第31話 ウォルフの力


 その頃、〝獣の民〟の村は、混乱に陥っていた。

「前に始末した【遁甲蛇ゴルゴンダ】の骨が暴れ始めただぁ!?」

 村の周りで外を警戒していたウォルフガングの元に届いた報告に、思わず顔を引き攣らせる。

「死骸が動き出したってのか!?」

 普通ではあり得ない事態だろう。

 ちょうど戻ってきたシャレイドに、魔獣の先遣隊を掃討に関する指揮を任せて、ウォルフガングは急いで村の中に戻った。

 少し広場から離れたところに、ダンヴァロが座り込み、ベルビーニが半泣きになっている。

「何があった!?」

「と、父ちゃんがオレを庇って……!」

 どうやら、万一に備えて広場に人を集めていたのが裏目に出たらしい。

 暴れ出した骨の近くにいたベルビーニを助ける時に、ダンヴァロが負傷したようだ。

「あの程度の魔獣相手に、情けねぇ……なまってやがるぜ」

「酒浸りしてっからだよ! だが、息子を守ったんだから働きとしては十分だろ!」

 顔を歪めるダンヴァロを笑い飛ばすと、ウォルフガングは彼の肩を軽く叩いて言葉を重ねた。

「ッ……! テメェ、怪我してるとこを……!」

「ベルビーニにこれ以上、心配させんなよ! 散々迷惑掛けたんだからよ! ……後は任せとけ!」

 そのまま広場に向かうと、報告の通り、雌雄しゆう二体の骨がそれぞれに動き出しており、闇雲に村の建物を破壊していた。

 その骨は不気味な紫のもやに包まれていて、どうやら何らかの魔術で操られているように見える。

 意思があるわけでも、人を積極的に狙っているのでもないようで、無差別に周りにある物を破壊しようとしていた。

 ウォルフガングは、骨が逃げた村人達を追うような行動をしていないのに多少は安堵したが、あまり家や畑を荒らされれば、村自体が立ちいかなくなる。

「ふざけやがって……」

 魔獣を操っているのが何者か知らないが、これ以上、村を壊し、仲間を傷つけるような真似は許さない。

 まだ二匹の骨が広場から出ていないのは、好都合だった。

 ウォルフガングが暴れる・・・のに支障がない。

「ウォルフ! どうするんだ!?」

 女子どもを逃していた獣人の一人が問いかけてくるのに、ウォルフガングは怒鳴り返した。

「俺が始末する! ……広場の周りを、松明を焚いた男どもに囲ませろ!」

「火!?」

 ウォルフガングは、警戒の為に焚いた篝火かがりびを、骨どもが避けているのに気づいた。

 理由はよく分からないが、火が苦手なのだろうと見当をつけたのだ。

「広場から逃すな!」

 言い置いて、意識を集中する。

 ウォルフガングには、特殊な能力があった。

 実家にいる頃から使えたのだが、おそらくは特異魔術と呼ばれるもので、自分だけが使える力だ。

 『周りには隠しておけ』と幼少の頃に父に言われたその力のことは、あの事件が起こるまで、貴族に殺された幼馴染みと、自分の家族しか知らなかった。

 母には気味悪がられたが、ウォルフガングは自分にこの力が宿っていて良かったという気持ちと、力がありながら幼馴染みを守れなかったという後悔が、ずっと同居していた。

 自らの身体能力を何倍にも引き上げるその魔術の存在が、ウォルフガングが復讐を成し遂げて南の大公領から逃げおおせた理由であり。

 この村で、頼りにされている理由でもある。


「〝集まれ〟!」


 掛け声と共に、周りの土が不気味に蠢きながらウォルフガングの体を包み込むように、足元から登ってくる。

 大地の底には『龍脈』と呼ばれる、巨大な力の流れが血液のように巡っているのだ。

 その『龍脈』の力が土には染み出していて、それが大地の魔力や瘴気になると言われていた。

 特に濃くそれらが集まる土地は『気溜まり』という、龍脈の力が溜まる場所。

 『魔性の平原』も、似たような土地だった。

 魔獣も多く生息していて力強いが、その分、表面の乾いた土を掘り返せば、大地の実りも豊富な肥えた土が眠っている。

 ウォルフガングの特異魔術は、そうした『魔力の籠ったもの』を身に纏う事によって、その力を借り受けることが出来るものだった。

 多くは、いつもすぐそこにある土や、石などの鉱物。

 自分に向かって放たれた魔術の炎や、あるいは豊富で新鮮な水なども、そうした対象だった。

 真正面から警戒していれば、それがよほど強大なものでない限り、ウォルフガングは地水火風の魔術を吸収することが出来る。

 そんなウォルフガングの顔に傷を負わせた者は、かなりの手練れだった。

 だが、相手が単純な動きしかしない蛇の骨程度なら、負けるつもりは微塵もない。

「行くぞ! 下がれ!」

 篝火を焚いて、広場の外に出ないように牽制していた男衆が、パッと蜘蛛の子のように散った。

 時間を稼いで貰って身に纏った土の分、広場が抉れて、ウォルフガングはその体躯を何倍にも巨大化させている。


 ―――力強い四肢を備えた、頭のない【土人形ゴーレム】。


 その頭の部分に埋まるように上半身と頭を出しているウォルフガングは、巨体に似合わぬ素早さで動くゴーレムの体を操って、動き出した。

「大人しくしやがれ!」

 今の自分と同じくらいの体躯のゴルゴンダの首根っこを掴むと、地面に押さえつけた。

 肉があった時の半分以下の太さで、力を込めると簡単に頭が落ちる。

「……? 脆すぎねーか?」

 感覚的には、糸で骨を繋いだ程度の強度である。

 しかし、引き千切った骨は、カタカタと音を立てて元に戻り、再び動き出す。

「なるほどな」

 ウォルフガングは、二匹を同時に、崩れないように押さえつけながら、広場の真ん中に油を撒かせる。

 松明を投げ込まれて燃え上がり、準備が終わったそれの中に、骨の頭を千切って放り込んだ。

 紫の靄が火に炙られて煙と化し、夜空に溶けるように消えると、骨の頭が動かなくなる。

「よし!」

 ウォルフガングは、残った体の骨も次々と放り込み、全て始末する。

「紫の靄が見えなくなったら、火を消せ! 俺はシャレイドのところに行く!」

 そうして、ゴーレムの体を維持したまま、ウォルフガングは魔獣の先遣隊残党を掃討し終えていた村長と共に。

 村の護衛に半分を残して、本隊の方に向かっているというベリアの私兵団の後を追った。


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