第7話
「さっ、座って座って。これお茶とお菓子ね!」
「あぁ、いや、お構いなく……」
穂澄さんの部屋まで通された僕は、茶を啜り、不躾だとわかりつつも穂澄さんの部屋全体に目を向ける。
ピンク。全体的に真っピンクである。
カーテン、カーペット、ベッド、部屋に備え付けられてる基本的な物がピンクで統一されており、部屋の至る所にはぬいぐるみやカワイイ系の小物が置かれており、こう、なんというかいかにもそういう人の部屋って感じが半端ない。
大丈夫かな。錠剤とか落ちてたら流石にシャレにならないけど……まぁそんな事はいい。
そしてこのいかにもな部屋で一番の異彩を放っているのが、部屋の奥に鎮座するゲーミングPC。
周りをよく見るとキャプチャーボードやヘッドホンやマイク、そして配信で使う機材(おそらくVアバターを動かす物かな?)や最新のゲーム機等が置かれており、ここで夜芽アコが活動してるんだなぁって実感する。
「…………」
「…………」
そして現在。何故か無言の空間が繰り広げられており、めちゃくちゃ気まずい雰囲気が僕らの間にあった。
何この空気……そう思って穂澄さんを見ると、なんだかモジモジしている。よく見ると顔が微妙に赤い。体調不良??
「……な、なんだろう。なんか、緊張する……こ、こういうのはじめてだから……えへへ……」
「今更過ぎない??」
どうやら今になって緊張してるらしい。普通の女の子らしい一面にドキッと……なんてしない。気分的には蛇の巣に連れ込まれてもてなされてるカエルのような心境。
「穂澄さんの緊張は置いといて、とりあえず今日はお互いの事を知る為の話し合い……でいいんですよね? カップル配信とかはしないですからね本当に」
「うん。そこは大丈夫! まだしないから!」
「にしても話す事かぁ……っても、アコちゃんの事は知ってるけど、穂澄さんの事は全く知らないからなぁ」
「アコの事を知ってる。つまり私の事を全て理解してると言っても過言じゃないよ!」
「完全にあっちが素なんだね。てか、なんで学校じゃ猫かぶってるんです?」
まず、一番最初から気になっていた疑問の一つをぶつける事にする。
穂澄さんの本性はなんというか、承認欲求が高いやべー女。多分チヤホヤされたり周りに構われるの好きなタイプの人って言うのは夜芽アコの配信を見てたらよくわかる。
けど、学校での穂澄さんは夜芽アコとは真逆。
周りに人なんか寄せ付けない態度。一人が好きで周りと関わりたくないって気持ちが透けて見えるクールな人。
だからこそ、なんで穂澄さんが猫を被ってるのか非常に気になる。
「それは……そうねぇ……まず、最初にも言った事だけど、私ってモテるんだよね」
事実ではあるけどなんか妙な気持ちになる。とりあえず口に出すことはせずに神妙に頷いて続きを聞く。
「けれど、容姿だけを理由に好かれるのは嫌なの。大事なのは中身。ママもよく私に「心恵ちゃん。本当のあなたを好いてくれる人は絶対に逃がしちゃダメよ。私とパパもそうして出会ったんだから」って言ってたわ……まぁ、それで色々あって、自分の素を見せないようにしてるの。それが理由かな」
「でもその理論だと、家族以外に自分の素を見せることが無くなるから誰も本当の穂澄さんについて知れないんじゃ……?」
「…………おかげで小学校以降友達が出来た試しがないわ……」
「穂澄さん、もしかして結構バカ?」
「失礼な! これでも成績は上から数えた方が早いよ!」
「同じクラスだから知ってるよ!」
勉強が出来るタイプのバカって居るからなぁ。具体的に言うと目の前に。
まぁ、とりあえずなんで猫かぶってるかは理解した。色々……って濁してる辺り、なんかあったんだろうけどわざわざそこまで踏み込む事も無いかな。気になるけど。
「で、この話の続きだけど、素が出せないって結構なストレスなんだよね。家だと出せるけど、学校とか外とかだとずっと猫かぶってるから、人に飢えてるの。誰かと……本音で話したい……!!
「……もしかして、その反動で素をさらけ出してVtuberやってるの?」
「そう!! その通りだよ俊介君!! 流石、私のことを理解してくれるかれぴっぴ……!!」
「国語0点の奴でも今の文脈で大体わかると思うんだ」
そんな理由で生まれたのか僕の推し。別にショックでは無い。なんて言うか逆に解釈一致。夜芽アコならそんな理由で生まれるだろうなって納得しかない。
「そして私はVtuberになって素をさらけ出して配信してるんだけど……何故か……いつもああなっちゃって……」
「素を出し過ぎじゃないかな……」
「他のVtuberはチヤホヤされてるのに……私のママが描いた絵の方が可愛いのに……理不尽だ!!」
「それ絶対配信で言ったらダメだからね。炎上するからね」
「ママにも同じこと言われた……」
ここで言うママは、夜芽アコのデザインをした人。いわゆるイラストレーターさんのことを言ってるのだろう。
Vtuber、基本的にそのVのイラストを担当した人の事をママとかパパという文化があるので、その流れだ。
でも夜芽アコのイラストレーターである『ひよくれんり』さんはめちゃくちゃ人気のある人なんだよな。それこそなんで夜芽アコの絵を描いたのかわかんないぐらいに。
一体どんだけ金を積んだのやら。まぁ穂澄さんの家、わりと良い所みたいだしその辺りは何とかなったのかな。PCもよく見たら有名メーカーの最新機種だし。
……それはそれとして、穂澄さん実の親の事もママって呼んでるからなんかややこしいな。まぁいいけど。
さて、とりあえずここまででわかった事がいくつかある。
まず、穂澄さんは承認欲求がアホみたいに高い。あと自己愛も高い。
けれど普段の生活では素を出す事が出来ずストレスが溜まっている。Vtuberとしての活動では素を出しているけど、芸風が芸風なだけに信者にチヤホヤされるなんて事も全くないからそれでもストレスが溜まっているんだろう。
「で、でもいいもん!! こうして本当の私が好きな人が現れたわけだから! まさか配信を見てる人が同じクラスで、アコの事が好きだなんて……本当に、本当に運命みたい……えへへ……!」
────で、そんな穂澄さんの前に、本性を肯定する男が現れた。しかもその男は同じクラスで穂澄さんの容姿には惹かれていない。
…………まるで腹を空かせたライオンの群れの中に全身に肉を巻き付け、全身を火であぶってから皿に乗って突撃したようなその男こそ、僕であったわけだ。
宝くじより薄い確率引いたんじゃないの僕。バカ?。
「さぁ! 次は俊介君について質問だよ! 結婚式はどこでする?」
「勇み足が過ぎて飛んで行っちゃったねぇ穂澄さん。先の事はわからないかな。だって僕達は未来じゃなくて今を生きてるんだから」
「じゃあ、どれだけお金貯めよっか。将来必要だと思うし」
「ごめんね、宵越しの銭は持たない主義なんだ。ソシャゲのガチャとか回すの好きだから将来パチンコにハマりそうな男だよ僕。付き合うには不向きな相手だと思うんだ」
「私がしっかりしないとダメって事だね! 任せて!」
こいつ隙あらば囲ってくる。これはマズイぞ。てかこれ今の僕と関係ない質問じゃん。
「よーし! 今日はお互いの事がよくわかったんじゃないかな! じゃあ僕はこの辺りでおいとまさせて貰おうかな!」
これ以上居るのはまずいと思うし、なによりある程度は穂澄さんの事が聞けたので長居する理由はない。
手早く鞄を持って帰ろうとした所で……制服の上着をしっかり掴まれて動きを止められる。
「待ってよ俊介君。まだそんなに時間は経ってないし、なにより今日は俊介君にしてあげたい事があるの」
「いや、お気持ちだけで十分です。ほら、いくらご両親が居るからとは言え、男が長居するのはよくないと思うんだ!」
「待って待って。俊介君も興味ある事だと思うから」
そう言って服も離してくれないし、仕方なく穂澄さんに振り返る。
僕も興味がある事…………いや、確かに穂澄さんは美人だし、僕も健全な男子高校生なので興味が無いこともないけど、こんな手を出したら沈んで行きそうな底なし沼に誰が踏み込むもんか。
最悪上着を犠牲にしてでも逃げれるように警戒をする。
「僕も興味ある事……ですか。僕はそう安い男じゃないよ穂澄さん」
さぁこい悪魔め。君が何を言おうと僕の鋼の意思は揺るがないぞ。地の果てまで逃げ切ってやろう!!
「────これから配信しようと思うんだけど、良かったら見ていかない?」
「それはめっちゃ興味ある」
敗因。オタクは推しの生配信には弱い。
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