第2話 説得いたしますわ!

 

 陛下に対して、革命軍の結成を宣言した翌日。

 アーシャは早速、ウキウキと南部に出かける為の準備をしていた。

 そこに、コンコン、とドアを叩く音が聞こえたので答えると、侍女が開いたドアの先に父母の姿が見えた。

「あら、お父様にお母様! どうなさいましたの?」

「アーシャ。少し良いだろうか?」

「勿論ですわ!」

 その問いかけに、頬を緩めて二人を部屋に招き入れる。

  アーシャは、父も母も大好きだ。

 やることなすこと突拍子もないと言われるお転婆な自分を、危ないと叱りながらも縛ることなく、武の鍛錬に励むことすら許してくれた、尊敬に値する両親である。

 そんな二人が、今日も心配そうな顔をしていた。

「昨日のことだが……本当に、身一つで南部に向かうのか?」

 アーシャはそう切り出されて、ニッコリと頷いた。

「もちろんですわ!」

「護衛は……」

「必要ございませんわ! だって、それでは陛下に認めていただけませんもの!」

 身一つと言っても、罪人であるナバダが皇家直轄地を抜けるまでは、大層な輸送団が一緒なので、道中の心配は特にない。

 そう伝えるも、父母の顔は晴れなかった。

「だが、その後は一人だろう? それに、革命軍の結成など、荒唐無稽とは思わないか? 君が今まで言い出した中でも、最大級の難事だ。反感も買っているだろう」

「そうですわね!」

 アーシャは父が口にした当然の心配に、軽く頷いた。

 そんなことは、百も承知の上だ。

 あれだけ公の場で宣言してしまえば、本当の反乱分子……権力の座を狙う、腹に一物抱えている老獪な貴族連中は、アーシャにはつかない。

 まして陛下ご本人がお許しになったとなれば、茶番としか思わないだろう。

 逆に、『警備が手薄になった正妃候補』の暗殺を、これ幸いにと目論む算段の方が高い。


 しかし、それこそがアーシャの狙い・・・・・・・だった。


「我々は心配なのだ、アーシャ……考え直してくれないか?」

「聞けませんわ、お父様!」

 アーシャは、ニッコリと笑って答える。

「それに、正確には一人ではなく二人ですわ、お父様。だって、ナバダがいましてよ?」

 彼女に嵌めた【魔力封じの首輪】を起動・解除する権利は、陛下よりアーシャが預かることになったので、何かが起こった時には戦力として使える。

 だけれど、父は首を横に振った。

「陛下の暗殺を目論んだ罪人だろう? そしてお世辞にも、君と仲が良いとは言えない相手だ。むしろあの者こそが、危険なんじゃないのか?」

 アーシャとナバダの不仲は、社交界でも有名である。

 陛下のちょうを競っていたので、ある種当然のことだけれど。

 しかしアーシャは、その点についても特に心配していなかった。

「確かにナバダは反りが合いませんし、愚行に走りましたけれど。彼女は本来、バカでも無能でもないはずですわ! なら、利があればこちらにつくと思いますの!」

 まして、その素性が陛下を狙う訓練を施された暗殺者だというのなら、そこら辺の賊よりも遥かに強いのは確実であり、むしろ戦力として申し分ないくらいだ。

 仲良くならずとも、味方にしてしまえば問題はない。

 しかし、そう考えているアーシャに、母がさらに言葉を重ねる。

「それでも、南部は特に治安が良くない場所……実り豊かな土地柄であるにも関わらず、西部や南部の大公がたの地は特に税が重く、民が度々、決起しているとも聞き及んでいるわ」

「そうですわね! それに、ナバダが属している西の大公領との間には『魔性の平原』もあって、皇国に未だ属さず自由をうたう〝獣の民〟が住んでいるそうですわね!」

「そこまで理解しながら、それでも護衛はいらぬと言うのか? 君は、公爵家の血筋。ある種の者達にとっては、その身一つで、億の財に匹敵する価値があるのだぞ?」


 ―――なかなか、しつこいですわね!


 でも、諦めるという選択も、護衛をつけるという選択も、アーシャには存在しないのだ。

 それを理解してもらわなければならない。

 父母がこの部屋に赴いたのは、心の底からアーシャを心配しているからだろうし、しつこい理由もそこにあるのは、分かっている。

 父母の気持ちは素直に嬉しいけれど、譲れない部分でもある。

「お父様やお母様の心配も、わたくしは理解しておりますわ!」

 アーシャは一度、二人の言うことに頷いてみせた。

 ここでアーシャが甘い返答をすれば、納得してくれないだろう。

 伴侶や玩具など、『容姿の麗しい人形』としての価値はアーシャにはないけれど。

 彼らの言う通り、人質やお飾りの旗頭……そうしたものに利用する都合の良い存在としてなら、価値があるのだ。

 アーシャは父と母の顔を真っ直ぐに見て、胸に手を当てた。

「特に治安が悪く、貧困に喘ぐ者達が多い場所であればこそ、身一つで赴く意味があるのですわ!」

「どんな意味があるというのだ?」

「今から、仮の話をしますわ。お父様達がもし、皇国の在りように不満を抱いていたとして。そこに革命を謳う者が現れて、そちらに目を向けたとしましょう。その視線の先にいるのが、守られるように仰々しい護衛を連れた小娘だったら……」

 初めて戸惑ったような顔をしている二人に、アーシャは深く息を吸い込み、応える。


「……誰が、それに従おうと思いますの?」


 アーシャの発した言葉に、父が唇を引き締め、母が口元に手を当てて青ざめる。

 二人とも、その言葉の真意に気づいたのだ。

 賢明で、誇るべき両親に、アーシャは微笑みを浮かべた。

「わたくしはそもそも、わたくしを知る貴族を説得して革命軍を結成しようなどと、微塵も思っていませんの! 平民や貴族の別なく、現状に喘いでいる者達と一から・・・革命軍を結成するつもりですのよ!」

 そう。

 アーシャは最初から、自分が狙われるつもり・・・・・・・で、陛下に革命軍の結成を宣言したのである。

「権力に膝を折る者ではなく、権力に圧されている者達……わたくし自身を認め、陛下の御心が未だ届かぬ者達と共に歩む為に、彼の地に赴きますのよ!」

 民を従えるのに、権を笠に着るつもりも、力で無理やり平定するつもりも、アーシャには毛頭なかった。

「狙われることこそ、本懐ですの。欲のために動く者こそが、陛下の素晴らしい治世を妨げる最大の害なのですもの。だから、身一つであることに意味がございますのよ、お父様、お母様」

 気骨のある民と共に、同じ立場で、本当の不穏分子を滅するのだ。


「もしそれで命を落としたとしても―――本望ですわ!」


 身も心も、命も。

 その一欠片すら余さず、アーシャの全ては、陛下に捧げたものだから。

 そしてアーシャは、富や権力ではなく、アーシャ自身を認められたいのである。

 故に、身一つ。

 アーシャは、陛下のお立場では成し遂げるのが難しいことを、代わりに成しに行くのだ。

「成功すれば陛下の為になり、失敗すればわたくしは陛下のお側に立つ資格もない、ただ、それだけのことですわ!」

「アーシャ……」

 渋面を浮かべる父に、アーシャは明るい笑みを返す。

「もちろん、みすみす命を落とすつもりはございませんわ! ……ですから、武運を祈っては下さいませんか?」

 ズルい聞き方であることは、重々承知だった。

 仮に父母が、それで納得出来ないとしても、あれだけ大々的に宣言した以上、簡単に『やっぱりやめる』という訳にはいかないだろう。

 先に口を開いたのは、母だった。

「……貴女は、本当に、陛下を愛しているのね」

「もちろんですわ!」

 アーシャは、自分の胸に手を当てて、母に微笑みかける。

「お母様が、お父様を愛するのと同じように……陛下は、わたくしのただ一人のお方ですもの!」

「そう……」

 母は、それでも眉根を寄せたまま、しかし認めてくれた。

「でしたら、祈りましょう、貴女の武運を。必ず生きて帰られませ、私の愛しいアーシャ」

「はい。感謝いたしますわ、お母様!」

 父はそれを見て、昨日のように首を横に振る。

「……君は昔から、本当に言うことを聞かん」

「それは、本当に申し訳なく思っておりますわ!」

「思っていないだろう、少しも」

 父に額を指先で突かれ、アーシャは唇を尖らせる。


 ―――一応、思ってはいるのですけれど。


 行動が反していれば説得力がないことも分かっていたので、それ以上は何も言わなかった。

 父は深くため息を吐き、どこか遠い目をする。

「君は本当に、私の母上によく似ている。周りに、心配をかけてばかりだ」

「それに関しては、弁明のしようもございませんわね……」

 しかし、アーシャが並び立ちたいと願う陛下は、並大抵の覚悟で共に在れる方ではないのだ。

 父母も理解はしているはずだ。

 分かっていて、『それでも陛下の正妃に』と望むアーシャを後押ししてくれたのだから。

 これは、その延長線上の話。

「認めよう、アーシャ。だが、せめて何か一つ、武器以外に君の身を守るものを送らせて貰えないか? それこそ、狩猟用の獣でもいい」

 そこだけは譲れないらしい。

 父に問われて、アーシャは顎に指先を添えて考え……一つだけ思いついた。

「でしたら、興味のある生き物がいますわ!」

「買えるものなら用意しよう。何だ?」

 問われてアーシャが口にした生き物の名に、父は感心したような表情を浮かべた。

「なるほど……それは確かに、旅の友に出来るなら最適だ。だが、手懐けられるのか?」

「実際に会ってみないと、何とも言えませんわね! 試してみたこともありませんし!」

「それもそうだな。できる限り早く手配しよう」

「感謝いたしますわ! それで、お父様?」

「何だ?」

 『それ』を手に入れる方法を考え始めたのだろう父に、アーシャはニッコリと伝える。

「まだ、お父様には武運を祈っていただいてないのですけれど!?」

 そう指摘すると、父は苦笑しながら、諦めたように告げた。

「分かった分かった。武運を、私の愛しいアーシャ」

「ありがとうございます、お父様!」

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