第1章終話 今度こそ、ご期待に応えて見せますわ!
終章 今度こそ、ご期待に応えてみせますわ!
眠っている間に侍女によって身綺麗にされたのだろう、すっかり埃や土も落とされた状態で客間に寝かされていたアーシャは、擦り傷一つ負っていなかった。
きっとこれも、陛下が癒やして下さったのだろう。
しょぼくれるアーシャに、面会に来た王城に勤め始めているらしい妹のミリィが、怒りの表情でこちらを睨みつけてくる。
「やらかした、じゃないでしょう! こんなに日焼けして、魔獣退治に村起こしって、どこの貴族令嬢がそんなことするの! 無茶苦茶にも程があるわ!」
「それは必要なことですもの。肌は、これでも出来る限りケアしていてよ?」
「お姉様が、そんな風になってまでやるような事じゃないって言ってるの! ああもう、すぐに夜会があるのに、そんなに肌荒れしてたら貴族連中に馬鹿にされるわ!」
「……今更ではなくて?」
そもそも、日焼け肌荒れ以前に、顔の火傷に関して散々嘲笑されて来ている。
首を傾げていると、ミリィは深い眉間の皺を刻んで何かを堪えるように目を閉じた後、黙って飾り気のない小瓶を幾つか差し出してきた。
中には透明な液体と、ほんのり青い液体、それに乳白色の液体が入っている。
「あら、これは何ですの?」
「私が作った、肌荒れ治療の保湿液と、化粧水と、美白剤よ! どれもちょっと高いけど、肌の負担が少なくて効果のあるもの!」
「ミリィが作りましたの!?」
アーシャはびっくりして、その小瓶をまじまじと見つめる。
どうやらミリィは、皇宮で火傷痕の治療薬を作ることの他に、肌そのものを美しくする薬の開発を行なっているらしい。
「侍女に言って、毎日朝晩塗り込むこと! 夜会までにだいぶ元に戻るはずだから!」
「ありがたくいただいておきますわ! ミリィは凄いですわね!!」
アーシャはニコニコと伝えて、それを受け取った。
嬉しそうに口元をムズムズさせているのがバレバレなのだけれど、あくまでも『怒っていますよ!』という表情を保とうとする妹が可愛くて、堪え切れずにフフッと口元を押さえてしまう。
「何を笑ってるのよ!」
「ッ、ご、ごめんなさい……嬉しくて」
ミリィは頑張り屋さんなのだろう、アーシャが皇都を出てからまだ半年も経っていないのに、こんなものを作っているのだから。
「きっとミリィは、その内、皇都一番の薬師になりますわね!」
「お、大袈裟よ……お姉様がまた旅立つ前に、もっといっぱい作っておくわ」
頬を染めて視線を逸らしたミリィは、ポツリとそう漏らして表情を引き締める。
「引き止めても、どうせ行くんでしょう? お姉様は、言っても聞かないんだから」
「よく分かってますわね! さすがは私の妹ですわ!」
「そんなことで褒められても、ちっとも嬉しくないわよ!」
もう! とミリィが去った後に現れたのは……なんと陛下だった。
「へ、陛下!? わ、わたくしこのような姿ですのに!」
アーシャは真っ赤になって、夜着と顔を隠すように、掛け布団を被る。
「良い」
「良くないですわ! はしたないですわ!」
よく考えたら、魔獣退治でボロボロの土まみれなもっと酷い姿を見られているのだけれど、それはそれとして乙女心は複雑なのである。
どことなく楽しそうにしばらく睨みつけるアーシャを眺めていた陛下は、ふと呟かれた。
「
陛下の御言葉に、アーシャは表情を引き締める。
「ウルギーの件、でございますか?」
「否。……正式な妃候補擁立に関する儀となる」
そう返されて、思わず息を呑んだ。
「陛下、それは……」
「宰相よりの立案であり、正式な決議。覆らぬ」
アーシャは、思わず目を落とした。
陛下との婚姻は、何よりも望むところではある。
けれど、あくまでもアーシャ自身が陛下に相応しい身になってからでなければ、意味がない。
それではアーシャが陛下の妃になるのではなく、『唯一の候補である公爵令嬢』が妃になるだけなのだ。
少なくとも、アーシャの中では、明確に違うことだった。
「……畏まりました……」
でも、それが陛下の決定であるのなら、アーシャが否を唱えることは出来ない。
―――立場だけでは、陛下をお支えすることが出来ませんのに……。
生真面目な宰相が、こちらの振る舞いをよく思っていないことは知っている。
彼ほどでなくとも、陛下に忠実な者であればあるほど、同じような考えを持っていておかしくはない。
皇妃に第一に望まれていることは、結局のところ、子をなすことだ。
皇統を途絶えさせぬ為、大人しく、陛下のお側に侍ること以外、きっと誰一人アーシャに望んではいないだろう。
父母や妹は、皇妃になること自体は望んでいないが、アーシャが危ないことをするのをよく思ってはいない。
―――ただ一人、それを許して下さっている陛下も、本当は……。
そう思っていると、そっと頬にひんやりとした陛下の手が添えられた。
「へ、陛下……!!」
落ち込みつつも、こうして落ち着いた状況でそのような事をされると、やっぱり頬がカッと熱くなってしまう。
狼狽えるアーシャに、陛下はいつも通りに、淡々と言葉を口にした。
「述べたはずだ。期待している、と」
アーシャの内心などお見通しとばかりに、陛下が微かな笑みを浮かべられた。
その愛おしげな目に、もうご寵愛を得られているのでは、と思いそうになるけれど、アーシャは内心でブンブン首を横に振った。
―――か、勘違いしてはいけませんわ!
陛下はお優しくてあらせられるので、落ち込んでいるアーシャを慰めようとしてくれているだけなのだ。
「婚約が成されようとも、すぐに婚姻となる訳ではない。まだ、猶予はある」
それが半年か、一年か、あるいはもっと長いのか短いのか。
期間を、陛下は口になさらなかったけれど。
「待てる内に、望みを成してみせよ。そなたならば、出来ると、我は期待している」
「陛下……!!」
アーシャは、パァ、と気持ちが晴れやかになるのを感じた。
理由もなく退けることが出来ない中で、それでも陛下は、最大限アーシャの気持ちに配慮して下さっているのだ。
陛下のお言葉一つで、簡単に機嫌が治る自分の単純さを自覚しながらも、アーシャは喜びを抑えきれなかった。
「公爵令嬢として、妃候補として、そしてアーシャ・リボルヴァとして。―――全てを十全にこなして見せよ」
「仰せのままに……!!」
うっとりと陛下のご尊顔を拝謁しながら、アーシャは満面の笑みを浮かべた。
「―――今度こそ、ご期待に応えてみせますわ!」
皇帝陛下に溺愛されている武闘派令嬢は、皇国の革命に邁進するようです。 メアリー=ドゥ @andDEAD
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