第21話 だからわたくしが、ここにいるのですわ!
「皇帝陛下のご下命により、ドーリエン伯爵家が長女ベリア、馳せ参じました! 我らベリア私兵団は今後、リボルヴァ公爵家が長女、アーシャ様の指揮下に入ります!」
『騎士の一団が来る』と見張りが警鐘を鳴らし、アーシャやナバダを含む面々が警戒に向かった先で。
ベリアが落とした発言は、〝獣の民〟にとっては爆弾に等しかったようだった。
「……どういう事だッ?」
低い声を上げたのは、普段は快活な村長、シャレイドだった。
鎌のように内に反っている、一枚板の斬馬刀を肩に担ぎ上げた姿勢で、【風輪車】に跨ったままのアーシャを、睨むように見ている。
「公爵家の、長女!? 皇帝の命令ってのは、どういう事だッ!?」
「あら、何を怒っておりますの?」
アーシャは、シャレイドの反応を不思議に思いながら、首を傾げる。
「お前は、皇国から追放されてうちに来たんじゃねぇのかッ!? 皇帝と繋がってるってのは、どういう意味だッ!?」
「貴様……アーシャ様に無礼な口を……」
怒鳴るシャレイドの言葉に反応したのは、ベリアだった。
学舎で見たことのある一つ年下の少女は、割と直情的だった印象がある。
そんな彼女をアーシャは手で制し、シャレイドに言い返した。
「わたくしは、皇国から追放されたなどと、一度も口にした覚えはありませんわ! 大体、最初はシャレイド、貴方が話を聞かなかったのではなくって?」
別に、アーシャはそれを一度も隠そうとはしていない。
逆に眉根を寄せたのは、ナバダだった。
「アーシャ。アンタ、言いたいことは分かるけど、言葉は選びなさいよ?」
「分かってますわ!」
シャレイドだけではなく、ウォルフガングも厳しい面持ちをしている。
アーシャは村の面々を見回すと、静かに胸に手を当てた。
「では、改めて自己紹介をいたしますわ! わたくしはバルア皇国リボルヴァ公爵家が長女、アーシャですわ! 過分にも、アウゴ・ミドラ=バルア第三代皇帝陛下の筆頭婚約者候補として名指されておりましてよ!」
その発言に、ベリアは深く頷き、ナバダは頭が痛そうにこめかみに指先を添える。
「皇帝の婚約者だとォオオオオオッッ!?!?」
「筆頭候補、ですわよ。シャレイド」
「どっちでも良いだろうが、ンなことはッ! テメェ、何が目的でうちの村に来やがったッ!?」
「それは勿論」
アーシャは【風輪車】を降りると、胸を張ってパン! と扇を開く。
「―――西と南を叩き潰す、皇国革命軍を結成する為ですわ!」
と、堂々と宣言した。
「……この皇帝の雌犬は、本当に……言葉を選べって言ったでしょうが……!」
ますます苦悩するような表情を見せたナバダが、ぽかんとするシャレイド達に向かって、口添えをする。
「村長、それにウォルフも皆も、ちょっと聞いて。良い? この女は、めちゃくちゃ頭がおかしいの。〝恋する狂気〟とか呼ばれてて、皇帝を崇拝する余り、これを
「……いや、全然分からねーわッ!」
シャレイドがぐしゃっと頭のトサカを手で掴み、私兵団を率いてきたベリアが、今度はナバダを睨みつける。
「罪人ナバダ、貴様も貴様で、アーシャ様を罵倒するなど……!」
「アンタが話に入ってくると余計にややこしくなるから、ちょっと黙ってなさい」
「罪人の言うことなど聞かん!」
「……アーシャ!」
そろそろ、ナバダが爆発しそうだ。
仕方がないので、アーシャは口を挟んだ。
「ベリア、申し訳ないけれど、少し黙っておいてくださるかしら? ナバダの口が悪いのは、育ちが悪いので仕方がないのですわよ!」
「…………今この場で、アタシが殺してやろうか…………」
そんな風にわちゃわちゃした状況で、足を踏み出したのはウォルフガングだった。
目が、光沢を失ってぬらりとしている。
「アーシャ」
「何ですの? ウォルフ」
「お前は、皇帝の手先だったのか? あの、腐れ貴族どもの頭にいる、
その瞬間、アーシャは―――魔剣銃を引き抜いて、ウォルフガングの鼻先に突きつけていた。
「訂正なさい、ウォルフ。陛下への侮辱は、相手が誰であろうと許しませんわよ!」
「アーシャッ!」
ナバダが怒鳴り、〝獣の民〟の間にも、私兵団の間にも緊張が走る。
しかし、ウォルフガングは怯まなかった。
「事実をどうして訂正しなきゃならねぇ。西の大公も、南の大公も、そいつが野放しにしてるんだろうが。ダンヴァロが、そして俺が、奴らにどんな扱いを受けたか……!」
「陛下のせいではございませんわ」
アーシャは、ウォルフガングの目を見て、キッパリと言い切る。
するとそこで、アーシャと彼の首に、それぞれ刃物が当てられた。
刃を握っているのは、ナバダとシャレイドである。
「アーシャ。アンタ、皇帝のことになるとすぐにブチギレるのやめなさいよ。それで、話が伝わると思ってるの?」
「ウォルフ、気に食わねぇのは分かるが、話し合う気がねぇならすっこんでろッ!」
それでも、アーシャとウォルフガングはお互いに睨み合ったまま動かなかったが。
―――冷静に。
という意識は、心の片隅にはあった。
アーシャは深く息を吸い、吐き、魔剣銃を下ろす。
「……ええ、そうですわね」
相手の言い分も聞かなければならないのは、その通りだった。
「ですが、話を聞いた上で、謝罪はして貰いますわよ!」
「そんな事にゃ、絶対にならねぇ」
ウォルフガングは軋るほど歯を噛み締めて歯茎を剥き、憎悪を込めた言葉を吐いた。
「―――俺の幼馴染みの女はな、南の貴族に犯された。挙句に、その罪をあの野郎は、俺に押し付けやがったんだ……!」
それが、ウォルフガングが南の地を追われた理由だという。
元々裕福な商家に生まれた彼には、懇意にしていた取引先の子爵家の令嬢だった幼馴染みがおり、いずれはその少女に仕える執事か護衛として、と望まれていたのだという。
頭を使うより体を使う方が性に合っていたウォルフガングは、体と、身体能力を強化する魔術を鍛えていたそうだ。
しかし。
「アイツの家に婚約を断られた伯爵家のクソ野郎が、アイツを……!」
伯爵家側も息子の希望で婚約を申し込んだものの、双方に政略的にも領地経営的にも、あまり旨みがなく。
さらにその当時、ウォルフガングの父親が男爵位を得ることが決まっており……ウォルフは、その子爵令嬢の伴侶としてはどうか、という形で話が進んでいたのだ。
その為ウォルフガングは、改めて実家に戻って商売のことや、子爵家に行って領地経営のことを学んでおり、令嬢の側を離れていたのだと。
そうした諸々の事情から断られた腹いせに、伯爵家の子息は、街に出かけた子爵令嬢を無理やり馬車に乗せると、乱暴を働いたらしい。
しかも、憲兵に金を握らせた伯爵令息は、同時にウォルフガングを拘束して、罪をなすりつけた。
彼の父と子爵は南の大公に訴えたが、訴えは退けられたそうだ。
「俺が自力で牢獄から脱走した後、会いに行ったら、アイツはもう、自分の命を断ってた……!」
握り締めた拳に、白くなるほどに力を込めて。
まるでその伯爵令息が目の前にいるかのように、ウォルフガングは凄まじい殺気を放っている。
「俺はあの野郎と憲兵をぶち殺して、ここに来た。……南の大公も、高位貴族も、そんな奴らを野放しにする皇帝も、全員クズどもだろうが……ッ!」
「……なるほど、貴方の言い分は分かりましたわ」
「その上で、不思議に思うのですけれど。……なぜクズを野放しにしていることが、陛下の御心と思うのか。ご説明いただけまして?」
「あ?」
「陛下の御心が、クズどもの方にあるとするのなら、なぜ陛下はわたくしがこの地に向かうのを許しましたの?」
「そんなもん、俺が知るわけ……」
「先ほど言いましたでしょう。わたくしがこの地に来たのは、西と南を叩き潰す、革命軍を結成する為であると! 貴方、耳は聞こえてまして!?」
アーシャは魔剣銃を仕舞うと、再び扇を取り出してビシッとウォルフガングに突きつける。
「―――
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