第11話 合宿をせい

 イベントへのサークル参加が判明してから一週間、俺たちは真面目にストイックにゲームの制作へと向き合っていた。

 それぞれがこなすべきことを洗い出して会室のホワイトボードにリストアップし、目標までの作業量を視覚化した。なにせ日数が少ない、放課後はもちろん家に帰っても作業をする。そんな毎日の中、今日の放課後も俺たちは会室に集まっていた。


「音楽のフリーデータ、作曲者さんから利用許可貰っといたよー」


 そう言って会長は、ホワイトボード上に書かれた進行予定表にチェックを入れた。

 イベント参加までにこなさなければいけないことは多い。このチェックが全て埋められると、今回の目標であるβ版ゲームが完成するのだ。


『まだまだチェック抜けが多いのぅ』


 呑気な声でミュジィが言うと、俺たちの身体がギクリと強張った。


「な、なにを言うんだミュジィ? 順調さ、順調に進んでるって!」

「そ、そうよミュジィちゃん。これは順調、想定内の流れ! ね? 早霧ちゃん!」

「そうですねぇ……」


 と早霧は下唇を指で触りながらホワイトボードを眺めている。


「順調、に遅れてますね」

『じゃよな?』

「会長、このままだと多分イベントまでに間に合いません」

「そんなこと言われても早霧ちゃん、どうすればいいと? あたしたちだって急いで頑張ってるよ!?」

「そうだ早霧、俺たちは頑張ってる!」


 俺たちがワイのワイの言うと早霧は頷くのであった。


「はい。私たちは頑張ってます、つまり時間が足りないんです。そこは揺るぎようがありません」

「どうにもならないお答えだ!」


 と会長が嘆く。ガガーン、とショックを受けた風に両手をあげた。


「ミュジィ、どうにかならないか?」

「なんでわしに聞く」

「ほら、魔法の力でパパーッと」

『お主、わしのことをどんな便利道具だと思うておるのじゃ』


 呆れ声で言われてしまった。

 さすがに楽な話はそうそうないか。俺が「ちぇーっ」と口を尖らせていると、ミュジィが俺の頭の中で肩を竦める。


『物理で解決せい物理で。時間が足りないのなら作業密度を上げるのじゃ、相互の意思疎通を密にして、無駄になるラグ時間少しでも拾っていけ』

「どういうことだよ?」

『具体的には今度の金曜夜から土日、合宿をせい。惣介の家で』

「合宿!?」「惣介のマンションで!?」「なるほどミュジィちゃん」


 俺たちはそれぞれに声を上げた。


「なるほどって会長、そんな突然な」

「良い案だと思うの。土日とかお互いの連絡待ち時間で結構な空白出来がちじゃない? 合宿なら一日中一緒に作業できるし」


 会長がパンと手を叩いた、これで決定だ。早霧が目を丸くしてる。


「本気ですか会長?」

「本気も本気よ早霧ちゃん」

『よーし、未来へ向かって頑張るのだクリエイターズよ』


 今週末は俺の家で合宿と相成ったのだった。


 ◇◆◇◆


「へえ、これが惣介君の部屋」


 金曜日の夕方、いったん家に帰って合宿の支度をし俺のマンションにやってきた会長が、キョロキョロを視線を巡らせた。アーミールックぽい私服姿の会長は目を丸くし、


「思ってたより全然片付いてる」

『じゃろう? この男、家事に関しては案外マメなのじゃ』

「片付けは慣れてるからな」


 俺は会長の横にいる早霧の顔をチラリと見た。

 俺の幼馴染である早霧は片付けが苦手で、小さいころ俺は早霧の部屋に遊びにいくたび掃除や整理整頓をしていたのだ。


「なによ?」


 なぜか制服のままで俺の家にやってきた早霧に、ジロリ、と睨まれたので俺はそれ以上なにも言わない。


「二人には丸テーブルで作業して頂くことになっちゃいますが平気ですか?」

「大丈夫大丈夫! あたしたち二人ともその辺は考えてやれる作業を持ってきてるから!」

「そうですか。それじゃあ隣部屋に二人の荷物を置いて貰って、そしたら始めましょうか」


 両親が使っていた大部屋に二人を通したのち、俺たちは作業を開始した。

 最初こそいつもと違う環境に浮かれてお喋りしていた会長と早霧だが、皆で夕食を食べたあとにはもう集中して作業をするようになっていた。

 キーボードを叩く音が狭い部屋の中にひたすら響いていく。たまに「ふう」を会長が伸びをする以外、誰の言葉もなくただ黙々とした時間が過ぎていく。


「ねえ会長、ここなんですけど……」「どうしたの早霧ちゃん?」


 時折発せられる言葉も全て作業絡みのものだったりして、理想的な仕事環境での作業と言えた。ミュジィが言った通り、皆の作業効率は普段の週末よりも高くなっている。


「驚くほど進んだわね」

「そうですね会長、私もちょっとビックリしました」

『環境を変えることで集中力も上がったようじゃの』


 ホワイトボードを写してきた進行表に、次々とバッテンマークが入っていく。処理済みという意味だ。


「ふふふ。これで土日もペースを維持できるなら、あたしたちは無敵」

『その意気じゃて』

「それじゃ俺、風呂の用意をしてきますよ」

「ありがとー惣介君」


 ピッピッピッと風呂場のボタンを押して風呂に湯を入れ始める。

 他にシャンプーや石鹸、タオルなどの確認をして俺は部屋に戻った。するとそこには会長しか居ない。


「あれ会長、早霧は?」

「ちょっとジュース買ってくるって外に出たわよ?」

「ああそうですか」


 言ってくれりゃ飲み物くらいあるのに。

 いや気を利かせて先に用意するべきだったか。俺がそう頭を掻いている間、会長はずっとノートパソコンの画面を見ている。


「なに見てるんですか?」

「見てるというか、ちょっとパソコンの調整をね」


 会長がマウスをカチカチ、なにかやっている。

 パソコンに詳しくない俺は、理解するのを投げ捨てて「そうですか」と愛想だけで頷いた。


「ねね惣介君、ちょっとあっちの部屋からあたしのバッグ持ってきてくれないかな? 今手が離せなくて」

「構いませんよ、どんなバッグです?」

「アーミーカラーの大きなやつ、よろしくね」


 軍隊模様らしい。

 そういえば会長の私服もまた、アーミールックを思わせるものである。アクティブな人なので、動きやすい格好が好きなのかもしれない。制服でウチにきている早霧とはちょっと違う。

 そんなことを考えながら俺は、両親の部屋の戸を開けた。


「きゃ」


 と小声を漏らしたのは、早霧だった。『きゃ?』と俺の中のミュジィも反芻する。そして次の瞬間、


「きゃああああーっ!」


 と早霧の叫び声が響き渡った。

 なぜだかわからないが、買い物に行ったはずの早霧がそこにいた。着替え中の、下着姿で。


「なに見てんのよーっ、閉めろーっ!」


 早霧の投げた鞄が俺の顔面に当たる。

 俺は慌てて戸を閉めると、会長が居る自室へと逃げ戻った。


「か、会長!? 早霧のやつ、居るじゃないですかーっ!」

「あーらそーお?」


 会長はニンマリ。

 その笑顔を見た瞬間に俺は悟った、しまった騙された。


「俺をたばかりましたね!?」

「ふふふー。着替えのお覗きは合宿のお約束」

「ほんと勘弁してくださいよそういうのーっ!」


 俺が懇願していると、俺の中からミュジィが声を上げた。


『えらい。さすがは会長殿、わかっておられるのーっ』

「ミュジィちゃんもわかる? ねー、お約束は大事よねー」


 あははははーっ、と二人が笑っているところに、着替えを終えた早霧が戻ってきた。


「会長、もう。ほんとセクハラで訴えちゃいますよ?」

「早霧ちゃんが悪いのよ? お風呂前なのに着替えますとか言い出すから」

「だって私だけいつまでも制服で……なんか恥ずかしかったんです」

「恥ずかしさを見られた恥ずかしさで上塗り。もうどっちの恥ずかしさか、早霧ちゃんにはわかんない。混ざり合った恥ずかしさが早霧ちゃんの身体を火照らせる」 

「わけのわかんないことを言わないでください。だいたい会長は――」


 お風呂のお湯が湯舟に貯まったのだろう。お風呂場からピーと音が聞こえた。


「あ、お風呂わいたねー! ほら早霧ちゃん、入ろう二人で入ろう?」

「まだ文句を言い足りません! いつもいつも会長は――」

「ほらほらいいからーっ」


 会長に強引に手を引っ張られていく早霧。二人はお風呂場へと去っていった。


『ふはは、賑やかでいいのう、お主さま』

「賑やかすぎ」


 俺はドッと疲れた。

 こうして一日目が過ぎた。次の日の土曜日は、多少のドタバタもあったが金曜以上の集中で作業が捗った。食事は自家製、俺が作っていると会長が手伝いにきてくれたりもして、それはそれで楽しい経験だったと正直に言ってしまおう。

 そして日曜日、日が暮れてきた頃。


「あああー! 忘れてたー!」


 作業中の会長が突然に叫んだ。

 丸テーブル越し正面で同じく作業をしていた早霧が会長に訊ねる。


「どうしたんですか会長? そんなに慌てて」

「レンタル屋さんで借りてきたブルーレイ、会室に忘れたままだった」


 作画資料用のブルーレイ、今日中に返さないと延滞金を取られてしまうという。


「じゃあ帰りに取りにいきましょうか。そろそろ今日はお開きにしましょ会長」

「ダメ。もう学生が校内に入れる時間じゃないわ、あー、延滞金! イベントにも行くし今月はお小遣い厳しいのにぃ」


 さめざめと悲しがる会長。

 会長の家は裕福らしいが、だからといってお小遣いがべらぼうに多いというわけでもないとのこと。俺は同情した、延滞金は意外に高くつく。

 俺と早霧が会長を慰めていると、


「ならばわしが取ってきてやろう」


 ポンとミュジィが俺の横に姿を現した。

 フワフワと浮きながら会長の傍に寄る。


「ミュジィちゃんが?」

「時間も勿体ない、お主らはその間に作業でもしておれ」

「おいミュジィ、学校って……おまえ俺からそんなに離れて平気なのか?」

「パワーは相当食うが、まあまた補給すれば良いじゃろうよ。お主さまの中で」

「でも……」


 と申し訳なさそうな顔をした会長に、ミュジィが笑い掛けた。


「気にするでない。わしにお主らの作業自体を手伝ってやることは出来ぬ、力になってやれるとしたらこんなことくらいじゃて」


 そう言って、カラカラと窓を開ける。窓?


「では行ってくる」


 ミュジィは窓から飛び降りた。

 ビックリ顔で慌てた会長と早霧が窓に走っていき、窓の外を見やる。


「あ」


 と窓の外を見て会長。


「見て早霧ちゃん、ミュジィちゃん空飛んでる」

「飛んでますね」


 あっけに取られた様子で二人はミュジィが空を飛ぶ姿を眺め続けた。

 藍色の濃くなってきた夕焼け空に、ミュジィの白いドレスが朱に染まっている。


「ねえ会長」


 と早霧が呟いた。


「うちに新入会員、来てたじゃないですか」

「そうね、来てたわね新入会員」


 しみじみした声で会長が早霧に答えた。「ね、惣介君」と俺の方を振り向き、満足げに笑う。ああそうか、と俺も思わず苦笑した。


「ミュジィが居ましたね、新しい会員」


 俺たちは今さら気がついたのだった。

 一緒にゲームを作る仲間が一人増えていたことに。


 ◇◆◇◆


 この合宿は概ね成功で、作業の進捗状況は一気に良好となった。

 おかげでイベントに無事参加できるメドが立ったので、イベントへの参加予告をサークルブログで発表しておくこともできた。幾人か付き始めたサークルのファンたちが、応援の声を書き込んでくれる。


「がんばれー買いに行きますよー」「地方民だから行けない……。通販希望です」「行動早いですね! 応援してます!」


 そして中には、こんな書き込みも。


『イベント参加決定おめでとうございますなのだ! 我も予定が空いているので買いに行こうと思ってるのでありますなのだ。ボンキュッポンよろしくなのだ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る