第7話 ミュジィvsリーネ

 俺は駆けだした。ミュジィが俺の後に続く。

 会室が近づいてくると、キャー! ワー! という悲鳴とも叫声とも取れぬ声が聞こえてきた。


「大丈夫か早霧!」


 会室の戸を開け飛び込んだそこは、ファイヤーボールが飛び舞う戦場になっていた。

 爆発するファイヤーボールに壁や床にぶつかって跳ねまわるファイヤーボール。

 デスクトップパソコンは既に破壊され、会室の壁や床までが爆発の煽りで黒く焦げついている。


 木の焦げた匂いが充満する中、早霧と会長はテーブルの裏に身を隠していた。胸にノートパソコンを大事そうに抱えているのは職人の魂が成せる業か。

 俺は加速術式アクセルオンを使って二人の元へと飛び込んだ。


「わっ!?」「きゃっ!」


 会長と早霧が俺にビックリした顔を向けた。

 加速しての行動だ、二人には俺が突然横に現れたように見えたに違いない。


「大丈夫そうだな、よかった」

「なんなのこれっ? 火の玉が飛び回ってる、あんたなにか知ってるんでしょ!? ちゃんと説明してちょうだい!」


 涙目になった早霧が俺の襟首を掴んで詰問してくる。


「ふはははー、来たかなのだソウスケ! 仕方ない、貴様も一緒に消し炭なのだー!」


 壁や床でバウンドしたファイヤーボールがテーブルの裏に飛んできた。


「うわーっ!」「きゃーっ!」「なんなのーっ!?」


 俺たちはちりぢりになって逃げた。早霧と会長はノートパソコンを抱えながらだから逃げにくそうだ。


「あっはっはっはっは」


 そのとき声が部屋中に響き渡った、ミュジィの声だった。


「気に入ったぞ早霧、会長殿。有事においてさえ自らのノートパソコンを守り抜こうとするその使命感、それは主さまのパートナーに相応しい。わしは敬意を表する」


 フワフワ浮きながらのミュジィが腰に両手を置いて胸を張った。

 早霧は口をあんぐり。どうやら浮いているミュジィに驚愕しているようで、


「浮いてる、あの子浮いてるんだけど惣介!」


 目を丸くしてミュジィのことを指差していた。


「落ち着け、落ち着け早霧。これはあれだ、……そう特撮、特撮だ」

「聞け惣介。早霧たちと共にゲームを完成させよ、さすれば歴史の修正力が働きリーネを退けられる。急ぐのじゃ」

「そうはさせないのだーっ!」


 部屋の中に、再びリーネのファイヤーボールが飛び回り始めた。


「さっきからのこれも特撮だっていうの惣介っ!?」

「無理あるかな?」

「根っ子から無理だからーっ!」


 ファイヤーボールを避ける、避ける、避ける。会室はてんやわんやになった。


「ノートパソコンを守って仕事をせい三人とも」


 ミュジィが大きく手を振ると、飛んでいるファイヤーボールが掻き消えていく。


「むか! やるなミュジィラムネア。これならどうだ!」


 リーネの頭上に、これまでとは違う大きなファイヤーボールが現れた。


「そんな大技を許すと思うてか」


 ミュジィが両手で印を結ぶとそのファイヤーボールがドンドン小さくなっていく。


「ちっ。仕方がないのだ、ファイヤーボール乱舞続行!」

水膜プロテクティブコーティング


 二人がやりあっている間に俺たちは再びテーブルの陰に集まっていた。


「実はな――」


 と、これまであったことを掻い摘んで早霧と会長に話す。

 ややこしいことは横に置いて簡潔に。


 異世界から俺たちのゲーム制作を邪魔する為にやってきた敵がいることと、その敵から俺たちを守る為にやってきた者がいるということを。


「じゃあ今日の、データがサーバーに届いていなかったのって……」


 早霧が俺の顔を見る。

 俺はバツが悪くて思わず目を逸らした。


「あいつの仕業らしい」

「な、なんでそれならそうと言わないのよ」

「知ったのは俺もさっきなんだよ。それに」


 と言い淀んだのにはわけがある。


「それにこんな話、普通信じないだろ?」


 こんな話。

 会室の中をファイヤーボールがあっちこっちへと飛び交い戦場になるような話。

 どかーん、ばかーん、と炸裂音が響いているような話なのだ。

 こんな状態にでもなってなかったら、とてもじゃないけど口に出せるわけがない。


「……確かにそうそう信じられる話じゃないわねぇ」


 会長が苦笑した。

 ミュジィが自分たちを守る存在と聞いて少し余裕が出てきたのだろうか。

 俺はホッと胸を撫でおろした、パニックを起こされないのは有難い。


「で、惣介君。ミュジィちゃんは言ってたわね、ゲームを完成させれば強制力が働いてあの子が退くって。これはどういうこと?」

「たぶん、ある程度現実が進むと少し先までの未来が確定するんだと思います。俺の未来が記されているっていう魔法の本に、未来が浮かび上がるらしいので」

「確定したらもう手出しは無駄だから、あの子が退き下がるってことね」

「はい」


 俺の返事に会長が頷いた。


「なら簡単、わたしたちは今この場でゲームを完成させるための方策を考えましょう。惣介君、どこまでデータできてるの?」


 乞われて、胸に抱えたノートパソコンを開いてデータを見せる。


「今 ここまでです」

「いいわ、一度今のデータを早霧ちゃんに渡して。今できる作業をするから。いいわね早霧ちゃん」

「は、はい」


 ケーブルで二人のノートパソコンを繋いでデータを引き渡す。

 終わると同時にケーブルを外し、俺たちはそれぞれの仕事を再開した。


「テーブルの裏でこそこそとーっ!」


 こちらのことが気になっていたのだろう、チラチラと俺たちの方を見ていたリーネが声を上げる。頭上に浮かんだこれまで以上に大量のファイヤーボールを一気に投げつけてきた。


「わわわ、焼ける焦げる!」


 それを俺たちはそれぞれ別の方向に避ける。


「おいミュジィ、ちゃんと防衛してくれ!」

「す、すまぬ惣介」


 応えるミュジィ。そんな彼女の方を見て、俺はギョッとしてしまった。


「ってミュジィ、おまえ消えかけてないか?」


 フワフワ浮いているミュジィが半透明になっていたのだ。


「わはははー! 当然なのだ、今ならまだ魔力が足りないだろうと思っての強襲だったのだー!」

「もしかしてミュジィ、おまえが契約を強行したのって……」

「惣介、お主そういうところだけ鋭いのぅ。いかにも襲撃を想定して強引にでも契約をしたのだが……思いのほかこやつの行動が早かった」

「反省会はあの世でするといいのだっ!」


 再びファイヤーボールがリーネから打ち出された。

 ミュジィの力で大半が消されるが、漏れたファイヤーボールが幾つかミュジィに襲い掛かる。


「くあっ!」


 ドンドンドン! ミュジィに当たり炸裂するファイヤーボール。

 ミュジィが苦悶の表情を浮かべる。


「こんなに楽勝でミュジィラムネアを屠れるとは思ってなかったのだー」


 ケラケラ笑いながら、リーネの周りに大量のファイヤーボールが浮かび上がる。


「トドメなのだ」


 ファイヤーボールがミュジィへと向かって一気に飛んでいった。これはヤバイ!


加速術式アクセルオン


 俺は加速した。会室の傍らに立てかけてあったホウキを手にして、目に映ったファイヤーボールを片っ端からハタキ落とす。


「なんなのだっ!?」


 俺の加速術式アクセルオンを認識してなかったのだろう、ファイヤーボールを全て叩き落とされたリーネが驚きの顔でこちらを見る。

 俺はミュジィを庇うような位置取りでリーネに相対した。


「ミュジィの足りない部分は俺が補う」


 そうだ補う。俺は今、ミュジィと一心同体なのだから。

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