第18話
「ノックしてってあんっっっっっだけ言ったじゃん!!!」
「返す言葉もございません」
正座をして誠意を見せてる僕は、現在翔華に見下ろされていた。
うん。ここは予定通りなんだ。本来ならノックせずに部屋を開けて、それを翔華に怒られながらも今日は平和だったな。なんて思いながら今日が終わる予定だったんだ。
その直前イベントさえ無ければ。
「まさか……お前が……Vtuberやってたなんて……嘘だろ……?」
「うっ……そ、それは」
信じたくは無いけど、僕は改めて確認の意味を込めてそう問いかけると翔華は気まずそうに目を逸らすがそれも一瞬。大きなため息を吐いてからジト目で僕を見る。
「……そーだよ。Vtuber天谷夢華の中の人だよ。あぁもう……言う気無かったのに……!」
そう言いきった翔華の言葉で、天谷夢華の中の人が翔華だと確定してしまう。
そっか、そうなんだ、妹がVtuberで天谷夢華。そっかー……なるほどなー……
「僕なんか悪いことしたぁ??」
「私のセリフだよ!! ノック!! しろって!! 言ったじゃん!!」
「そこは悪いと思ってるよ!!」
明かされた真実に現実逃避したくなる。
だって、彼女(という事になってる人)が夜芽アコの中の人、妹が天谷夢華の中の人。
その二人はめちゃくちゃ仲が悪い。けど何も知らない中の人同士はなんか仲が良さげで……マジでなんだよこの状況。この世界はVtuber小説か何か? もし作者が居るなら僕はそいつのHDDを電子レンジで破壊してやりたいんだけど。エタらせろ。
「……てか、なんでVtuberやってんの? 天谷夢華って企業所属だろ? 保護者の許可とか必要なんじゃないの? やっぱり全部嘘だったりしない? 今なら冗談で終わらせる事が出来ると思うんだ」
「うっさい。質問が多い。そもそもなんで部屋開けたの。それが聞きたいんだけど」
「……スラブラ配信してる人探してたら天谷夢華の配信見つけて、なんか聞き覚えのある事しか喋ってなかったから、もしかしたら……って思って部屋見に行ったら配信してる翔華が居たって感じかな……」
「……私のミスかー……はぁ〜……もう絶対リアルの事喋んない……」
「今のご時世どこから特定されるかわかったもんじゃないからね」
「身をもって知ったよ」
経緯が経緯なだけに、翔華から感じる怒りが少しばかり収まってくる。
それで落ち着いたのか、相変わらずジト目のままではあるが詳しい話が出来そうなぐらいにはなった。
「なんでVtuberやってるかって言うのは、お金が欲しかったから。うちバイト禁止でしょ? だから家でも出来ることを探してたら、たまたま求人見つけて申し込んだらVtuberだった」
「あー……」
我が家のルールには実は『バイト禁止』という物がある。というのも、うちは基本的に両親が仕事で色んな所を飛び回ってるので留守にしている事が多く、家に人が居ない時間を増やすのはよろしくない。
二人仲良く留守番してて。という事で僕ら兄妹のバイトは禁止にされている。
僕としてはバイトなんてめんどくさいから別にやりたくないし、バイト禁止にされてる分お小遣いは多めに貰ってるから文句はない。
「けど翔華、僕よりお小遣い貰ってなかったっけ? それで金が欲しいって何に使ってるんだ?」
「……最新のゲーミングPC買ったら、肝心のゲームを買うお金が無くなったの。貯まるまで我慢しようとしたけど、どうしてもやりたいゲームが出来ちゃってそれで仕事探してたら……って感じ」
「納得した」
最近のPCは高いからなぁ……僕も一応ゲーミングPC持ってるけど、型落ちしてる安いやつで最近のゲームはそんな動かないけど、それでも使えないレベルではない。
けど最新のゲームをガッツリやるなら高性能のゲーミングPCは必須であり、高性能な分、結構なお値段がする訳で……ゲーマーの翔華なら、そりゃ高くても高性能のゲーミングPC買うよなって納得がある。
「許可については、お父さんに頼んだ。家で出来ることなら……で許してくれたよ」
「…………ちょっと待て。母さんこれ知ってんの?」
父さんについてはまぁ、いい。父さんは昔から翔華に甘いし、頼まれたら許すだろうなって思う。
でも母さんは別だ。職業柄かなんなのか、配信とかは個人情報が出るリスクがあるから、見る分にはいいけど絶対にやるなと昔から言ってる人だ。
だから、母さんが許可を出すわけない。
「…………知らなければ、してないって事で通せると思う」
「お、お前……バレても僕知らないぞ……絶対怒るぞ母さん……」
「だからバレないように気を使ってたんだけど」
ここまで聞いて、今までの事に色々納得が行く。
夜はなんか忙しそうだし、ノック忘れたらめちゃくちゃ怒るし……Vtuber活動してたならそりゃそうだよな。
……てかあれもだ、僕がVtuberの話をしたら変に動揺してたのもこれが理由か。わかるかこんなもん。
「……はい。これで聞かれた事には答えたよ。で、もうバレたんだから、私も俊介に文句言いたいんだけど」
「文句? ノックの事なら悪かったと思ってるけど」
「それに関係ある事。
……前、ノック無しで部屋開けた事あったでしょ? あの時に俊介の声が入って、彼氏とか言われて酷い目にあったんだけど」
「……あっ」
少し前にあった天谷夢華の彼氏騒動。配信に入った声が天谷夢華の同期の男性Vと似てる感じだったから、彼氏なんじゃね? って騒がれた事件。
けどアレは天谷夢華の立ち回りでそこまで炎上はしなかった……が、夜芽アコが掘り返したからまた話題にされたとかそういうアレ。
「なんかこう、ごめん」
「問題はその後!! あの女だよ!! 夜芽アコ!! あいつのせいでどんだけ私がイライラしてるか……っ!!」
よっぽど鬱憤が溜まっているのか、語気を荒らげてそのまま語りを続ける。
「あいつのせいでいらないとこ掘り返されるし、あいつのとこのリスナーかリスナーのフリした荒らしがめんどくさいし、そもそもあいつの彼氏の声が俊介に似てるせいで変な比較動画上げられてるし……あー!! もうやだ!! 引退しろあの女!!」
当事者だもんな。そりゃ夜芽アコの事を嫌いになるのは仕方ない。
………………ん? 比較、動画?
「ちょ、ちょっと待て、比較動画って、なに?」
「え? 俊介あんなの見てるクセに知らないの? 昨日の配信だよ。最後の方で聞こえた声が俊介と似てるの。ほらこれ」
そう言ってパソコンで動画を再生をする。
その動画のタイトルは……『【検証】天谷夢華の兄と夜芽アコの彼氏(仮)の声を比較してみた【同一人物?】』
『おーい、呼んでるのに返事が無いけどなにしてるんだー? 早く来ないとご飯が冷め──』
『ちょ!? 勝手に入ってこないでよ!!』
『いや呼んでるのに来ないお前が』
『ノックしてよ!! もう行くから早く黙って出てって!!』
これは、天谷夢華の配信に乗った声。うん、これは言った覚えも聞き覚えもある。思えばこっからノックノックとうるさくなったなぁ……
……で、問題は次である。
『てかさぁ! 私が一番ムカついたのはママをオワコ────』
『本日の配信は以上です!!! お疲れ様でした!!!』
………………………………
「これ。確かに似てるとは思うけど、こんなのこじつけレベルだよ。これが俊介なわけないし。でもネットだと似てる!! とか言われて実は夜芽アコとはビジネスギスギスで裏では仲がいいとか言われてたりして……あー!! 本当に、本当に腹立つ!!
…………あれ? 俊介? なんで頭抱えてるの?」
「……現実逃避かな?」
「…………えっ、嘘、まさか、ガチ恋だった……? えっ、ちょっと、やめてよ、本当に、本気で引くんだけど」
「違う。安心しろ。それは、ない」
そう、絞り出すように僕は答えた。
……なんか忘れてると思ったらこれだよ!!! 僕の声、思いっきり乗ってんじゃん!!! 色々ありすぎて完全に頭から飛んでたし!!!
「……で、俊介の声が乗ったのがキッカケでこんなめんどくさい事になってる。バレたんだから、これの文句ぐらいは言わせて欲しいんだけど」
「煮るなり焼くなり好きにしてくれ……僕の口座の暗証番号は0141です……」
「別に美味しくても料理の材料に使わないし、そもそも隠してた私が悪いからそこまで責める気はないから。ただ、文句を、誰かに、言いたかっただけ」
翔華はただ溜まりに溜まった愚痴を吐き出してるだけなんだろうけど、色々ぶっ刺さってとても申し訳ない気持ちになってくる。
土下座でもするべきな気がしてきた。
「……てかさぁ、俊介どうするつもり?」
「土下座しようかなって」
「だから俊介にはそんなに怒ってないって。そうじゃなくて、これ、誰かに言う? って話し」
恐る恐る、縋るような目でそう言う翔華にどうしたものかと考える。
正直な所、周りに言いふらす気は微塵もないけど、母さんがこれ知らないってのはヤバイ……バレたら雷が落ちるのは間違いない。
でもこれ、父さんも共犯みたいなもんだからバレたりしたら我が家は危機である。いや、流石に離婚とかにはなんないだろうけど、僕もその余波を食らう可能性は大いにある訳で……
それに、兄としては妹のこういう目には勝てない、というのもあって……選択肢としては黙ってる。しかない。
「……や、うん。母さんにバレたらシャレになんないだろうし、とりあえずは黙っておくよ。それに翔華も言って欲しくないだろ?」
「……そっか」
ホッと、安堵の笑みを浮かべる翔華に良い事したな。兄としての威厳は守られたな……なんて思う。
「もし言う気だったら、俊介も共犯ってことにするつもりだったから」
「シャレになんないからやめろ!!」
「冗談だって。でも、話したらだいぶ楽になったなー。はー、俊介の気持ちわかったよ。誰かに話せるってありがたい事だね」
そこまで話してだいぶ気が晴れたのか、んーと伸びをしてから思い出したかのように言葉を続ける。
「さっきの配信でも言ってたけど、心恵さんって本当に美人だよね。俊介の友達って言うから、もっと変な人かと思ってたけど」
「あはは……」
知らぬが仏である。
「それにいい人じゃん。もしかして好きだったりする?」
「縁起でもないことを言うな妹とはいえ容赦しないぞ」
「そんな早口で全力で否定する……? まぁいいけど。話はもう終わりでいいよね? これから来週の予定をツブッターに書いておきたいんだけど」
「そんなVtuberみたいな事を……」
「Vtuberだっての。ほら、早く出てって。これからはちゃんとノックしてよね」
シッシッと手を振られ、翔華の部屋を出る。
自分の部屋に戻ろうとした寸前に翔華が部屋から顔だけ出して、最後にこう言った。
「あ、そうだ。心恵さんと遊ぶならまた教えてよ。私も最近ストレス溜まってたし、ああいう初心者の人に教えて遊ぶの結構癒されたから。じゃ」
言うだけ言って部屋に戻った翔華を見てから、僕は自分の部屋に入る。
そして、布団をかぶりこんで枕で顔を押えながら────叫ぶ。
「どうしようこれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
嘘だろどうなってんだコレ!? 穂澄さんが夜芽アコで翔華が天谷夢華!? ある!? こんなこと普通ある!? ねぇよ!! ざっけんな世界!!
「……マジでどうしよう……」
冷静に、状況を整理する。
まず、Vtuberとしての二人はとても仲が悪い。けど現実だとお互いの正体を知らないから仲良くま〇がタイムき〇らみたいな空気感。
ここでお互いの正体がバレた時の事を考えてみよう。
……まぁ、間違いなくやばい事になる。それは間違いない。ついでに言うなら僕もやばい事になる。
だって考えてみよう。僕は二人の正体を知ってるわけで……なんで黙ってたなんて言われても、知らなかったは通らない。だって配信に僕の声乗ってるんだし。
翔華からしたらあの夜芽アコが僕の彼女とか憤死してもおかしくない。穂澄さんは……ダメだどうなるかわからない。というか考えたくない。
なんで?? なんで僕こんな地雷原で踊り狂う羽目になってんの??
いや、落ち着け、落ち着け僕。まだバレてない。バレてはいないんだ。バレてないって事はつまりまだ真実ではないんだ。
……上手くやるしかない。何とか上手く立ち回って、この地雷原を乗り切るしか僕の生きる道はない。
「神様ぁ……僕なんか悪い事したぁ……?」
……配信に声入った事も何とかしないとなんだよなぁ……いや、やめよう。今日はもう現実逃避で一日を終わらせよう。
とりあえず今日のところは飯を食って寝る事にする。後のことは明日の僕に任せよう。
なんとかしろよ、僕。……本当になんとかしろよ僕!!
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