第9話

「翔華のおかげで何とかなりそうだ。流石僕の妹。お前が妹でよかったよ。ありがとうマイシスター……」


「えっ……いきなりなに……? 怖いんだけど……キモッ……」


「なんて言い草」


「いきなりそんな事言われたら普通こうなるでしょ」


 帰宅後。リビングで転がっている僕は風呂から出てきた翔華に感謝の意を伝えていた。

 けど言葉が伝わらなかったのか、転がる僕を見下ろしながらドン引きしたような目を向けてくる。

 康太の所は普通に妹が殴ってくるとか言ってたし、こうして普通に会話できる妹という存在はもしかしたら珍しいのかもしれない。まぁそれは置いといて、


「ほら、昨日お前から聞いたアドバイス。友達はとりあえず付き合ってみて色々やってみるそうだ。だから友達に変わって僕から最大級の感謝を」


「床でゴロゴロしながら言われても……まぁ、参考になったなら良かったけど。今日帰ってくるの遅かったのもそれが関係あるの?」


「まぁそんな感じ。色々対策を練ってた」


「へぇ、友達思いじゃん。……あ、ご飯冷蔵庫入れてるから」


「サンキュー。明日は任せろ。お前の好物を作ってやろう」


「じゃあカレー。てか、なんで俊介がそんな上機嫌なの?」


「色々あるんだ、色々」


 と、まずいまずい。あくまで翔華には『友人の話』として喋ったんだからこれが僕の話だとボロを出すわけにはいかない。

 現状、僕が相談できる相手は翔華ぐらいだからな、言動には気を付けながらアドバイスを求めないと。


「まぁそんなことより、折角だからお前の案を元に僕が肉付けしたアイデアを聞いて欲しくてな」


「えぇ……めんどくさ……まぁ、いいけど。今日は時間あるし」


 そう言いながらソファーに座って話を聞いてくれる様子を見せてくれてる辺り、本当に助かる。

 周りに相談できない手前、こうして誰かに話して考えをまとめるという事が出来るのはありがたい。やはり持つべきものは妹だ。


「とりあえず色々話した感じ、そのA子さん。なんだか実生活で色々ストレスが溜まってるみたいで、息抜きの方も上手くいってないみたいなんだよね。

 で、そこで僕が考えたんだ。実生活の方はちょっと難しいけど、息抜きの方が上手く行けば結構ストレスの種がなくなりそうな感じがあるんだ。

 それでさ、その息抜きが上手く行って息抜きが出来ればかれぴっぴかれぴっぴって執着しなくなるんじゃないかって考えたんだよね。あの人、現状自分を認めてくれる人があんまり居ないから視野が狭くなってる感じあるし」


「ふーん」


 そう頷いた翔華は少し考えるような素振りの後、微妙な表情を浮かべる。


「話を聞けば聞くほど面倒くさそうな人って感じなんだけど」


「まぁ面倒くさい人だよ。そこは間違いない」


 本当に間違いないからこうして僕は困っているのである。


「……でもいいんじゃない? 満たされてない所を別の所で穴埋めするってのはよくある事だし、そっちの息抜きが上手く行ったらそっちの方が大事になるような気はしないでもないよ。あくまで私の所感だから話半分程度に聞いて欲しいけど」


「僕は翔華の所感を信じて生きたい。妹という存在は頼りになるからな……」


「はいはいよかったね」


 そう。これが僕が考えた案の一つ。

『夜芽アコ真っ当なVtuber化計画』である。

 現状、僕の予想だと穂澄さんは承認欲求が高く、素の自分を認めて貰いたいと思っている。

 だから、素の自分を出しているVtuberとして周りからある程度認められたら多少はマシになって周りを見る余裕ができるんじゃなかろうか? 僕はそう考えた。

 別に自慢では無いけど、僕はわりと配信者とかその辺りの知識は深い。だからある程度手助けをして、夜芽アコのファンが増えるような感じにすれば……ワンチャンある!! それに、普通のファンの話なら聞かないだろうけど、僕は曲がりなりにも彼氏である。少なくとも僕の手助けを無下にするような真似はしないだろう。


『配信で認められたら、なんだかかれぴっぴとかどうでもよくなっちゃった。そんな訳でごめんなさい空野君。お付き合いは無かったことに……』


『いいよ!!』


 ……若干僕の希望が混ざってるのは否めないが、それでもワンチャンはある。そう思うんだ。

 そして翔華にも僕の案は悪くなさそうな感覚。これは行けるでぇ……!!


「ふっ……これは……貰ったな……」


「…………でもそう上手く行くのかなぁ? 頼りになる彼くんムーブみたいになって余計に依存されそう。

 …………まっ、関係ないか」


「ん? ごめん今なんか言った? 聞いてなかった」


「いや別に。お友達に頑張れってだけ言っといて」


「任せろ!!」


「なんで俊介がそんなに元気いっぱいなの?」


 凄く何か言いたげな翔華の目を受け流し、僕は早速動きだす。

 幸いな事に明日は土曜日。帰る前に穂澄さんとMAINで連絡先の交換をしたから早速メッセージでも……そう思いスマホを取り出した所で、メッセージの通知が……163件!?


「はぁ!?」


 何が起きた!? 驚きながらもMAINを開くと、穂澄さんからの凄まじい数のメッセージが届いていた。


 要約すると、こんな内容。


『今日ありがとう! 楽しかった! また遊ぼうね(*´ω` *)』

『もう家にはついたのかな•́ω•̀)? 気をつけて帰るんだよ~(。・ω・)ノ゙』

『大丈夫? 全然既読付かないけど、もしかして事故?』

『‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/››‹‹\( ´ω`)/››』

『お返事欲しいよぉ(´・ω・`)』

『ヘ(°∀°ヘ)三(ヘ°∀°)ヘ』

『(´・ω・`)』


「oh……」


 頭が痛くなる。マジで勘弁して欲しい感じのメッセージの連発に気が遠くなる。

 ……痛む頭を抑えつつ、『今帰ってきました。また明日お家にお邪魔してもいいですか?』と返信したら一瞬で既読が付き、『おかえりなさい!! いいよ!!!』と返ってきたのでそれを確認してから適当にスタンプで返事し、僕は決意を固める。


 何としてもこの作戦を成功させて穂澄さんから解放されてやるぞ……!!!


「いや、本当にさっきからなんなの? 言動と行動の全てが不審」


「……な、なんでもない! そ、そんなことより!! そう言えばお前の方こそ珍しいじゃないか!! 最近この時間は部屋に籠ってたってのに!!」


「別に、今日は休みなだけだから」


「休み?」


 休みってどういう意味だろう。まるで普段は休みじゃないみたいな言い方だけど。


「……な、なんでもない!! てか、話もう終わりだよね! テレビ見たいからそこ退いて、床に転がられてるの邪魔」


「え、あぁ、うん」


 何やら慌てた様子の翔華に疑念を覚えつつも、僕は起き上がって自分の部屋に戻る事にする。

 翔華の様子に引っかかる所はあるけど……まぁ、何かあったら言うだろうし、今はひとまず頭の片隅に置いておく。


 ……折角考えた案だ。僕は必ず成功させてあの女────穗澄さんから逃げ切ってみせる!!


 こうして、決意を新たに僕の『夜芽アコ真っ当なVtuber化計画』はここに幕を開けたのだ。


 ……今にして考えれば、僕は穂澄さんという女と、夜芽アコという存在を見誤っていたのだが、この時の僕は知るよしもなかった。

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