第33話 救援ですわ!

 

「……デハ、ソノ愚カナ盲信ニヨッテ死ヌガイイ」

 弾痕を頭蓋骨に刻みながらも、ウルギーは全く痛痒を感じた様子もなく、そう口にした。

 刻まれた弾痕とそこから伸びるひび割れが、スゥ、と滑らかに元に戻る。


 ―――頭は、弱点ではありませんのね。


 心臓が存在しなさそうな外見なので頭を狙ったのだが、もしかしたら、聖なる力が弱点であったりするのだろうか。

 そうなると、吸血鬼ヴァンパイアに有効であるという白木の杭や、銀製の剣ややじり、弾丸、聖水などが必要になるのかもしれない。

 当然、聖女でもないアーシャに聖属性の魔力など扱えないし、ナバダやベリア達も同様だろう。

 そうであれば、不味いのだけれど。

 アーシャが目まぐるしく考えていると、ウルギーが動き出した。

 ユラユラと体から放たれる紫のもやが濃くなり、風に乗って辺りに広がっていく。

 すると、アーシャの近くにそれが届いた時に、パチ、パチ、と周りで火花が弾け始めた。


 ―――【風輪車ツインサイクロン】の風防障壁フィルドカウルと、反発しあっている……?


 風防障壁は、魔力によって周囲に形成されている風の結界である。

 となれば、紫の靄はゴルゴンダの『土を腐らせる力』に似た、何か邪悪な魔術によって作られているものなのだろう。

 あるいは、瘴気しょうきそのものか。

「皆、退避なさい!」

 アーシャは、ギドラミアの相手をしていたシャレイドとウォルフガング、そして私兵団に指示を出し終えてウルギーを始末する隙を窺っていたベリアに、指示を出した。

 しかし、遅かったようだ。

 それまで緩やかだった靄の広がりが爆発するように加速して、後方に逃れていたナバダまでも呑み込み……全員が縛り付けられたように、動きを止める。


「―――元ヨリ全テ、戯レニ過ギヌ」


 ウルギーは、硬質な音を立てながら、顎を指先で撫でた。

「女ナド、見目ガ良ク、黙ッテ男ニハベッテ居レバ良イ。下民ナド、青キ血ノ為ニ家畜トシテ生キテ居レバ良イ。醜キ者、出シャバル者、歯向カウ者……ソンナ者ドモニハ等シク、何ノ価値モナイ」

「戯言ですわね。手垢のついた物言いに、退屈で欠伸が出ますわ!」

 反論しながらも、アーシャは絶対的に不利な現状を打開する方法を思考する。

 自分以外、誰も動けない状況。

 ギドラミアは下半身に火傷を負い、首や腕、目などを幾つか失っているが、まだ生きている。

 幸い、魔獣を引き離す為に既に遠くに居る私兵団や〝獣の民〟の皆は無事に逃れているようだけれど……。

「傷顔。モウ一度ダケ特別ニ、愚カナ貴様ニ攻撃ヲ許シテヤロウ。身ノ程ヲ知ルガイイ」

「あら、では遠慮なく!」

 アーシャは、躊躇わなかった。

 今の自分が持てる最大の火力……残り一枚の炸裂符に魔力を込めて、ギドラミアの背中に向けて撃ち落とす。

 宣言通りに何も対処した様子もなくウルギーが受けて、火球が大きく広がった。

 紫の靄は吹き飛び、火球と爆発の威力に背中を焼かれて、ギドラミアが苦悶の声を上げる。

 ウルギーは吹き飛び、四肢がバラバラになったが……カタカタと四散した黄金の骨が動き出して浮き上がる。

 そして爆風でズタズタに引き裂かれて焦げた服の元へと集まり、何事もなかったかのように復活した。

「分カッタカ? 私ハ不死ヲ得タ。貴様ラ愚物ガ、ドレ程足掻コウト、最初カラ無駄ナノダ!」

 カカカカ、と嗤う魔性は、自分のせいで余計な怪我を負った魔獣すらもどうでもいいようだった。

 どこまでも傲慢。

 その名に恥じない振る舞いは、アーシャの許容できる限界をとっくに超えている。

「サテ……」

 ベリアの元へ歩み寄るウルギーに、アーシャは魔剣銃を構えるが……。

「モウ一度ダケダト、言ッタ筈ダガ?」

 濃縮した紫の靄を先に撃たれ、攻撃をやめて回避する。

 その間に、動けないベリアの前に立ったウルギーは、彼女に顔を寄せる。

「忌々シキ女、ベリア・ドーリエン……貴様ニ、罰ヲクレテヤロウ。ソノ手デ傷顔ヲ殺シ、一生人形トシテ、私ノ椅子ニデモナルガイイ」

「誰が、そんな事を……!」

「ソンナクチモ、スグニ利ケナクナル」

「させると思いまして!?」

 風防障壁フィルドカウルを纏ったまま、アーシャはウルギーに突撃しようとアクセルを開いた。

 しかし。

「シツコイ羽虫ダナ。貴様ハ飛竜ト自分ノペットノ相手デモ、シテイロ」

 と、ウルギーが指を鳴らすと。

 モルちゃんが、ウルギーに支配されたのか、シロフィーナの拘束をシュルリと解いてコウモリの翼形態になると、こちらに向かって高速で飛んで来る。

「なっ!? モルちゃん!?」

 進路上に飛び出して来て網状になったモルちゃんに受け止められて、【風輪車】の動きが止まる。

 同時にシロフィーナが襲いかかって来て、体当たりを喰らった。

『グルゥァアアアッ!』

「くっ……!」

 【風輪車】が傾いでバランスを取ることが出来ず、アーシャは巻き込まれないように自分から手を離して跳んだ。

 咄嗟に引き抜いた魔剣銃一丁を持って落下する最中、【風輪車】から離れたモルちゃんが、今度は触手状になってグルグルと巻き付いて来る。

 地面に叩きつけられたが、巻き付いたモルちゃんがクッションになって衝撃に息が詰まった程度で済んだ。

「モル、ちゃん! わたくしが主人でしてよ……!?」

ヨウヤク大人シクナッタナ。ソコデ待ッテイロ」

 ジタバタするが、そんなことで拘束は外れない。

 ウルギーが再び指を鳴らすと、ベリアが槍を構えてフラフラと近づいて来た。

「お、お逃げ下さい、アーシャ様……体が、勝手に……!」

「わたくしも、動けるなら動きたいのですけれどね!」

 潤んだ目でベリアが訴えてくるが、アーシャの力では、飛竜もある程度押さえ込めるモルちゃんの拘束は解けない。

 魔術による精神共鳴も、ウルギーの強烈な支配によって弾かれてしまっている。

「アーシャ様……!!」

 悲痛な声で訴えられても、なす術がない。


 ―――マズいですわね。


 流石に命の危険を感じたアーシャが、焦りで歯噛みしていると。

「……させない」

 そこに、聞き覚えのない・・・・・・・声が響き。

「行け、【火吹熊ベアングリード】!」

 アーシャとベリアの間に、誰かが立ち塞がった。

 さらに、背後から飛び出してきたベアングリードが、ウルギーに襲い掛かる。


「……イ、オ?」


 間に現れた人物に向かって呆然と呟くベリアに対して、後ろから見るに、どうやらずぶ濡れらしい青年が頷く。

「アーシャ・リボルヴァは殺させない。一緒に逃げろ、ベリア」

 そこに居るのは……どうやらナバダの弟、イオ・トリジーニのようだった。


※※※


『だからわたくしは……己に、そして陛下に恥じない生き方を〝選ぶ〟のですわ!』

 崖から落ちた、イオは。

 落下の途中で〝傲慢なる金化卿バベル・ド・ゴゥル〟の支配が解けたベアングリードを操り、その頑強な体をクッションにすることで、なんとか生き残っていた。

 気絶したベアングリードが中洲に顔を出して引っかかったので、それが起きるのを待って荒れた川を渡り、なんとか〝獣の民〟の村近くに到着して、機をうかがっていたのだ。

 そして、アーシャと金化卿……ウルギーのやり取りを、聞いた。

「アンタの言葉、響いたよ。アーシャ・リボルヴァ」

 振り向いたイオが告げると。

 小柄で華奢で、一体どこからそんな活力が湧いてくるのか分からない、火傷を顔に負った少女が、不思議そうな表情を見せる。

「姉さんを、助けてくれてありがとう」

「あら、そんなもの、陛下の臣下として当然のことでしてよ?」

 間髪入れずに言い返してきた彼女に、思わず苦笑する。


 ―――きっと、姉さんも。


 この少女の強さを認めて、一緒に居ることを決めたのだろう。

 彼女から来る手紙の内容は、イオを心配するものと、アーシャに関する愚痴が一番多かった。

 あんなことを言われた、こんなことを言われたと……心底嫌そうな様子だったのに、どこか楽しげにも感じる手紙の内容だった。

 そしてさっき聞いたアーシャの言葉と合わせて、納得した。

 姉さんはきっと、彼女の真っ直ぐな生き方に……まっすぐに生きることが出来ている彼女に、嫉妬し、同時に憧れていたのだと。

「だから俺も、アンタに従って……自分と姉さんに恥じないように、生き方を選ぶよ」


 ―――その結果、死ぬことになっても。


「イオ!!」

 声を張り上げた姉さんに顔を向けて、イオは微笑む。

「元気で、姉さん。……ベリアも」

「イオ……!? 一体、何を……!」

 イオは、ウルギーを威嚇するべアングリード以外にも、数匹、仲間の群れを操っていた。

 潜ませていた彼らに合図を出すと、一斉に飛び出してきて、拘束されたアーシャと、ベリア、ナバダを担ぎ上げて、一目散に走り出す。

「イオ・トリジーニ!」

「離れれば、支配は解けるんだろう?」

 最初からイオに支配されているべアングリードは、ウルギーの魔術の影響を受け辛い。

 そして、精神支配の魔術に耐性のあるイオは、自分を支配しようとするウルギーの紫の靄に、抵抗することが出来ていた。


 ―――後は、彼女達が十分に離れるまで、死なないようにしないと……。


 支配が解けたベアングリードが、彼女達を襲ってしまう。

 他に操られている〝獣の民〟には、残念ながら諦めて貰うしかない。

 チラリと目を向けると、何故か動かないギドラミアの前に転がる鳥獣の男と、妙なゴーレムみたいな体をした男は、ホッとしたような表情を浮かべていた……が。


「生キテイルトハ、シブトイ虫ダナ。……ガ、無駄ナ事ダ」


 ウルギーが指を鳴らすと、逃げ去ろうとしていたベアングリードの動きが止まる。

「なっ……!」

 精神の糸が繋がったまま、魔獣達の操作が効かなくなったイオは動揺した。

「サァ、ドチラノチカラガ勝ツカナ?」


 ―――失態だ。


 ウルギーは紫の靄だけでなく、イオのように直接支配する魔術も使えたらしい。

 多分、あのギドラミアも、直接支配している魔獣なのだ。

 だからアーシャをスライムボガードに襲わせる間は、動きを止めていたのだろう。

 西の大公同様、イオの知るウルギーも他人をいたぶって愉しむような気質があった。

 機会があれば即座に殺害に移る暗殺者とは、根本的に違うのだということを、失念していた。 

 強烈な支配力のせめぎ合いの重圧に、イオは棒立ちになったまま全身に脂汗を浮かべる。

「クソッ……!」

 相手の力が強すぎる。

 徐々に押されていくイオは、他になす術もないまま全力で抗うが、ベアングリードは反転して、姉さん達を抱えたまま、ジリジリとこちらに戻ってきている。

「コノママ、力尽キルマデ遊ンデヤッテモ良イガ……ソノ腕輪ノ支配権ハ、タイガノ血族タル私ニモアル事ハ、理解シテイルカ?」

 汗が、一瞬で冷えた。

 【服従の腕輪】を起動させられれば、イオは死ぬ。


 ―――どうする、どうすれば。


 これ見よがしに黄金の指を上げて、これ見よがしに鳴らそうと指を合わせるウルギーに。

「イオ・トリジーニ! 後ろに全力で跳びなさい!!」

 

 アーシャの声が響き渡り、イオは考える間もないまま、それに従った。

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