第10話 こうしてまた修羅場が始まったのだ

「ついてますよ感想、こんなにたくさんついてます」

「ほ、ほんとう? 惣介君!?」「感想って、ゲームの!?」


 俺が開いたのは「さーくる三人娘」というこの同好会の対外的なサークル名を付けたブログだ。昨日会長がアップロードしたサンプルゲームを遊んでくれた人たちが、感想をブログ掲示板に書き込んでくれていたのである。


「み、見せて惣介」


 早霧がひったくるようにノートパソコンを手に取ると、書き込みを音読していった。

「地味」「デモとか欲しい」「絵がエロくていい」「面白かった」「粗削りだけど悪くない」

 感想は十に満たない数だったが、おおむね感触は良いものだった。

 早霧が胸を撫でおろしている。


「よかった、やっぱり触ってさえ貰えれば評価されるものだったんだわ……」

「モノは悪くないのよ。でも触って貰えなかったら話にならない。見学祭ではそこを失敗しちゃったわねぇ」

『じゃのぅ、アプローチに問題があったというわけじゃ』

「そうねミュジィちゃん。次は失敗しないようにしましょう、ネットで成功させる為にはまず知名度を上げないと」

『そうそう、その意気じゃ。いつまでも消沈しておっても仕方あるまい』

「ミュジィの言う通りだ。会長、ここから先も頑張りましょう」

「ええ惣介君」


 にわかに会室の中が活気づいた。

 俺たちしかいないから気持ちの在り様で会の雰囲気は大きく変わる。よし頑張るぞーという空気になったところで、ミュジィがその書き込みに気がついた。


『面白かったのだ。だがハッキング担当のキャラはもっとボンキュッポンのグッドスタイルであるべきだと思うのだ。幼女幼女と強調するのはよくないと我は思う』


 いやに具体的な書き込みだった。

 たぶん皆が一瞬リーネの顔を思い浮かべたに違いない。俺は、イヤイヤ、と否定した。なぜリーネがこんなとこに呑気な書き込みをしてくれちゃったりするのか。

 ミュジィだけが笑ってこの状況を受け入れた。


『わはは、あのへちゃむくれ、こんなところで自分の性質を変えようとしてくるか』

「え、本当にこれ、あいつの書き込みなのか? だってあいつ敵なんだろう?」


 敵って言ってたよな?

 なんで面白かったとか言い出してるんだろう。


『それはそうなんじゃがなー。あ奴は己の幼女姿にコンプレックスが凄いのじゃ、隙あらばそこを変えようと考えておるのじゃろうて』

「はーそうなのか。それなら幼女スタイルを修正してやるかぁ」

『ならんぞ惣介』

「え?」

『ラナドイルの歴史が変わってしまうやもしれん。忘れたか、わしはラナドイルの世界を守るためにきた。世界とは時間の積み重ね、つまり歴史とは世界の大事な一部なのじゃ』

「ははぁ」

『よくわかっておらぬ顔じゃが、リーネのおっぱい一センチ大きくすることすらまかりならぬ。何が世界を大きく変えるかわからぬからな』

「リーネちゃん、不憫な子」


 横で聞いていた会長が、ヨヨと泣き真似をした。

「それにしても――」と会長が続ける。


「やっぱり、あのハッキングキャラってリーネちゃんだったんだ」


 納得したように頷く会長。


「いや別にまだ名前とか考えてないキャラだったんですけど、見返してみるとリーネぽい雰囲気ありますね」

『あれだの。当面の未来はこの間で決まってしまったしの、やることがなかったのであろうよ。よかったの? どうやら奴もお主さまのシナリオ自体は気に入ったみたいじゃぞ』

「なんか自由だなあいつ」


 ミュジィの総括に、俺は疲れた笑みを見せた。

 するとこれまで黙っていた早霧が、なにやらムズムズちらちらと、俺の方を見てくる。


「ん、どうした早霧。俺になにか言いたいことでもあるのか?」

「ううん、惣介じゃあなくってミュジィちゃんに聞きたいことがあるんだけど……」

『わしに? なんじゃな?』


 俺の中でミュジィが腕組みをした。早霧が続ける。


「未来が決まったって言ってたけど、なにがどこまで決まってるのかしら?」

「あ、それはわたしも興味あるなー」


 会長も早霧の言葉に乗ってくる。


『あーそれか。あまり当人たちに先を知らせ過ぎたくはないのじゃが……』

「知りたいなぁミュジィちゃん」「知りたい知りたーい」


 女の子二人にせがまれて閉口したのか、『仕方ないのぅ。確定しているところだけじゃぞ?』と前置きをしてミュジィは俺の頭の中で懐から大きな本を取り出した。


『えーと。お主らは、この先五月の連休にある同人即売イベントに出てラナドイルグラフティのβ版を展示即売することになる』

「え、イベント?」


 早霧は目を丸くした。横で聞いていた俺も思わず声を上げてしまった。


「五月の連休ってゴールデンウィークのことか? もうすぐじゃないか」

「今から出展するのなんか確か無理よね。もっと早くに応募しないといけなかったはずだし、第一このゲームは売る予定なんかなかったはず……」


 疑問を呈した早霧が、ハッとした顔で会長を見る。「まさか会長?」


「いやその、えーと」


 と視線を向けられた会長は頬にしばし手を当てて、


「パンパカパーン!」


 開き直ったように両手を挙げた。


「我々『さーくる三人娘』はラナドイルグラフティで同人世界に本格的に打って出ます! こんなこともあろうかと密かにサークル参加チケットも準備しておきました!」

「ちょっと会長、このゲームは売らずに配布って話じゃありませんでした?」

「なに言ってるの早霧ちゃん。同人は売ってこそ華、お金は大事なのよ? なんの為にちょっとエッチなゲームにしたと思ってるの」

「え? それはウケが全然違うからって会長が……」

「そう、ウケが全然違うのよ! エッチテイストがない同人ゲームなんか売れないの。市場がないと言い切っちゃっても良いくらい不毛の大地」

「それってフリーゲームの話じゃなかったんですか!?」

「フリーゲームも似たようなものだけど、同人ゲームほどじゃあないわねぇ」

「会長、もしかして企画段階から売るつもりで……」

「現役JKが作ったちょっとエチエチなゲーム、ちゃんとプロデュースすればウケると思わない?」


 会長がニヤリ笑う。俺は思わず苦笑した。


「シナリオが俺だから、それを謳うにはちょっと難があるのでは……」

「嘘はついてないの。それにグラフィックは私だし」


 唖然とした顔で呆ける早霧の両肩に、会長が手を置く。


「それにね、そろそろ惣介君のノートパソコンも手に入れないといけないでしょ? ここらでいったんお金儲けは絶対に必要なことなのよ。それとも皆でバイトでもして買う?」

「ずるい会長、そんな言い方されたら反論できない!」

「うふふふふー。それじゃあイベント参加に向けて、よりクオリティアップをしたβ版の開発を始めましょー」


 イベントまで残り約二週間、こうしてまた修羅場が始まったのである。

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