第8話 これにて完成です

 俺は加速術式アクセルオンを使い、ミュジィに向かって飛んできたファイヤーボールを全て叩き落とした。


「お、お主さま……!」


 倒れたミュジィが俺を見上げてくる。


「すまぬ、わしが不甲斐ないばかりに」

「俺たちは今、契約で一心同体なんだろう? ならおまえの仕事は俺の仕事でもあるさ」


 笑ってみせたのは強がりじゃあない。

 やれることを、一つずつやるって決めたんだ。

 なんならこれだってゲーム制作の一環だ、ちょっと妙な展開ではあるけれど。


「ぬぬぬー生意気なのだ、ならば貴様のパートナーの方を先に!」


 リーネがどうやら早霧に狙いを変えたらしい。早霧に向かって大量のファイヤーボールを放った。だが俺もまた加速術式アクセルオンを使い、


「そうはさせないぞ」


 と早霧を抱え上げてファイヤーボールを避ける。


「きゃああっ!?」


 時間が元に戻ったとき、突然俺にお姫様抱っこをされていたのだ。そりゃあ早霧もビックリするだろう。

 俺の顔を見て目を丸くする。


「そそそ、惣介! いったいなにを!」


 思いっきり動揺した声を上げられてしまった。

 俺は早霧を抱き上げながら告げる。


「やりにくいだろうけど早霧は仕事の続行を」

「う、うん!」


 俺に抱きかかえられながら、早霧はノートパソコンのキーボードを打つ。


「おまえがいくら頑張っても無駄だぞリーネ、俺たちは必ずゲームを完成させる」

「そんな動きながら作業が捗るものかなのだ!」


 リーネが思いっきり両手を挙げた。


炎地獄門フレイムヘルズゲート!」


 リーネの頭上で空間が開いた。そこにはこれまでにない大量のファイヤーボールが控えていた。不安げに俺を見上げている早霧と目が合った。


「大丈夫だ早霧、おまえは俺が守る」


 笑ってみせる。すると早霧は、俺の手をしばし握って。


「守られて……あげる」


 力強く笑った。硬くなっていた早霧の全身から力が抜け、ノートパソコンの画面に集中し始める。早霧はタイピングを再開した。


「ちゃんと守られてあげるから。任せるから」

「おう任せろ!」


 ゲートから無数のファイヤーボールが飛び出してきた。


「おおおおおおおおおーっ!」


 避ける。時間をコントロールしてファイヤーボールどもの間を掻いくぐり、時に蹴り飛ばして避ける。早霧を抱きかかえたままに避ける。ドン、ドン、ドン! と避けたファイヤーボルが床に壁にぶち当たり炸裂していく。


「ねえ惣介」


 こんな中で早霧は何故かご機嫌だった。


「なんだよ」

「惣介の腕、太くなったね」

「そうか?」

「そうよ。昔はもっと細かったわ。一緒にゲームしてて、負けるとコントローラーとポイポイ投げるあの腕」

「いつの話だよ」


 俺は思わず苦笑した。早霧も一緒に苦笑した。


「むかしむかしの話」


 俺たちは、笑いながらファイヤーボールを掻いくぐった。


「終わりました会長!」


 突然、早霧が声を上げる。

 隠れていた会長が近づいてきた。

 ファイヤーボールがひと段落したのを確認して俺は早霧を下ろす。


「よし、やったわね早霧ちゃん!」


 早霧からノートパソコンを受け取った会長が、そのままクルリとリーネの方を向いた。


「そこのお子さん!」

「わ、我のことか!?」

「そうお子さん!」

「失礼な! こう見えて我は悠久のときを生きる電子使い、その名も……」

「完成しました、これにて完成です!」

「は?」


 リーネは目を丸くした。そんなリーネに追い打ちするように、会長は畳みかける。


「美少女お色気アドベンチャーRPG、ラナドイルグラフティ! これにて体験版、完成!」


 それは宣言だった。チームリーダーによる、完成宣言。


「あっ!」


 誰の声だったろうか、わからない。

 ただ会室にいた皆が、ミュジィが脇にぶら下げている大きな装飾本に目を向けた。


 本が輝いているのだ。

 慌ててミュジィは本をめくりはじめた。そしてこちらもまた、宣言する。


「未来は確定した」


 俺の未来を記すという歴程書「クリエイターズ・ドーン」に、遠からぬ先までだが確定された未来が書き込まれたのだ。


「どうするリーネ? これ以上は運命の修正力が働く、今なにをしても無駄だぞ」

「くっ、……しまったなのだ」


 何か声がしたようだが、俺の目は会長の持つノートパソコンの画面に釘付けになっていた。ただただ画面を凝視する。陶然と茫然と、込み上げてくる何かに身が震えた。


「……これが、俺の作ったゲーム?」


 そのパソコンの画面が、なんだろう俺にはキラキラ輝いて見えるのだった。


「なあ早霧、俺のキャラが動いてるぞ?」


 早霧の方を見た。


「喋ってる!」


 会長の方を見た。


「戦ってる!」


 ミュジィの方を見た。


「なあ見てくれよ!」


 と、思わずリーネの方まで見てしまった。


「俺のキャラなんだ……!」


 あれれ、なにを俺はこんなバカみたいにはしゃいで。

 だけど止まらない、涙すら込み上げてきた。なにかもっと言いたかった。喋りたかった。なのに急に胸が一杯になってきて、それ以上には言葉を発することができなかった。

 俺はオロオロと、周りをみる。早霧が、プッと笑った。


「どう? 完成させるって、いいでしょ?」

「え?」

「あんた、今までどれも中途半端だったじゃない。ラノベ書いても、ゲーム手伝わせても。ずっと完成させたことがなかった。どう? まだ体験版だけど、とりあえずだけど、これはあんたが創り上げたゲームよ」

「……」


 なにか答えようとして、なにも答えられなかった。

 色々な思いが渦巻いているはずだったのだ。もっともっと、わかりやすく。


 早霧に認められたい、認めさせたい、鼻をあかしてやりたい。そんなこんなの気持ちが、きっと渦巻いているはずだったのだ。

 だけどそんなことは全てどこかに消えていて。


「いい出来だわ、これ」

「ほんとか?」

「嘘言っても仕方ないじゃない。惣介、いい仕事したわ」


 ああ、と。

 ただただ、なにかをやりとげた気持ちだけが俺の中を満たしていた。わかってる、これもまだ体験版。完成ではない。それでも、それなのに、胸が一杯になった。


 頑張った。頑張ってみた。恐る恐るだ、ミュジィに背中を押されて、やっと頑張る気になった。これまで、なにかを最後まで書くのが怖かった。書いてしまうと結果が出る。最後まで書かなければ、結果も出ないし評価もつかない。それが心地よいと思っていた。思い込もうとしていた。だけど。


 ――最後まで創りあげたい。

 俺の中に、なにか熱いものがフツフツと湧いてきた。


「早霧、俺……」

「私が教えてあげる、惣介。頑張ってなにかを最後まで仕上げることの楽しさを。あんたを次のステージまで引っ張ってってあげる!」


 俺は笑った。


「ああ! ああ!」


 会長が俺と早霧の肩を抱く。ミュジィがその近くでウンウンと頷いていた。

 一人ぽつんと横に置かれたリーネだけが、「ふん」と鼻を鳴らして抗議してきた。


「な、なんなのだ貴様ら! なんか良い雰囲気なんか出したりして!」


 俺たちを指差して抗議した。


「べ、別に羨ましくなんかないのだ! 貴様らのお仲間ごっこなぞ気にしないぞ! だけど仕方ないから今日はこの辺で勘弁してやる、おぼえてろ。ちゃんとおぼえておくのだ!」


 そういうとリーネは走って会室から出ていった。


「そのゲームは絶対に完成させない、これからも邪魔をしてやるのだぞー!」


 廊下でなんか叫びながら去っていった。

 半透明のミュジィがフワフワ浮きながら腕を組む。


「いつでも来い、何度でも体験版を出してやるわい」


 いやそれじゃ完成しないから! と俺たちは一斉にミュジィにツッコミを入れた。


「それは困るのう。はっはっは!」


 ミュジィが仁王立ちにて楽しそうに笑う。俺たちも一緒に笑ったのだった。


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