第8話

「せっかくVtuberやってるんだから、こういうファンサービスもやってみたかったんだよね〜。でもはじめてだから緊張する……!」


「僕も推しの配信を生で見るのは文字通りはじめてだから緊張するよ」


 PCの前に座り、手馴れた様子で準備をする穂澄さんに僕は内心でワクワクしていた。

 いやだって、内心で色々ボロクソ言ってるけどこの人は紛うことなき僕の推し、夜芽アコなんだ。

 推しの配信を生で見れるってのは正直テンションが上がる。色々と思う所はあるけど、それでも生で見れるって誘惑に抗うことは出来なかった。

 まぁでも、一応変な事言いそうになったらLANケーブル引っこ抜いて切断する心構えである。これは勇気の切断だ。

 それに、だ。もしかしたらこの案使えるんじゃね? って朧気ながら浮かんできたものがあるのだ。それを固める為にもこの配信を生で見ておきたい。決して個人的な欲望に負けた訳では無い。本当に。


「確か今日はゲーム配信だよね。スケジュール的にも」


「おー、よく見てるね。そうだよ、ゲームやろうって思ってる。でもまだ何やるか決めてないんだー

 やっぱり流行りのハイカラトゥーン4とかの方がいいかな」


「今人気だもんね。アプデ来たし」


 ハイカラトゥーン。世界に誇る日本のゲーム会社、弁天道から発売されたPvPのシューティングゲームである。

 カラフルなインクを撃ち合って陣地を染めていく……という今までないゲームとして有名になり、お子さんや大きなお友達からも人気のゲームではある。

 ……が、PvPのゲームというのは自分のウデマエがモロに影響するし、なによりのめり込み過ぎると暴言が飛び出てしまう。


 つまり、夜芽アコのような人種には絶対にやらせてはいけないゲームである。


 流石に止める……ような真似はしない。

 何故なら絶対にお前向いてないよ。って事をやってキレて炎上するのが夜芽アコという存在だ。

 一ファンとしてはリアルにマジギレしてるシーンを見たい。なので、止めない。

 炎上するとまたか、とは思うけどそれでも見てしまう。僕はそう言う人間なのである。


「よーし……じゃあやるね! 俊介君は静かにね。声入っちゃうの嫌でしょ」


「それは勿論。生のアコちゃん楽しみにしてるよ、穂澄さん」


 グッと僕らは親指で分かり合い、穂澄さんはヘッドフォンを装着し、PCにWebカメラと置き型のマイクを繋げる。

 おぉ、なんかマジでよく見る感じの配信者の姿だ。すげぇ、ちゃんと配信者してる。見た目は。

 さて、僕もスマホでYouTubeの配信のチャット欄を開く。


:待機

:今日もやらかすに240円

:天谷夢華がお前の悪口言ったぞ

:夢ちゃんはそんな事言わな……言うわ

:ここ最近は言ってねぇぞあの子。アココメ全部スルーしてる

:対立煽りも居るなぁ


 まだ準備枠の状態なのにまるで便所の落書きみたいになってる。いつも通りだな。


「あー、テステス。マイクは大丈夫……それじゃあ……スタート!」


 その言葉と共に、配信が始まる。


「こんやみー! 企業からの案件は全く来ない系個人Vtuber夜芽アコだよ! 一体いつになったら企業案件とか来るんだろうね?」


:諦めろ

:来るわけねぇだろ!

:こんやみは流行らないからやめろ

:こんやみやめろニキチッスチッス

伝説の虫けら:カップル配信は?


「誰も挨拶返してくれないし。まぁいいけどね。

 あ、てか虫けら居る。カップル配信はそのうちやるからちゃんと5万用意しとけよ」


伝説の虫けら:( ᐛ 凸)


「中指立てんなフ○ッキンビートル。虫らしく頭に凸付けてろ。あ、でも聞いて聞いて。この前つぶったーのDMでね、病み専門のコンカフェ? って所から働かないか? ってメッセージ来たんだよ。ママに話したら絶対ダメって言われたし興味無いからやんないけど、そもそもアコ病んでないし」


:草

:メンタルクリニック行こ?

:こいつはファッション病みだろ

:なんやかんや親とは仲良さそうだよなこいつ

伝説の虫けら:凸

       ( ᐛ )

:カブトムシ湧いてて草

:ちょっと可愛い


 実家のような安心感とはまさにこの事だろう。いつものノリといつもの空気でスタートとした配信。

 いつもと違うのは今、僕の目の前であの穂澄さんが夜芽アコとして配信をしてる事である。

 なんだろう。ある主の感動を覚える。推しが目の前で配信するってなんとも言えない高揚感があるな……いやまぁ騙されるな僕。夜芽アコの中身はあの穂澄さんだ。絆されるなよ僕。

 ……でもやっぱり推しの生配信って良いなぁ。


「はいはい。チャット欄のバカタレさん達は無視して、今日も予定通りゲームやっていくよ! やるゲームは……これ! ハイカラトゥーン4! 最近流行ってるからやってみたかったんだよね、一応裏でやっててマジマッチには参加できるようにしてるから、今日は本気でやっていくよ〜」


:またなんでそんな見えてる地雷を

:お前は対人ゲーやるな。仲間が可哀想だろ

:台パンASMRと聞いて


「……いやっ! 今日は違うから! かれぴっぴも見てるから無様な姿は見せられないからね〜! 今日は丁寧で優しい清楚な配信を心掛けていくから。今までのアコとは一味違うからね」


:清楚()

:存在が無様じゃん

:まさかとは思いますが、この「かれぴっぴ」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか


「……んん!! はい!! じゃあ早速マジマッチやるよ! 武器はローラーかな。全員虫みたいに轢きこ……引き潰していくよ!!」


:今日はまだキレないな

:おかしい。いつもならキレてるのに

:まさかマジでかれぴっぴ見てんのか……?

:マジならアコガチ恋勢の240円さんかわいそ

伝説の虫けら:    チーン

:虫けらが引き潰されてる

:じゃあアコがキレるまで俺達もお嬢様言葉で清楚の空気作ってみようぜ

:よくってよ

伝説の虫けら:よからむ。われの姫がちなりさを見す

:どこの平安貴族でいらして?

:おハーブ


 ガチ恋ちゃうわ。

 しかし、今日は夜芽アコまだキレない。僕も配信を見ててこれなら「お?」となっただろうけど……


 なんということでしょう。目の前に居る穂澄さんは傍目でわかるぐらいコントローラーを強く握り締め、今にも噴き出す5秒前。美人が歯を食いしばって怒りを堪える姿は思いの外迫力がある。

 けれど、チラリと僕を見るとフッと笑みを浮かべ、コントローラーを握る力を弛めていく。

 どうやら、今日本当に丁寧で優しい清楚な配信を目指してるみたいだ。多分一応彼氏である僕にいい所を見せたいのだろう。

 いつまで持つんだろうなぁ。


「……お、一瞬でマッチングした。やっぱりこの時間だと学校帰りの子とか多いのかな? ほら、相手のチームに『ゆうた』って名前の子が居る。本名っぽいねぇ。ネットで本名出すのはダメだよー?」


 そんなこんなで始まったハイカラトゥーン配信。

 開始してすぐは平和に進んでいた。


「あ! やばいゆうた来た! ここはお姉さんの力でわからせ……!?」


 シューターを持ったゆうた君と相対する夜芽アコ。

 ローラーでパシャパシャとインクを飛ばすが、ゆうた君はそのインクの隙間を縫うように器用に避けると、眼前に迫った夜芽アコを一瞬でキルしたのだ。


「……まぁまぁ、花を持たせる事も大事だよね!」


 夜芽アコは気を取り直して再度、ローラーを手に進んで行くが……


「あ……あぁー!! ゆうた!? 今どこから来たの!? ちょ、まっ! ……ゆうた煽りやがった! このっ……!! フー! フー! ……大丈夫、大丈夫、むしろぴょこぴょこ跳ねてお可愛らしいね。小学生かなぁ??? 可愛いねぇ!!! 縄跳びみたい! そんなに元気なら外で遊べばいいのに!」


:おハーブ

:本音が隠しきれていませんわよ

:あらまぁ、インクまみれで楽しそうどすわ

:庶民はインキ臭い遊びがお好きでして?

:陰気とインキを掛けたバカウマギャグでいらっしゃいますわね

:おクールですわね

:おキッズの煽りでお顔が真っ赤でいらっしゃる?


「なんなのこのお嬢様言葉に塗れたチャット欄……あっ! ゆうた!!! このっ! こいつだけは……!! ちょ! 今私のも当たったってのになんで私だけやられてるの!? ラグアーマーじゃん! マジのテザリングキッズだよこれ! しかもまた煽ってくるし!! ハァ! ハァ! ハァ! いや、うん! 今のご時世無線とかあるあるだよね! ラグアーマーが無いと勝てない子も居るから対策しない方が悪いよね!!」


:ラグアーマーは使いには流石にキレていいですわよ

:今日のアコ様は一味違いますわ

:まさか今日はおキレにならない……?

:私の台パンASMRが……


 康太もだけどもしかしてお嬢様言葉って流行ってるのだろうか? ちなみにラグアーマーとは、無線回線の時によく起こる現象の事であり、平たく言うと相手の回線が悪すぎて、こっちから見ると攻撃が当たってるのにラグのせいで攻撃判定が通っていない事を言う。正直僕もラグアーマー使いは大嫌いである。

 にしても今日は本当に怒らないなアコちゃん。

 これでいい……んだけど、なんだろうな。いつもの暴言ブチギレスタイルの夜芽アコに見慣れてるから、違和感が凄い。

 ……でも、あの夜芽アコだぜ? そろそろ爆発してくれるはずだ。てかする。僕がどれだけこの子の配信見てると思ってるんだ。


「あぁー! また!? またゆうた!? 絶対私狙ってんじゃん! 配信見てるでしょ! スナイプやめろっていつも言ってるのに! こっちに来んなぁ!! あっ!! …………ふぅ〜…………」ダンッ!!!


:あら?

:もしや


「…………縄跳びで足引っ掛けてコケろバーカ!!! もうやだこのゲームやめる!! てか今回は私悪くないし!!」


:お か え り

:今回はよく我慢した方だよ

:やっぱお前このゲーム向いてないよ

:台パンありがとうございます。目覚ましに使いますね。

:でもラグアーマー使いは消えて、どうぞ

:それな


 うん。流石は僕の推し。予想通りである。

 リアルで見るとこんな感じなんだなぁ。めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。

 でも今回は本当に我慢したよこの子。夜芽アコの成長に思わず目頭が熱くなる。

 最初に言った縄跳び発言を拾ってきてそれに絡めた暴言吐くあたりもポイントが高い。流石だぜ夜芽アコ……!!

 けど今回は相手の方に非があったのでチャット欄もいつもより夜芽アコに同情気味だ。

 穂澄さんもそれを理解してるのか、チャット欄を見て満更でも無い様子だ。承認欲求が満たされる音がする。

 ……で、ここから余計な事をやらかすのが夜芽アコという女である。


「ってか、別にこんなインク飛ばすだけのゲーム別に私好きじゃないし。いいもん。二度とやらないこんなクソゲー。煽り多いし回線クソな奴も多いし、てか面白くない」


:は? 神ゲーだが?

:インク飛ばすだけのゲームでマジになった人が何かほざいてる

:テメェが雑魚なだけだろ

:ざぁこ♡ざぁこ♡


「いやクソゲーじゃん! 民度もここのチャット欄みたいに悪いし。やる価値ないよこんなゲーム! てか皆好きなのこのゲーム? こんなゲームを? 嘘でしょ? インクパシャパシャしてるだけじゃない」


:は?

:は?

:は?


 案の定とも言うべきか、言わなくてもいい事を言ってしまった事により噴き上がるチャット欄。

『クソザコナメクジ』『ゲームのせいにすんな』『やりこんでもねぇクセに浅い視点で語るなカス』なんてコメントでチャット欄が埋め尽くされる。

 夜芽アコ。もとい穂澄さんはプルプルと震えると────


「つまんないからもう配信切る!! 消えろっ!!」


 いつも通り、ヤケクソ気味の暴言と共に配信を締めくくったのであった。

 ……拍手を送りたくなるぐらいの完璧な配信である。いや、よかった。生のエンターテイメントを見るってこんな気分なんだって心が晴れやかになっていく。


「お疲れ様穂澄さん。良かったよ」


「はぁ……はぁ……そ、そうかな? ご、ごめんね。今日は俊介君も見てるから怒らないようにしようとしたんだけど……つい……」


「いや、これこそがアコちゃんだよ。これも芸風だから気にしないよ」


「俊介君……!!」


 パァァ……って顔を輝かせる穂澄さんを見て、やばいこれ理解のある彼くんムーブしてるじゃないか!! って気づいてしまうが後の祭りだ。

 穂澄さんが機敏な動きで近づいてきて……抱きついてきた!?


「ちょ! 穂澄さん当たってる!! 色々当たってるから!?」


「やっぱり俊介君は理想のかれぴっぴだよ……!! 本当に、本当に……!!」


 突然の事にフリーズする。けれど抱きついて満足したのか、穂澄さんは頬を赤らめながら僕から離れていく。


「ご、ごめんね。つい勢い余って……」


「い、いや、落ち着いたならなによりですけど……大丈夫です? 深呼吸します?」


「大丈夫。ちゃんと落ち着いたから! ……うー、でも俊介君が見てるんだから、今日は怒らずに最後までやりたかったなぁ……ほら、いつも落ち着いてください。って書いてくれてたから……」


「まぁアレはお約束みたいなもんですし……それに配信スタイルはいつも通りでいいんじゃないです? ほら、穂澄さんの素を出せる場ですし、無理したら逆にストレス溜まりそう」


「それは確かにそうなんだけど……怒らない方が皆優しくしてくれるかな〜……みたいな所も」


「あー……」


 芸風とは言ったけど、穂澄さんの様子を見る限り芸じゃなくて素でやった結果がアレなんだろう。

 だからこそ本人的には燃えるのも荒れるのは不本意極まりないのは透けて見えるが、これはもう性格的にどうしようもない気もするけど。

 素は出せている。けれど皆のあたりが強いのが不満なんだろう。それが穂澄さんが抱えてる物の一つだと思う。いやまぁどう考えても本人が悪いんだけどこれ。


「……チヤホヤとかされてみたいなぁ……」


 そう、ポツリと漏らす穂澄さんに一つの可能性を見出す。


 結局。この日は時間も時間なので僕はこのまま家に帰るのだった。あんなでかい声出てたのに穂澄さんのご両親が顔を出さなかったあたり、防音は優秀なんだなぁ。


 ……チヤホヤされたい、か……

 もしかしたら……ワンチャン……あるかもしれない……? この状況を打破する何かが……!!

 考えついた可能性に一抹の希望を抱き、僕は帰路に着くのだった。

 ……にしても、生で見る推しの配信は良かったな……って、だから絆されるなよ僕! 中身は穂澄さん! 中身は穂澄さんだから!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る