第4話 俺が作り直すよ

「は、早かったじゃないビックリした」


 同好会室に入ってきた俺を見て目を丸くした早霧は、作業用パソコンのキーボードを打つ手を止めて、こちらへとやってくる。


「あっはっは。飛んできたんでね」

『文字通りな』


 俺が笑ってごまかそうとしていると、ミュジィが言葉を重ねてくる。


「こらミュジィ、うるさいぞ」

『大丈夫じゃ、さっきの打ち合わせでも言ったであろう? 惣介以外にわしの声は聞こえぬように調整しておるよ』


「そうだっけ?」と声を出して反応してしまう俺に、早霧が怪訝そうな視線を向けてきた


「なんかブツブツひとりごと言っちゃって、どうしたのよ」

「い、いやなんでもない。早かったのはあれだ、さっきの電話のときはもう外に居たんだ。学校に戻る途中だったんだ」

「ふーん。で、あの女の子の声は?」

「ありゃえっと……、道を聞かれて……ちょっと案内してた」


 ジローリ、と早霧が俺の顔を見てくる。俺は目を逸らしそうになるのを我慢した。


「そう。まあいいわ、そういうことにしといてあげる。確かにあんたの部屋からここまでだと、こんな早く着くわけないものね」


 一人頷いて、席へと戻る早霧。

 頭の中でミュジィがカラカラ笑った。


『な? 打ち合わせ通りの言い訳で大丈夫じゃったろ? 感謝せいよ惣介』


 そうだなサンキュ、と生返事にも似た調子で応じながら、俺は早霧の横に向かった。早霧がコイコイと手振りで俺を呼んだのである。


「あんたの作った会話データを、あるだけゲームに乗っけてみたの」

「って、なにこの画面?」


 パソコンのディスプレイにゲーム画面が映っている。

 そこには俺が考案して会長がデザインしたキャラが動いていた。が。


 動いているだけだった。

 動きがメチャクチャだし、ゲームらしいことが特に起こらない。


 今、制作しているゲームはラナドイルグラフティという。

 RPGをベースにアドベンチャーゲームの要素を取り入れたゲームだ。

 選択肢で未来が変わり、主人公である男キャラが何人かの女の子キャラと仲良くなったり喧嘩したりする。いわゆるギャルゲー要素入りのRPGだった。


「おや?」


 と俺は首を傾げた。突然ゲーム画面が動きすらしなくなったのだ。


「まだ全然だめ。妙な会話データの途切れ方もしてるし、そのまま組んでもまともに動かせないわ。で? パソコンがどうしたんだっけ?」

「……壊れました」

「聞こえない。もっと大きな声で」

「はい、壊れました!」


 答えるときに直立不動になってしまうのはなぜだろう。

 しかも敬語だ。我ながら早霧に対しての感情は屈折してると自覚せざるを得ない。


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、早霧は自分のツインテにサワサワと触れながら大きく溜息をついた。


「まあ、怒っても仕方ないわね。そのハードディスクを見せて。外付けだからパソコン本体が壊れても大丈夫かもしれないし」


 家から持ってきたハードディスクを早霧に渡すが、結論から言うとそのハードディスクも壊れていた。パソコンをデスクから落としたときに、一緒に落ちて大きな衝撃を受けていたのだ。繋いでみても認識せず、カシャンカシャンとイヤな音を立てるだけ。データにアクセスできない。


「さてどうしたものかしら……」


 早霧が腕を組んでいると、それまで黙って見ていた会長が横からやってきた。


「ハードディスクを分解してディスクを他の端末に入れ替えてみたらどうかしら?」

「惣介のと同型ハードがないんですよ。だから入れ替えても無理なんじゃないかなって」

「そっかぁ」


 会長は細い目をさらに細めてかぶりを振った。


「部活大見学祭までに残り半分のデータをでっちあげるのは時間的に無理よねぇ」

「この量だと、ちょっと」


 どうしようねぇ、と二人はブツブツ何かを相談し合っている。

 肩身が狭い。

 せっかくの仕事を自分でフイにしてしまったのだ。データを物理的に破損してしまうなんて、考えてもみなかった。


 このゲーム、ラナドイルグラフティは「さーくる三人娘」ことゲーム制作同好会の俺たち三人が、ここ半年ほどの時間を掛けて制作しているものだ。

 俺はシナリオ係。物語の分岐なども俺が考えている。

 俺が書いたテキスト上でのシナリオデータは早霧がゲームに組み込んでくれる。


 そんな早霧はゲームシステムからなにから、プログラム全般をこなしている同好会の大黒柱だった。居なかったらゲームの形を作れない。

 会長はイラスト。ゲーム画面のデザインからキャラデザまで、ビジュアルの絡む要素は全てをこの人が担当している。

 それ以外にも会長は、同好会の外との交渉ごと全般も担当しているので、同好会の運営面で見たときの大黒柱だった。


『惣介』


 と、ミュジィが話掛けてくる。


『大丈夫、と言え惣介。残りのシナリオを間に合わせる、と』


 なにいってんだこいつ。俺はギョッとした。


「無理だって! あのシナリオ書くのにどれだけ時間が掛かったと思ってんだよ!」

『お主には大公国一の魔法使いさまがついておる。大船に乗った気持ちで言うてみい』

「え、えー?」


 そんなことを言われても、つい不安げな声と共に俯いてしまう。

 ふん、とミュジィはわざとらしく呟いた。


『認められたいんじゃろう? 惣介』

「え?」

『待遇が悪いと言っておったではないか。せっかく同好会に入ってやったのに扱いが雑だと不満を言っておったであろう? どうだここは一つ大活躍してやつらの鼻をあかしてみたらどうじゃ?」


 そういやこいつには愚痴を全部聞かれてるんだっけ。

 どうにもやりにくいな。


「いや本気にするなよ。別に俺は早霧の鼻をあかしたいだなんて言ってないし」

『そう、そこでさらりと個人名が出るくらいお主さまは不満を抱いておる。自分を認めぬ、早霧にじゃ』

「だから俺は……」

『この半年、森本早霧はお主を褒めたことがなかった。それはこれまでのお主がクズだったからじゃ、言い訳してなにも為さなかった熟れの果てだからじゃ』


 カチンときた。

 確かに俺は今まで何も成してない。

 でも仕方ないじゃないか、頑張ったのに出来なかったんだ。


『ほほ、怒るか? 怒れるのか? 惣介、お主は書くのが怖くなると言ってたな』


 そうだ、俺は怖くなる。

 最後まで書こうとすると不安になる。

 これでいいのか? とわからなくなってしまう。


「だったらなんだよ」

『心配なのじゃお主は。成せるかどうか心配なんじゃ。もしかしたら自分は何者でもない、そんな結論を認めさせられてしまう未来が来てしまうかもしれない。それが心配で仕方ないのじゃ』

「なんでミュジィにそこまで言われなきゃいけないんだ……!」


 思わず大きな声を出しそうになって、俺は自制した。


『一歩を踏み出さぬから心配が後ろから追い付いてくるのじゃ』


 ミュジィの声が諭すようだった。

 なので、俺はつい言葉を失ってしまう。


『なあお主さま。ここで一歩を踏み出してみよ、早霧の鼻の一つでもあかしてみよ。きっと、見えぬものが色々と見えてくるぞ?』

「一歩……」

『そう一歩。全ての始まりじゃ。大丈夫、お主さまになら出来る。繰り返すがお主さまにはわしがついておる、軽い気持ちで宣言してみぃ。それに、この事態をどうにかしたいとはお主も考えておるのじゃろう? 大丈夫じゃ、どうとでもなる。わしを信じよ、自身を信じよ。お主にならできる』


 本当だろうか。一歩だって?

 その一歩を踏み出すことが、俺にも――。


「できる?」

『そう、できる!』


 言い切るミュジィに背中を押され、俺は早霧の方を見た。

 息を大きく吸い込み、勢いに任せた声を出す。


「なあ早霧!」

「な、なによビックリした。なぁに? 今忙しいから、話ならあとで――」

「残りのデータ、あと二日で作り直すよ」


 俺が言い切ると、なにいってんの? という顔で早霧がこちらを向く。


「そんなの無理に決まってるじゃない」

「大丈夫、やるから」

「やるからって惣介、あんた」


 呆れたような声を出す早霧。


「あそこまでデータ作るのに今までどれだけ掛かったと思ってるの? 二日じゃあとてもじゃないけど――」

「大丈夫。二回目だしイケる。なにも一気に最後まで完成させられるって言ってるわけじゃあないんだ、これまで書いたところを書き直すだけなんだから」


 早霧は戸惑い混じりの顔で会長を見た。助けを求めているのだろう。

 会長は長い金髪を指でくるくる巻きながら、こっちをしばし眺め、


「よし!」


 と気合の入った声を上げた。


「惣介君にはあたしのノートパソコンを貸してあげるから、やってみなさい」

「ちょっ、会長、あと二日なんですよ!?」

「ここは惣介君を信じてみましょ。確かに二回目なんだから早いはずだとは思うの」


 早霧を諭すように会長が微笑んだ。


「というわけで、これから惣介君にはここで直接データを作成して貰います。学校の閉門までまだまだ時間があるわ、ここでやっていって貰えば実際にどれくらいのペースでやれるかわかるからねー」


 にっこりと俺の顔を見る会長、頭の中でミュジィが苦笑する。


『信じると言っておきつつしっかり試す。しっかりしたプロジェクトリーダーじゃのう、この娘』


 こうして俺は試されることになったのであった。

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