第15話

「………………」


「……なんでそんな鬼気迫る表情でスマホ見てんの?」


「僕の命がヤバくて」


「なんかのアニメに影響された?」


「アニメではないんだよ……」


「優しい目をした誰かに会ってきたら?」


「僕と対話してくれぇ……」


 いつも通り帰宅した僕がリビングでスマホとにらめっこしていると、ガ〇ダムは宇宙世紀とGとOOとオル〇ェンズしか見てない翔華がマジで何してんだコイツとでも言いたげな目で僕を見る。

 遊びでやってんじゃないんだよ!!! と返したくなる所だが、ふざけてる場合ではないので僕は正気に戻る。今の所メッセージは来てないし多分大丈夫だろう。


「で、今日はなんなの。また相談? 今日は忙しいから手短にして欲しいんだけど。てか、今はイライラしてるから今度にして欲しいぐらいなんだけど」


「ん? どうした? 何かあったのか?」


 その言葉の通り、今日の翔華は何やらあまり機嫌が良くなさそうに見える。

 ここ最近はよく相談に乗って貰ったし、今日は兄として僕が話を聞く番かなと思い、翔華にそう問い掛けた。

 翔華は少しだけ悩むような素振りを見せた後、ハァと息を吐く。


「バカのせいで迷惑被ってるだけ。

 ……本当に毎回毎回人に迷惑かけて……あーもう、あの疫病神……普通あんな事ある……?」


「お……おぉ……お前も大変なんだな……」


 だいぶ溜まっていたのか、言葉の節々に苛立ちと恨みを感じる。

 兄としての贔屓目になるけど、最近口振りは素っ気ないけどなんやかんや昔から面倒見もいいし優しい翔華がここまで言うってことは、相手はかなりヤベェんだな……と思う。


「………………てか、そもそも今回の根本的な原因って……」


「?」


 僕に聞き取れないぐらいの小声で何かを言った後、何故かすごいジト目で僕を見てくる。

 あれ、僕なんか変な事でも言った?


「……なんか別の意味でもムカついてきた。俊介暇? 暇だよね。ゲーム付き合って。ボコるから」


「えっ、僕なんかした?」


「ノック忘れた事。再燃焼してきた」


「今更過ぎないかそれ!?」


「いーから! それにどうせそっちも話あるんでしょ。聞いてあげるからさっさとやる!!」


 有無を言わさない翔華に気圧され、仕方なく僕は自分の部屋からベンテンドースナッチを持ってくるのだった。兄は妹に勝てない。世の中の摂理である。






△▼△


『You Win!!』


「はい次。歯応えないよ。もっとハンデ必要?」


「あの……もう勘弁していただけないでしょうか……?」


「じゃあ次は指二本しか使わないから」


「やったらぁ!! ちくしょう!!」


 翔華の鬱憤晴らしで始めた『大戦闘スラッシュブラザーズ』は現在、僕の0勝9敗という恥さらしな戦績を刻んでいる真っ最中である。

 スラッシュブラザーズ、通常スラブラは弁天堂ハードで発売したゲームに出てくるキャラクター達を集めたオールスターゲームであり、大きなお友達から小さいお友達にまで大人気の対戦格闘ゲームである。

 僕もやっているのだけど、翔華には昔から全く勝てないのである。

 現在も指を二本しか使ってない翔華に僕のウッキーコングが滅多切りにされている。


「ちょ、マジでタンマ! 指二本でその動きってなんだよ!? 気持ち悪っ!!」


「気持ち悪くないし。俊介が弱いだけ。てかさっきから同じキャラしか使ってないじゃん。動きが読める。別のキャラ使えば?」


「いや、こいつ気に入ってるんだよ。ちょっと手を止めて見てくれ、こいつの動きを」


 タコ殴りから逃れた僕のウッキーコング。そこでアピールコマンドを入力する。

 アピールコマンドとは、基本的にはその場でキャラクター特有の仕草をするだけで戦闘とはあんまり関わりがない。けど僕はウッキーコングのアピールコマンドが好きすぎてこいつを使い続けているんだ。


 ちなみにウッキーコングのアピール。それはその場で立ち止まって絶妙にムカつく顔でやれやれと肩を竦めるポーズをするというもの。


「な? なんか絶妙にムカつかない? このムカつく感じが好きでさぁ。こいつ以外あんまり使えないんだよ」


「うっざい」


「僕のウッキーがぁぁぁぁぁ!?」


 翔華の操る勇者ランクの必殺攻撃をくらい、哀れ僕のウッキーコングは場外へと吹っ飛ばされる。

 これにて0勝10敗。もはや草すら生えない戦績である。


「はー、スッキリした。やっぱりこういう時はゲームが一番」


「僕はフラストレーションが溜まってんだけど。てかお前相変わらず上手すぎ。どんだけやってるんだ?」


「フツーだよフツー。私より上手い人なんて沢山いるし」


 昔から、翔華相手にこの手の対戦ゲームで勝てた事は少ない。本当に昔からアホみたいに強いし僕は一方的にボコられるだけ。でも最初の頃はもうちょい勝てたはずなんだけどな。ここ最近は更に上手くなったのか全然勝てない。翔華は一体何を目指してるんだろう。


「で、もういい? 僕の禊はもう済んだと思うんだけど」


「まだ物足りないけど……まぁ、最後にあの煽りアピールぶっ飛ばしたからちょっとは気分晴れたかな。マジで絶妙にムカついたよあのお猿」


 少しばかり機嫌が良くなった翔華に、僕の敗亡とウッキーの頑張りは無駄じゃなかったな……そう思い込むことにする。ちくしょういつか勝ってあのアピール決めてやるからな。


「にしてもノックの件がここまで引きずられてるなんて思ってなかったよ」


「……まぁそれはもういいよ。アレからちゃんとノックしてくれてるし。今回のは半分八つ当たりだから」


 そう言ってから翔華は向き直り、それで、と話を続ける。


「で、俊介の方はなんなの? またA子さん関係?」


「なんやかんや話聞いてくれる翔華マジありがたい……よく出来た妹を持って僕は嬉しいよ」


「……余裕あるなら部屋に帰るけど」


「ヘルプミー!!!」


「はいはいうるさい」


 仕方ないなぁ……なんて表情を隠す気もサラサラない翔華がコントローラーを置くと同時に、僕は話を切り出す。


「いつも通りA子さんの話なんだけど、とりあえずA子さんの息抜きに付き合ったみたいなんだけど失敗したみたいなんだよね。で、色々あってその後に親御さんに挨拶する羽目になったらしい」


「いやその色々ってなに。そこ一番大事じゃない? てか家まで行ったのそれ? 自分から泥沼にハマってない?」


 あんまりにもごもっともな事を言われるが、流石に息抜きが配信でそのお手伝いをしに家に行きましたー。なんて言うわけにもいかないし、とりあえず誤魔化す事にする。嘘を言うのは申し訳ないんだけどさ。


「…………いや、ほら、僕も聞いただけだし、全部話してくれてるわけじゃないから把握してないんだよ」


「相談するならそれ含めて全部話すのがスジじゃない? 細かい所わかんないならどこに口出していいかわかんないんだけど」


「ご、ごめん……」


「俊介に謝られても仕方なくない? まぁ、いいよ、それで?」


「……それで、まぁ親御さんはA子さんの事をよく知っているので、なんで付き合ってるか察してるみたいなんだよね。察してる上で、娘をよろしく!! ってスタンスでどうすればいいか頭を抱えてるらしい」


「……終わってない?」


「こっからどうにか出来たりしない?」


「親と面識出来たのは……ちょっと……墓穴掘ったな感しかないけど……」


 うぅんと、頭を捻る翔華。頼む僕の頼みの綱……!!


「もうなるようになるしかなくない?」


「もう一声」


「値引きみたいに言われても知らないよ。まぁでも、基本的なスタンスは前のままでいいんじゃない? 付き合って失望されるみたいな方向で」


「やっぱそれで行くしかないよなぁ……」


 しかしだ、今回の作戦は失敗したわけである。

 じゃあ次はどうするかって話ではあるけど……うーん、穂澄さんのキレ癖。ある程度は我慢出来る感じだけどライン超えたらマジで無理。って感じはする。

 比翼連理さん……実の親をバカにされるまでは耐えたわけだし、そこはもうしょうがないと割り切ろう。


 そうすると……どうにか出来そうな細かい部分から直していくしかない気はする。


 まず現状。基本的に夜芽アコはアクションゲームが得意じゃない。

 あの手の反射神経を要求されるゲームは基本的に下手であり、下手ゆえにイライラして毎回ああなる。

 そこが多少改善されたらマシになる気はする。


 で、今日の穂澄さんとご両親でわかった事ではあるけど、穂澄さんは対人関係に対する経験値が少ない。対人関係の経験値が少ないから対応が極端になってる。そんな気がする。

 つまり友達でも出来たらその辺りマシになる気は……しないでもない。


 なんかその辺り上手い具合に出来る方法ないかなぁ…………あれ、待てよ、一人うってつけの人材が居るぞ?


 ゲームが得意で、それなりに面倒見の良い奴が、目の前に。


「………………」


「……ちょ、なに? 何その目? 怖いんだけど」


 ……妹を巻き込むのは気が引けるが、翔華のカバー力があればワンチャン……ある……?

 ……でも妹巻き込むのはなぁ。そもそも翔華には全部隠してるから穂澄さんと会わせる事自体不味い気はする。

 ……穂澄さんの事を僕の友達って事にして、会わせてみるのは……どうだろう? 穂澄さん、なんやかんや僕が照れ屋だと思ってるみたいだし、家族に紹介するのは恥ずかしいから今は友達って事で。とか言えば言うことを聞いてくれそうな気はする。


 ……やるか? やっちゃうか?? だって、何かしら行動しないと僕の末路は優人さん。下手すれば籍が入ってる可能性が十分にある。やれるだけの事はやるしかないんじゃないか?


「……それはそれとして話は変わるけど翔華、僕の友達と遊んでみてくれないか? あ、ちなみにさっきの話とは別の奴」


「え、普通に嫌だけど。兄の友達と遊ぶとか気まずいんだけど」


「そこをなんとか!! こう、女の子なんだけど、その子僕以外に友達が居なくてちょっと……こう……可哀想で……」


「女の子の友達って……てか女の友達居たんだ。それが意外」


「いや、なんていうか、色々あったと言うか……色々……本当に色々……」


「何その遠い目……」


「頼む! 僕を助けると思って!! あの子にゲームと人間関係について教えてやってくれ!!」


 そう言って翔華に縋り付く勢いで頼み込む。

 マジでなんとか現状を打開しなければ僕の未来は……ヤバいからである!!


「…………あーもう、しょうがないなぁ……貸しだからね、俊介」


 本当にしょうがないなぁって顔で了承してくれた翔華の後ろに後光が差して見える。僕の妹はもしかしたら天使だったのかもしれない。


「ありがとう!! マジで助かる!!」


「はいはい。それに俊介の女友達とかどんな人か気になるし、見てみたい」


「…………い、いい人だヨ」


「その沈黙はなんなの。まぁ、予定合わせてくれたらいいよ。夜以外は空いてるし」


「おっけー!! じゃあ早速明日行けるか予定組む!!」


「はやっ……いや、まぁ、いいけどさぁ……」


 そう言って、穂澄さんに対してメッセージを送ろうとした所で……翔華がぽつりと、言葉を漏らす。


「………………やっぱ声似てるなぁ……うーん……」


「ん? 声が似てる?」


「んー……いいや。他人の空似だし」


「あ、そう?」


 首を傾げながらそう返す翔華を横目に、穂澄さんに『明日僕の家で妹と遊ばない?』って送るとすぐさま『行く!!!』ってメッセージが返ってきた。

 てか既読一瞬でついたな……怖っ……という感情を抑えつつ、僕は明日の作戦を練るのであった。

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