第17話 和解しましたわ!

 

「茶、だと?」

 ベルビーニの父、ダンヴァロが、訪ねたアーシャをギロリと睨みつけた。

「ええ。それが痺れや倦怠感の原因ですわ。……貴方に職人としての誇りがあるのなら、今すぐお酒とお茶を嗜むのをおやめなさい。自分の腕よりもそれらが大事であるというのなら、止めませんけれど」

 そしてアーシャは、ベルビーニの肩を抱いた。

「状況が改善するまで、この子はお預かりしておきますわ。お互いにいい結果になることを祈っておりましてよ!」

 ダンヴァロは、相変わらず濁った目でこちらを睨みつけた後、何も言わずに背を向けた。

 そうしたやり取りの後。

 住まいを与えられたアーシャとナバダは、精力的に動き始めた。

 村の現状を見て回ると、気の良いヒトが多く、この中で定住していない者もそれなりの数がいると聞いた。

 そうした人々はかなり腕が立つのだそうだ。

 〝獣の民〟の村々を巡回して、危険な魔獣や、稀に来る皇国の西や南の兵士達や、あるいは他国からの略奪者などの対処に当たっているらしい。


 そんな話をするくらい仲良くなった村人の手助けを受けて生活の地盤を整えてから、一ヶ月。


 アーシャ達は、村で起こっている問題などを割り出して把握し、村長の家で持てる知識をお互いに提示しながら、話を詰めていく。

「水源は大人の足だとそう遠くないですけれど、女性や子どもには少し非効率な場所にありますわね。土の魔術で水路を引くか、水の魔石を手に入れるか、どっちが宜しいかしら?」

「当面は魔石を仕入れて、予算が出来たら水路を作れば良いんじゃないの? 収入源になりそうな作物も幾つかあるし。特に森で採れるものに関しては、希少で高値がつくものが多いわね。とりあえず、【白銀葡萄】の葉が、茶として消費するほどあるなら、薬屋に売りに行けばそこそこの金になるでしょうね」

「そうですわね。ねぇ、ウォルフ? この集落がもし定期的に交易するとしたら、どこが一番良いと思いまして?」

 アーシャが尋ねると。

 元々面倒見が良い人間らしく、家の選定や村に馴染むための手伝いなどに尽力してくれてすっかり仲良くなったウォルフガングは、顎を撫でた。

「……正直気に入らないが、こっちから近いし、南の大公領側だろうな。西は本気でダメだ。あっちは獣人だってだけじゃなく、皇国民じゃない、ってんでも足元を見る。南は、それが多少は緩い」

「なら、足掛かりになりそうな相手をそちらで見つけることにしますわ! ウォルフ、一度足を伸ばすのに、付き合ってもらっても宜しくて?」

「あんまり、俺自身は近寄りたくはねぇんだがな……」

 と、歯切れが悪いウォルフガングに「何か理由がありまして?」と尋ねると。

「俺は元々、むこうでは罪人なんだよ。目の下の傷も、脱走した時にあの領の兵士にやられたもんだしな」

 アーシャの右目周りの火傷痕よりは範囲が広くないけれど、ウォルフガングの左目の下の傷は、逃げる時に斬り付けられたものなのだそうだ。

「何をやらかしましたの?」

「……貴族のボンボンに、冤罪を押し付けられただけだ」

 内容は言いたくねぇ、と、ウォルフガングは恨みの籠った目で遠くを見つめ、その話は終わった。

「だが、お前達だけで行かせるわけにもいかねーしな。これでも元は商人の息子だから、ツテはある。だいぶ商売自体から離れちゃいるが」

「助かりますわ。ウォルフは、字が読めるのですわね?」

「ああ」

「でしたら売る時には一緒に行きますけれど、後で、取引する作物に関する、大体の価格帯を書き出しておきますわ」

 次は、ナバダが話を先に進める。

 たたき台を作るためにだろう、とりあえず、といった調子で案を口にした。

「お金を作るのと、食料の分配をきちんとしたいなら、とりあえず物はなんでも良いから余っている食料を出させて、一箇所に纏めて必要な量を適宜分配するのはどう?」

「そうですわね。お金よりも食料が必要な人には、教会のように大量に作った炊き出しを提供する方が、最初は効率的かしら?」

「そうかもね。そこは村の連中に意見を聞いたら良いんじゃない?」

「ですわね」

「外に出られて協力する気がある連中は、お互いに組ませて狩りや採取をしてもらって、体の弱い者や子どもは外に出なくて良い分、畑仕事や内職、あるいは洗濯などの家事を一手に纏めてくように交渉ね。仕事の分担はキッチリやらないと不満が出るしね」

「内向きの仕事を振るなら、畑まわりに保護が必要ですわね。現状の柵では少々頼りなかったように思いますけれど?」

 これまでは、畑仕事も単身で魔獣を退治できる獣人の仕事だったようなので、その辺りはあまり手が入っていなかった。

「アタシも、魔獣を警戒するにはちょっと心許ないと思う」

「……ウォルフ。最初の輸出で得たお金で、少し値は張るけれど、結界用の呪玉を買いましょう。そちらのツテもあるかしら?」

「そっちは、俺よりもダンヴァロさんの方が詳しいんだけどな……まぁ、ないこともない」

 そんなやり取りをする、アーシャとナバダの様子を。

 ベルビーニはどこかポカンとした顔で、ウォルフガングは興味深そうに質問に答えつつ見ていて、村長のシャレイドはニヤニヤと面白そうだった。

「ベル坊主ッ! お前、良い拾い物じゃねぇかッ! 元はお貴族様だけあって言ってることがあんま分かんねーが、何か面白ぇことになりそうだなッ!」

「ああ、うん……そう、だね?」

「あら、外から見物するかのような物言いでは困りますわね、村長様。貴方に矢面に立って動いていただくんですのよ?」

 アーシャはテーブルに広げた資料から目を上げて、ビシリと扇でシャレイドに突きつける。

 すると彼は、かくんと首を傾げた。

「あん? それも嬢ちゃん達がやりゃ良いじゃねーかッ! そっちのが早そうだぞッ!?」

 それに、ナバダが呆れた目を向ける。

「バカね。外との交渉ごとはともかく、中の人間の説得は今まで村を纏めていた人の言うことの方が聞きやすいに決まってるでしょ? で、村長はアンタでしょうが」

「まぁ、説明の時に横に付くくらいは、やぶさかではなくてよ!」

 アーシャが言い添えると、シャレイドは納得いかなそうな顔のまま、ウォルフガングとベルビーニを見る。

「そんなもんかッ?」

「……まぁ、村長が言うなら、ってところはあると思うぜ。認めたって言っても、新参者の言うこと聞きたいかって言われると、そうじゃねー奴らも多いだろうしよ」

「オイラも同じ意見だよ」

「この村はかなり好き勝手に、作物を集めていたり獲物を狩ったりしてますわ。もう少し計画的に運営する方が良いですわね!」

「ガハハッ! だが、皆自由だからなぁッ! あんま窮屈にしたら出て行っちまうぜッ!?」

 シャレイドはあっけらかんと笑うが、それで共同体として成立しているのは、奇跡に近いところがある。

 けれど、その懸念は杞憂である。

「別に、窮屈にする必要はございませんわ。元々、村の皆で助け合う必要のある部分は助け合っていたわけですし、皆に必要な分を纏めて管理する形にするのです。一種の税ですわね」

「だが、今まで貰ってた取り分を余分に取られるようになるヤツは、納得するか?」

 ウォルフガングの疑問に、今度はナバダが淡々と答える。

「税を取ることで目指すのは、全員への食料の安定供給、それから住みやすいように村の設備整備を行うことよ。目に見えて生活がしやすくなれば、不満は出ないでしょう。結果が出る前の不満を抑えるのは、そもそも村のまとめ役であるアンタ達の仕事じゃない」

「いやまぁ、そりゃそうだが……」

「なぁ……?」

 きっぱり言われて、ウォルフガングとシャレイドが顔を見合わせる。

「特に危険な仕事をしている連中には、働きの貢献度に合わせて食料の他にも十分な報酬を渡せばいいわ。それに、弱い連中は村から出なくて良くなれば、そっちの方がありがたいでしょう。ねぇ、ベルビーニ」

「あぁ……うん。まぁ、森は怖いしね……」

 ベルビーニは、恐る恐るまとめ役達の顔を伺いながら、小さく頷く。

「と、いうことですわ。説得、していただけますわよね?」

 ニッコリとアーシャが告げると、シャレイドはポリポリと頭を掻き、ウォルフガングはバツの悪そうな顔をした。

「だとよ、ウォルフよッ!」

「丸投げしようとすんな! 村長もやるんだよ!」

 言われて、面倒臭そうながらも『村のためになるなら』とシャレイドも一緒に勉強を始め、少し経ったある日。


 アーシャ一人で帳簿を見ていたところに、ふらりと現れたのは、ダンヴァロだった。


「……嬢ちゃんだけか」

「あら、お久しぶりですわね! 村長とナバダは、畑の方に行っておりますわよ! ベルビーニはもうすぐ戻ってくると思いますわ!」

 笑顔で告げたアーシャは、『体の調子はいかがでして?』と問いかける。

「……そのことで、礼を言いにきた」

「あら?」

 あの日から、ダンヴァロは言われたとおりに、茶と酒を絶ったらしい。

 すっかり手足の痺れは取れたようで、近づいてくる動きから不自然さはなくなっており、足も引きずっていなかった。

「助かった。腕はだいぶ落ちたが、今までに比べりゃよっぽどマシだし、その内カンは取り返す。それで……」

 ダンヴァロは言いづらそうにしていたが、アーシャが待っていると、呻くように告げた。


「ベルビーニを、迎えに来た。……職人の技を、アイツに覚える気があるなら、だが」


 相変わらず、自分勝手でぶっきらぼうな物言いだけれど、アーシャはその表情から後ろめたさを感じてクスリと笑う。

「優しさの示し方を、あまりお間違えにならない方が宜しくてよ?」

 アーシャはベルビーニの話を聞き、忠告にいった後の様子を聞くにつけ、ダンヴァロの内心を悟っていた。

 彼は、ただ不貞腐れていたのではなく、ベルビーニを自分から遠ざけようとしていたのだ。

 あの少年は心優しい。

 もし仮に父親が何もしなくなったところで、見捨てたりはしないだろう。

 だから、自分から遠ざけるように動いていたのだ。

「前も言いましたが、まずはベルビーニに謝罪なさいませ。それから彼が戻ることを望むのであれば、わたくしから申し上げることは何もございませんわ!」

「……ああ」

「そういえば、聞いていなかったことですけれど、貴方は一体、何職人ですの?」

 ウォルフガングが、ダンヴァロの方が結界用の呪玉に詳しい、と言っていたので、興味を覚えたのだ。

 アーシャが尋ねると、彼は軽く片眉を上げた後、ニヤリと笑みを浮かべた。

「魔導具職人だ。ベルビーニを押しつけた詫びに、そのマントに下にある銃のメンテナンスくらいならしてやれる」

 そう言われて、目をぱちくりさせたアーシャは「なるほどですわ」と小さく頷きながら、二丁の魔剣銃をコトリとテーブルに置く。

 しかし、持ち上げようと手を伸ばしたダンヴァロを、軽く手で制した。

「これがそうですが、貴方が手がけた魔導具を一度見せて下さいませ。それが良質なものであれば、お願いいたしますわ」

「ほぉ?」

 試すような物言いになってしまっているが、魔剣銃はアーシャにとっては命綱だ。

 ベルビーニは腕が良いと言っていたけれど、もし仮に自分よりも腕が劣るようなら、預けるわけにはいかないのである。

 ダンヴァロは魔剣銃とアーシャの顔を交互に見比べると、何故かさらに面白がるように笑みを深めた。

 そして軽く手のひらを上に向けて、机の上を示す。

「なら、よく見てくれ。俺の作品・・・・をな」

「……え?」

 示されたのは、魔剣銃だった。

「俺は昔、西の大公領に住んでてな」

 差別されて仕事を評価されていなかったダンヴァロが、頼まれて作った品らしい。

「そいつに貰った報酬を使って、俺は西を抜けて〝獣の民〟を頼ったんだ。……それも、その男に忠告されたんだよ。えらく気取った喋り方をする男でな」

 ダンヴァロによると、それは『黒髪で、えらく目つきの鋭い男』だったそうだ。

 彼は『〝獣の民〟を頼り、そなたの能力を正当に評価する者達の元へ行け』と告げたという。


 ―――陛下。


 アーシャは、その男の正体を一瞬で悟った。

 魔剣銃は、父が、皇宮で紹介された商人から買い受けた物だという。

 黒髪の、目つきの鋭い男が誰かだなんて、考える必要もなかった。

 思わずじんわりと胸が熱くなり、両手で胸元を抑える。


 ―――本当にあの方は、いつだってわたくしの上を行っておられる。


 自分の知らない陛下の話が聞けて上機嫌になったアーシャは、ダンヴァロに告げた。

「作った本人であれば、断る理由はございませんわね! お願いいたしますわ! それと、わたくしの命を救ってくれた魔剣銃を、お作りくださってありがとうございますわ!」

「こっちこそ。大事に使われて嬉しいと思ってるぜ」

 アーシャは、彼と笑顔で頷き合った。

 ベルビーニは、その後きちんとダンヴァロに謝罪されて、家に戻っていった。

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