな。じゃが昨日の今日じゃろう? そんなにすぐ感想などつくものではないと聞いたが』


 まあね、と答えながらページをめくってみると。


「え!?」


 俺は思わずノートパソコンを持って立ち上がった。


「会長!」


 騒いでいる会長と早霧の元へと小走りに近づいて、二人の前にノートパソコンを置く。


「ついてますよ感想! こんなにたくさんついてます!」


 俺の声も、思わず興奮気味になってしまったのだった。

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