第24話 姦しくなりそうですわ!

 

 その後。

 【遁甲蛇ゴルゴンダ】を誘き寄せたイオを連れてきたのがベリアだ、ということで、少しだけ揉めた。

 が、被害らしい被害が特に出ていないことと、ベリアがナバダと同じくらいショックを受けていた様子だったのを見て、シャレイドが不問に付した。

 一応イオの襲来を警戒して、しばらく村の外で夜の見張り番を私兵団も行う、ということで手を打ったのだ。

 とりあえず、私兵団は住む家を準備するまでは野宿。

 ベリアは、現在アーシャとナバダが住んでいる家で寝泊まりすることになった。

 彼女の私兵団は、飛竜一体を含む、西部国境線を守護していた精鋭の一団である。

 アーシャとしては……他の〝獣の民〟の面々がどうであれ……これから、西部制圧に打って出るつもりなので、西部の内情や地理を知っているベリアの存在はありがたかった。

 それにアーシャは学舎でのベリアの人となりを、伝聞ながら把握している。

 陛下の命令であればともかく、元・婚約者である西の大公の息子、ウルギーに操を立てて潜入工作、などという真似はしない人物だ。

 この場に訪れた経緯を聞けば、尚更だった。

「まさか……イオが皇帝陛下の名を騙っていたなど……」

「まぁ、良くあること、とは言えませんわね」

 部屋の中でしょぼくれるベリアを、アーシャは一応慰めた。

  陛下の御名を騙ったことがバレれば死罪、というのは貴族の常識であるし、それでなくとも名前だけでも陛下を利用する相手に、良い感情が湧くはずもない。

 が、アーシャにはイオが嘘をついている、と言い切れないだけの理由もあった。

「『皇帝陛下のめいにより、陰ながらリボルヴァ公爵令嬢の元へ赴くまでの間、見張りをしておりました』……でしたかしら?」

「はい」

「なら、嘘ではないかもしれませんわね」

「え?」

 アーシャの一言に、ベリアが驚いた顔をする。

「真実を言っていないだけ、と言う話ですわ。わたくしを発見する為にベリアを見張っていたのなら、筋が通りますもの」

 西の大公を通じて何らかの命令が下されたのなら、それが陛下から齎されたものであって、何もおかしくはない。

 ナバダが陛下の御身を狙った理由が、弟のためであることは、ご存知の筈だから。


 ―――陛下がナバダに告げたことと併せて、本当に陛下のご下命である可能性は高いですわね。


 『死せば諸共、希望が潰える』というのは『ナバダの暗殺を命じて、西部領からイオを出す』ということだったのではないだろうか。

 姉弟同士で殺し合わせる、などという趣向も、西の大公が好みそうな傲慢な方法である。

 

 ―――それに、陛下も。


 わざわざ暗殺を命じさせたということは『イオを、自分達で助け出して見せろ』ということに違いない。

 もう三ヶ月も会っていない陛下の、面白がるような瞳の色と笑みを思い浮かべて、アーシャはちょっと切なくなった。


 ―――その御目を楽しませて差し上げるくらい、幾らでもやりますのに……目の前で楽しんでいるさまを拝謁することが出来ないだなんて……っ!


 陛下の一挙手一投足全てを我がものとしたいアーシャにとって、そこが一番の問題だった。

 イオは、助ければ良いだけである。

 そんなことを考えながら、手ずからベリアにお茶を注いで差し上げると、彼女は生真面目に頭を下げてカップを受け取る。

「あ、アーシャ様のお茶をいただけるなど、光栄の極み……!」

 落ち込みながらも感激している器用なベリアに、大げさな、と思ったものの、最近のナバダのように、当たり前にアーシャにカップを差し出してくるよりは気分が良い。

「ナバダ? 貴女はご自身でお入れになっても良くてよ?」

「アンタが料理が苦手なように、お茶を淹れるのは得意じゃなくてね」

 暗に『食事を作らなくても良いの?』と鼻を鳴らして挑発されれば、ぐぅ、と黙るしかないアーシャである。

 ナバダも、手の込んだ料理が作れる、というわけではないのだけれど、アーシャの料理の腕前はそれこそ壊滅的である。


 何せ生まれてこの方、包丁すら握ったこともない。


 一度、見よう見まねで野草を煮たスープを作ったら『二度と作るな』と、試食させたナバダに視線で射殺されそうになったので、よほど不味かったのだと思われた。

「で、これからどう動くの?」

 先ほどまで思い詰めた顔をしていたくせに、アーシャが反論できないのを見て多少は気分が良くなったのか、ナバダがそんな風に問いかけてきた。

「そうですわね。資金をある程度とベリアの私兵団も手に入れたことですし、イオの件を解決したら本格的に動き始めたいですわね!」

「……イオのことを解決するのは、当然みたいに言うのね」

「あら、弱気ですわね。その程度のことを解決できなくて、革命などなし得ませんわ!」

 アーシャがにっこりと言い返すと、ナバダは再び鼻を鳴らし、皮肉な口調で言い返してきた。

「今だけは、アンタのその過剰な自信を見習ってやるわ」

「過剰ですって? 陛下の横に並び立つなら、当然備えているべき自尊心ですわ! どこかの負け犬と、わたくしは違いますのよ!」

「ああ、そうね。皇帝の雌犬じゃなくて、威光を借る狐だってことを忘れててごめん遊ばせ?」

 ホホホ、と口に扇を当てたアーシャと目を細めたナバダが、そんな風にバチバチと火花を散らしていると。

「……学舎の頃から気になっていたが、ナバダ、貴様はどうしてアーシャ様にそのような口を利いているのだ!」

 と、いつものやり取りに対して、今日は口を挟む少女が一人。

 その怜悧な美貌には、明らかな怒りが浮かんでいる。

「かつてのライバルとはいえ、貴様はもう罪人! 優雅にして高潔たる公爵令嬢、凛とした皆の憧れであるアーシャ・リボルヴァ様に、そのような無礼な態度を取るべきではない!」

 言ってることはカッコいいけれど、どこかうっとりとした崇拝するかの如き視線を向けられて、アーシャは首を傾げる。


 ―――どちらかと言えば西の勢力の方には、あんな傷顔がなんで陛下のお気に入り、と陰口を叩かれていたような気がしますけれど。


 ベリアはその派閥ではなかったのだろうか。

 すると、ナバダが小馬鹿にしたようにヒラヒラと手を振る。

「口の利き方? ここは『魔性の平原』で、肩書きなんて何の意味もないの。立場は対等。アンタは頭も剣もナマクラなんだから、少し大人しくしときなさい。寝首を掻かれたくなければね」

「っ……それは、騎士に対する侮辱か! この薄汚い暗殺者が!」

「あらごめんなさい。正面から叩き潰されたら『騎士のプライド』とやらが傷つくかもと思って、寝首にしておいてあげたんだけどね」

 顔を真っ赤にするベリアに、余裕極まるナバダ。

 煽りスキルだけは、何が起こっても絶好調なようだ。

 そういえば、二人はどちらも西の派閥だったけれど、あまり一緒にいるところを見たことがない。

 学舎内で、ベリアはアーシャ派で距離を取っていたのかもしれなかった。

 いつの間にか二人の喧嘩になってしまったので、何となく仲裁に入る。

「その辺りにしておきなさいな。皇都から遠く離れた地まで赴いて内輪揉めで潰れました、だなんて陛下に顔向け出来ませんし」

「……別に皇帝はどうでも良いけど、確かにそれは間抜け過ぎるわね」

「アーシャ様がそう仰るのであれば!」

 二人はそれぞれに頷いて、矛を納めた。


 ―――何だか、一気にかしましくなりそうですわねぇ。


 と、アーシャは自分のことを棚に上げてそう思った。

 

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