第13話
「おぉ……おぉー!! 凄い!! 本当に比翼連理さんだ!!」
「ふふふ、喜びたまえよ。私こそが比翼連理の一人だー!!」
「俊介君、今までで一番テンション高くない?」
「だって比翼連理さんだよ!?」
「うん、私のママだけどさ」
ここじゃあなんだからとリビングに移動した僕達。
僕は比翼連理さんから渡されたサインと、その横に描かれたソラナちゃんの姿に今までにないぐらいテンションが上がっていた。
思いもよらないサプライズに本当に嬉しい。でもタダで描いてもらったのはなんだか申し訳ない。
どうしよう。今の僕の全財産で足りるかな。
「こういうの描いてもらう時の相場ってわからないんですけど幾らぐらい払えば……」
「いーりませんっ! サービスサービス! というかお金取るならもっと気合い入れて描くから! 具体的に言うと締め切り5分前まで粘る」
その言葉で色々と察する。
そっか、あの扉の向こうから聞こえてきたエキサイティングな声、あれは単純に締め切り目前だから気が狂っ……ハイテンションになってたからなんだ。
……いやでもこれまでの行動見てると単純にアレが素な気もする。なんというか、やはり親子なのか色々と穂澄さんに似ている。
全体的な顔の作りは穂澄さんに似ているが、目付きに関しては違う。見た目はクールな穂澄さんとちがって、比翼連理さんはなんというか、ゆるい。にへら〜って笑みが似合いそう。
格好に関しても、穂澄さんはなんというかしっかり着こなして身だしなみも気を使ってる感じするが、比翼連理さんは結構こう……髪は適当に括ってるし服も何故か上下で色がバラバラのジャージ。
まぁ格好に関しては締め切り明けだから仕方ない。
けど個人的に一番びっくりしてるのは、見た感じ比翼連理さん、めちゃくちゃ若い。
穂澄さんが僕と同じ歳なのを考えると、ご両親は僕の親と同じぐらいのご年齢だと思ってたけど、見た目だけで判断するなら二十代……? ってぐらい若々しい。それこそ、穂澄さんと並んだら姉妹と間違えそうなぐらい。
……でもこの人確か、僕が生まれた時ぐらいの年から活動してなかったっけ? 時空が歪んでる?
「もー!! さっきからママばっかり見て!! 俊介君! 私怒ってるんだからね!! メッセージ見てなかったの!!」
「うっ」
「え? あらヤダ修羅場?」
そうだった。テンション上がり過ぎてすっかりその事を忘れていたのをむすー! って怒ってる穂澄さんを見て思い出す。
やばいどうしよう。てかそもそもあんな短文で顔文字まみれの連発メッセージとか読む気全くなかったから、そんな所でママは比翼連理さん!! なんて書かれてても見てるわけが無い。
どう誤魔化したものか……
「まぁまぁ心恵ちゃん。パパもそうだったけど、男の人ってあんまりメッセージちゃんと読んでくれない物なのよ」
「…………そうなの?」
そこで比翼連理さんからの思わぬ助け舟。
比翼連理さんの言葉に、穂澄さんは聞く耳を傾ける様子。これは……なんとかなる……!?
「そうなの。だからママはね、大量のメッセージの中に大事な用件をさり気なく紛れ込ませて、絶対読んでもらう様にしてたの。例えば、締め切り間に合いません。寝ます。とか!!」
「なるほど!!!」
うん、やっぱりこの人紛うことなき穂澄さんのお母さんだ。めんどくささがワンランク上を行ってる。
「そんなわけで俊介君。次からそうするね? クイズ形式で私はどんなメッセージ送ったでしょう!! ってやるからね」
「ごめんね穂澄さん。急にスマホを叩き割りたくなってきた。この衝動を我慢する事を出来そうにないから近い内に僕のスマホは壊れると思う」
「じゃあウェルコードのID教えてね。あれならパソコンでも見えるよね」
「実は家訓で月に一回パソコンにかかと落としぶち込んで耐久力を試さないといけないんだ。それで今のパソコン壊れると思うからちょっと難しいかも」
「心恵ちゃんの彼氏、結構面白い子だね」
「とっても照れ屋さんなんだよねー」
ダメだ通じねぇ!! どうしよう。このままだとマジでめんどくさい事になる。
比翼連理さんと合わさった穂澄さんは対応に困るし、そもそも比翼連理さんは穂澄さんのお母さんだし穂澄さんほど雑にあしらう訳にもいかない。
ど、どうしよう。このままじゃ穂澄さんのスパムを逐一チェックしないといけなくなる……!!
「結衣子、心恵、さっきから何騒いで…………」
その時、またも新たな第三者の声が響く。
今度は男性の声。声の方、比翼連理さんがこもっていた部屋の方に目を向けると、そこには一人の男性が立っていた。
まず、最初に抱いた印象はとても鋭利。
猫かぶってる穂澄さんによく似た鋭い目付きの男性。乱雑に伸びた髪のせいか、なんとも言えない威圧感を感じる。
その男性は、僕を見て目を丸くしている。誰だコイツ? なんて声に出してはいないが、目がそう語っている。
けど、僕の方はこの人が誰なのか何となく予想がつく。だって、二人のことを呼び捨てにしてるし、目付きが完全に穂澄さんだし。
「あ、パパー! 見て見て! 心恵ちゃんの彼氏よ彼氏!! ここしばらくこの家の話題をかっさらった心恵ちゃんの彼氏!!」
「パパおつかれー。お仕事大丈夫?」
「ああ、仕事は何とかな。てか、彼氏? あの噂の?」
案の定、穂澄さんのお父さんであった。
穂澄さんのお父さんは何やら訝しむような目を僕に向けると……ん? って首を傾げる。
あれ、何その反応。こう、なんか、ワンチャン娘の彼氏だぁ!? って感じの反応来て、お父さんは認めません!! みたいな感じにならないかなと思ってたのに、なんか心底不思議そうな目で見てくる。なんだ……? 僕のそんな疑問は次の瞬間解消された。
「え? こんな真面目そうな子が『俺が守護る……』ってスパチャしたのか?」
「ぐわああああああ!!??」
忘れようとしていた僕の黒歴史を思いもよらぬ所から掘り起こされ、思わず顔を押さえて悲鳴を上げる。
ちょ、おまっ、なんで!? なんでそれを!?
「ほ……穂澄さん……? なぜお父様は僕のアレをご存知で……!?」
「えっ? だって、普通に全部話してるもん」
あっけらかんと、そう言い切りやがった。
「全部!?」
ちょっと待て、全部? 全部ってどこまで? 全部って事はつまり全部? 一から十までって事? 最初から最後まで? いや待て落ち着け思考がぐちゃぐちゃだなんだこれ。
「というか俺、娘の配信普通に見てるし……」
「それにここ最近はずっと彼氏の話しかしてなかったからね、心恵ちゃん」
混乱する僕にとどめを刺すように、ご両親からの援護射撃。
そっか、全部か、全部知られてるのか。そっか、そっか……
「探さないでください。僕は土に還ります。来世の僕はきっと完璧で幸福です」
「来世も一緒に居ようね♡」
「いやVじゃあるまいしそう簡単に転生できるわけねぇよ」
「炎上した子はよく転生するけどねー」
僕がここから正気を取り戻すのに、しばらくかかった。
△▼△
「というわけで、この人は私のパパだよ」
「穂澄優人……まぁ、よろしく頼むよ、シュゴルナイツ君だっけ?」
「すいません。そのワンチャン狙ってそうな愛称だけは勘弁していただけませんか……?」
「じゃあ240円君?」
「……空野俊介です。どっちかで呼んでください」
「ん、よろしく俊介君」
「じゃあ私も俊介くんと呼ばせてもらおう!!」
しばらく後、落ち着いた僕はお父さんの弄りに胃を痛めながらも和やかに……和やかに? 自己紹介を済ませる。
思いもよらぬ形で穂澄さんのご両親と対面してしまった。しかも僕の恥部全部バレてるし。新手の拷問??
「ちなみに、メッセージを読んでなかった俊介君に補足するなら、パパも比翼連理だよ。メッセージ読んでなかった俊介くんに補足するなら」
「えっ!?」
「そう!! 二人揃って比翼連理なのだー!」
「あー、待て。あくまで一応な、一応。メインは結衣子で、俺は細かい所の手伝い」
ビシィ! と謎のポーズを決める比翼連理さんとヒラヒラと手を振る比翼連理さん……いやもうこれややこしいな。名前で区別しよう。結衣子さんと優人さんだな。
「いや、でも、はじめて知りましたよ、比翼連理さんが二人居たなんて……」
絵師としての比翼連理さんは色々と謎の多い人物なんだ。サイン会とかそういうの基本的にやらないし表にも出てこないし、ツブッターとかでも基本的には業務的な呟きしかしてないし、なんというか自我見えない人だった。
けど、蓋を開けたら実は二人居て、しかもお母さんの方は……こう、個性的な人だったなんて。驚きしかない。
でもそれはそれとして、
「ファンです。サインをいただけないでしょうか」
「この流れでそれ言えるのすげぇな君。まぁ、また今度な、今度」
やったぜ!! そう心の中でガッツポーズしていると、優人さんは何かを思い出したかのような表情を浮かべる。
「そーだ思い出した。結衣子、修正来たぞ。なるはやで」
「えっ!? 嘘!? ヤダ!! 寝る!! おやすみ!!」
「寝るにはまだはえぇよ。ほら、さっさと直す。俺にゃ触れん部分だから頑張れ」
「えぇぇぇ……嘘ぉ……やだぁ……えぐえぐ……」
「……飯作って待ってるから頑張れ」
「なるはやでやってくるー!!!」
ピューン!! なんて音が聞こえて来そうな勢いで結衣子さんは部屋に戻っていく。
しかしなんだろう、この扱い方、なんかすげー既視感ある。
「んで、心恵。悪いけどスーパー行ってきてくれないか? 俺ちょいと疲れててな、頼めるか?」
「ん、いいよ。今日の晩御飯なにー? ママの好物?」
「だな。生姜焼きの材料頼んだ。財布は部屋に置いてるから適当に買ってきてくれ」
「おっけー!! じゃあ俊介君、待っててねー!」
「えっ、あの」
あっという間に、二人が居なくなってこの場に僕と優人さんだけになる。
……えっ、ちょ、気まずいんだけど。穂澄さんのお父さんと二人きりとかどうしたらいいんだこれ。
「…………」
しかも優人さん、なんだか……あれ? なんか凄い同情を感じる目を向けてくる。いや、なんで?
「……えーっと……そろそろお時間もお時間なんで帰らせて貰おうかなと……」
「まぁ待てよ、俊介君。ちょっとお話しないか?」
とりあえず今のうちに逃げてメッセージの件を何とか有耶無耶にしようとしたが、呼び止められて、立ち止まる。
「えっと……話、とは?」
「あー、なに。やっぱさ、娘の彼氏ってのは気になるだろ? それに、先駆者としては、色々話しておきたいわけよ」
「先駆者、と言いますと?」
優人さんの顔を見ると、ニヤリと笑みを浮かべてから────爆弾を落とした。
「俺はな、結衣子と出会って……三日。三日後にいつの間にか籍が入っていた。この意味……わかるか?」
「その話詳しく聞かせてください」
父と彼氏のドキドキ☆座談会。開催────☆
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