第16話 村の一員になりましたわ!

 

 ウォルフガングに案内されて、村長の元へと向かう道すがら。

 アーシャはふと、彼と前を並んで歩くベルビーニが背負ったカゴの中を覗き込んで、小さく眉をひそめた。

 入っているのは、その多くが食せる野草だったけれど、中には薬草も混じっている。

 気にかかったのは、薬草の中の一種類だった。


 ―――あの薬草は。


 アーシャが訝しげな顔をしているのに気づいたのか、ナバダが小声で問いかけて来る。

「……どうしたの?」

「大したことではありませんわ。ただ、ベルビーニが魔獣に襲われていた理由が……」

 というアーシャの返答に、ナバダが眉をひそめる。

「カゴに何か混じってた、ってこと?」

 問われて、アーシャは頷いた。


 魔獣、と呼ばれている獣は、肉食草食問わず獰猛である。


 しかし野生の獣同様、無闇に人を襲うわけではない。

 ナワバリに無遠慮に入ったり、子を傷つけたり、あるいは空腹であったり。

 反応が普通の獣よりも激しい側面はあるが、行動原理は獣とあまり変わりない。

 そして、普通の獣よりもさらにナワバリ意識が強く、基本的にナワバリから出ない。

 ベルビーニが襲われていた時のように、執拗に……それこそ森の、ナワバリを抜けた先まで追うようなことは少ないのである。

 「【火吹熊べアングリード】は、かなり興奮してましたわ。動きが直線的で対処がし易かったですし……もしかしたら、あの薬草のせいかもしませんわね」

「どんな薬草なの?」

「【白銀葡萄プラティナヴァ】と呼ばれるものですわ」

 見た目はツタのような薬草で、栽培する時には木製の格子や柵をあらかじめ側に立て、這わせるように育てていく。

「うちの庭にありましたけれど、開花の時期には花弁と葉が白銀に染まり、フサになった同色の酸っぱい実をつけますのよ。は、甘いシロップに浸けたスイーツとして召し上がったことがあるのではなくて?」

 【白銀葡萄】の名は、育成がとても難しく希少であることと、その色合いから名付けられた。

 どうやら魔力の満ちた場所だと育ちがいいらしく、リボルヴァ家の庭では、砕いた魔石を土に撒いていたのを思い出す。

 故に高価なもので、は食用に、葉とツルが薬草になる。

 ベルビーニのカゴの中には、ツルごともいだ葉と実が放り込まれていた。

 【白銀葡萄】を見て、アーシャはあの森が平原の中にある異様さと、大型の魔獣が生息していた理由を窺い知った。


 魔力に満ちた土地を、魔獣は好むのである。


「白銀の実……ああ、甘酸っぱいヤツね。『キャンダイ』だっけ」

「そうですわ」

 思い出したらしいナバダに、アーシャは頷いた。

「毒を盛るのが簡単そうだったから覚えてたのよ」

「そうですわね。皆様、食されるものですし」

「アンタは食わなかったけどね!」

 どうやら、ナバダが毒を盛ろうとしていた相手は自分だったらしい。

 それに気づいて、悔しそうな彼女の様子にクスクスと笑っていると、ウォルフガングが妙なものを見るようにこちらを見てから、こっそり横のベルビーニに話しかけた。

「……笑いながら話すようなことじゃねーと思うんだが、貴族ってのは、日常がそんな物騒な生き物なのか……?」

「……知らないよ。オイラ貴族じゃないし」

「聞こえてますわよ〜」

 アーシャがのんびり伝えると、二人はビクッと背筋を伸ばした。

「で、何であの薬草が、ベルビーニが襲われてた理由になるの?」

 二人を特段気にした様子もなく、ナバダが話を戻す。

 【白銀葡萄】の実は、生き物を落ち着かせる効能がある、と言われておりますけれど、実の中に、白銀虫プライワームという虫が卵を産み付ける可能性がありますの。その『卵実たまごみ』を茹でで粉にすると、魔物を酔わせる香の原料になりますのよ」

 昔、アーシャが顔に火傷を負った時に作った香の材料なので、よく覚えている。

 『卵実』は、通常の落ち着かせる効能が失われ、魔物にとって甘美な香りを放つようになって興奮させる効果があるのだ。

 そう、ナバダに説明し、後でベルビーニにカゴの中を改めさせてもらおう、と考えたところで。

「着いたぜ。ここが村長の家だ」

 ウォルフガングが、正面の、他と比べると大きな木製の家屋を指差した。

 

※※※


 そうして、村長に面会し、自己紹介と訪れた事情を説明すると。


「可哀想になぁあああああああ〜〜〜ッッ!」


 と、ダバァ! と滝のような涙を流し始めた。

 アーシャは頬を引き攣らせながら、ナバダと目を見交わす。

 シャレイドと名乗った村長は、ベルビーニの父であるダンヴァロに勝るとも劣らない巨躯を持つ、鳥人族の男性だった。

 顔は嘴を備えた鳥そのものなのだが……とてつもなく感情表現が豊かな獣人のようである。

「き、貴族のご令嬢がッ! そんな火傷を顔に負っちまったせいで……こんなところまで流れ着いたんだなぁ〜ッ!」

「いえあの、わたくしは」

「ここに住むといいッ! 俺達ゃ、虐げられてる奴らの味方だからな!! おう、おう、気の済むまで身の振り方を考えるといいぞぉおおおおッ!」

 シャレイドは、人の話を聞かない気質のようだった。


 ―――まぁ、良いんですけれど。


 とりあえず、アーシャは彼に謝礼と恩義の証として、狩った魔獣の肉を提供した。

 残りをベルビーニのノルマとやらに代替することを提案すると、彼は快く頷いてくれる。

「強いんだなぁ嬢ちゃんッ! いいぜいいぜ、最高だぁああああ〜〜〜ッ!」

 またダバァ、と涙を流すシャレイドは、個性的だが悪い人ではなさそうだった。

 そんな彼に出されたお茶を、一口音を立てないようにすすろうとして。

 

 ―――アーシャは、ピタリと動きを止める。


「?」

「アーシャの姉ちゃん、どうしたんだ?」

 焦るウォルフガングとベルビーニには応えず、同じように香りを嗅いで動きを止めていたナバダと目を見交わしてから、アーシャはシャレイドを冷たい目で睨みつける。

「……村長様? これは、こちらで普段から飲まれているものですの?」

 問いかけると、唖然としていたシャレイドが首を傾げて頷いた。

「そうだが。なんだッ!? もしかして嫌いだったかッ!?」


 ―――演技、というわけではなさそうですわね。


「どう思いまして? ナバダ」

「嘘はついていなさそうね」

 それでも一応確認のために、ベルビーニとウォルフガングに、自分達のお茶を一口すすらせると、二人はそれが普段から飲んでいるお茶で、味も香りも変わらないという。

「嬢ちゃん達は、何をそんなに気にしてんだッ!?」

「村長様。これは皇国では毒茶とされているものですわ」

 アーシャが告げると、シャレイドは目を鋭く細めた。

「何だとッ!?」

「毒性は低いですけれど、継続的に飲用すると、痺れや倦怠感などを覚えることがあるのですわ!」

 一時期、皇国でも芳醇な香り立ちと甘い口当たりから好んで飲まれていたが、原因不明の症状を訴える人々が続出した結果、毒性があると判明したのである。

「少量であれば、鎮静効果のある薬ともなりますけれど。……これは、【白銀葡萄】の葉を乾かして茶にしたものですわね?」

「……ああ、間違いない。だが、村では俺が子どもの頃から飲まれてるし、そんな症状を訴えたヤツはいねーぞ!?」

 シャレイドの言葉に、アーシャは扇を開いて口元を隠す。

「体質の問題かしら?」

「多分、多くの連中が獣人族だからでしょうね。他の者達も流れ者か冒険者上がりだとすると、元は貧民……体は強いし、ある程度耐性があるんじゃないかしら?」

 獣人族は頑強な種族であり、冒険者達は魔術や武技を鍛えることの副次作用で、それぞれ毒への耐性が高くなる。

 瘴気を纏う魔物を相手にすることも多いから、それも理由だろう。

「だから、今まで認識されていなかった、ということですわね」

 ふと、あることに思い至ったアーシャは、ベルビーニに目を向ける。

「ベルビーニ? このお茶は、ダンヴァロも口にしていて?」

「あ、ああ……二日酔いの頭痛に効くって、よく大量に飲んで……あ」

 彼は、聡く何かに気づいたようだ。

 それはきっと、アーシャが考えていたことと同じだと思われた。

「ダンヴァロは、指先を使う職人でしたわね。それに、足を軽く引きずっていましたわ。痺れや倦怠感、という集中力や繊細さを阻害する症状が現れていれば……」

 職人としての仕事が、出来なくなっておかしくはない。

「……茶、が……?」

 呆然としたベルビーニが、ふいに泣きそうに表情を歪める。

「お、おいら、酒呑んでばっかの父ちゃんが、せめて少しでも楽になるようにって、あの茶葉を……そ、それが……?」

 父を支えようとした行為が、逆に苦しめていたという事実に体を震わせる少年に、アーシャは扇を下ろして微笑みを向けた。

「ベルビーニ。無知は、悪ではございません。教わっていないことは、知らなくとも仕方のないことですのよ」

「でも、でも……!」

「他の者に症状が出ていないのです。大量に飲んだからか、体質的に合わなかったのか。単純に運が悪かっただけのことですわ。間違っていたことは、今から正せば宜しいでしょう。ダンヴァロは死んでおりませんもの」

 死ななければ、やり直すことは出来る。

 原因が取り除かれたら、あのやさぐれたゲス男も少しはマシになるのかもしれない、とアーシャは考えた。

「村長様。このお茶の葉は、今後は少量を、薬としてお使い下さいな。他に代替できる茶葉はございまして?」

 生水を飲めるほど、ここの環境は良くないだろう。

 浄水の魔石などもさほど手に入らないのであれば、茶は必須だ。

「それに関しちゃ、別に村の連中に茶の種類のこだわりなんざねーから、問題はねぇなッ! 日持ちは悪いが、麦で茶を作る手もあるッ!」

「では、村に保管されている作物や山の幸を、後で見せて下さいまして? ここで嗜むのに適したものがあれば、お教えいたしますわ!」

「おう、助かるぜッ! ウォルフ、ちょっと今から村中にそれを伝えてこいッ!」

「ああ、分かった」

 頷いたウォルフガングが出ていくと、まだうつむいたままのベルビーニの頭を、アーシャは優しく撫でる。

「ダンヴァロを、あなたが慕っていることはよく分かりましたわ。彼も、昔はお優しかったのではなくて?」

 こくん、とうなずくベルビーニが、まばたきとともに涙をこぼす。

「なら、今は職人として働けず自暴自棄になっているのだとしても、症状が改善されて働き出せば、元の優しいダンヴァロに戻りますわよ」

 ね? と首を傾げたアーシャに、ベルビーニはまたうなずいて、礼を口にした。

「ありがとう、アーシャの姉ちゃん……」

「お礼など結構ですわ。さ、わたくし達も、ダンヴァロのところに向かいますわよ」

 

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