異世界幼女から魔法を授かった俺、美人JKに囲まれてゲームを作ってます
ちくでん
1
第1話 最近頭の中で女の子の声がする
『よけた方がよいぞ』
最近頭の中で女の子の声がする。口調はなんだかババ臭いが幼くて可愛い声だ。鈴がなるようにコロリとした音で、俺の頭に響き渡る。
この日、俺がゲーム制作同好会の会室に入るときも、その声は聞こえた。
――なにをよけろって? そんな思いが形になる間もなく、パシーンと頭を叩かれた。
「惣介っ」
と俺に手を上げてきたのは、同じく同好会に所属する
物理的に痛いわけではないけれど、意味もわからず叩かれたことに対して心が痛い。
俺はわざとらしく頭を押さえながら、早霧を睨みつけた。
「いきなりなにすんだ早霧」
「なにすんだ、じゃないわよ、あんぽんたん」
『ほれよけろ』
また頭の中で声。
そのおかげで早霧の物理攻撃二発目を避けることができた。
微妙に俺の未来を予見しているかのようなことを言うのが本当に謎。俺の頭はどうなってしまっているのだろう。
「避けていい立場じゃないんだからね、あんた」
別校舎特別棟の三階、学校の端の端。
ゲーム制作同好会に割り当てられた狭い会室は校内でも辺鄙と言ってよい場所にある。
ひとけがない分、早霧の怒声が廊下の方まで木霊した。
「シーン五までのテキストデータ、昨日までの約束だったでしょ」
黒くて長いストレートヘアにはキューティクルが輝いていて、ぱっちり二重の奥には大きなおめめ。
そんな、カワイイと言ってよい早霧の顔が鬼の形相、誰のせいだよ俺のせいだ。
早霧は怒らせると怖いのだ、俺は手をすり合わせながら卑屈な笑顔を作ってみせた。
「あはは。わるい、まだ終わってなくて……」
「どうするのよ明後日の部活大見学祭にゲームが出せなかったら、ウチは廃会って言っておいたよね?」
「い、いいじゃんどうせ体験版なんだから、どんなに途中まででもさ」
『ほれほれよけろ』
そしてまた頭の中に女の子の声が鈴のように響いた。
早霧が今度は足を踏んでくる。
「いてっ」
「あんた、いつもいつも中途半端なことばかり……」
「そ、そんな言い方ってないだろうぅぅ」
「じゃあなんて言えばいいの。シナリオ担当を頼んだとき、任せとけって言ったわよね? 結局口だけ、そんなだからこれまで書こうとしたラノベも全部完結させられなかったのよ」
「それは禁句だ」
確かに俺はこれまで書いたもの全てエタっている。
エターナルを略して、エタる。創作界隈では、最後まで書き切れず途中で挫折することをこういう風に言ったりするのだ。
もちろん良い言葉ではまったくなく、自分で言っててもヘコむ。
はー、最後まで書き切りたい。
書き切ってみたい。
そんなの当たり前じゃないか、でもなぜか、できないんだ。
「締め切りが来たんだから、せめて途中までのデータでも構わないから共有データベースにアップロードしておきなさいよ。こっちの作業が進まないじゃない」
「え? それは送ったはずだけど」
俺は心外そうな顔をしてたに違いない。
「途中までのものだけどさ」
あくまで終わった分だけではあるけど、早霧に言われた通り送りはした。
最低限ではあるから、言い訳まざりの行動ではあったんだけど、それでも俺はちゃんと送ったはずなのだ。
早霧はジローリ、俺を睨む。
「届いてないんだけど? ここに来て、またそんないい加減なことを言う」
「いやホント、俺昨日確かにデータをアップロードしたよ?」
「ネットのアクセス履歴見てもそんな痕跡ないんですけど」
「そんな馬鹿な、よく見てくれってば」
「わかったわ、じゃあ一緒に見ましょうよ」
早霧に連れられて部屋の隅にあるデスクトップパソコンの元へ行く。
アクセス解析のページを開く早霧。
「ほら、どこにもない」
「そんなわけ――あれ? あれれ!?」
「どこにアップロードしたっていうのかしら惣介さん? ほんっと、いい加減」
早霧がジトっと、言い訳を許さない目でこちらを見る。
「おかげで昨日は手が空いちゃって仕事にならなかったわ。何回電話しても出ないし、ホントなにしてくれんのよ」
「あーわるい、友達と出かけてて」
「締め切りすっぽかして夜遊び? ふーん、そう……」
「あ」
早霧の両肩がプルプルと震えている。『ほれほれよけろ』頭の中でまた女の子の声が響いたが、さすがに今度は言われるまでなく俺にも先の展開を予想できた。
「おっと?」
思わず声を上げながら、早霧のビンタを避ける。
避けざまに鞄を抱えて席を立つと、俺は駆けだした。
「あ、こら惣介、逃げるの!?」
「逃げる、トンズラする」
バタバタと埃を立てながら会室の出口に向かう。
「シナリオどうするの!」
「一度帰ってアップロードしなおす」
「待ちなさい惣介!」
「待たない」
要らんことを言ってしまった、ここは撤退するに限る。
いや友達と出掛けたのだって、進まない作業から少し気分展開をする為だったんだよ?
仕方ないじゃないか仕方ない。
俺は会室の戸を開けて逃げ出した。
「こらーっ」という早霧の声だけが、背後で響き渡っていたのだった。
◇◆◇◆
野木森高校ゲーム制作同好会。
ここは小規模な同人ゲームを作る活動の場だ。
「同人」とは、同じ趣味、志を持っている個人または団体のことを言い、ゲームが好きで似た趣味を持つ者が一般の商業ベースでなく集まって作るゲームのことを「同人ゲーム」という。
「早霧ちゃーん、キビシすぎー」
開きっぱなしになった会室の出入り口から覗き込むように半分だけ顔を出している長い金髪の女の子が、細い目をさらに細くさせて早霧に非難の視線を向けた。
「会長、そんなとこに隠れてないで入ってきてくださいよ」
「だって早霧ちゃん怒鳴るんだもーん」
「もう怒鳴りませんから!」
「怒鳴ってる、まだ怒鳴ってる」
苦笑しながら、ひょいっと会室に入ってきたのはゲーム制作同好会の会長、
男子に混ざっても目立つくらいの長身で北欧の血を引く細い目をした金髪美少女、三年生。その髪は腰まである長さでバストはF、早霧より二回りは大きい。
「幼馴染っていうのはこうも喧嘩が絶えないものなのかしらー」
「べっ、別に幼馴染だから喧嘩したわけじゃないです会長。あいつが嘘なんかつくからですよ」
「嘘っていうのはどっちのこと? 締め切りまでにシナリオを完成させられなかったこと? アップロードしてないのにしたって言ってたこと?」
「どっちもです」
早霧が両手でテーブルを軽く叩いた。
会長は微笑んだまま早霧に近づく。
「シナリオが最後まで書けないってのはよく聞く話よ? サボってたわけじゃあなくて、惣介君も苦しんだ結果かもしれない」
「いーえ違います。あいつはヤレばできるのに絶対サボってるだけなんです」
「あらあら、まあまあ」
「なんですか会長?」
「いやいや、凄い信じてるんだなーって」
「べ、別に私は」
「うぷぷー、まあそれならそっちの話はいいか」
口元を隠してニマニマ笑いの会長が早霧の横に立った。
「アップロードの話に関しては」
と会長は早霧の使っているパソコンのキーボードを慣れた手付きでちょちょいと弄った。軽やかな指先がなんとなしに上品だ。育ちの良さを感じさせる。
「アップしたつもりが単に忘れてた、間違えていた。そんなことよくあるじゃない。あの子、いつまで経ってもパソコンに弱いし」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
シュンとなった早霧はなにか言いたげに唇を尖らせるのだった。
入会初日、支給されたノートパソコンを一台早速ウイルスまみれにしてしまったのは、この二人の間で語り草である。頑なに何をしていたのか言わない惣介だったが、こっそりエッチなサイトを見ていたことを早霧は知っている。
「だいたいあの子、悪気はないのよ。ちょっとおばかの怠け者なだけで。締め切り破っておいてあんな呑気な顔で会室に入っていくんだから、ほんとおばか」
「おばかの怠け者って、会長、ひどい」
早霧はプッと笑った。
「そうそうあたしはひどいから、早霧ちゃんが優しくしないと。わかってるかな早霧ちゃん、彼が同好会ヤメちゃったらそれはそれで活動停止の危機なのよ? だから怒るにしても加減てものを考えて貰えないとね」
「それが本音ですね会長。惣介が云々じゃなく会が大事なだけでしょ」
ほーほほほ、なんのことかしらー? と金髪を手で大きく流した会長が細い目で笑った。
「わかってるでしょ早霧ちゃん? この学校、ガチめな子はコンピューター研究部に行っちゃうし、こっちに興味持ってくれるゆるい子は案外シビアなこの会の制作環境にドン引きして去っていっちゃう。あたしたちものすごい微妙な立ち位置なの。惣介君が居なかったら去年で活動停止だったんだからもっと大切に扱ってあげてほしいのよ」
「優しそうなこと言ってるけど惣介を利用したいだけだこの人……!」
「そう! だからせめて早霧ちゃんが惣介君をフォローしてあげないと、惣介君の居場所がこの会になくなっちゃう」
会長は細い糸目で笑いながら、早霧を諭す。
早霧は唇を尖らせた。
「わ、私は別に、あいつがいなくたって」
「早霧ちゃんが是非にって惣介君をこの世界に呼び込んだんじゃない、才能があるって」
「あう」
唇を尖らせたまま、バツが悪そうに俯いてしまう早霧。
「だってあいつ、面白い物語を書けるやつなんです……」
なんだかんだで惣介と活動したい早霧なのだ。
会長はそれを知っているので、微笑ましそうながらも勝ち誇った笑みを浮かべる。
「早霧ちゃんはあの子を舞台に立たせたいんでしょ? 怒ってばかりじゃダメじゃない」
こういって諭せば完璧だとばかりに会長は腕を組んだ。
早霧は困ったように俯いて、
「あいつが謝ってきたら……」
「ん?」
「あいつが素直に謝ってきたら、許す」
ぼそりと呟いた。
それを聞いた会長はニンマリ、満面の笑みを見せる。
「はいはい、いつものことだね。素直になったらいいのは早霧ちゃんの方だとお姉さんは思うのよねぇ」
「え?」
「早霧ちゃんはこんなにも惣介君のことを大好きなのに、素直じゃあないんだから」
途端に早霧の顔が真っ赤になった。
それはもう、茹でたタコのように一瞬で色が変わって鮮やかに。
「かかか、会長!? なに言ってくれてんですかっ!」
「えへへ。早霧ちゃん、かーわいーい」
「やめてください誤解ですからっ!」
「はいはい、誤解誤解」
「会長ーっ!」
早霧が机の上にあったペンや消しゴムやマウスを会長に向かって投げつける。会長は「ヒャー」と目を細めたまま笑いつつ、会室の中を逃げ惑うのであった。
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