第13話 歓迎されましたわ!
「ええと……どうして、こうなったのですの?」
アーシャは、頬に手を当ててため息を吐いた。
村に着き、ベルビーニが門兵に何やら説明をした後、しばらく待ってから村の広場に通された。
真ん中に着いたと思ったら、建物の陰からわらわら出てきた者達に囲まれて、槍を突きつけられたのである。
輪の外で、ベルビーニが驚いたように口をパクパクさせているが、言葉が出てこない様子だった。
「不思議ですわねぇ」
「いや、そもそもこうなる予感しかなかったけど?」
アーシャが首を傾げていると、ナバダは呆れたように髪を掻き上げた。
焦った様子はなく落ち着いているが、いつでも動けるように軽く踵を上げているのだろう、いつもとは、重心の位置が少し違うように見える。
もっとも、それはアーシャも同じなのだけれど。
周りを見回すと、敵意に満ちたこの村の住人達は獣人の割合が多いが、中には人族の姿もちらほら見えた。
「……皇国の貴族が、こんな村に何の用だ?」
口を開いたのは、正面に立つ精悍な顔立ちの青年だった。
左目の下に掻き裂かれたような傷跡の筋があり、敵意と疑いに満ちた目をこちらに向けている。
「ベルビーニを送り届けただけですけれど、何か問題がありまして?」
どうやら、囲んでいる人達の中ではそこそこ認められている人物なのだろう。
そう見当をつけている間に、ベルビーニが彼に向かって怒鳴る。
「ウォルフ兄ちゃん! オイラ、この人達に助けて貰ったんだよ! 危ない人達じゃない!」
「……お前は、貴族みてェな連中を信用すんのか?」
眉根に皺を刻んだウォルフガングとやらがジロリとベルビーニを見て、反論する。
「貴族っつっても、姉ちゃん達はオイラ達に何かしようとしてしてる訳じゃないよ! 魔獣に襲われてたオイラを助けてくれたから、そのお礼がしたくて……!」
「村の場所を教えたってのか? ふざけんじゃねぇぞ!! こいつらが村の場所を探りに来た
「そん……っ」
「魔獣をお前にけしかけて、自分で助けたフリでもしたんじゃねーのか!?」
子ども相手に畳み掛けるように吠えるウォルフガングに、アーシャはムッとした。
「大人げないですわねぇ」
「何だと!?」
こちらの声にギロリと視線を戻してきた彼に、アーシャは完璧な淑女の微笑みを浮かべて見せる。
「勝手な妄想で好き勝手なことを言って、子どもを怒鳴りつける大人は、大人げないと述べましたの。何か間違っていまして?」
聞き返されたので再度告げると、ウォルフガングと周りの人々がざわりと殺気立つ。
ナバダがため息を吐く。
「アンタの煽りって天下一品よね。誰でもムカつかせる天才だわ」
「あら、事実を述べただけでしてよ! その言い方は心外ですわ!」
ナバダの小馬鹿にしたような言い草に、アーシャはつん、と顎を上げる。
「ナメやがって……ぶち殺されてェのか!?」
槍の輪の中に、ウォルフガングが一歩踏み込んできた瞬間。
「―――遅いですわよ」
アーシャは、魔剣銃を抜き放って逆に踏み込み、その喉仏に刃の先端を突きつけていた。
一瞬で形勢が逆転し、周りの人々から唖然とした空気が伝わってくる。
ウォルフガングは、どうやらこちらの踏み込みを追い切れていなかったようで、ぽかん、と口を開けていた。
「その程度の腕前なら、喧嘩を売る相手はきちんと選んだ方が宜しくてよ?」
「そうね。背後を取るのも楽だわ」
アーシャの動きに全員が気を取られている隙に、音もなく包囲網から抜け出してベルビーニの横に立ったナバダが言うと、今度はそちらに注目が集まる。
広場の陰から、大勢がこちらに敵意を向けていることなど、普通に気づいていた。
二人して、単に相手の出方を伺っていただけである。
「お前ら……ただの貴族じゃねェな……!?」
命を握られている緊張感からか、ゴクリと喉を鳴らしたウォルフガングだが、焦った様子はない。
肝は座っているらしい。
そんな彼に向けて、アーシャは小首を傾げるとニッコリと告げる。
「先ほどから貴族貴族とおっしゃいますけれど、そろそろわたくし達自身を見ていただきたいものですわね!」
「は?」
言いながら魔剣銃を引いたアーシャに、ウォルフガングはポカンとした。
「わたくしは、アーシャ・リボルヴァと申しますの!」
まずは自己紹介である。
名乗るのは、どのような人間関係においても最初の礼儀であろうし、平民であっても例外ではないはずだ。
「もしわたくし達が、貴方の言うように貴族の手先だとして……令嬢二人でこんな場所まで来させる理由が、どこにありますの? 油断を誘うにしても、もう少し上手くやりましてよ!」
ふふん、と胸に手を当てると、ウォルフガングの眉根のシワが深くなる。
「まして、わたくし達が騎士に見えまして?」
そう問いかけるが、ウォルフガングは答えなかった。
奇妙な沈黙が広場を覆う中、ジャリ、と地面を踏む音がして、新手の人影が広場に姿を見せる。
「……何してやがる」
「あ……と、父ちゃん……」
現れたのは、赤ら顔の、ベルビーニに似た顔つきと毛並みの獣人だった。
目が濁っていて、他の獣人達よりも頭二つ抜けた体格をしている。
が、軽く足を引きずっている彼は、、元々筋肉質なのだろうけれど、お腹がでっぷりと肥えていた。
手には酒が入っているらしき皮袋を下げており、ヒック、と喉を鳴らしている様は、どうやら酔っ払っているのだろうと思えた。
察したアーシャの鼻に、それを裏付けるような酒臭さが漂ってくる。
「ダンヴァロさん」
ウォルフガングの問いかけに、ベルビーニの父親らしき男がジロリと目を向けた。
「昼間っからギャンギャン騒ぐんじゃねぇよ、ウルセェな」
彼の言葉に、周りの者達がムッとしたような雰囲気を出すが、誰も反論しない。
どうやらダンヴァロは好かれているわけではなさそうだが、同時に恐れられてもいるようだった。
―――強いのかしら?
多分、この村は腕っぷしがものを言うような場所だろうと思えるので、恐れられているということは、そういうことなのだと思うのだけれど。
アーシャが考えていると、ダンヴァロはナバダの横にいるベルビーニの頭を突然はたいた。
「っ!」
「こんなところで油売りやがって。オメーは本当に使えねぇガキだな」
「ご……ごめん……」
頭を叩かれて、それでも痛みを堪えて謝罪する少年の姿に、アーシャは目を細めた。
「行くぞ」
「お待ちになって?」
声をかけたアーシャに、周りを囲んでいた者達がざわめく。
「なんだオメーは」
「先ほど名乗りましたけれど、改めまして、アーシャ・リボルヴァと申しますの。ベルビーニが、森で魔獣に襲われていたところを助けましたのよ」
「……それで?」
「見たところ、
アーシャにとって、彼の態度は目に余るものだった。
ハッキリと口にすると、周りの空気が緊張からか、さらに重くなる。
しかし、アーシャは黙らない。
「ベルビーニに食べさせて貰ってる分際で、もう少し身の程をお知りになっては
「お、おい姉ちゃん……!」
先ほどまで敵意剥き出しだったウォルフガングが、何故か慌てたように声をかけてくるが、片手を腰に手を当ててパン、と扇を開いたアーシャはむしろ、さらに言葉を重ねる。
「親だからというだけで、不当に子に偉そうにする資格はございませんわ。―――ベルビーニに、謝りなさいな」
去ろうとしていたダンヴァロが、ゆっくりとこちらを振り向く。
そして、アーシャの手にした魔剣銃を見て軽く眉を動かした。
しかしすぐに興味を失ったように、アーシャの顔に目を戻してくる。
「と、父ちゃん!? アーシャの姉ちゃん、オイラは大丈……」
「黙ってろ」
「お黙りなさい」
ダンヴァロとアーシャの声が重なり、ベルビーニが口をつぐむ。
「貴方も、不当な扱いは勇気を持って抗議すべきですわ。それが、たとえ親であろうとも」
アーシャがベルビーニに諭す間に、ダンヴァロが近づいてくる。
周りを囲う人垣が割れて、その間を進み出てきた巨漢の獣人は、威圧するように上からアーシャを睨みつけた。
「余所者が、他人のことに口出して、ただで済むとでも思ってるのか?」
ギラギラと危険に輝く目を真っ直ぐに見返したアーシャは、キッパリと告げた。
「申し上げましたわ。たとえ親であっても、他者に不当な扱いをする者は謝罪すべきだと。まして家庭の事情で死地に赴いた者に、ねぎらいの言葉もかけない。貴方が口にすべきは、ベルビーニへの感謝であって罵声ではございません」
するとダンヴァロは、予想外に牙を剥く笑みを浮かべて、言い返してきた。
「だったら、オメーがコイツを養ってやりゃいい。別にいらねーからな」
「なっ……!」
思わず、アーシャは絶句した。
それが、仮にも親が子に対して告げる言葉なのだろうか。
怒りと驚きで固まったアーシャを、ダンヴァロはせせら嗤う。
「育ちの良いお嬢ちゃんにゃ理解出来ねーか? ガキが勝手に出歩いてただけで、何で俺が感謝しなきゃならねぇ? 養ってくれと頼んだ覚えもねぇし、養われた覚えもねぇ。故郷で貴族のお嬢様がどうだったか知らねぇが、そのツラだ。オメーも薄汚ぇ親に捨てられたんだろ?」
口にされたのは、とんでもない侮辱だった。
―――わたくしの、お父様とお母様を馬鹿になさいましたわね!?
「図星か? 同じ境遇のベルビーニに同情でも……」
「……訂正させていただきますわ、ゲス野郎。貴方は親などではございません」
「あ?」
「わたくしのお父様とお母様は、今でも深くわたくしを愛してくださっております。今、この地にいるのは、わたくし自身の意思。貴方如きとわたくしの父母では、心根に雲泥の差がございますわ」
スッと顔の前に広げた扇を上げたアーシャは、ダンヴァロに侮蔑の視線を向けた。
「ご自身の振る舞いを正当化するために、他者を引き合いに出すなど下劣の極みですわ。反吐が出ますわね!」
そのままアーシャは、顎を振る。
「どうぞ、目の前から消えてくださる? わたくし、ゴミに用はございませんの。貴方がベルビーニをいらないと言うのなら、おっしゃる通りわたくしがいただきますわ」
このような精神性を持つ者とは、もう一言も話したくはなかった。
貴族の中でも腐った者は山のようにいるが、そうした連中同様、話が通じない相手だ。
ダンヴァロが暴力に訴えることも加味しつつ、いつでも動けるように備えるが……彼は、手を出さなかった。
舌を鳴らしただけで、また足を引きずりながら去っていく。
「と、父ちゃん……」
「ついて来るんじゃねぇ。良かったじゃねぇか。アイツが面倒見てくれるとよ。清々するぜ」
「と……!」
父親に拒絶されたベルビーニが、軽く肩を落とす。
毒気を抜かれたのか、周りの人々も敵意はもう持っていないようだった。
アーシャはダンヴァロが見えなくなると、ベルビーニに近づき、彼と視線を合わせて膝を落とす。
「申し訳ありませんわ。あまりの扱いに思わず口にしてしまいましたが、目の前で親を悪様に言われて、良い気はしませんでしたわね……」
「……」
ベルビーニは悲しげな表情をしていたが、首を横に振った。
「いや、最近の父ちゃんは、言われても仕方ないから……皆にも迷惑かけてるし……」
「それでも、貴方にそのような顔をさせるような言い方を、するべきではありませんでしたわ」
アーシャは、少しだけ反省をしていた。
ついカッとなってしまう辺り、自制心が足りない。
ベルビーニの立場までも、悪くしてしまったかもしれない。
「事情も知らずに口出しをしたのも、その通りですわ。家にも帰りづらくなってしまいましたわね……」
考えるほど、己の行いが悪かったように思えてくる。
我慢すべきだったのか。
しかし、ベルビーニのような少年があのような扱いを受けていること、父母を侮辱されたことに対して黙っていては、矜持が穢れてしまう。
ベルビーニは、泣きそうな顔をしつつも、笑みを浮かべた。
「いいよ。姉ちゃんが謝ることじゃない。……その、会ったばかりのオイラのことで怒ってくれて、ちょっと嬉しかったし……」
ボソボソとそう口にするベルビーニに、ウォルフガングが頭を掻きながら近づいてきて、ぽん、と彼の肩に手を置いた。
「今日は、俺の家に泊まれよ。ダンヴァロさんも、頭が冷えるまで時間かかるだろうしな……その、そこの姉ちゃん達も。悪かったな、いきなり囲んで」
決まり悪げな彼は、頭を掻きながら言葉を重ねた。
「あんたらも、うちに来いよ。寝る場所くらいはあるからよ」
その提案に、アーシャは驚いてナバダと顔を見合わせる。
「え、良いんですの?」
こんな騒ぎを起こしてしまったのだから、すぐに出て行こうと思っていたのだけれど。
そう伝えると、ウォルフガングは深く息を吐く。
「ベルビーニのこと、話す時間も必要だろ? ……それに、ダンヴァロさんを見てあそこまでビビらずに
「い、良いの? ウォルフ兄ちゃん」
「おう」
そのやり取りに、アーシャがどうしていいか分からなくなっていると、ナバダが口を挟む。
「うちのバカ娘のせいで、悪いわね」
「バッ……!」
「肝が据わってんのか、怖いもの知らずなのか、無鉄砲なのか分からねーが……まぁ、俺が思ってるような貴族とは、アンタらなんか違うしみてぇだしな。気にすんな」
アーシャが抗議の声を上げる前に、褒めているのか貶しているのか分からないことを言いながら、ウォルフガングが手を上げる。
「ついて来いよ」
皆を解散させたウォルフガングは、そのまま村の真ん中を通る、土を踏み固めただけの道を歩き出した。
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