第17話
「こ……これは……」
CPU相手にヤリオ(弁天堂の代表作ゲームの主人公)で果敢に挑む穂澄さんと、それを後ろで見て唖然と口を開ける翔華。
……次の瞬間には、ヤリオはカッキーン!! と吹き飛ばされて場外まで飛んでいく。
『You Lose!!』
そして画面にデカデカと刻まれる敗北の文字。
穂澄さんは僕たちの方を振り向き、フッと笑う。
「やっぱりCPUのレベルをもう少し落とすべきだと思うの」
「穂澄さん。それ強さ下から三番目です」
「そんな……」
「思ってた十倍弱い……」
僕は夜芽アコの配信で知ってたから驚きは無いけど、穂澄さんの腕前を初めて見た翔華は背後に宇宙が広がってそうな表情を浮かべて困惑している。
うん、わかってはいたけど、この人アクションゲームマジで下手である。
(それはそれとして、こういうのでムカついたりしないんですか?)
(CPU相手だと別に大丈夫だよ。対人ゲーはイライラするけどね。特に煽られたりすると)
小声で話しかけると、そう返ってきた。
なるほど。人間相手じゃないとまだ良いんだな。まぁ大体の人間はそうか。
「えーと……うぅん……えぇ……? 何から言えばいいのこれ……あの、とりあえず一応確認ですけど、操作方法とかはわかりますよね……? 本当に一応確認なんですけど、どのボタンでジャンプと攻撃とガードとかわかってますよね?」
「そんなレベル?」
「大丈夫。流石にわかっているわ。頭では」
「そうですか……じゃあまずは頭じゃなくて指で覚えましょうか……」
「なるほど。実戦形式というわけね」
「いえ、自主トレです」
どうやら翔華視点ではマジで信じられないレベルの腕前らしく、翔華が頭を抱えたそうにしてるのが目に見えてわかる。
そうか、僕から見ても下手なら、翔華から見たらもうヤベぇ……って感じなのかもしれない。
「まず基本としては〜」
「ふむふむ」
そうやって穂澄さんにゲームについて教えている穂澄さんを見てると本当に今日は平和だなぁ……なんて思う。
そう、こういうのでいいんだよこういうので。なんて言うかこういうまんがタ〇ムき〇らみたいな緩やかな日こそが大事だと僕は思う。今まではなんかヤングマ〇ジンだったんだよ。
なので僕はゲームをしている二人から離れ、それを見守りながらこの平和に浸る事にする。
…………けど、なんか忘れてる気がするんだよなぁ僕。なんだろう? まぁ忘れてるって事はそんな対した事じゃない気はするけど。
「うーん……操作や基本的なコンボはこんな感じですね。それにしても……心恵さん、覚えはとても早いですね。落ち着いてさえいれば、コンボも安定してます」
「順番を覚える事自体は苦ではないの。ただ咄嗟の対応となると出来ないけれど」
「そうですね。咄嗟の対応が出来てないので、想定外の事があるとボタンを適当に押しちゃってるのがダメです。ガードしようとしてジャンプしちゃってましたし」
「……頭ではわかっているのだけど、今までこの手のゲームはやってなかったからつい。それに、負けそうになったら焦ってしまって」
「いいですか? この手のゲームは残機が残ってたり、体力がミリでも残っていれば負けでは無いです。だから焦ったりせず。落ち着いて考える事が大事なんですよ。
心恵さんはとにかく慣れが必要です。さっきも言いましたけど、頭ではなく指で覚えましょう」
「な、なるほど……」
後ろで見ていた感想としては、穂澄さん、少しばかり上達したような感じはする。
基本的に一度教えられた事に関してはそれなりに出来ており、敵が棒立ちの時ならばコンボは安定している。けど敵が動いたりしてると一瞬で崩れるので、ただただ慣れてないんだなぁって僕から見ても思う。
……一緒にやる相手居なかったんだなぁ。それを改めて理解する。
後まぁ、基本的にあの人、慣れてない状態でオンライン対戦してるみたいだから、オンラインで他のプレイヤーにボコられて上達とかそういうのが出来る環境じゃなかったんだなって。
だからだろう、基本的には物覚えがいい人なんだから、落ち着いてやればそりゃマシになるよね。良い事だ……マジで今回の作戦は良かったのかもしれない……
「んー……良かったらですけど、フレコとMAINのID交換します? 乗りかかった船です。ある程度上達するまで面倒見ますよ」
「……いいのかしら? その、手間をかけてしまうと思うのだけど」
「ん、いいですよ。手が空いてる時だけになりますけど。それに人口が増えるのは私としても嬉しい話です」
「……じゃあ、お願いするわ。お世話になります。これがMAINのIDだから、登録お願い」
「はい。えぇと……konokono5656ですね。登録しておきますねー」
あの穂澄さんが遠慮がちな様子をしてるのに頭がバグりそうになる。
本性知る前なら違和感ないんだけど、本性知った今としては本当に穂澄さんか君? って思う。
…………本性を知っているとはいえ、遠慮がちに微笑む穂澄さんがかわいく見えてしまうのはなんと言うか負けた気分がある。本当にあの猫被りの精度高いんだよなぁ。
「……あ、そういえばそろそろいい時間ですけど穂澄さん大丈夫です? 門限とか?」
「ん……確かにそろそろ帰らないといけないわ。今日は本当にありがとう。翔華に空野君」
「構いませんよ。私も楽しかったですし。ほら俊介、送っていく。私はやる事あるから、帰ってきても勝手に部屋入らないでよ」
「はいはいわかってるよ。それじゃあ穂澄さん、途中まで送りますよ」
「そう。じゃあお願いね、空野君」
そんなこんなで、今日一日猫を被り続けた穂澄さんと今日一日丁寧に教えていた翔華の対面は予想以上に平和に終わり、改めて、改めて平和を噛み締めながら僕は穂澄さんを途中まで送るのだった。
△▼△
「ん、んん……誰も居ない……かしら?」
少しばかり日が傾いてきた空を背に人通りが少ない道を歩いていると、穂澄さんは周りを見て誰も居ない事を確認すると、ふぅ〜……と息を吐く。
「あー……疲れたー……慣れた物ではあるけど疲れたよー。甘やかして!! 頑張ったから甘やかして!!」
「……穂澄さんは凄いなぁ。流石流石。かわいいかわいい偉い偉い。本当にやれば出来る人」
「えへへ……」
チョ……純粋な穂澄さんは僕の言葉にすっかり気を良くし、上機嫌な足取りで隣を歩く。
……ただまぁ、今日の穂澄さんは本当によくやったと思うし、僕の言葉は上っ面だけで言ってる訳ではなく、本心である。本当にやれば出来る人なんだよな、この人。
「それにしても、翔華ちゃん良い子だったねー! 流石俊介君の妹さんだね。とっても仲良く出来そう……!」
「けど、今回ずっと猫を被ってましたよね。こう、仲良さそうだったんで、途中でやめるかなと思ってましたけど」
その言葉には、少しばかり言いあぐねている表情。そんな顔は珍しく、思わず面を食らってしまう。
「んんー……その、翔華ちゃんは私の性格を知らないでしょ?」
「まぁ、言ってないですからね」
「うん。だからね、何も知らない子に本当の私を見せるのは、抵抗があると言うか、恥ずかしいと言うか、心の準備が必要と言うか……うーん、やっぱり難しいね、人間関係」
空を見上げ、何か思いを馳せている様子の穂澄さんにどう声をかけるべきか考える。
ただそんな事を考えている間に穂澄さんは僕の方を向き、にへらと緩い笑みを浮かべる。
「でもさ、やっぱり誰かと遊ぶのは楽しかったよ。だから……ありがとう俊介君。私も、色々頑張ってみる!」
……そんな素の穂澄さんの笑みを不覚にもかわいいと思ってしまったのは、おそらくきっと、気の迷いだろう。
気の迷いったら気の迷いだ。絶対。
△▼△
「いやー、本当に今日は一日平和だったな……」
帰宅した僕はリビングでゴロゴロしながら穂澄さんのメッセージに適当に返事をしつつ、これからどうしようか考える。
『夜芽アコ真っ当なVtuber化計画』は翔華のおかげで少しばかりの希望が見えてきた。やはり持つべきものは妹だな……となるが、余裕が出てきた今、少しばかり翔華に対してこんちくしょうめと思う事がある。
昨日、スラブラで10敗した事を僕は正直兄としてとても情けないと思っている。
というか、正直せめて一回でも勝ちたい。誰か教えてくんないかな……なんて考えるけど、僕の周りに翔華より強い人はいないからそれは無理だし、翔華本人から教わるのも兄としてそれはどうなの? 感が強すぎるから絶対やらない。
じゃあどうしよう。そこまで考えて僕は妙案を思いつく。
「そうだ、上手い奴の動画見て立ち回り研究すればいいんだ」
そうだよ何のためにYouTubeあるんだよ。そう思い立った僕は早速スマホで『スラブラ 立ち回り』で検索すると……丁度、有名所のVtuberがスラブラの配信をしていた。
その名も『天谷夢華』。
夜芽アコとは天敵レベルに仲が悪いVtuberである。
……確かこの子、ゲーム上手いんだったかな。妹と声が似てるせいであんまり見る気がしないから詳しく調べてはないんだけど、ゲームがすごく上手いとは噂でよく聞く。
……まぁ、いいか。たまには見てみるのもいいかもしれない。何より本当にゲーム上手いなら参考になるし。
いっちょお手並み拝見と言う気持ちで再生ボタンを押して……あ、そうだ、チャット欄は閉じる。
今回は本人の立ち回りが見たいわけだから、コメント見てると気が散るしね。
『そういえば今日ね、初心者さんにスラブラについて教えてあげたんです! やっぱりこういうゲームって人口増える事が大事ですからー……その人も沼に落ちないかなー』
そんなトークをしながら勇者ランクを操り、的確にコンボを決めて相手を吹き飛ばす天谷夢華を見て、やっぱり噂通りゲームが上手いんだなぁと納得する。しかし持ちキャラが翔華と同じなんだなぁ。強い奴は同じキャラ使うのかな?
『夢ちゃんなんで教える事になったの? それはねー、お兄ちゃんが友達にゲームと人間関係教えてあげてとか言ってきて、女の子の友達連れて来たんですよ! いやびっくりしたよ! だってめちゃくちゃ美人な人だったんだよ!』
ふーん、ここのランクのコンボってこんな感じに繋がってるのか。じゃあここでガードしたら止めれるのかな。次試してみるか……それはそれとしてどっかで聞いたような話してるなぁ。
『彼女……うーん、どうなんだろう。めちゃくちゃ美人な人だったからなぁ……いや別に兄が釣り合わないって言ってる訳じゃないから! 最近、なんか悪意ある切り抜きとかされてるからこういうのはちゃんと言っておかないとね。ほら、最近だとあの比較動画……まぁ、それは置いておきましょう! ひとまず! 今話してるの私が兄のお友達にスラブラを教えてるって話!』
へー。喋りながらでもしっかりコンボキメてるなぁ。翔華みたいに指で覚えてるのかな。見てて惚れ惚れするぐらい上手い。翔華とどっちが上手いんだろ……兄としては翔華だと思いたいけど、わからないなぁこれ。見てる感想としては翔華とおんなじ動きにしか見えないし。
…………それにしても本当に聞き覚えある話をしてるなぁ。まるで今日の僕と翔華と穂澄さんみたい。まぁそんなわけないんだけどさ
『それでその初心者さんなんですけど、本当に初心者さんで動き方もよくわかってない人だったけどめちゃくちゃ飲み込みが早くて、これもっと頑張ったら凄く上手になりそうだったから私も楽しみなんです! MAINのIDも交換したし、これからも配信無い日は裏で教えようかなー。と思って』
……………………なんか話が似すぎじゃない??
いや、そんなわけない。偶然偶然。たまたま、本当にたまたま。
…………うん、きっとそうに違いない。違いないけど……念の為……本当に念の為、確認してみよう。絶対大丈夫だと思うけどさ!!
ゆっくりと、足音を立てないように気をつけながら僕は翔華の部屋に向かう。
……ノックは、しない。ゆっくりと、ゆっくりと、翔華の部屋の扉を開ける。
うん、大丈夫大丈夫。部屋の中には寝転がってる翔華が居てノックしなかった僕にキレてくるだけ。きっとそうに違いない────
「それじゃあ今日の配信はこれで終わるね〜。おつゆめ〜! 皆来てくれてありがとうね〜!」
──パソコンの前に座り、スラブラをやりながら天谷夢華の配信の終わりの挨拶をしている翔華の姿が、そこにあった。
…………スラブラの画面の右下には、天谷夢華のアバターがしっかりと存在している。
翔華はチェアの上でうーんと伸びをすると、一つ息を吐く。
「あー、疲れたー。今日はずっとゲームしてたからなぁ……今配信休んだらまたなんか書かれそうだし、本当にあの女はロクなことしない────」
そして、そんな翔華と、目が合ってしまう。
「…………」
「…………」
お互い、無言。気まずい空気が場を包む。
「………………見た?」
探るように、そう問いかけてきた翔華に僕はフッと笑みで返し、僕は大きく息を吸い込んで、吸い込んで────
「どこのVtuber小説だよぉ!!?」
この状況を端的に表現した叫びを全力で吐き出した────
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