第16話

「俊介君の妹さん……初めて会うから緊張するね……!」


「うん、僕もどうなるかわからないや」


 翌日。近場で待ち合わせをした僕と穂澄さんは、僕の自宅へと歩みを進める。

 緊張した様子の穂澄さんに僕は改めて、必要事項を伝える。


「昨日もメッセージで言いましたけど、僕と穂澄さんが付き合ってるのは内緒でお願いします。こう、ほら、やっぱり妹からしても突然の事で驚くだろうし、僕は照れ屋なのでもう少し心の準備をしたいと思いましてぇ……」


「もー、何回も言わなくてもわかってるよ! でもさー、やっぱり義妹さんにはきっちり挨拶したいけどなー」


「妹はその手の話に慣れてないのもありまして、徐々に段階を踏みたいわけなんですよ。だから本当に、本当に、お願いします穂澄さん。妹の前では友達という事で。徐々に僕らがそういう関係だとわかってもらいましょう」


「しょうがないなぁ……でもいつか絶対ちゃんと挨拶するからね!!」


 とりあえず、納得してくれた様子の穂澄さんに安心しつつも昨日考えたプランを思い返す。


 名付けて、『穂澄さんの対人関係とゲームの経験値を上げよう』作戦である。

 やっぱり僕や両親以外と関わりがあまり無いというのは問題があると思うし、穂澄さんが極端なのはそれが原因では? なんて思う所があるので、ここで一つ、まともな人間と関わってその辺りの経験値を上げようというのと、アクションゲームの腕前が……あんまりな穂澄さんの実力を誰かに教えてもらって腕前を上げよう。というのが今回立てたプランである。


 で、そうなると同性相手の方が良さそうなので、そこで白羽の矢が立ったのは僕の妹である翔華。

 翔華は口では色々言うけどなんやかんや面倒見がいいし人付き合い得意なので、穂澄さんの経験値を貯める相手としては丁度いい。

 そして加えて言うなら翔華はとてもゲームが上手い。そんな翔華にゲームについて教えて貰えば、多少は上手くなるんじゃないか……? という期待。

 なので、申し訳ないけど翔華に付き合って貰って穂澄さんを真人間にしようというのが僕の立てたプランである。


 で、この作戦の問題点は、翔華に穂澄さんとの関係を秘密にしなくてはいけない事。

 翔華には穂澄さんとのアレソレを友達の話として誤魔化してるし、そもそも翔華は夜芽アコが嫌いだと言っていた。

 つまりだ、翔華に穂澄さんの正体と関係がバレるのは非常にマズイ。なのでなんとかそれをバレないように立ち回るのが今回の僕の役目である。


 非常に場当たりで突貫的なプランではあるが、もはや四の五の言ってる場合ではない。やれるだけの事をやるしか僕に道は無いのだ。頼む全部上手くいったら僕と別れてくれ穂澄さん。お願い。

 一応穂澄さんには色々言い含めたが……この人、マジでどう動くか予想が立てられないのでどうしたものか。今日は一日穂澄さんの行動をよく見ていないといけない。


「それで、今日は妹さんと遊ぶんだよね? ゲーム……うぅん、好きだけどあんまり得意じゃないからなぁ……アクション以外は得意なんだけどなぁ……」


「アクション以外って言うと、どんなのです? RPGとかパズルとか?」


「それもだけど、将棋とか麻雀とかオセロとか。オンラインで一人で遊べたからよくやってたよー」


「あっ……な、なるほど、それはそれとしてうちの妹、アクション系のゲームめっちゃ上手いんですよ。だから穂澄さんが上達出来るようにアドバイス貰えたらなぁって思って」


「へぇー。凄いんだね妹さん。うんうん、そういう所で親睦を深めるのも……いいね!!」


 なんか触れては行けない場所に触れてしまったと思ったのですぐさま話題を逸らす。

 なんだろう、一人でずっとパソコンの前で座って延々と一人で遊べるゲームをやってる穂澄さんの姿を想像すると、なんだかとても切ない気持ちになる。

 いや普通の光景なんだけどこう、穂澄さんがやってるって考えるとなんか、なんとも言えない気持ちになるみたいな。


「後、人間関係鍛えよう。だよね?」


「うん。ほら、僕としても穂澄さんには気を許せる友人とか作って欲しくてさ。ほら、いくら彼氏相手だとしてもやっぱり言い難い事ってあったりするでしょ? だからさ、同性の友達作る事って大事だと思うんだよ。その点、僕の妹は人間関係結構得意な奴だから、穂澄さんの参考にもなるかなって」


「なるほど……でも別に俊介君になんでも言えるけどなぁ……」


「……ほら、こう、知らないからこそ燃え上がるアレソレもあると思うんですよ」


「そうなんだー。よくわからないけど、俊介君がそう言うなら頑張る!!」


「穂澄さんの物分りが良くて僕は嬉しいよ。

 ……あ、ここですここ。ここが僕の家です」


 口を回して説明しながら歩いていると、あっという間に目的地にたどり着く。

 そこは一軒家が立ち並ぶ一角。そこにある何の変哲もない一軒家が空野家である。

 正直家に案内したくなかったけど、やっぱり現実で誰かと関わる事が大事な気もするから泣く泣く家に呼んだのだ。


「ここだね! うんうん。これで家は覚えたねー! ……んん、コホン」


 なんか不穏なことを言った後に何かを思い出したかのように咳払いをした穂澄さんを横目に、僕は扉を開ける。

 すると、丁度玄関先に居た翔華と目が合う。翔華は穂澄さんを見ると驚いた様子でぺこりと頭を下げた。


「どうもはじめまして。空野翔華です。兄がお世話になってます」


 世話してんのは僕。なんて言葉を挟もうとした次の瞬間────穂澄さんの空気が変わった。


「初めまして。翔華さん。でいいかしら? 穂澄心恵です。こちらこそ空野君にはいつもお世話になってます」


「心恵さんですね。そちらの方が先輩なのでそんな改まった呼び方じゃなくても大丈夫ですよ」


「そう。では、翔華と呼ばせてもらうわ」


「はい。よろしくお願いします」


「???? 誰???」


「何言ってんの俊介」


 あれ? この人誰? 穂澄さん?? いや別人でしょ。よく似た他人。生き別れた双子の姉とか妹の類いでしょ。

 知らない人間を見る目で穂澄さんを見ていると、「ちょっと失礼」と言って穂澄さんが僕を引っ張って小声で囁きかけてきた。


(どうしたの俊介君? この子もしかして知らない人?)


(いや君に対して言ったんだよ。何その喋り方)


(だって……流石に初対面の人相手だと私も恥ずかしい……)


 そう言って微妙にモジモジしてる穂澄さん。嘘だろお前。


(その恥じらいもっと別の場所で出してよ!)


(それに、俊介君は私の事を苗字で呼ぶでしょ? だから私だけ名前呼びだと翔華ちゃんに疑われるかなと思っていつもの喋り方をしないようにしたのだけど)


 マジか。マジかこの人。こんな気遣いも出来たんだこの人。

 ……いや、まぁ、冷静に考えたらそれもそうか。よく考えたら穂澄さん、今までずっと猫被って生きて来たんだからな……取り繕うのは得意なのか。

 しかし、これは嬉しい誤算である。正直な所、いつもの穂澄さんの喋り方だと絶対どっかでボロを出すと思っていたので、猫を被ってきてくれたのは本当に嬉しい。これなら誤魔化せるかもしれない。


「…………えーと、とりあえず上がってください。ほら、俊介も早く上がって案内する」


「お、おう。とりあえず穂澄さんも上がって」


「それじゃあ、お邪魔します」


 これは何とかなりそうだ……!! プランの成功を確信しつつ、僕は密かにほくそ笑むのであった。





△▼△



「それで、えぇと……人間関係とゲームについて、ですか」


「そうね。実の所、どちらもあまり得意では無いの。だから俊介君にうちの妹から学ぶといい。そう言われて……いきなりお邪魔して迷惑じゃなかったかしら?」


「まぁ、それは兄がいきなり予定組んだからなんで心恵さんには迷惑と思ってないから大丈夫です。と言っても、何から教えればいいか……」


 うーんと頭を悩ませる翔華を尻目に、僕はとりあえず冷蔵庫から麦茶を取り出して二人に持っていく。

 翔華はありがと、と言って一口飲んだ後に、そのまま口を開く。


「とりあえず気になってたんですけど、兄とはどういう経緯で友達になったんですか? 心恵さんみたいな綺麗な人とどうやって仲良くなったか不思議で」


「いきなり失礼な奴だな……」


「だってめちゃくちゃ綺麗な人だし。それに俊介の友達って大体変な人じゃん。橘さんとか」


「ノーコメント」


 前に康太を連れて来た時、お互いクソ映画を見たせいで荒れててふざけんな!! って憤っていたらそれを見た翔華に凄いものを見たような目で見られた事は記憶に新しい。

 ちなみにクソ映画を持ってきたのは僕なんだけどさ。ちなみにタイトルはジ〇ラシックシャーク。あれは中々に酷かった。


「ありがとう。いただきます。

 ……ちょっとした縁があったの。それでお互い話すようになって、そこから仲良くなった……と言った感じね」


 翔華と同じようにお礼を言ってから麦茶を飲んだ後に、そうやって口を開く。

 ……しかし、穂澄さんの猫被りは完璧だな。嘘を言わずに適度にぼかしながらそう告げた穂澄さんにある種の感動を覚える。

 配信でもこうやって猫を被ってたらいいのでは? まぁ、穂澄さんのスタンス的にそれやったらストレスが溜まるから無理なんだけど。


「なるほど……うぅん、こうやって話してると、心恵さんが人間関係苦手なの不思議なんですけど。確かにとっつきにくい雰囲気はありますけど、別に話せば普通に感じますし」


「……こういう言い方はあまりしたくないのだけど、私は自分の容姿に対してそれなりの自信があります」


「まぁ、それでないって言うのは嘘じゃん。って感じですね」


「ええ。父と母によく似た容姿を私は誇っています。

 ……なので、私は自分の容姿だけを見て寄ってくる人が嫌いです。そして私の周りにはそういう人が多かった。だからそういう人達を適当にあしらっていたら、周りに人が近づかなくなりました。だから、空野君以外に友達と呼べる人は居ません」


「あー……なるほど。俊介はそういうのあんま気にしないもんね」


「そうね。だから仲良くなれたのだけど」


 ……嘘は言ってないんだけど、言ってないんだけど……まぁ、うん。とりあえず僕も黙って横で話を聞く事にする。


「だから、人間関係という物は得意では無いわ。空野君には直した方が良いとは言われたのだけど……具体的にどうすればいいのかよくわからない。同性の友達を作るべきとも言われたけれど、実は少し前、それに失敗してしまって……」


「あれ、僕それ初耳です」


「ええ。空野君と出会う前の話だもの」


 サラッと言ったその言葉に少し驚く。いつの間にそんな事してたんだろうこの人。学校だと穂澄さんが誰かと話していたのは見たことないけど。


「色々あってとある女の子とゲームで遊ぶ事になったのだけれど……その、言わなくても良い事を言ってしまったみたいで、結局遊ぶ事ができなくて、謝ろうと思ったのだけどまた余計な事を言ってしまったみたいで、喧嘩になったの」


 一つ、思い当たる。

 天谷夢華とのコラボ配信事件が今穂澄さんが語った事とピッタリ当てはまる。

 あれってそういう理由でコラボしたんだ穂澄さん。でもそっか、穂澄さんが配信をしてる目的と言えば素の自分を出す事。つまり配信を通じて友達を作ろうとしたのは……うん。納得できる。結果はお察しの通りだけど。

 ……やっぱり人間関係に乏しいのが問題として大きい気はする。そこの気遣いさえ出来れば天谷夢華とも仲良くできた未来はあったわけで……まぁ、そうならなかったからこれはただのIFである。ゲームと違って現実はやり直しできないのだから。


「なるほど……言わなくて良いことを言っちゃったんですか……なるほど……」


 なんだかめちゃくちゃ複雑そうに頭を悩ませる翔華。なんだろう。もしかして翔華も似たような経験あったのかな? なんかどう言葉にすればいいのか迷ってる様子だ。


「まず、そうですね。心恵さんの考え自体は間違ってないと思います。自分の上っ面だけに寄ってくる人間とは仲良くしなくて正解です。ただ、そうですね……やっぱり親しき仲にも礼儀あり。という言葉があるように、友達相手にも気を使わないといけないのに、友達になろうとしてる相手にはもっと気を使わないとダメだと私は思ってます」


 なんか言葉の節々に実感のようなものを感じる。

 翔華もなんか苦労してるのかな。最近世話になってるし、兄としてもっと翔華の愚痴は聞いてあげよう。


「なので偉そうな言い方になりますけど、まずは言う前に少し考えてみる事をおすすめします。本当にこれを言って大丈夫なの? とか、これを言って相手に迷惑がかからないか? とか、そういう気遣いがあったら人と仲良く出来るんじゃないかな……少なくとも私はそれが出来ない人と仲良くしたいとは思いません」


「なるほど……」


 翔華のごもっともな持論に穂澄さんは得心がいったように頷く。


「……そうね、その辺りを少し気をつけてみるわ。ありがとう翔華。参考になったわ」


「いえいえ。むしろ偉そうに言っちゃってすいません。私も……こう、最近似たような事をされたので」


「あれ、僕それ初耳なんだけど」


「言ってなかったし」


「なんだよ水臭いぞぉ」


「別に言う必要なかったし。

 ……まぁここまで言ったから言うけど、私も色々あってとある女の人と遊ぶ事になったんだけど、その人があまりにも空気読めてない人だったの。でも流石に本人も反省してるみたいだから一回は許した。

 でもまた空気読めてない事やらかしてきたから流石に怒って縁切ったの。それだけの話。もう終わった事だよ」


「それは間違いなく相手が悪いわね。全く、翔華のような子を怒らせるなんて、相手は本当にダメな人なのね」


「でしょう? ……もー、今思い出してもムカついてきた」


 なんかどっかで聞いたような話だなぁと思いつつも、翔華にもそんな事があったんだなぁって思うのと同時に、人の妹になにしてくれてんだって怒りがふつふつと沸いてくる。

 まぁ翔華がそう言ってるから終わった話なんだろうけど、ここまで言うってことはよっぽど腹に据えかねてるんだろうなぁ。もう少し翔華の愚痴も聞いてあげようと改めて決意する。


「……とりあえず人間関係について言えることは以上かな。あくまで参考程度ってぐらいですけど」


「とても参考になったわ。ありがとう翔華。今後の糧にさせてもらいます」


 とても和やかな様子で話は進んで行く。

 なんか、僕のフォローとか全然必要ないな。穂澄さんは完璧だし翔華も対応が完璧。僕の心配はどうやら杞憂に終わりそうだ。


「それで、後はゲーム……ですよね? 私別に人に教えられる程は上手くないですよ?」


「お前で上手くないなら僕はミジンコだよ」


「余計な茶々入れない。それに、ゲームについては心恵さんの腕前を知らないとなんとも言えないかなぁ。実際、どれくらいできるんですか?」


「…………ハイカラトゥーンとスラブラ。どちらも最低ランクから上がる事が出来ないわね」


「………………なるほど」


 マジか。なんて言いたそうな顔をするが、それを口に出さずに飲み込んだ様子の翔華はどうした物か……なんて考え込む様子。


「……とりあえず、一回どんなものかだけ見せてもらっても? 丁度そこに俊介のスナッチ置きっぱなしだし」


 そういえば昨日、翔華と遊んだ時のスナッチをそのまま置きっぱなしにしていたなぁ。


「ええ、あまり得意では無いから恥ずかしいけれど、翔華に胸を借りるつもりでやらせてもらうわ」


「あはは、最初は誰でも得意じゃないですよ。慣れです。慣れ」


 そんな感じで、今度は穂澄さんのゲームの腕前を見る流れになった。


 …………しかし今回は平和だなぁ。この平和がずっと続けばいいのに……世界平和を願う人の気持ちを理解しつつ、僕はゲームをやろうとする二人を後ろから見守るのであった。

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