皇帝陛下に溺愛されている武闘派令嬢は、皇国の革命に邁進するようです。

メアリー=ドゥ

第1話 わたくし、納得がいきませんの!


 ―――バルア皇国、謁見の間。


「そなたに、皇国南部領への移住を命ずる」

 高位貴族が勢揃いした公開裁判で、皇帝陛下が口になさった判決は、事実上の死刑宣告だった。


 ―――もう! これでは、ただの自滅ではありませんのっ!


 裁かれた少女を睨みつけながら、公爵令嬢であるアーシャ・リボルヴァは、手にした扇をギシッと音が立つくらい握り締める。

 褐色肌の彼女は、【魔力封じの首輪】を嵌められている。

 さらにその首筋を両脇の兵に槍の柄で押さえられ、床を見つめながら歯を噛み締めていた。


 ナバダ・トリジーニ。


 皇帝暗殺を目論み・・・・・・・・、拘束された彼女は、皇帝陛下の婚約者候補として、アーシャの恋のライバルだった筈の少女だ。

 西部の有力氏族の娘であり、美貌と膨大な魔力を備えているナバダは、憎しみの色を目に浮かべながら皇帝陛下を睨みつけ、口を開いた。

「南部に行ってなぶり殺されろ、ってことね」

 ナバダの不敬な口の利き方に周りがざわつくが、まだ青年の域にある年若い陛下は、表情を変えない。

 それどころか。


 ―――どう見ても、面白がっておられますわね!?


 その瞳に浮かぶ色を見て、アーシャはナバダが即座に首をねられなかった理由を察した。

 強さを好む皇帝陛下は、 西部の有力氏族の娘であったナバダの正体が暗殺者だったと知っても、特に彼女の評価を変えていないのだろう。

 罪人になる前と相変わらず、彼女に目を掛けているのだ。

 故にこそ、アーシャは不満だった。


 ―――暗殺を目論むのなら目論むで、もう少し上手くやったらどうですの!?


 アーシャは、自他ともに認めるライバルの浅慮に、全くもって納得がいかなかった。

 皇帝陛下の妃候補として、彼女に負けるつもりなどまるでなかったけれど、周りの評価はアーシャかナバダか、と二分されていたくらいなのに。

 陛下を相手に直接攻撃による暗殺など、毒を盛るよりも思慮の浅い下策である。

 こんなことでナバダが勝手に落ちぶれても、まるで勝った気がしない。


 ―――これでは、陛下の御心をわたくしが射止めたとはとても言えないですわ!


 アーシャは、正々堂々周りに打ち勝ち、陛下のご寵愛を賜りたいのだ。

 正妃の地位はほぼ自分のものだけれど、このような決着では、陛下のご寵愛まで得られるとは限らない。

 ナバダの行為は、周りからしたら驚天動地の行動だっただろうけれど、陛下ご自身のお気には召したご様子。

 だから判決が、南部貴族領への僻地送りなのだ。

 彼女が住んでいた西部の氏族と不和のある辺境伯の領地なので、その後の扱いを考えれば死刑宣告に等しいが、死刑ではない・・・・・・


 彼女の才覚なら、生きる目がある。


 陛下の苛烈な治世を知る貴族達は、当然ナバダが極刑だと思っていたのだろう。

 戸惑いのざわめきが収まらない。

 宣告の内容にも、彼女の態度を赦す陛下にも、困惑している様子だ。

 そんな中、アーシャは静々と前に進み出た。

「……アーシャ」

 傍らに立っていた公爵である父が声を掛けてくるが、軽く微笑みかけただけで、足は止めない。

『〝化け物令嬢〟だ……』

『〝鉄血の乙女アイアンメイデン〟が……』

 動きに気づいた貴族達のざわめきが大きくなる中、アーシャはナバダの斜め前に進み出て、声を掛けた。

「無様ですわね」

「……見下ろしてんじゃないわよ、皇帝の雌犬が」

「あら、わたくしの陛下への敬意を理解して下さっていて光栄ですわ!」

 ナバダが口汚い言葉を発したが、おそらくはそれが素なのだろう。

 今までの鼻につくようなすました口調に比べれば、遥かに好感が持てる。

 アーシャは、ナバダから最愛の存在である陛下のご尊顔に視線を移し、優雅に膝を折る。

「皇帝陛下、わたくしに、少々発言をお許しいただきたいですわ!」

「赦す」

「感謝いたしますわ!」

 顔を上げたアーシャは口の端を上げ、悠然と周りを見回した。

 目が合った貴族達は、ある者は息を呑み、ある者は目を逸らし、ある者は頬を紅潮させ、ある者は眉をひそめる。

 両極端な反応の理由は単純で、アーシャ自身の容姿にあった。

 アーシャは背こそ低いが、手足はすらりと長い自負があり、自慢の縦巻きブロンドは枝毛の一本すらない。

 そして顔立ちは、白磁の人形のように整っている、と評されていた。

 

 顔の、左半分だけが。


 右半分は、醜い火傷痕によって覆われ、眼球が焼け落ちている。

 その為、左目と同じ色あいの義眼を入れていた。

 貴族の中で恐れを見せた者は右に、好意的な反応を見せた者は左に立っているのだ。

 しかし、アーシャは顔を隠さない。

 この顔の傷は、妹を魔獣から庇った時に灼かれて出来たものであり、とても誇らしい傷痕なのだ。

 父母には、世間体ではなく、アーシャを不憫に思って隠すように言われたことはある。

 しかし。


 ―――わたくしは、この容姿があるからこそわたくしなのですもの。


 そう思い、今に至るまで隠すことはしなかった。

 かつては気丈に振る舞っていた面もあり、容姿をとやかく言われるのが煩わしかった時期もある。

 故に、文武どちらにおいても人一倍の努力をし、誰よりも愛想良く過ごすことも覚えたけれど……今は周りの反応など、まるで気にならない。


 それもこれも全て―――皇帝陛下と出会ったから。


 あれは、デビュタントの日だった。

 アーシャは、宮廷に呼び出された父の都合に合わせて早目に皇宮を訪れた。

 そうしてアーシャが、初めて参加する夜会の始まりを、庭で花を眺めながら待っていた時。

 ふらりと現れたのは、飾り気のない服装に剣をいた、宮廷には不似合いな出立ちの男だった。

 貴族がこのような格好で宮廷を訪れることはあり得ない。

 仕事中の騎士であれば鎧を身につけているはずであり、そうなると休憩中の騎士や兵士が紛れ込んでいるのか、とも思ったけれど。

 周りにチラリと目を走らせても、護衛の者達は彼の登場に警戒した様子も見せていない。


 ―――どなたですの?


 鋭い目つきに端正な顔つきと、赤み掛かった黒髪黒目を備えた彼は、失礼なことに名乗りもせず、立ち止まってジッとこちらの顔を眺めてきたのだ。

 だからアーシャは、笑みと共に声を掛けた。

『そこの殿方。わたくしに、何か御用ですの?』

 聞くまでもなく、見ているのは火傷痕のあるアーシャの容姿だと思ったが、男は、予想に反して言葉を濁すことすらなく、ハッキリと聞いてきた。

『その顔の傷は?』

『これですの? 昔、妹を襲った魔獣を倒した時につけられたものですわ!』

『ほう。そなたは、武をたしなむのか』

 胸を張って答えると、男はまたしても予想を裏切る答えを口にした。

 逆に興味深そうな様子を見せた彼に、アーシャは目をパチクリと瞬かせる。

 すると男は、視線をこちらの頭頂から足元まで走らせて、小さく頷いた。


『なるほど、確かに、鍛え上げられた佇まいをしている。―――そなたは、美しいな』


 その、無表情にボソリと呟かれた言葉が、含みなく彼の本心から紡がれていることを、アーシャは理解した。

 だから、満面の笑みを浮かべた。

『お褒めに預かり光栄ですわ! 貴方は、変わった殿方ですわね!』

 傷を負った後、父母以外から本心で褒められたのは初めてだった。

 嬉しくなったアーシャは、淑女らしからぬ振る舞いではあるけれど、自ら彼に近づいていく。

『貴方は、今日の夜会には参加されますの!?』

『ああ』

『でしたらわたくし、是非ゆっくりと、貴方とお話してみたいですわ!』

 背の高い彼の無表情な美貌を、上目遣いに見上げて、アーシャは首を傾げる。

『その時に、お互いに名乗り合いましょう? 宜しいかしら?』

『ああ』

 その場でのやりとりは、たったそれだけだったが。


 夜会で玉座に座った『彼』を見て、アーシャは驚愕した。


 さらに、デビュタントの名乗りを終えた後、一番に傍に招かれた。

 その時の夜会に出席していた全ての貴族の話題が一色に染まるほどに、それは異例なことだったらしい。

 もちろん、アーシャはそんなこと、知るよしもなかったけれど。

 改めてお話をさせていただいた陛下は、相変わらず無表情で言葉少なだった。

 けれど、こちらの話に楽しげに耳を傾け、時折うなずきを交えて冗談と思われる返答を下さった。

 アーシャにとって、それはとても楽しい時間で。

 その後、数度の夜会を経て、妃候補として名を挙げていただいたのだ。

 今の自分を美しいと言った、唯一の肉親ではない異性。

 心を惹かれるのに、長い時間など要らなかった。


 ―――陛下の妃に。


 彼の心を……第三代バルア皇国皇帝アウゴ・ミドラ=バルアの心を射止めるために、アーシャはさらに努力を重ねた。

 そうして、ようやく正妃候補が二人に絞られ、後一歩、というところで。


「わたくし、相手の自滅で正妃となることに、まるで納得がいきませんの!」


 高らかにそう告げたアーシャは、真っ直ぐに陛下のご尊顔を見据えながら、言葉を重ねる。

「御心のままに、陛下がわたくしを選ぶことこそが、望みですの! ですから、わたくしから陛下に提案がございますわ!」

「聞こう」

 陛下は、表情を変えない。

 しかし瞳の色から、面白がっているのがありありと分かった。

「わたくしはこれより―――」

 その期待に応えるべく、アーシャは宣誓する。


「―――陛下に楯突く者全てを連合させた、皇国革命軍を結成いたしますわ!!」


 アーシャの言葉を受けて、場が静まり返る。

 何を言っているのか、という、先ほどまでよりも遥かに緊張感を伴う空気。

 当然、アーシャは自分が何を口にしているのか理解していた。


 それは、|皇国に内乱を引き起こす(・・・・・・・・・・・)という宣言である。


 罪の重さは、暗殺を遥かに凌駕する。

 あっけに取られている者達の中で、父がまるで苦悩するかのような様子で首を小さく横に振っているのが、視界の端に見える。

 が、陛下に反逆する意思など、アーシャにはカケラもなかった。

 それを察しておられる陛下は、淡々と問い返す。

「真意を、アーシャ」

「わたくしは自身の実力と魅力で陛下のご寵愛を勝ち取り、その傍らに立ちたいと願っているのですわ! ですから、この国の不穏分子を平定し……」

 アーシャは、肩に纏った赤いレースの肩掛けに、両手を差し込んで扇を仕舞い……そこに隠している『モノ』のグリップを代わりに握って、大きく両手を広げる。


「わたくしの私兵とした後に、改めて陛下のお側に戻ることといたしますわ!」


 姿を見せたそれは、竜の意匠を施し、銃身バレルの先に片刃の細い刀身を備えた双銃。

 魔力によって弾丸を放ち、刀身を伸縮させる、特注の武器である。

 アーシャは、魔力が乏しく、体格にも恵まれていない。

 そんな自分が、昔は護身のために、陛下と出会ってからは歴戦の勇士とすら渡り合うことを願って、手足のように操れる程に訓練を重ねた得物。


 異形の容姿と、恋する狂気と、この武具を操ることをもって、アーシャはこう呼ばれている。


「―――〝鉄血の乙女アイアンメイデン〟の名にかけて!」


 皇国革命軍を結成すること。

 それが、ナバダが捕まったと聞いた時から、考え抜いた末にアーシャが出した答えだった。

 皇国は、初代皇帝が周辺諸国を併呑したことで、強大で広大な国となった。

 しかしその分、今になっても不和や軋轢が多く、併呑した民族などによる反乱の火種も数多い。

 ならば、それらを平定させれば、アーシャは陛下にとっての唯一無二となれるはず、と。

「わたくしが陛下に納める婚礼の財は、自らの手で勝ち取った皇国の平和……如何でしょうか?」

「赦す」

 即答だった。

 それでこそ陛下、と思いながら双銃を仕舞ったアーシャは、改めて取り出した扇でナバダを示す。

「でしたら、ここに転がっているコレ・・を貰って、わたくしは南部に向かいますわ!」

『……!?』

 もはや、周りの貴族達は、そのほとんど思考を停止しているようだった。

 陛下が許された理由も、アーシャが発言に含んだ意図も、理解出来ないのだろう。

 それは貴族達だけでなく、指名されたナバダも同様だったらしい。

 唖然とした顔で、無理やり首を曲げてこちらを見上げてくる。

「アンタ、何言ってるの……?」

「お黙りなさい。ゴミに発言権はございませんわよ」

 アーシャは口の端を上げて、ピシャリと彼女の疑問を切り捨てる。

「陛下、今は無様に転がってるコレですが、それなりに役に立つことは陛下もご存じでしょう?」

「それも、赦す。……アーシャ」

「はい」

 再びご尊顔を見上げると、無表情だった陛下がわずかに顔を綻ばせる。

「期待している」

 その言葉を受けて、アーシャは晴れやかな笑みで淑女の礼カーテシーを取る。


「―――必ずや、ご期待に応えてみせますわ!」

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