第25話 正当性など、必要ありませんわ!
ベリア達を迎えてから数日。
あの日から、微妙に折り合いをつけ切れていないのか、態度が少し変わったウォルフガングが、ベルビーニを連れて現れた。
「あら、お二人ともどうなさったんですの?」
「俺は父ちゃんに言われて【
ベルビーニは特に何も聞いていないのか、アーシャへの態度に変化はないものの、何か感じ取っているのだろう、チラチラと彼の顔を見上げている。
「でしたら、小屋の裏に置いてあるので見てきていただけまして?」
「うん。……なんかあったの?」
「大したことではございませんわ」
彼の父で魔導具職人であるダンヴァロは、ウォルフガング同様に村の顔役である。
手足の痺れも治ってすっかり信頼を取り戻している彼なら、多分アーシャの素性に関してもシャレイドから聞いている筈だ。
それでもベルビーニに何も言っていないのなら、必要がないと判断したのだと思う。
元々、彼の作った魔剣銃をアーシャが所持してることから、薄々何かを察していたのだろう。
「それで、ウォルフは何の用ですの?」
ベルビーニが小屋の裏手に回っていくのを見送りながら、アーシャが問いかけると。
「……こないだ、【
「出る前? ……ああ、大公を
「そうだ」
ウォルフガングは、硬い表情ながら敵意は感じない。
話しても特に問題もなさそうなので、アーシャはあっさりと『大丈夫ですわ』と答えた。
「―――別に、この革命に
「……必要ない?」
左目の下に傷のある顔が、凶悪に歪む。
「そいつは、お前は大公どもをぶっ殺せりゃ、皆がその後死んでもどうでもいい、って意味か?」
「あら、不穏ですわね。そんな話はしておりませんわよ。それで『あなた方の選んだ生き方でしょう?』などという言い訳は致しませんわ」
つん、と唇を尖らせたアーシャは、すぐにクスクスと笑って前髪を掻き上げる。
「そもそも、陛下や臣民に対して、正当性を主張する必要そのものがない、という話ですわ」
「何でだ」
「最初から、わたくしの行動を陛下がお認めになっているから、ですわよ」
表情が固いままのウォルフガングに、片目を閉じて右手の人差し指をピッと立てる。
「皇国は、陛下が絶対ですのよ。法の上に陛下が在らせられ、誰一人として、表立って歯向かうことは出来ませんの。大公でさえ。……それはご存じでしょう?」
「ああ」
大公は、言うなれば属国の王であり、勝者に対して逆らう権利などあろう筈もない。
民に対する以外の多くの権利は皇帝陛下のもので、税を納めることを義務として架せられている。
「絶対的な権限を持つ陛下に対して、わたくし、ほぼ全ての上位貴族が集うナバダ断罪の場で、宣言致しましたのよ。革命軍を作ると。そして、陛下はそれをお許しになられた。つまり、わたくしを旗頭に革命を起こした者は、
本来であれば、陛下とて法を守らなければならない。
だけれど、それは陛下が法に縛られる、という話ではないのだ。
陛下の名の下に定まりし法を、陛下ご自身が無碍にすることは、即ち法の正当性が失われる、という意味である。
故にこそ、絶対的な権力を持っていても、陛下は基本的には法の制限の中で行動を起こす。
本来であれば。
「多くの目があり、異を唱えようと思えば、唱えることが可能な状況でしたわ。ですが、誰もそうとはしなかった。それはつまり、貴族の多くが、法によらぬ宣誓と許可のやり取りを
現実的には、あのやり取りに口を挟めたのは、ごく少数の貴族だけだっただろう。
けれど、建前上は誰であろうと、陛下に許可を求めれば発言することそのものは、可能だった。
ウォルフガングは、アーシャの言葉の意味を理解するまでに時間が掛かったようだ。
じわじわと、その表情が驚愕に染まって行く。
「そいつは……お前が居る限り、平民が貴族を殺そうが、大公の領をぶっ潰そうが、罪にはならないってことか……!?」
「そういうことですわ!」
アーシャとて、ただ自分の身を考えなしに投げ出した訳ではない。
最初に『魔性の平原』を訪れたのだって、ある程度勝算があってのこと。
西や南の圧政に苦しんで逃げた者、恨みを持つ者が多く居て。
魔獣の支配する場所で暮らすだけの気骨もあり。
何より、出自に依らずアーシャ自身を認めてくれるだろう者達の、居る場所だったからだ。
「もちろん、あくまでも表向きは、ですけれど。反対をしなかった者達も、『表向きは』わたくしの行動を許したという事実が重要なのですわ!」
もし本当に許さないのであれば、あの場で異を唱えるのが最善だったのだ。
あくまでも最初は陛下の発言ではなく、アーシャの発言だったから。
しかし誰も遮らず、陛下からお許しの言葉が出たことで、場が決したのである。
「じゃあ、裏向きには?」
ウォルフガングは、ギラリと目を光らせていた。
貴族の横暴を許して放置した、南の大公への報復を実現できるかもしれないと思い、熱が籠っているのだろう。
「貴方がご存じのように、わたくしは現在、陛下の唯一の妃候補ですの」
アーシャは、自分の胸に手を当てる。
もちろん、アーシャが最初に名乗りを上げた段階では、無数の女性がその座を狙っていた。
しかしそうしたライバルを、己の能力と後ろ盾の権威を持って退け、あるいは汚い手を使う者達は、相応の報復でもってしっかり蹴り落としてきたのだ。
その結果、最終的にナバダと二人で競い合う形になり……彼女がヘマを打ったのである。
つまるところ、現状はライバル足り得ない令嬢しか、皇都には残っていないのだけれど……その後ろにいる貴族の当主達の中には、まだ諦めていない者も多いのだ。
アーシャは、その事実をウォルフガングに説明した。
「ナバダが候補から消え、唯一の候補たるわたくしが陛下の庇護が届かない場所にいる。これがどういう意味かは、流石にお分かりでしょう?」
「……格好の暗殺の的、だな。そう見えるだけだとしても」
「ええ。有力な令嬢が皆、高位貴族に嫁いだり婚約が決まっている現状、わたくしが消えれば、妃の位は空白地帯となる。今までチャンスすらなかった方々が、付け入る隙が出来るのですわ!」
アーシャの宣言を、本気に取った者も取らなかった者も、誰も反対をしなかった。
皆が、己の欲に目を眩ませたから。
そのお陰で、存在自体が治外法権ともいえる公爵令嬢、すなわちアーシャが誕生したのである。
「もしそうだとしても、本当に貴族どもは納得するのか? 大公を殺すんだぞ。貴族を守らない皇帝に、本当にそのまま従い続けるのか?」
「陛下に? ……ふふ」
アーシャは笑みの種類を変えて、酷薄に
「逆らうのなら、むしろ好都合ですわ。だって―――」
何故かゾクリとしたように、ウォルフガングが肩を震わせた。
「―――陛下は、
「……とんでもねぇ化け物だとは言われちゃいるし、実際にダンヴァロの住んでた男爵領を滅ぼしたのも本当、なんだろうが」
それでも。本当に一人で皇国そのものを相手に出来るのか、と言外に問われるのに、アーシャは肩をすくめた。
「忘れましたの? 北と東の大公が不満を唱えて挙兵した結果が、どうなったのか。……貴方、この国で陛下と領地の間で戦争が起こって被害が出た話など、聞いたことがありまして?」
「いや……だが戦争が起こってねぇなら、北と東を相手にしたって話自体が、眉唾ってことになるじゃねぇか」
ウォルフガングの言葉に、アーシャは頭を横に振る。
「なりませんわよ。挙兵した大公軍を、陛下がお一人で蹴散らして終わったのですもの。一日も保っていませんわ」
「は?」
『
北と東の大公は、そもそも先代皇帝陛下に不満を抱いていたのだ。
良くも悪くも事なかれ主義の二代目に対する鬱憤と野心が、現帝陛下の即位に際して発露したのである。
「指揮系統の移行に際する混乱……その隙をついた行軍のつもりだったのでしょうけれど、陛下は、そもそも兵を動かさなかったのですわ」
代わりに、転移の魔術を使って自ら本陣に突入した。
そして共謀した北と東の前大公、及び挙兵の賛同者に呪いを掛けたのだ。
―――害意を持つ者にのみ、死以上の苦しみを与える呪いを。
逆に陛下を害すことが目的でなく、真摯に領地を憂いていた者は、軒並み難を逃れた。
呪いを逃れた者の中に、大公の息子や娘が残っていたのは、行幸だったが……それでも、将や兵長を含む多くの者が死に絶えたという。
「そのような経緯があったからこそ、残りの大公も貴族達も、鳴りを潜めたのですわ。陛下ご自身に逆らうことの愚かしさを、晒された死体の凄惨さと共に、魂に刻み込まれたのです」
アーシャは、ホホホ、と口元に扇を当てて笑う。
「ということで、狙うならわたくし、と皆が考えているのでしょうね」
―――わたくし程度が死んだところで、陛下が隙を見せることなどないでしょうけれど。
それでもアーシャの生死が、勢力図的に非常に重要な位置にあることは、ウォルフガングにも理解出来ただろう。
「では、改めて問いますわね。貴方は乗りますの? それとも、剃りますの?」
「乗るさ」
ウォルフは、今度は躊躇わなかった。
「俺は、とんでもねぇ貴族令嬢を、全力で守ることにする。お前が生きてる限り、この手で
「ええ」
「そして、ぶち殺した後に罰を受けることもねぇんだろ?」
「間違いなく」
「なら、断る理由がねぇからな」
アーシャがその答えに、満面の笑みを浮かべると。
ウォルフガングも、牙を剥くような獰猛な笑みで応えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます