第二部

1話

『──皆様、今回の件に関しまして、本当にすいませんでした……』


 学校でまだ人がほぼ来ていない教室にて、僕は自分の席に座りながら先日配信された夜芽アコの謝罪配信のアーカイブを見て、どうした物かと考える。

 リアタイで見れなかったから改めて見てるけど、チャット欄は荒れてるが、そこまでではない。


:まぁしゃーない

:親はね……

:顔出し顔出し顔出し顔出し

:夢ちゃんを返せ

:今回はお前あんまり悪くないよ

:アコちゃん? 見てるからね?

:配信上で娘の本名は絶対言わなかった母ちゃん有能だったな


 謝罪の理由としては……まぁ、ついこの前の天谷夢華との対決が親フラで有耶無耶になった事についてだ。

 親フラが起きたから顔出しは無理になった事と、まぁ色々騒ぎにしちゃった件についての謝罪配信だ。

 空気的に夜芽アコは今回悪くなくね? いやかーちゃんに黙ってたのは反省しろ。というものであり、今回ばかりは夜芽アコに対する同情意見が多い。


:どうせ台本やろ

:つまんね

:引退引退引退引退引退引退

:顔出して髪坊主にしろ

:この動画見て禊しろ。ttps://×××××××



 まぁ、それではある程度夜芽アコに対する非難も見受けられるけど。こればかりは正直仕方ない。全員を納得させるのは不可能なのだから。

 ……少なからず僕の責任もあるからとても申し訳なく思う。


『配信は辞めませんが……その、少しばかり休止という形で自分を見つめ直して来ます。ママにも少し頭を冷やしなさいとずっとお説教されたのもありますし……はい……本当、ごめんなさい……』


:病院行ってこい

:カップル配信待ってる

:お前が配信してない時はどこ荒らせばええんや

:辞めるのはやめてくれよ

:この動画見て禊しろ。ttps://×××××××


『はい。配信は辞めません。カップル配信は必ずします。病院は特に行く予定ないです。他の配信は荒らさないでください。本当に私のファンなら絶対にそれはやめてください。

 ……えっと、さっきから貼られてるこの動画はなに? 見た方がいいやつなのかな?』


:見ろ

:参拝しろ

:これみて身の振り方を考えろ

:禊って大事だよな

:はよせい

:見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ

:参拝ってなに?

伝説の虫けら:配信しながらリスナーと一緒に動画見に行く事。元々は別の配信サイトで生まれた言葉や

:サンキュー虫けら


『えっと……はい、わかりました。確認してそのまま流して大丈夫そうなら配信に映して皆さんと視聴します。……えーっと……なにこれ、解説動画……?

 …………あの、はい、見たくないですけど、その……はい。禊として視聴させていただきます……』


 そう言った後、夜芽アコの配信に映ったのは────ポップなBGMと共に、なんだかずんだ餅が食べたくなるような緑色のキャラクターと、メタンハイドレートを使ってそうなピンク色のキャラクターが馴染みのある機械音声で喋ってる動画だった。



△▼△



『皆さんこんにちは。ストリーマー炎上解説ちゃんねるです』


『本ちゃんねるでは配信者、VTuberの炎上騒動について解説していくのだ。あくまで騒ぎについての情報を出てる範囲でまとめて、公平な視点で取り上げるちゃんねるなのだ』


『本ちゃんねるは誹謗中傷を推進する意図はないという事も重ねてお伝えしておきます。

 それでは今回はVTuber夜芽アコさんについて解説していこうと思います』


『ある意味、今もっとも熱いVTuberだよね』


『まずはVTuber夜芽アコさんについて軽く解説していきましょう』


【VTuber夜芽アコとは?】


『夜芽アコさんは、いわゆる企業には所属していない個人勢のVTuberではありますが、彼女のイラストレーター、そして彼女本人の発言と行動によって一部で人気のあるVTuberです』


『彼女のママは知ってるのだ! 確か比翼連理さんで合ってるよね?』


『はい。イラストレーターである比翼連理さんは現在活動している絵師の中でもとても人気のある方で、最近のソシャゲなどで比翼連理さんがデザインしたキャラクターを見る機会が多いと思います。

 そんな比翼連理さんは以前ツブッターにて「Vのデザインに関するお仕事は基本的にお受けしてません。金額等の問題ではなく、普段あまりライブ配信を見ていないのでニーズにあった物をお出しできるかわからないので」という呟きをされており、そんな比翼連理さんが個人勢であるVTuber夜芽アコのデザインをしたという事で彼女に対して注目が集まりました』


『僕もあの時はびっくりしたのだ。でも人間言ってる事がコロコロ変わるなんてよくある事だから別にたいして驚く事ではないのだ』


『それもそうね。ただ企業ではなく、個人勢の方のデザインをしたという事で当時は話題になったのよね』


『それは確かに不思議なのだ』


『その件については今でもわかっていないので、そのまま話を続けましょう。

 そんな注目を集めてインターネットの世界に産声を上げた夜芽アコさん。そんな彼女は普通のVTuberとは一味も二味も、七味も違いました。それは性格が終わりすぎてて毎回毎回様々な炎上騒ぎを起こしている事です』


『えぇ……』


『いつもリスナーと喧嘩。ヘラっとしている言動。喋る度に零れ出る失言。そして最後はブチギレて配信を切る彼女の姿は、元の注目もあってインターネットに住まう人々のおもちゃになってしまったのです』


『ネットって怖いね』


『世の中には悪意を原動力に動く生命体も居るからね。あまり褒められた行為ではないと思うわ』


『こんなまとめ動画作ってる奴が言っても説得力が全然ないのだ』


『話は戻りますが、そこだけを見ればよく居るメンヘラ女配信者になりますが、夜芽アコさんの場合は元の注目、煽れば煽るほど反応する姿、そして企業勢の方を間接的に二人引退させた事により、バーチャルヴォル○モートとしての地位を確立させていったのです』


【枕野羊太の引退について】


『ではまずは枕野羊太さんについての解説です。枕野羊太さんはその愛くるしい美少年デザインと小動物のようなかわいさと声によってそれなりの人気があったVTuberです。設定としては、大きなお屋敷に務める執事がプライベートで配信してるバーチャル執事という立ち位置でした』


『枕野羊太さんに関してはオフパコがバレて炎上しただけだから、夜芽アコさんはあんまり関係ないと思うのだ』


『その通りよ。あくまで間接的にという話です。

 皆さんご存知の通り、枕野羊太さんはリスナーとのオフパコを暴露されて炎上。その後引退をしたVTuberではありますが、オフパコ発覚前に夜芽アコさんにネタにされた事があります』


『確か天谷夢華さんとのコラボ配信で、天谷夢華さんの過去配信で乗った声が枕野羊太じゃないか? ってつっこんだんだよね』


『そうね。結局天谷夢華さんの配信に乗った声は兄の声という事に落ち着き、夜芽アコふざけんなという事で一度は収束したかに思えました。まぁその後、天谷夢華さんと一悶着ありましたが……話が逸れるので一旦置いておきます。

 それから数日後、ツブッターにて枕野羊太さんの彼女を名乗る人物が現れました。発言内容を要約すると、「天谷夢華は彼女じゃない」「彼女は私」「夜芽アコとかいう女のせいで彼氏が燃えて腹が立つ」との事。当初はガチ恋勢の妄言という扱いでしたが、その彼女を名乗る人物がツブッターにて枕野羊太さんとのDMのやり取りをあげた辺りから、枕野羊太さんの羊毛から焦げ臭い匂いが漂ってきました』


『でもソースもなしで暴露された内容をそのまま信じるのはよくないと思うのだ』


『翌日、枕野羊太さんがYouTubeにて弁明枠を取り、あれは全て嘘という釈明。元々、暴露内容が不明瞭であり事実かどうか不確かだったため、その釈明によって事態は収束……すると思われましたが、ツブッターにて他数人の女性による暴露が発生。それをリスナーに詰められた枕野洋太さんが最終的に全てが事実であると認めました』


『えぇ……』


『その後、全ての責任を取るという形で枕野羊太さんは引退。これによって夜芽アコさんが企業勢を引退させたという話がネタとして扱われるようになりました。ただこの時点ではそこまでネタにされているわけではなかったから、天谷夢華さんとの一件を見てると夜芽アコさんの耳には届いていなかったようね』


『まぁ枕野羊太さんに関しては自業自得だよね。配信者のオフパコについては正直未成年相手とか無理矢理……とかじゃない限りは当人同士の問題でいいけど、アイドル売りでやってたなら企業勢として自分の立ち回りには気をつけるべきなのだ』


『愛らしい羊毛を身にまとった枕野羊太さん。しかしその実態は中身に縮れ毛が詰まった性獣だと誰が予想出来たでしょうか』


『何度も言うけど、オフパコがダメとかじゃなくて企業勢としてアウトだよね。って話なのだ。誹謗中傷の意図はないのだ』


『では次、天谷夢華さんについても解説していきましょう』


【天谷夢華の引退について】


『こちらについてはつい先日の出来事なので記憶に新しい方も多いと思いますが、改めて天谷夢華さんについても解説していきます。

 天谷夢華さんは枕野羊太さんと同じ事務所、『ワンチャン』に所属しているVTuberであり、夢の国、ドリーからやってきたアイドルで、地球の皆にも笑顔を届けるという設定で活動しているアイドル系VTuberです。

 よく見る設定ではありますが、天谷夢華さんには特筆する特徴が一つあります』


『あの人ゲームがめちゃくちゃ上手いんだよね。彼女のスラブラ配信にプロの人とかめちゃくちゃ来てたのだ』


『その通りです。プロと同レベルの腕前を持った彼女は注目を集め『ワンチャン』の稼ぎ頭としての頭角を表し、瞬く間に人気VTuberの道へと駆け上がって行きました』


『実際、プロゲーマーの誰かが魂やってるんじゃないかって話題になったのだ。でも彼女に該当する人が見つからなくて、結局は野良に居たバケモノって扱いになったよね』


『さて、そんな天谷夢華さんもつい先日、夜芽アコさんと関わった事がキッカケで引退となってしまいました。事の経緯としましては、夜芽アコさんの配信に乗ってしまった彼氏(真偽不明)の声が天谷夢華さんの兄の声に似てると話題になり、リスナーの一部が声を比較したり天谷夢華さんの配信にて「どういう事?」「説明会して」等のコメント。

 それらを受けて元々夜芽アコさんと仲が悪かった天谷夢華さんは激怒し、その結果としてお互いの引退と顔出し。そしてオマケに彼氏(真偽不明)と兄の顔出しも賭けて勝負する事になったのです』


『改めて聞くと意味不明すぎて理解が追いつかないのだ。彼氏(真偽不明)とお兄さんがとばっちり過ぎるのだ』


『私もリアタイで見ていた時は彼女達の正気を疑いました。

 そして始まった勝負なんですが……これは決着が着く前に、両者の親フラが発生し中止となってしまいました』


『えぇ……』


『配信に入った両者のお母上の丁寧な説教。そしてマジ泣きする夜芽アコさんと天谷夢華さんの声がそのまま流され、流石のコメント欄もいたたまれない空気が流れ出した頃に配信は終了。正直リアタイで見ていた時は台本を疑いましたが、お二人の様子と今回の引退発表でマジなんだな……となりました』


『タイミングが良すぎたからね』


『天谷夢華さんの引退発表の動画内容を要約すると、「母に隠して配信していた事がバレた」「母は元々自分の子供が配信活動する事はダメと言っており、黙っていた自分の落ち度」「母は万が一続けるにしても今回の事務所の対応には疑念が残るから、配信を続けるにしてもその事務所だけは許可できないと言っている」「なので応援していただいた皆様には申し訳ありませんが、天谷夢華というガワは休止。演者である私は引退という事になりました」「夜芽アコさんとの対決がキッカケではありますが、元々母に隠して配信していた自分が悪い。遅かれ早かれバレていたとは思うので今回の一件に関しては夜芽アコさんに非は無いので彼女の配信を荒らすような行為はやめてください」といった物です。

 そしてその動画を最後に天谷夢華さんの魂はどこかに行ってしまったのです』


『親御さんの意見として至極真っ当なのだ。でも勿体ないよね。あれだけ人気があったのに』


『企業としてもそれを理解しているから、天谷夢華さんというガワは休止という扱いになったんでしょうね。ただ、天谷夢華さんに関しては演者のゲームの腕前による人気が高かったので、仮に新しい魂を用意しても前のように人気は出ないと思うわ』


『Vの演者変更って基本的に難しいからね。でも僕は天谷夢華さんの見た目好きだから2代目天谷夢華が現れたらその時は応援したいのだ』


『さて、以上の事件が夜芽アコさんをバーチャルヴォル○モートとしての地位を確立させた騒動でした。直接的では無いとはいえ、関わったVTuberが二人引退した事は我々炎上ウォッチャーにとってネタとして扱うには十分でした』


『うーん、でも枕野羊太さんに関しては完全な自業自得だし、天谷夢華さんに関してもお母さんに話してなかった事や企業側の対応がそもそもまずかったし、勝負ふっかけたのは天谷夢華さんの方からだからこれを夜芽アコさんのせいって言うのはちょっとかわいそうなのだ』


『そうね。発端は夜芽アコさんではありますが、天谷夢華さんもおっしゃってる通り二人の引退に関しては夜芽アコさんに非はありません。バーチャルヴォル○モートと言ってネタにするのも程々にしておきましょうね。

 改めて言っておきますが、本ちゃんねるは炎上騒動についてを公平な視点で解説していくちゃんねるです。夜芽アコさんについても、普段の配信に関してはもう少し我慢しろと思う事は多々ありますが、今回の件に関しては彼女に非はないので、むやみやたらに彼女を誹謗中傷するような真似はお控えください』


『最近ツブッターの方で配信者やVTuberについてのタレコミとか来るけど、当ちゃんねるは別に悪を裁いたり、邪推したり、お代官様のように物申したいわけじゃなくて、あくまで表に出てる情報をまとめて解説するのがメインなのだ。そういう事がしたいなら自分でチャンネル作るか暴露系配信者の所にでも行くのだ』


『私達は別に正義というわけでもないですからね。公平な視点を心掛けていますが、このように炎上騒動を取り上げる姿は悪と取られても否定はできませんし』


『そもそもこんな動画は見られない方が一番いいのだ。夜芽アコさんにこの動画のことは教えないで欲しいし、参拝させないでね』


『それでは動画内容としては以上となります。個人的には夜芽アコさんのお顔が見たかったです。さようなら』


『僕としては5万円を払う虫けらが見たいからとっととカップル配信して欲しいのだ。さよなら』


△▼△


「無駄にちゃんと作られてるのなんなのこれ……」


 というかこんなチャンネルあったの知らなかった。

 …………登録しとこう。


『…………ふぅ〜……』


 画面から聞こえてくるなんとも言えない夜芽アコの声。多分色々言いたい事があるのだろうけど、それを飲み込んだ感じの様子に、ブチギレると思っていたリスナー達は困惑の様子を見せている。


:あれ?

:キレない

:まぁ事実だからな

:途中で止めたりすると思ったけど最後まで止めずに見たな

:禊したから許してやるよ


『……はい。その、拝見させていただきました。その上で改めて、本当に申し訳ありませんでした……自分を見つめ直し、改めて戻ってきます……それでは……』


 その言葉と共に謝罪配信のアーカイブが終わり、僕もスマホをしまってから改めて大きな息を吐き、頭を抱える。


「……やっぱり僕のせいだよなぁ……」


「おはよ、朝っぱらからテンション低くね? どうした?」


 顔を上げ、話しかけてきた友人である康太に顔を向けると心配した様子で僕を見ていた。

 確かに朝っぱらからこんなだとそんな顔もされるか。少しは気分を切り替えて行こう。

 

「おはよ。まぁ……やれるだけの事はやらないとな。って思って」


「なんかよくわからんが、相談なら乗るぞ?」


「相談かぁ……」


 ……相談か。確かにこれに関しては康太に相談するのはありかもしれない。確か康太、去年やってたとか言ってたしな……

 僕はちゃんと席に座り直してから、康太に教えを乞うべく、今日学校に来る時に駅のホームで手に入れた雑誌をカバンから取り出す。


「あれ、それって……求人誌か?」


「うん。その通り。確か康太って去年バイトしてたよね? なんか適度に楽で稼げるバイトってないかな?」


「とりあえずお前がバイトを舐め腐ってる事は理解したが……急にどうしたよ。確かお前の家ってバイト禁止なんじゃねぇの?」


「うん。そうなんだけど──」


 なんでバイト禁止のはずの僕がバイトをする事になったかと言うと、


「──実はお小遣いが大幅カットされてぇ……」


 ……まぁ、理由はそれだけじゃないんだけどね。心の中でそう付け加えてから、僕はなんでバイトを探す事になったのかを思い返すのであった。

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