第14話

「まず、最初から話そう」


 キリッとした表情をした優人さんに釣られ、僕も自らの表情を引き締め真剣に話に耳を傾ける。

 参考になりそうな話なんだと思う。これを聞き逃すわけにはいかない。一字一句覚えて帰る────!!


「あれは……そう、わかりやすく表現するなら、俺がニ〇ニ〇生放送で出会い厨的な物をやっていた時の話だ」


「すいませんお邪魔しました。穂澄さんにはよろしく言っといてください」


「待て。気持ちはわかるが真剣な話だ」


「その語り出しから始まる真剣な話があるわけないでしょう!!」


「俺だって娘の彼氏に好き好んで恥部晒してるわけじゃねぇんだよ!! シュゴルナイツ君と同レベルだろ!!」


「僕の方が僅差でマシですよ!!!」


「くっ……言い返せねぇ……」


 あんまりにもバカバカしい出だしに聞く気が全て消え失せるし。なんだよ出会い厨やってた時の話って。僕はどんな気持ちでクラスメイトの親父さんが出会い厨やってた話聞けばいいんだよ。

 でも正直ちょっと出会い厨やってたって話は気になる部分はある。この手の話があるとつい覗いてしまうのが人間の性だと思う。見るなと言われたら見たくなるみたいな。そんな気持ち。


「とりあえずニ〇ニ〇生放送についてはわかるか? 今の子にはあんまり馴染みがなさそうだが」


「覆面被った奴とか、火遁影分身の術の奴とか、バールで襲撃された奴とか、社会的地位の奴とか、なんか色々ヤベー奴らとか、今人気のYouTuberとかVの前世が活動してた場所ってのは知識として知ってます」


「……逆によくそこまで知ってるな?」


「なんか調べたら出てきたんで……」


「そうか、その流れで娘を見てたのか……」


 納得がいったような顔されるが不本意である。あんなもん調べたら出てくるし。いや見漁ったの否定しないけど、否定しないけども。


「知ってるなら話は早い。俺はニ〇生で配信者、あっち風に言うなら生主をやっていて……そうだな。絵を描くのが趣味でね、それで配信とかをしていたんだ。まぁ視聴者平均三人ぐらいだったが」


「まぁ……言い方悪くなりますけど掃いて捨てるほど居たような感じのアレだったんですね」


「君、遠慮なくなってきたな?」


 話を戻すぞ、という前置きを挟み、そのまま優人さんは話を続ける。


「それでなぁ……あの時はいわゆる凸配信ってのが流行りで……どの生主もやってたんだよ。リスナーと喧嘩する。みたいな感じの。俺はそういうのやりたくねぇからやってなかったけど。

 んで……当時そこそこ人気だった生主が居たんだよ。『ゆいゆい』って名前の絵描き。まぁ、結衣子の事だ」


「一々話の腰を折りたくないんですけど言わせてください。両親がニ〇生主ってほず……心恵さん前世でなにかやらかしました?」


「……言うな、それは俺達の罪だ。

 ……で、そのゆいゆいが凸配信をやっててなぁ……まぁアレは喧嘩凸じゃなくて、単なる雑談みたいな感じでやってて、俺も凸ったら、思いの外、話があってなぁ…………まぁ、本当、当時の俺は若かった。もしかしたらいい感じになれるんじゃねぇか。みたいな気持ちは、あった」


 真面目な顔で語ってはいるけど正直どんな顔すればいいかわからない。この人今、どんな気持ちで喋ってるんだろう。


「んで、そっから配信外でも話すようになって……お互い家が近いってのもわかって、まぁ、オフ会みたいな流れになって、オフ会をした。俺の名誉の為に弁解を挟むが、その時点では単純に女の子と遊ぶって感じでテンションが上がっていてやましい気持ちはなかった。信じてくれ」


「そっすか……」


「んで、そっから三日続けて遊んだ。気がついたら婚姻届を出されてた。以上だ」


「その三日間に何があったかを聞きたいんですけど!?」


「知らん!! 普通に遊んだだけだ!! 本当に何があったんだよ!!」


「知りませんよ!!!」


 なんだろう。漫画の最終巻だけを読まされた気分でスッキリしない。今の話でわかったのは結衣子さんがヤベー奴ってぐらいなんだけど。


「それでまぁ……本当に、本当に色々あった。色々あって今はなんやかんや幸せに暮らしてる」


「だから、その、色々を、言えと」


「本当に色々あったんだよ……」


 そう言った優人さんの表情は、なんだか歴戦の戦いをくぐり抜けた戦士のように見える。

 まぁ、色々察する物はあるけど、あるんだけど、


「あのぉ、とりあえず人様のご家庭の事情は把握しましたが、何故僕にそんな話を……? 今の話聞いてわかったのは、結衣子さんが色々凄いって事と、心恵さんがお母さん似って事だけなんですけど」


「心恵が結衣子似? ハッハッハ、何を言ってるんだ吟遊詩人君」


「誰がポエマーだよ」


「……俺は子育てを頑張った。頑張った結果……結衣子程ではない子になったんだよ」


「アレで!?」


「アレで」


 僕の中で結衣子さんが殿堂入りする勢いである。

 ど、どんだけヤバかったんだ結衣子さん……? いや三日で籍入れる人だからヤバいのは知ってるけどさ。


「昔のあの子は、結衣子によく似てたよ。甘えたがりで、嫉妬深くて……まぁ、色々あって、少なくとも表に出す事は無くなった。あの子、素は見ての通りだけど学校や外だと完璧な外面だろ?」


「それは、はい。綺麗だけど近寄り難い人だなって感じでした」


 思い返すのはこんな関係になる前の穂澄さん。

 いつ見ても一人。誰かが話しかけても素っ気ない態度で返して人が離れていく。

 孤高の高嶺の花。それが穂澄さんって認識だった。中身は……まぁ、うん。凄いけど。


「ただその結果、人付き合いって物が希薄でなぁ……友達も……」


 そこまで言って、優人さんはしまった、という顔を浮かべる。ここはつっこむべきか? そう思うけど下手に聞くべきものでもない気がするので、一先ずは黙っておく。


「まぁ、つまりだ。その結果として、ストレスの発散先としてVtuberを始めたわけだ」


「……よく許可しましたね」


「まぁ……俺らもやってたからな……配信……結衣子も心恵に俺らの馴れ初めよく話してるし」


「あぁ……」


 それは断りにくいよなぁ。なんで親はやってたのに私はダメなんだ。って言われたら返す言葉はないし、仕方ない……いや仕方ないのかこれ? なんかもう色々ぶっ飛びすぎてわけわかんなくなってきた。初手出会い厨のインパクトがまだ抜けない。


「それに元々あの子、Vtuberじゃなくて普通に配信者やろうとしてたんだよ。マスクして顔隠してって感じで。けどそれに結衣子が怒ってな。顔が出るリスクがある事はしない!! ママが絵を描くから絶対に顔だけは出しちゃダメ!! 顔出したら本当に怒るからね!!! って」


「それで生まれたんだ夜芽アコ……」


 世の比翼連理さんファンがこの事実を知ったらどう思うんだろう。

 僕? 開いた口が塞がらないってこんな気持ちなんだなぁって身をもって実感してる。


「……さて、なんでこの話をしたか、だな。まぁ、そうだな。心恵から君の話はよく聞いてる。そして俺は思ったんだよ、彼氏君の状況、俺とよく似てねぇか? 多分これ心恵が暴走してねぇか? って」


「流石先駆者。よくわかっていらっしゃる」


「だろ? だから俺から君に一つ、アドバイスを送ろう」


 再度、表情をキリッとさせる優人さんに習って僕も真剣な面持ちになる。

 まぁ、色々とツッコミたくなる部分はあるけど、この人はおそらく、僕と同じような人。

 そして思い出すのが、ついさっき僕に向けていた同情しているかのような目……つまりだ、この人は穂澄さんに対する何らかの対処法を教えてくれるに違いない。そうだよ、だって先駆者だもの。きっと最高にイカしたアドバイスを僕にくれるに違いない!!


「──付き合ってる内にだんだん許容出来るようになる。それまで耐えろ」


「はい???」


 何言ってるんだこの人。


「あの……もっとこう、僕と心恵さんの仲がなんとかなるようなアドバイスじゃないんです……? さっきの同情したような目でそういうの来るかなと思ったんですけど」


「ははは、何を言ってんだ俊介君。いや息子よ。同じ境遇の男同士仲良くしようじゃねぇか。

 ……逃がさんぞ?」


「ひっ!?」


 肩をがっしり捕まれ、お前だけは逃がさないという意志が籠った目で僕を見てくる。


「あ、あのぉ。僕みたいな平々凡々な人間は穂澄さんに釣り合わないと思うんですよ。ほら、優人さんみたいに受け入れる度量もないからもっと釣り合う男を見つけるべきだと思うんですよ」


「最初から完璧な人間なんて存在しねぇさ。それに娘が気に入った男を無碍にする男にはなりたくねぇの。

 それにな俊介君。俺はこういう経緯で結婚したからこの手の話をできる奴がいねぇんだわ。ようやく出来た仲間を逃がすわけないじゃないか? なぁ? 俺ともっと話そうぜぇ……!!」


 この人完全に目がイッちゃってる!! ヤバい!! コイツもヤバいぞ!?

 ど、どうしよう。逃げなきゃ。何か手は……!?

 そう思って周りを見渡すと……よく見ると、結衣子さんが入っていった部屋の扉が少しだけ空いてるのが見える。

 考える。結衣子さんの性格と、どんなことをすれば、どんな行動をするかを。

 …………もはや僕が生き残る道はこれしかない。恨まないでください。優人さん。


「たーすーけーてー!! 優人さんが僕を狙っているー!!! 男色の気配ー!!! いやー!!」


「ちょ!? おまっ!?」


「…………へぇ? そうなの? 優人?」


 瞬間。底冷えするような声が場を包み込む。

 声の方に目を向けると、何と言うことでしょう。扉から顔を出し、まるで光を感じない目を優人さんに向ける結衣子さんの姿がそこにあるではありませんか。


「……誤解だ。ジョークだ。ははっ、どうした結衣子。かわいいお顔が怖い事になってるじゃねぇか。その目久しぶりだなぁ」


「うん。そうなんだ? 鏡ないからわからないね。

 ……で、ナニコレ? 浮気してるって聞こえたけど」


「明日耳鼻科行こうぜ。耳に何かが詰まってるみたいだ。ハッハッハ」


「でもその前に話そっか? 大丈夫大丈夫、優人の事は信じてるから。だから話そっか。色々、色々ね」


「おいぜってぇ大丈夫じゃねぇってこれ痛い痛い腕を握る力じゃ尋常じゃねぇ万力かこれ? おい頼む待ってくれこのやり取り久しぶりだから心の準備だけさせっ」


 僕から引き離され、ドナドナと部屋に引きずられて行く優人さんを出荷される牛を見る気持ちで見送る。

 扉が閉まる直前に凄い目で僕を見ていたが、勇士を見送る気持ちで敬礼で返す。ご武運を……


 よし。今のうちに帰るか! 手早く準備をして帰ろうとした所で、また結衣子さんが入っていった扉が開き、目に光が戻った結衣子さんが顔だけ出して来る。


「あ? もう帰るの? じゃあねー! また遊びに来てね!!」


「あっ、はい。どうも、お騒がせしました」


「いーよいーよ。なんてったって心恵ちゃんの彼氏だもんね!!

 あ、そーだそうだ、最後に一つだけ」


 なんだろう。辞世の句でも読めって言われるのかな。


「心恵ちゃんはね、今でも甘えん坊さんで、嫉妬深い子なの。だからよろしくお願いね、俊介君」


 最後に、妙に、重くのしかかる圧と、それでいて穂澄さんに対する愛を感じる言葉だけを残してそのまま部屋に戻って行った。

 …………どこから聞いてたんだろう、あの人。


「ただいまー!! あれ、俊介君だけ? パパは?」


「……あぁ、おかえり。なんだか二人で話があるみたいで部屋に入っちゃった」


「そうなんだ。大変そうだなー……って帰ろうとしてる俊介君! まだメッセージのことを許してないんだからね!!」


 丁度、帰ってきた穂澄さんを見て、僕は考えて、考えて、考えてから、意を決して口を開く。


「……メッセージに関しては僕が全面的に悪いのでどうかお許しいただけないでしょうか。命だけはどうかご勘弁を……」


「えっ、いや……流石にそれだけでそんな事しないよ……?」


 決して、決して結衣子さんのあの雰囲気にやられて折れたわけじゃない。

 困惑した様子の穂澄さんを見ながら、僕は心の中でそんな言い訳をするのであった。

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