第19話 フィィイイイイバァアアアですわ!!
里の為に色々と動き、アーシャとナバダがすっかり〝獣の民〟に受け入れられてきた頃。
魔導具職人としての腕を取り戻してきたダンヴァロが、アーシャを呼んだ。
「何ですの?」
「よう、来たな」
訪ねると、ニヤリと笑った彼が、技術を習い始めたらしいベルビーニに顎をしゃくる。
「平原を巡回してる連中の中に、自由にどこにでも出掛けて行く、えらく強ぇ爺さんが一人いてな。アーシャが来てから一回もここにゃ帰ってきてねーが、前に『拾った』って置いてったモンの修理が終わったんだよ」
ダンヴァロは、どこかご機嫌な様子で、工房の奥にある布が掛かった大きな『何か』を指差した。
馬ほどの大きさのそれから、ベルビーニが布を外そうとしている。
「一体、何ですの?」
「前に馬がほしいって言ってたからな。代わりになるソイツをくれてやる」
馬が欲しいと言ったのは、ウォルフガングと共に南の大公領に向かった時のことだった。
獣人でもないのに足が早い彼なら数日で往復出来る距離なのに、アーシャが一緒だと三日ほど、移動時間に差が出来てしまったのである。
普通にウォルフガングの歩みについていくナバダからは、『足が短いんじゃない?』などと言われてしまう始末。
ナバダに任せておけば商談自体は安心なので、初回以降アーシャは外されてしまったのだ。
特に問題があるわけではないけれど、なんとなく悔しかったのでダンヴァロに愚痴ったことがあり……どうやらそれを覚えていてくれたらしい。
アーシャが興味津々で目を向けると、バサッと布が外されて、現れたものは……緑がかった艶のある、黒い金属で出来た『何か』だった。
見ても全く、その正体が分からない。
鋭い流線形のフォルムをした『何か』の背中に当たる部分に、馬の鞍のように跨る場所がある。
伏せた獣のようにも見えるそれの頭部には、緑色の巨大な魔玉が一ツ目のように嵌まっていた。
どうやら、鞍のようなものがついた胴体の前後下腹部にも同様の魔玉が埋まっているようだ。
「これは?」
「【
「ふゆう……う、浮くんですの!? こんな大きな魔導具が!?」
アーシャは口元に両手を当てて、驚愕した。
物を浮かせる風魔術は確かにあるけれど、現在使われているそれは、せいぜい手のひらに乗る大きさのものを浮かせる程度。
陛下が飛翔魔術を行使しているのを見たことがあるけれど、莫大な魔力を持ち、誰も扱えない転移魔術を使う陛下であらせられるので、俗人と同等に考えてはそれこそ失礼に当たる。
その飛翔魔術を大昔は多くの人が使えていた、という記述があるけれど、現在は術式そのものの継承が途絶えており、遺失魔術に分類されている。
今、空を制するモノは、村長シャレイドのような鳥人や、それこそ鳥。
あるいはモルちゃんのようなスライムボガードや、陛下が作り出すような使い魔。
他には虫や、魔獣の中でも怪鳥、そして竜くらいのものだ。
飛竜は人がある程度飼い慣らしている個体はいるものの、その総数は皇国軍一万に対して竜騎士一人、というくらいの希少さである。
「ただ跳ねる魔導具とか、物を軽くする魔導具とかでは、ないのですわね!?」
アーシャは胸元に手を当て、ぴょんぴょんと飛び跳ねて……はしたないけれど抑えきれない……興奮をあらわにしてダンヴァロを見上げる。
そんなこちらの様子に満足したのか、彼は顎を指先で撫でながら訳知り顔で頷く。
「正真正銘『浮く』魔導具だ。古代文明の発掘品で、一から作るのはそれこそ皇国貴族レベルの金持ちが職人を総動員しても無理だ。何せこれだけのデカさの魔玉がそもそも採掘出来ねーし、人の手で作れねぇ」
「確かに、そうですわね……!」
古代の人々が飛翔魔術を行使していた、というのは、もしかしたらこの魔導具のことだったのだろうか。
現在遺失しているというのも、魔玉の採掘量などが原因なのかもしれない。
というか、魔玉単体で考えても、競売などにも出せない……正直『売れないくらいお高い』ものである可能性が十分にあった。
「これ、これは……とんでもない代物なのではなくて!?」
目の前のそれから、もう目が離せない。
しかもダンヴァロは、これをアーシャにくれるというのである。
これが興奮せずにいられようか。
―――ただ馬の代わりになるわけではなく、空が飛べるなんて!
「お察しの通り、浮遊魔導具の
ダンヴァロは呆れたように鼻を鳴らすと、のしのしと魔導具に近づいていったので、アーシャもちょこちょことついていく。
彼はその金属製の黒い胴体に手を添えると、さらに言葉を重ねた。
「コイツは、操縦するヤツの魔力を、風魔術の動力にして動くモンだ。使い方は後で説明するが……上手く使いこなせりゃぁ、速度は馬どころか、飛竜とタメ張るだろうな」
「そんなにですの!? 凄すぎですわッ!! ちゃ、ちゃんと動くんですのね!?」
「ああ。お前の足になるんだから、動かなきゃ話になんねーだろうよ。馬の代わりだ、って言っただろうが」
「馬よりもすんごくすんごくとんでもないですわ〜〜〜〜ッ!! 飛竜は、速い個体なら音と競うほどの速さを出す、と言われているのですのよ!?」
もちろん、そんな速さで動かれたら人間は乗れないのだけれど。
「その分、出せる高度は低めだがな。通常で人の腰の高さくらい、魔力が強ぇ奴で高い建物の屋根くらいのモン、って試算だ」
「十分ですわ!」
「俺にゃ大した魔力がねぇから、浮いて亀が這うくらいの速度しか出なかったが、嬢ちゃんならもうちょっとマシに扱えるだろ」
アーシャは、ワクワクしていた。
ダンヴァロは魔導具のことになるとすっごく饒舌で、中でもこの【風輪車】というのはロマンの塊みたいな存在だということが、彼のキラキラした目を見ればよく分かる。
「早く! 早く乗りたいですわぁ〜〜〜っ!! 本当に貰っていいんですの!? 返してって言われても返しませんわよ!?」
「ああ。多分、コイツを扱えるくらいの魔力操作能力を持ってるのは、この村じゃ嬢ちゃんとナバダの姉ちゃんくらいだからな。村長は自前で羽根があるし、いらねーだろ」
「感謝いたしますわ! ダンヴァロは凄いですわ!」
アーシャは思わず彼の手を両手で取って、ぶんぶんと上下に振る。
ダンヴァロは、どこか照れ臭そうに頷いており、横で見ていたベルビーニは嬉しそうにしていた。
職人としての腕が戻って、ダンヴァロが謝罪に来てからこっち、アーシャと彼の関係は大変良好である。
この村に連れてきてくれたベルビーニにも恩返しが出来たので、上々だと思っていたけれど。
―――これはまた借りが出来てしまいましたわねっ!
その後、嬉々として【風輪車】の使い方を習ったアーシャは、跨って前傾姿勢になり、手元のハンドルとやらで操作する方法を覚えた。
頭部にある一つ目の魔玉に魔力を流し込むと、連動して魔導具の下にある魔玉に内蔵された術式が起動。
そして、車体の下にある二つの魔玉に魔力が流れ込み、竜巻のような渦を巻く風を二つ起こし、竹トンボの羽のような役割を果たして全体を浮かばせる。
その
ハンドルは左右連動しており、左右に重心を傾けたり、ハンドルを切ったりすると方向転換が出来る。
魔力の供給量によって加速度が上がり、右ハンドルの前と右足元のレバーを引いたり踏んだりすると加速に使われていた魔力が逆転して減速力が増す、という仕組みだ。
左のレバーは、魔力の供給を強制的にカットし、左足のレバーは、内蔵された術式を、浮遊術式から高速移動術式に切り替えたりする為に使用するもの。
馬の手綱と同じように、ハンドルから手を離しても、挟み込んだ足の力加減によってある程度バランスを崩すことなく操作が出来ることも発見した。
そして、自在に飛び回ることを覚えた結果……。
「フフフフフ……! フィィイイイイイバァアアアアですわぁああああッッ!!」
今まで、魔力に頼らない状態では馬や獣人のような持続的な脚力がなくて、村周辺にぼちぼち現れる魔獣の撃退しかしていなかったアーシャは、積極的に離れたところにも魔獣を狩りに行けるようになった。
魔剣銃やスライムボガードのモルちゃんをぶっ放して、空から一方的に虐殺する手段を得たのである。
嬉々として魔獣を狩り……どちらかというと目的は【風輪車】を操縦することだったが……〝獣の民〟に利益をもたらしまくったことで、アーシャはますます村での地位を盤石にした。
しかし、そんな風に高笑いしながら、血と魔力の閃光を撒き散らすアーシャに。
「……なぁ、ナバダ。アイツ本当に貴族令嬢なのか……?」
「残念ながら、正真正銘筋金入りのね」
帯同していたウォルフガングが頬を引き攣らせ、誠に遺憾そうな表情を浮かべたナバダが虚無の視線で答えつつアーシャを見守る、という構図がしばらくの間、散見された。
さらに自ら交渉に赴けるようになったことで、二人乗りで伴ったナバダと悪辣な脅しでもって……もとい、精力的かつ淑女的に……輸出入の販路を拡大しまくったことで。
〝
―――それが、二つの災いをアーシャの元に呼び込むことにも繋がってしまった。
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