第27話 見たことのない景色ですわ!

 

「村長。完成したぜ」

 ダンヴァロが姿を見せたのは、イオの行方を捜索する会議をしている最中だった。

「何がだ!?」

「何がって、作るって言ってたヤツだよ!」

 声の大きい村長シャレイドが首を傾げると、彼は手に持ったものを持ち上げる。

 それは巨大なゴーグルだった。

 どうやら、退治した後素材として解体したらしい【遁甲蛇】の頭にあった素材を使っているようで、シャレイドの嘴に合わせた形の黒いそれは、レンズ部分がなく顔全体を覆うものだ。

 額の辺りが、少々盛り上がっている。

暗視の仮面ロレンチーニだ! 足りない素材が見つかったからな!」

「でも、それでは前が見えないのではなくて?」

 メガネのようなレンズ部分がなく、目元を完全に鱗状の皮張りが覆っている。

 アーシャの問いかけに、ダンヴァロは『よくぞ聞いてくれた!』と言わんばかりに目を輝かせた。

「コイツはな、目で見るんじゃねぇんだ! 元々、シャレイドの目は暗闇では役に立たねぇからな、別の感覚器官で補うんだよ! 地中を動くゴルゴンダにゃ、目じゃないモンで周りを感知する器官が備わってる! そいつが、このデコの部分に埋めてあるもんさ!」

 革製の頭に引っ掛ける部分を手で持ち上げ、コンコン、と盛り上がり部分を逆の手で叩いたダンヴァロに、シャレイドが立ち上がる。

「まぁ、付けてみりゃ分かんだろッ!」

「おうともよ! 昼でも使えるが、お前さんの鳥目よりゃ視界が狭まるだろうからな、状況に応じて使い分けろよ!」

 ダンヴァロがゴーグルを差し出すと、シャレイドは躊躇いなくそれを身につける。

 すると。

「お、おぉッ!? 何だこりゃ、不思議な感覚だなッ!」

「どうやら、ゴルゴンダは周りの魔力流を鋭敏に感知するらしくてな! それぞれの魔力流を見分けることで、色々見てるって寸法らしくてよ! そいつをヒトに連結する魔導式を、ゴーグルに仕込んでんのさ!」

 ダンヴァロは、本当に変わった。

 以前のやさぐれた様子など、見る影もないくらい毎日生き生きしているようだ。

 きっと元々、魔導具を作るのが大好きなのだろう。

 しかし、妻を失い、職も奪われたせいで、自分を見失っていたのだ。

 陽気で、ある種の子供っぽさが目立つ、しかし気持ちの良い笑い方をする獣人は、とても楽しそうだった。

 そして彼が作るものは、どうしてこう、アーシャの興味を引くのだろう。

「ちょ、ちょっと付けさせていただけなくって!?」

 アーシャがトコトコとシャレイドに近づくと、ナバダが呆れた顔をする。

「魔力流を感知するくらい、訓練すれば人間でも出来るわよ」

「お黙りになって! それは才能がある者の物言いですわよ!」

 暗殺者として優れた素質のある彼女は、魔力量も多く魔術の扱いにも長けている。

 しかしアーシャには出来ないことが多いのだ。

 訓練をしなかった訳ではない。

 しかし、優れた魔導士に師事しても、その感知能力は習得できなかった。

『そなたには、魔術に関して優れた才はない……』

 そう口にしたのは、誰だっただろう。


 ―――?


 覚えのない記憶の中で、誰かがそう言っていた気がした。

 男性のようだが、誰なのだろう。

 ほんの少しだけ思索に沈んでいると、ゴーグルを外したシャレイドがそれを差し出す。

「まぁ、いいじゃねぇかッ! 俺も出来ないし、誰だって苦手なもんはあるッ!」

「そうだぞ、ナバダの嬢ちゃん。そういうのを補う為に、俺ら魔導具職人がいるんだぜ。火だって、魔術を使えりゃ起こせるが、誰でも出来ねぇから火を起こす魔導具があるんだからな!」

「まぁ、そうね。ああ、ダンヴァロの魔導具を馬鹿にした訳ではないのよ?」

「分かってるよ!」

「……ちょっとお待ちなさい! それはわたくしの事は馬鹿にしているという意味ではなくて!?」

 言葉の意味を少しの間考えてからアーシャがナバダを睨むと、彼女はふふん、と鼻を鳴らして口の端を上げる。

「当然じゃない。全くこの程度のことも出来ないヤツに負けただなんて、口喧嘩と男に媚びることしか取り柄がないんじゃない?」

「そろそろいい加減にしないか、罪人ナバダ!」

 バン! とテーブルを叩いて、黙って話を聞いていたベリアが立ち上がる。

「魔導具に無邪気に喜ぶアーシャ様も、大変お可愛らしくてあらせられるだろう!?」

「まぁ、可愛いわね。まるで赤ん坊のようだわ」

「大体、貴様の弟を探すために、あのように熱心に取り組んでくれていらっしゃるアーシャ様に、少しは感謝の念を持ったらどうだ!?」

「何でよ? 私がアーシャに協力している条件は、そもそも『イオを見つけて助け出す』ことよ。やって当然じゃない。むしろやらなきゃ殺してるわよ」

「なんだと……!? やはり貴様は危険だ……! 今ここで、剣の錆にして……」

「ダメに決まっているでしょう、ベリア。わたくしの許可なくそういう事はしてはいけなくってよ! それにテーブルを叩くなんて、淑女としてはしたないですわ!」

 今にも剣を抜きそうなベリアに、アーシャはため息と共にそう告げる。

「ぐぬぬ……! 申し訳ありません……!」

 悔しそうに拳を握り締めるベリアに、ナバダが勝ち誇った笑みを浮かべた。

「そうそう、してはいけなくってよ?」

「それは誰の真似かしら!?」

「誰とは言わないけど、皇帝の雌犬の真似ね」

「ベリアではないけれど、少しは遠慮というものを覚えた方が宜しくてよ! それと形容が一辺倒でつまらなくてよ! 頭が足りないようだから、辞書でも呑めば宜しいのではなくて!?」

「あら、貴女にレベルを合わせたつもりだったのだけど、申し訳なかったわね。次からはもっと遠回しな嫌味……いえ、淑女言葉を練習しておくわね」

 そんなやり取りに、ダンヴァロが片眉を上げて顎の毛皮を撫でる。

「いや、コイツら実は仲良いな?」

「そうだな!!」

 ダンヴァロが呆れたように言い、シャレイドが笑うのに。

「良くないわよですわ!」

 と声をハモらせて、なんとも言えない空気が流れる。

 それを払うようにアーシャはシャレイドが差し出し続けていたゴーグルを受け取り、いそいそと身につけた。

 すると、とても不思議な感覚が流れ込んでくる。

 視界が塞がれているのに、そこに『在る』ものが分かるのだ。

 生き物や無機物の形をした魔力、とでもいうのだろうか。

 ナバダなら赤く、ベリアなら緑の緩やかな流れの魔力のカタチがそこに見える。

 無機物は、もっと緩やかな渦で、足元の地面はさらにゆったりと、しかし濃密な魔力が流れているように見えた。

 空気にすらも軽く魔力が流れていて、それがモノに当たると岩に当たる水のように割れてふわふわと漂っている。

「ふわぁ……これが魔力流というものですのね……凄いですわ……!」

 動きながら見分けるには訓練が必要になりそうだが、確かにこれなら昼も夜も関係ない。

「逆に、昼間は外でゴーグルをつけてると、太陽の魔力量が巨大すぎて見づらいかもしれんなッ!」

「ああ、そいつは確かに。外で試したことはなかったが、あり得るな。……だからゴルゴンダは夜に活発になるのか……」

 何気ないシャレイドの呟きに、ダンヴァロが何か考え込んでいる。

「貸してくださって、感謝いたしますわ!」

「アーシャ様が楽しそうで何よりです!」

 上機嫌になったアーシャが礼を言いながらゴーグルを返すと、何だか自分の方が楽しそうにそう口にしたベリアに、ナバダがまた口を開く。

「そんなこと言ってるけど、アンタも素で見えるでしょ? 飛竜を操れるくらいなんだから」

「べ、別に出来るからと言って、アーシャ様が感動しているのを喜んで悪いことはないだろうが!」

 なぜか焦ったようにこちらを見るベリアに、アーシャはにっこりと笑う。

「気にしてませんわよ! ええ、全然気にしていないので、そんな焦らずとも宜しくてよ!」

「それは気にしてるヤツのセリフだな!」

 ニヤニヤとデリカシーなくツッコんでくるダンヴァロの脇腹を、アーシャは淑女の笑みを浮かべたまま、肘を使って全力で小突く・・・

「ぐぉ……!?」

 鈍い音の後に脇腹を押さえて沈んだ彼に、にっこりと首を傾げた。

「あら、どうかなさいまして?」

「いや……何でもねぇ……」

 呻くダンヴァロに、ベリアが青ざめてナバダが顔を背けて肩を震わせていた。


 ―――い、良いんですわ! 良いったら良いのですわ! わ、わたくしは魔力流が見えなくたって、陛下と繋がっている義眼があるのですわ!


 だから、魔力流を感じることが出来なくたって、陛下に相応しくないなんてことは、ないのだと自分に言い聞かせていると。

「あー……なんだ。まぁ、ゴルゴンダはつがいだったから、もう一つ雌の器官がある。そいつをアーシャの嬢ちゃん用に加工してやるよ」

「本当ですの!? さすがダンヴァロですわ!! 世界一の魔導具職人ですわ!!」

 彼の提案に、先ほどから一転して態度を変えたアーシャが、両手を顔の横で合わせて全力で持ち上げると、何故か、ダンヴァロは苦笑していた。

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