第6話 旅立ちますわ!
―――半月後、出立の朝。
「お見送り、ありがとうございますわ!」
よく晴れた、絶好のお出かけ日和に浮き立ちながら、アーシャは玄関を振り向いた。
そこには、家に住む全員が揃い、並んでいる。
先ほど姿見で確認した自分の旅装は、いつもとまるで違って、むず痒かった。
外套は、染めたり編んだ布で出来たものではなく、動物の毛皮を
髪は短い方がいい、と聞いていたので切ろうとしたけれど、全員に止められてしまった。
仕方がないので、邪魔にならないよう高い位置で一纏めにしている。
さらに、金の髪は目立つようなので、魔術で色合いを赤毛に近いものに見えるように変えていた。
―――まるで、自分ではないようですわね!
格好と髪色だけで、ここまで変わるとは思わなかった。
「顔も、本当に隠さなくて良いのですか?」
目立つという意味なら、最初にどうにかするべき部分だと、母は心配そうに口にするけれど。
「仮面をつけても、包帯を巻いても目立つことに変わりはありませんわよ!」
むしろ、貞操の難を払うという面で見れば、火傷痕を晒しておいた方が都合のいいこともあるし、そもそもアーシャは何を言われても隠すつもりはなかった。
この傷は、誇りなのだから。
そう思いつつ、 さほど嵩張らない旅の荷物を手に取る。
一つは【淑女のバッグ】という、多くの荷物が入る魔導の手提げだ。
手のひら程度の大きさで、膨大な旅費や替えの衣服、非常食などを入れている。
そして、体に巻いたホルスターの双銃と、一般的な携帯食や水が入った皮袋。
他に身につけているのは、父から預かった家紋の入ったペンダント。
お祖母様の形見であり、呪文を唱えると【紅蓮のドレス】と呼ばれる戰装束に変化するそれは、使ってみるとアーシャにピッタリのサイズだった。
お祖母様も小柄だったみたいで、そんなところも共通点だと、婆やは嬉しそうに言っていた。
己の意志の力が外見に作用するらしく、装着すると髪が勝手に金の縦ロールになる点が、とても気に入っている。
多用するな、と念を押されたので、朝の身支度に使ってはいけないらしい。
残念な話だった。
「えーと……」
荷物を手にしたアーシャは言葉を探りつつ、ミリィに目を向ける。
父母とは昨晩ゆっくり話したのだけれど、妹だけはその場に来なかったのだ。
あの廊下の件の後に話したのは、陛下のお言葉を伝えた一度きりだった。
だからアーシャは、聞いておきたいことを彼女に問いかける。
「ミリィ。一つお聞きしたいのですけれど、宜しいかしら?」
「ええ」
「貴女は、王城への出仕のお話を受けますの?」
その問いかけに、ミリィは目を泳がせる。
父母も彼女がどうするかの答えを知らないようで、同じように彼女に目を向けていた。
すると、返事をごまかすのを諦めたのか、おずおずとミリィが告げる。
「……ええ。その。まだ、迷ってます……」
「陛下のお誘いは、貴女にとってやりたいことではなかった、ということですの?」
「そ、そういう訳では、ないのですけれど……」
目を伏せながら、歯切れ悪くボソボソと告げる妹に、アーシャはますます首を傾げる。
「でしたら、何故?」
「あの……私はその……お姉様の、お顔の火傷痕を、どうにか治す方法が、見つかりはしないかと……思って……いたの、で……」
肩を縮こめて、消えそうな様子で理由を口にしたミリィに、アーシャは目を丸くした。
父も、ぽかんと口を開けている。
「ミリィ。君は、そんなことを考えていたのか」
アーシャの火傷痕は、高名な治癒師でも完全に治すのは難しいくらい、深い怪我だった。
その上、魔物による傷は普通の動物によるものと違い、魔術や薬草が大変効きにくいのだ。
「その、でも、先日、お姉様は気にしてらっしゃらない、と……私は、浅慮で……あの」
先日感情が昂って怒鳴ったことを、あまり父らには知られたくないのだろう。
助けを求めるような目をチラチラとこちらに向けつつ、ミリィが言うのに。
「―――素晴らしいですわ!」
アーシャは、思わず感激して、彼女に抱きついていた。
「お、お姉様!?」
「そのように困難なことを、ミリィは独学で成そうとしていましたの!? 何と優しい理由で、そして素晴らしい行動力ですの!?」
陛下は、もしかしたらそれをお見通しだったのかもしれない。
どのような形であれ、何かの困難に立ち向かう者が、陛下はお好みなのだ。
ミリィは陛下のお眼鏡に叶い、だからこそのお誘いだったのだと、合点がいった。
「わたくし、貴女を尊敬いたしますわ!」
「そ、そんな大層なものじゃ……それに、あの、見つかったわけでもなく……余計なお世話で……」
褒められるのが恥ずかしいのか、顔を赤らめるミリィに、アーシャは大きく首を横に振る。
「全然、そんなことありませんわ!」
確かに、アーシャは顔の傷を気にしていないし、治したいとも思っていなかったけれど。
「貴女が、それを成したいと……わたくしを想ってくれた気持ちこそが尊いもので、その為に考えを巡らせたことが、何よりも素晴らしいことですのよ!」
ね? と父母を見ると、二人は笑顔でうなずく。
「どうか、そのまま自分の気持ちにまっすぐに生きて欲しいですわ! 目的がなくなって、他にやりたいことが出来たなら、断っても陛下は何も思わないですわよ!」
「はい……ありがとうございます、お姉様」
困ったような笑顔のミリィの頭を撫でて、アーシャは家族と、見送りに出てきた召使い達に対して両手を広げた。
摘むべきドレスの裾はないけれど、そのまま優雅に膝を折る。
アーシャを慈しみ、育ててくれた人々に、精一杯の感謝を込めて。
「それでは、皆様。行って参りますわ!」
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