第29話 操られてますの!?
謎の声と共に、ベリアの飛竜が突然暴れ出した。
「シロフィーナ!? どうした!?」
『キュルァアアッッ!!』
雌だというその飛竜が、頭を左右に振って暴れ狂う。
まるで、相棒であるベリアを振り落とそうとするかのように。
「ベリア、飛びなさい!」
シロフィーナは白目を剥き、言うことを聞きそうな様子には見えない。
アーシャは飛竜の下に回り込み、ベリアを飛び降りさせて拾おうとしたが……突然、飛竜がこちらを向いて、
「なっ……!!」
ファルドラをズタズタに引き裂くような凶悪なそれを、流石に受けるわけにはいかない。
咄嗟に、首の可動域の範囲外……視覚になるシロフィーナの体の下に潜り込むように【
しかし、彼女は飛び降りた。
「ベリア!?」
尾の方に向けながら声を上げるが、彼女は『大丈夫だ』とでも伝えるように手を振り、竜槍を両手で握って風の魔術を発動する。
緑の輝きがベリアを包み込み、ぶわりと、彼女のコートとマントが一体になったような青い服の裾が、翼のように靡く。
真下に向けて槍を構えた彼女は、そのまま落下して……緑の光が、地面に衝突する瞬間に大きく広がる。
ドン! という音と共に地面がクレーター状に抉れ、 砂埃や土砂を巻き上げるほどの強風が吹き上げた。
衝撃がクッションの役割を果たしたのだろう、一瞬空中で静止したベリアは、ふわり、とその場に着地した。
「……竜騎士の、技ですの?」
そういえば、熟練の竜騎士は跳躍力が非常に高く、頭上から襲う縦の動きで戦うものだ、と聞いたことがあった。
飛竜の背から落ちても、怪我をしないような手段を持っていたのだ。
しかし、ホッとしたのも束の間、暴れるシロフィーナがベリアに狙いを定めてブレスを放つ。
―――っ殺すわけには、いきませんわね……!
ベリアは避けたが、我を失っている様子の飛竜を傷つけないように無力化する方法は、一つしか思いつかなかった。
「モルちゃん、しばらく抑えて!」
スライムボガードを目立たないよう黒い小鳥の姿で飛ばしたアーシャは、ベリアを追うシロフィーナを牽制する為に、追いながら《風》の魔弾を放つ。
背中に直撃するが、強固な鱗はビクともしない。
それ自体は予想通りだったものの、飛竜はこちらの攻撃を全く気にも留めずに、何かに執着するように、逃げるベリアを追い続ける。
「……もしかして、操られているんですの……!?」
あの声の主。
となれば、そちらを叩かないとシロフィーナは止まらないだろう。
先ほどの怖気立つような声の主は、と眼下に目を凝らしながら、アーシャは飛竜の頭上にたどり着いたモルちゃんに指示を出す。
「目を奪って!」
先ほどファルドラを絡め取ったように、飛竜にも投網のように覆いかぶさらせたかったが、シロフィーナは怪鳥よりも二回りは大きく、動きを止める程の邪魔にはならない。
それに頭を覆うと、ブレスによってモルちゃんが傷つく可能性が高かった。
指示通り、体積を増してベタっとシロフィーナの目元に張り付いたモルちゃんは、そのまましゅるしゅると触手を伸ばして首と後頭部、羽根の根元までをグルッと巻いた。
ギシ、と飛竜の羽根の動きが鈍くなり、徐々に地上に降りていく。
「ファインプレイですわ!」
飛竜は、翼の頂点に
目元だけを覆うように張り付いたモルちゃんを、攻撃する手段がないのだ。
尾は恐らく、届いて背中と首辺りまで。
体を前に丸められないように押さえ込んでいるモルちゃんには、届かない。
「アーシャ!」
そこで、ベリアと合流したナバダが声を張り上げる。
「何で飛竜が暴れてるの!?」
「おそらく、操られていますわ! 先ほど妙な声が聞こえたので、おそらくそれが術者……っ!?」
と、言いかけたところで、アーシャは息を呑む。
視線の先。
【風輪車】で浮いている位置と同じ高さに、薄ぼんやりとした紫の光が見えた。
その下に、
『何か』が、巨大な魔獣の背に乗っている。
「アレですわ……!」
ナバダと、シロフィーナに呼びかけていたベリアもそれに気付いたのだろう、振り返って、闇に紛れた巨大な魔獣の姿に、息を呑んでいる。
おそらくは、侵攻する魔獣の本隊。
小鼠と怪鳥はあくまでも先遣部隊だったのだ。
巨大な魔獣の足元近くに、数匹の【
そして、前に退治したものよりも巨大な【
「バカな……【
薄雲に
それは、三つの女性の頭と上半身に、一本の太い蛇の下半身を持つ魔獣だった。
上半身は首から肩口、腕まで鱗で覆われて、背骨の上には竜のような縦ビレが連なっている。
白い肌の艶かしい裸体の上半身と赤く瞳孔のない瞳を持つ整った顔立ちが、逆に異形感を強めていた。
上半身が三つ、つまり又が二つあるのが、
その全容を見て、ベリアがさらに驚愕の表情を浮かべた。
「あの顔は……ガーム!?」
それは、ウルギーがベリアに婚約破棄を宣言する際に、横にいたという令嬢の名前だった。
「何故、ギドラミアがガームの顔をしている……!?」
「美シイ顔ヲ、取リ戻サセテ、ヤッタノダ」
クツクツと喉を鳴らしたのは、ギドラミアの頭の上にいる魔性だった。
ベリアが声を届かせるのと同様の魔術だと思われるが、聞くだけで不快な、脳裏で金属を擦り立てるような感覚を覚える。
ヒトの声ではない。
〝それ〟は、黄金の骸骨だった。
高級そうな衣服を纏い、趣味の悪い王冠のようなものを被っていて、
「何者だ!」
会話が通じると踏んだのか、ベリアが声を張り上げると。
「元婚約者デアリ、偉大ナ私ノ、声スラ覚エテイナイノカ。野蛮デ頭ノ鈍イ、ドーリエン家ノ忌々シキ女メガ」
一転して不快そうに言い返した魔性に、アーシャは思わず眉根を寄せる。
「元、婚約者……?」
その尊大な喋り方を、知っているような気がした。
不愉快であまり関わらないようにしていた、ベリアの婚約者であり、一つ下の学年にいた大公の息子。
「貴様……皇帝陛下直々に断罪されて懲りるでも己の身を振り返るでもなく、魔に堕したのか! ウルギー・タイガッ!」
ベリアの怒りが混じった咆哮に、魔性が鼻を鳴らすような仕草をした。
「口ノ利キ方ニ気ヲツケルガイイ。魔ニ堕シタ? 私ハ支配者ニ相応シク、成リ上ガッタノダ」
傲然と腕を振った魔性は、嫌味ったらしい仕草で胸に手を当てる。
「後悔ト懺悔ノ中デ死ヌガ良イ。私ニ従ワヌ愚カ者、ベリア・ドーリエン。暗殺スラマトモニ出来ヌ役立タズ、ナバダ・トリジーニ。ソシテ、気色ノ悪イ傷顔ノ不要ナ存在、アーシャ・リボルヴァ」
それぞれに侮蔑を投げた魔性は、嗤う。
「私ハ
〝それ〟が口にした言葉に、アーシャはこの魔性を、何をおいても完膚なきまでに滅ぼして、地獄に叩き落とすことを即決した。
「―――〝
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