第32話 陛下に恥じぬ生き方を、選ぶのですわ!

 

 私兵団が、残りの魔獣を掃討する間。

 アーシャとベリアは、二人で【二又女蛇王ギドラミア】とウルギーを抑える形で動いていた。

 が。


「隙が、ありませんわね……!」


 三つの上半身は元が一体なだけあって、連携が完璧だった。

 ギドラミアの頭上で眼球を狙うアーシャと、縦に跳ねるように動き、首や頭を貫くことを狙うベリアに対して。

 それぞれに二つの頭が対応し、それをカバーするようにもう一つが動くことで、攻撃が当たらなかった。

 そして不気味なのが、何の動きも見せないウルギー。

「優雅サノ欠片モナイ……ソレデモ、イト気高キ貴族青キ血ノツモリカ?」

 嘲るように、ウルギーが紫炎の瞳を瞬かせる。

「反吐ガ出ルアノ皇帝ニ、似合イノ女ダ。全ク人ノ上ニ立ツニ相応シクナイ。己モ、ソノ恩恵ニアズカリナガラ、イト気高キ王族ノ血族ヲ蔑ロニスル愚物ダ」

「ふん、貴方が引いているのは、負けた王の血でしょうに! 一体、どれ程の価値があると勘違いしておりますの!?」

「何ダト……?」

 アーシャは嘲りを返しながら、一瞬の隙を縫ってギドラミアの瞳を一つ、ようやく射抜いた。

 笑みを浮かべつつ、忌々しげなウルギーに対して言葉を重ねる。

「お互いに高貴な身分、生まれながらに恵まれた存在……確かにその通りですわね。で、それがどう、貴方がわたくしに尊ばれる理由になるんですの!?」

 アーシャは、瞳を潰したことで大きくなったギドラミアの死角に回り込むように【風輪車】を動かして旋回しつつ、鼻を鳴らした。

 ウルギーの神経を逆撫でしておくに越したことはない。


 他の魔獣を私兵団が少しでも減らす間に、ウルギーの気を引き付けておくのが目的なのだから。


「わたくしが尊ぶのは、境遇など関係なく、誇り高き魂を有している者ですわ! 〝獣の民〟やナバダのように!」

 気品は、生まれに由来しない。

 貴族であっても下品な者は下品であるし、貧民であっても高潔な者はいる。

 尊敬に値するか否かは、その人格によるのであり、『生まれただけで価値がある』と本当の意味で感じるのは、我が子を愛する親だけだろう。


「地位しか誇るもののない貴方など、そこらの鼠にも劣りましてよ!」

 

「アーシャ様の仰る通りだ!」

 連携が少し崩れたギドラミアの隙をついて、左側の上半身が伸ばした腕を斬り落としたベリアが、同調する。

「私も、常に不満だらけの貴様には辟易へきえきしていたからな!」

 アーシャは、《風》の魔弾をギドラミアに放って、ベリアが飛び離れるのをサポートする。

 そして、ウルギーを睨み下ろした。

「それにわたくし、そもそも個人主義ですの! 弱き者を踏み躙ることを是とする方を、身分を理由に尊重しろと言われても、知ったことではございませんわ!」

 黙って聞いていたウルギーは、聞き分けのない子どもでも相手にしているかのように、首を横に振る。

「弱ク、ソシテ無様ナ様ヲ晒シナガラ、ヨク言エタモノダ、傷顔。ドレ程吠エヨウト、ギドラミア一匹ニ苦戦スル程度。……故ニ染マル・・・ノダ」

 ウルギーは、悠然と腕を広げて、まるで演説するかのようにのたまう。

「弱キ者ハ、踏ミニジラレテ、当然ナノダ。皇帝ガ・・・支配者タルベキ・・・・・・・コノ私ヲ・・・・踏ミ躪ッタヨウニナ・・・・・・・・・!」

 まるで己の力に酔うように、これ見よがしにギドラミアの上半身の根本を踏みつける。

 元は、自分の選んだ貴族令嬢であった筈の、ガームの体を。

「他人ヲ己ノ色ニ染メル事ノ、何ガ悪イノダ? 貴様モ、皇帝ノ色ニ染マッテイルデハナイカ。力コソ正義ノ思想・・・・・・・・ニ! 弱キガ故ニ染マルノダ! 人ヲ己ノ望ムママニ染メル事コソ、強者ノ証ナノダ!」

 そこで、私兵団の一人が、ベリアに対して声を上げた。

「増援です! 〝獣の民〟が!」

 聞きつけて目を向けると、空から村長シャレイドが、平原からゴーレム化したウォルフガングが、こちらに迫ってくるのが見えた。

 ウォルフガングは近くまで来ると、ウルギーを見て声を張り上げる。

「紫のもや……そのキンキラが親玉か!?」

「ええ!」

「なら、魔獣どもを遠くまで引き離せ! 親玉と距離が離れれば、多分、単純な命令しか受け付けなくなる!」

「いい情報ですわ!」

 アーシャが目配せすると、ベリアが私兵団に指示を出すために対ギドラミアの戦線を離れ、代わりにシャレイドとウォルフガングが参戦する。

 少し余裕が出来たアーシャは、改めてウルギーに目を向けた。

「貴方、先ほど踏み躪られたと仰いまして? 何も分かっていませんのね」

 異形と化そうと、力を得ようと、ウルギーの浅ましい本質は何も変わっていないのが、その言葉に集約されていた。


「先にベリアの人生の踏み躙ろうとなさったのは、貴方でしょうに!」


 被害を受けたのは自分、犠牲になったのは自分。

 そんな風に、彼の世界には、自分ただ一人しかいない。 

「己の行いが返ってきたに過ぎないことを、グチグチと逆恨みした挙句に、陛下と自身を並び立てて語ろうなどと……何億年経とうと、貴方如きに許されることではございませんわよ!」

「本当ニ……口ダケハ達者ダナ! 皇帝ノ雌犬ガァッ!」

「あら、わたくしの陛下への敬意を理解して下さっているようで、何よりですわ! 貴方に対して、それを光栄とは思いませんけれど!」

 参戦したシャレイドが左側の上半身の頭を落とし、ウォルフガングが右の上半身の腕を叩き折る。

 そしてアーシャが片目を潰した真ん中の上半身は、もう一つの目もアーシャが至近距離から《火》の魔弾で撃ち抜いた。

「〝選ぶ〟ということは、その結果を受け入れること! 故にこそ、己を何色に染めるかを決めるのは、己自身ッ!  決して、他人が決めて良いものではないのですわッッ!」

 金切り声の三重奏に負けない声で、アーシャは吼える。

「好ましく色づくよう己で筆を走らせても、時に気に入らない色に染まることも、色が混じり合って暗く染まることもあるでしょう! ですが、そうなることすらも、己の選んだ結果であることが、重要ですのよ!」

 ベリアの指揮の下、私兵団と〝獣の民〟が連携して、魔獣を各個に誘き寄せて、どんどんウルギーから引き離していく。

 魔獣の群れの本隊も、これで瓦解するだろう。

 アーシャは、魔剣銃をウルギーに向ける。

「だからこそ、己の欲の為だけに他人を踏み躙る者達を、陛下は断罪なさるのです! 二人の大公や、貴方のように! これから断罪を受ける西南の大公のように!」

 そして陛下は、己の望みの為に、己を染め上げようと努力し、挑戦する者を好む。

 ナバダやベリアのように。

 妹のミリィのように。

 そして〝獣の民〟の皆のように。

 陛下は、果敢に前を向く者達を、決して害さない。


「だからわたくしは……己に、そして陛下に恥じない生き方を〝選ぶ〟のですわ!」

 

 アーシャが、宣誓と共に放った弾丸は。

 ウルギーの額を、狙い違わず撃ち抜いた。

 

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